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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第三章 貴族からの刺客
82/112

3-3 物語







「マジですまん。面目ない」


 うなだれた様子で帰ってきた慎一は、顔を合わせるなりそう言った。


「本当、マジ最悪だった。俺は何もしなけりゃそれでよかったのに」

「だからやめて。さっきからずっとこの調子なのよ」


 困り半分怒り半分といった感じで、唯が言う。


「唯もほんとうすまん。キヨモリもすまん」

「いいって、もう。そもそも私は慎一が何もしないのは反対だったし」

「そうなの?」

「だってつまらないでしょ? それじゃあ」


 呆気なく言い放つが、慎一が重ねて謝ると、唯は困り九割といった感じで苦笑いをした。

本当に勝敗はどうでもよかったように見える。


「――どっちにしろ、俺の責任だ。すまん」

「そう思うなら、もう謝るのやめて。そっちのほうがきついよ」

「本当に勝敗どうでもよかったの?」


 歩が尋ねると、唯がぱっと答えた。


「負けたところでどうってことはないと思うしね。この大会のために、高校三年間頑張ってきましたってわけでもないし――大きな声じゃ言えないけど、思いつきで参加しただけだしね」


 最後の部分は小声だった。周りのどう見ても本気な参加者達に聞かれたくないみたいだ。

 まあそりゃそうだ。


「だからさ、もうほんとやめて」

「慎一、どういった状況だったのだ? カメラはずっと唯のほうを写していたのだが」


 何むしかえずの、と唯がきつい視線を向けるが、アーサーは飄々としている。

 戸惑いつつも、慎一は二人の顔を覗いながら答えた。


「あいつは悪魔型を前に出して、俺とマオを攻めたててきた。正面からじゃ勝ち目はないから、俺はずっと距離とりつつ動いてたんだけど、あいつはずっと唯の方を見てたんだ。狙ってますって感じで。だけど唯は指示出せるように、みゆきとキヨモリの一戦のほうに集中してて」

「危ない、と思ったと」


 慎一は苦々しそうに頷いた。

 まんまと術中にはまったと自覚しているのだ。


「ブラフだな。奇襲だろうと竜使いに勝てるなんぞ思っておらぬであろう」

「面目ない」

「最後の決着もそれ?」

「悪魔型パートナーの攻撃が当たりそうになって、冷や汗掻いた瞬間に、あいつが唯に仕掛けてるの見えて俺が固まってしまって、そこを悪魔型に」


 くやしそうに慎一が言った。


「ほんと、すまん」

「もういいって。アーサーも、蒸し返さなくてよかったのに」

「何も言わず蓋をしめただけじゃ何も変わるまい」


 何も変わるまい、とアーサーが言ったところで、唯がぴくりと頬をひきつらせた。

 アーサーの物言いにむっとしたというのではなく、自分の失態に気付いたという感じだ。


アーサーは唯の反応に気付かなかったように続きを言い始めた。


「まあ慎一も自覚があるならそれでよかろう。相手が一枚上手だったということだ。負けたら命を取られるというわけでもあるまい」

「けど」


 慎一が目だけであたりを覗った。

 歩も軽く見回して見たが、案の上だ。

 何人か、うすら笑いを浮かべてこっちを見ている。

 竜使いが一般に負けてどんな気持ち?

 顔を見ただけでそう伝わってくる。

 主人公に負けたボスは、民衆の慰み者となる。

 なんかみじめだ。


「けど何か失われたわけではない。命も未来も身体も何も奪われておらん。それ以外は些事だ」


 しかしアーサーはそう言い放った。周囲の様子に気付かないはずもないのに。

 顔を見ると、強がりだけで言っているわけではなさそうだ。

 本当に些事だ、と思っている。


「あの~、すみませんね、竜使いさん~?」


 そこでいきなり後ろから声をかけられた。

 振り返ると、そこにはにやついた笑みを浮かべた男子学生がいた。じっと歩を見てきている。

 服装は迷彩服で、周囲の大人達と変わらないが、顔がどことなく同世代だ。

 ただこんな意地の悪そうな笑みは、浮かべた覚えがない。


「なにか?」


 歩がそう言うと、ふざけた笑みを更に深めた。


「あなたたち負けたならさっさと帰ってもらえます? 場所とって邪魔なんですけど」


 慇懃無礼にも程がある。


「負けた人は外に出ないといけない決まりでもあるのか?」

「別にないですけど、帰ってる人も多いですよ? なにより、その」


 男はちらっと一瞬だけキヨモリを見たが、おっかなびっくりと言った感じで歩に目線を戻した。


「でかい図体が邪魔っかしくて仕方がないんですよ。みんな思ってるけど、竜使いだからって言えなかったのわかりません? 蒙昧無知っていうんですよ、そう言うの」


 言い終えると、目の前にいる馬鹿は言いきってやった、という顔になった。

 自称勇者。中学生特有の、どう見ても馬鹿にしか見えない英雄ごっこ。

 そういう類の、本物の馬鹿だ。


 しかし馬鹿の動きは伝染した。

 見回すと、皆こちらを見ていて、にやにやとしている。

 そうだそうだ! 帰れ帰れ!

そう今にも言いだしそうだ。


普段ならそんな口は聞こうとも思わないはずだが、今の雰囲気と、歩達が学生なこと、そして唯が負けたことで、竜使いへの畏怖が薄れているのだ。

つまり調子にのっている。


「わかった、慎一、場所移そう」

「唯、そんな必要ないよ」


 リズがぱっとにらみを散らすと、慌てて目をそらした。やはり竜使いは怖いようだ。

 しかしそれでもにやにや笑いをやめないあたり、集団の勢いは強い。


「リズありがとう、けどいいよ。こんなとこいても気持ち悪いし」

「唯」

「慎一、いい?」

「俺はなんとでも」

「次の呼び出しをさせていただきます。水城歩様、リーゼロッテ様、中央コロシアムにお集まりください」


 歩、リズ組の出番だ。


「じゃあ頑張って」

「――歩、気を付けろよ」


 リズはまだ何かいいたげだったが、唯達は出て行ってしまった。

 その後をじっと見ていると、周囲にいる馬鹿達がにやついた顔で目を追わせているのが目に入ってきた。

 馬鹿ばっかりだ。


「歩、行こう」

「おう」


 さっさとこの場から離れよう、と置いていた棍を手にしたとき、話しかけてきた馬鹿学生がいなくなっていることに気付いた。


「そそくさと逃げて行ったぞ」

「いまさら怖くなったのかな」


 二人はそう言ったが、もうどうでもよくなっていた。

 ただこれから相手がいるかもわからない会場に行くのが、ひどく馬鹿らしい。


「次は相手いるかね」

「いてほしいね」


 なんだか暴れたい。

 リズもそう思っているのだ、と歩は思った。









 幸いなことに、今度の相手は棄権しなかった。


 薄暗い廊下を抜け会場に入ると、三百六十度観客に囲まれた闘技場に出た。

 円形の壁まで砂が敷き詰められた舞台と、その壁の上にすり鉢状に設計された観客席。

 唯とやったときと同じく、観客と会場の間には精霊型が防御用の薄い膜を広げていた。

 今は試合の休憩時間で、観客は思い思いにざわついていたが、それが序々に大きくなっていった。

 歩達に気付いたようだ。正確にはリンドヴルムに。


 正面には既に対戦相手がいた。

 ずんぐりした背の低い禿頭の男と、どこかひょろひょろした背の高い男。

 それぞれガーゴイルと、陸蛸を従えている。

 ガーゴイルは猿の口元を前方にそそりだたせ、角を付けたような頭をしている。

体つきは全体的に絞ったゴリラといった感じ。両手足の爪には黒いカバーがかけられている。大きさは三メートルほどだ。

陸蛸は名の通り陸棲のタコだが、足を広げると、広い会場の五分の一ほどを占めているように見えるほどの巨体だ。

 足も通常の八本ではなく、はっきりと数えられないが、二十本はありそうだ。


「結構な相手だね。だから棄権しなかったのかな」

「注意しなくちゃ」

「ようやくそれも出番であるしのう」


 アーサーがリンドヴルムの背中を見ながら言った。

 そこには巨大な剣が結び付けられている。

 リズが実家から送ってもらったという、竜騎士用の巨剣だ。

刃渡りだけで二メートルは越している。

 剣といっても実際に手に持つ柄の部分が長く、両刃のなぎなたといった形だ。

 竜騎士と言えば華麗な姿を思い浮かべるが、リンドヴルムの背にある剣の刃は何も装飾がないただの鉄の塊で、柄も黄色く変色した布をぐるぐると巻きつけているだけ。

 かなり無骨な代物だ。


「意外とシンプルだな」

「実用的じゃないとね。歩に負けないように」

「実戦となったら、主役はリズ達だよ。こっちこそ、足引っ張らないよう頑張るからさ、頼りにしてんよ」

「――うん」


 審判が入ってきた。

 両者を近寄らせ、ぱっと確認事項を済ませる。

 あっという間に出て行った。


「歩、私達は私達。周りに構わずやろう」

「おうよ」

「なに、お前がまともにやりゃ負けんよ」


 その通りだ、と慎一の二の舞にはならない、と思いつつ、相手と距離を取る。

 リズがリンドヴルムの背中にまたがると、固定していた巨剣を外し、両手で抱えるように持った。


 相手は両方とも隠れるように陸蛸の後ろに移動した。

 なんだかんだでやはりパートナー任せの戦いか。


 これで準備は整った。

後は開始の合図を待つだけとなったとき、アーサーが声をかけてきた。


「歩」

「なに」

「今日は指示出さんからな」


 振り返りアーサーの顔を見ると、普段通りの澄ました顔だった。


「いい加減、自覚せよ」


 何を、と聞こうとしたとき、ぱっと砂が舞い上がった。リンドヴルムが飛び上がったのだ。

反射的に目をかばい、その後で急いであたりを覗ったが、アーサーはいなくなっていた。

そして会場に開始のアナウンスが鳴り響いた。


 後でとっちめようと思いつつ、意識は前方へ写す。

まずガーゴイルが動いた。

 四足で砂地を殴りつけるように駆け、猛然と迫ってくる。


 距離が十メートルまで縮まり、ガーゴイルが右腕を大きく振り被ったとき、歩も動いた。

棍を構えつつ、見計らって横に身を移し避けた。

避けられても直進する相手の裏周りがてら、棍を振るってみたが呆気なく弾かれた。


やはり自分が勝つのは難しそうだ。


 振り返ったガーゴイルは続けざまに両腕を振るってきた。


――速い。


 斜め上からの爪を交わしてすぐに二撃目が飛んできたとき、歩はそう思った。

 無造作な動きだったが、機敏な動作だった。隙が少ない。学校のやつらとは違う。

 三撃目が頬をかすった。爪にかけられたカバーが擦れ、ひきつった痛みが走る。


続いて四撃目をさけたところで、ガーゴイルは五撃目を振るわず、代わって右腕を腰のあたりに引きつけた。


 次の瞬間、閃光の如き突きが飛んできた。

 それも一息で四度。

 三度目までは棍で流したが、四度目が耳のあたりを擦った。


 たまらず歩は思い切り後方に飛びのくが、ガーゴイルは読んでいたように着いてきて、思い切り身体をねじったフルスイング。

 歩は棍をクッションにして両腕で受けたが、衝撃は骨にまで衝撃が突き抜け、弾き飛ばされた。


ずささ、と足元の砂を削りつつ止まるが、腕を振るった姿勢の怪物の姿を見て、思わず喉から音がもれる。


 呆れた威容だった。


 しかしこれで距離が取れた、なんとか棍で牽制しつつ立ち回ることを考えはじめた。

 その瞬間。

風切り音を耳に捉えた。

 咄嗟に身体をのけぞらせる。

一瞬前に歩がいた空間に、一筋の光が二本流れた。


 光の出元をたどると、そこにはボウガンを構えた人間が二人。

 対戦相手だ。二人とも外れるや否や、手早く装填をしている。


 ボウガンか、なるほど、それなら安全圏に身をおきつつ攻撃できる。

そう考えついた時、次の可能性に気付き、あわてて視線を戻した。


 案の定、振り被るガーゴイルの姿があった。

突進の勢いも込めた一撃が飛んでくる。

 なんとか棍で受けたが、どん、という音が身体を駆け抜けた。

先程と同じように吹っ飛ばされる。


しかし先程とは違い、ガーゴイルは更に追い掛けてきた。

咆哮まじりの拳。それも間違いない連打。

 なんとか避けようと身をくねらせるが、何発かかすりを通り越えた一撃が入った。


 右肩と脇腹の痛みと衝撃に耐えつつ、咄嗟に隙を見てガーゴイルの脇をなんとか通りぬけた。

 そのままガーゴイルの後方に三メートルほど走り、振り返る。


 ガーゴイルは既に振り向き、まっすぐに歩を捉えている。突進前コンマ数秒。

 しかしその前に矢が飛んでくる。

 そう読み、ぱっと後方に飛びのくと、通り過ぎていく矢が見えた。


 これが相手の戦法か。ガーゴイルメインの、ボーガン補助。

 シンプルだが、わかりやすく強い。

 おそらく、これがあるから竜使いにも挑んできたのだろう。

 このままでは、そうもたない。


「アーサー!」


 苦し紛れにそう叫んだが、返答はない。本当に指示を出さないつもりか。

 何のつもりだ。

 仕方なく、次の案を出す。


「リズ!」


 叫びながら、空中を見やる。

 空中では幾本もの足が振るわれていた。タコの大足だ。

 うねうねと動く吸盤が、宙を所狭しとはいずり回っている。


 その内の一本が突如ずれ落ちた。

 リズとリンドヴルムだ。全くの無傷で、自在に空を飛びまわっている。


「ごめん! てこずってる!」


 しかしすぐに返ってきた答えは残念なものだった。


 負けはしない。竜だ。しかし何十本もの足。本体までは遠い。無理するとリズが危ない。

 そうなると慎重になるしかない。しかし時間がかかる。


 歩はぱっとそこまで思考を巡らしたが、それまで歩が持つのか、という疑問が浮かぶと同時に、ガーゴイルと正面からぶつかった。


 両腕を振り下ろしてきたガーゴイルに、棍で双方を受けると、そのまま力比べの態勢となる。

 相手は三メートル以上の体躯。人外。

 当然勝てない。


 このままだと背骨が折れそうだと、咄嗟にガーゴイルの足の下めがけて身体をすべらせてみた。

 うまいことずささと滑っていけ、四足態勢になったガーゴイルの背中をとれる。

 しかしやはりそこに矢が飛んでくる。そう読んで身体をずらすと、案の定矢が飛んで行った。

 その間に起き上ったガーゴイルは、突きを放ってくる。

なんとか身をよじって避ける。

しかし間髪いれずガーゴイルの一撃。なんとか防ぐ。


さらにガーゴイルの攻勢は続く。上段からの引き裂くような一撃。棍で受けた。

 そこに腹めがけた拳。避けるしかない。

が、よけきれなかった。拳の三分の一ほどが歩の脇腹を捉えた。


「っがぁ……」


 鋭い痛みと共に息がもれる。

更には身体に回転が加わり、身体のコントロールを失う。


そこに拳の追撃。

 無様に身体を投げ出して避けるしかなかった。地面に転がりながら、最悪だけは回避する。


 そのまま地面を転がり、少しでも距離を取ろうとするが、そこに風切り音。

更に身体を転がし矢の射線上からどくが、その避けた分だけガーゴイルに先をとられ、起き上ったときにはガーゴイルの姿。

息を突く暇がないのに、喉からは荒い息が絶えずもれる。


 じり貧。もたない。


「歩!」


 そのとき、アーサーの声が聞こえてきた。

 指示を出さないとか言ってたが、気を変えたか。

 一瞬見上げると、すぐ近くでぱたぱたと飛んでいるのが写った。


「お前いつまでそうしておる?」


 しかし続く言葉は全く意味がわからないものだった。

腹がたってきた。

 思わず叫ぶ。


「何!」

「そんな雑魚にいつまでやられているのだ、と聞いているのだ」


 ガーゴイルの裏拳を避けながら、はああ!? と声が洩れた。

 洩れた分だけ息が辛くなるが、それでも叫ばずにはいられない。


「どこが雑魚だ!?」

「幼竜殺しに比べれば雑魚だ!」


 幼竜殺し。

 汗と疲労で粘りはじめた思考でも、あの異形と恐怖は鮮明に再生された。

目にも止まらず速度、びくともしない膂力に加え、再生能力、多彩な個別能力。

弾き飛ばされるみゆきに、アーサーとの巨獣決戦。

最強の生物だ。

しかしそれがどうした、という内なる声に、ガーゴイルの突きをくぐりつつ、答える。


「あれと比べんな!」

「ならばあのときの我と比べよ」


竜殺しの竜。その幼竜殺しと真っ向からやりあい、喉元を噛み破るまで至った。


「だからどうした!」


 しかしそう叫んだ。思いついたことがそのまま出た。


「いい加減気付け!」


 意味がわからない。


「俺は人間だ!」

「お前はなぜそこまで自分を過小評価する!」

「あぁっ!?」


 過小評価? 自分を?


「俺はこんなもんだろうが!」


 そう叫んだ。全身がわっと沸いた気がした。


 そのとき、いきなり叫びながらガーゴイルが飛びかかってきた。

 慌てて身を横に投げ出し、なんとか射線上から退く。

 意図はわからないが、アーサーとしゃべりながらだとやはり危ない。

 というかよくここまでなんとかできたもんだ。


 答えずにいると、アーサーもまた黙った。

 代わりに始まるガーゴイルの猛攻。

 無数の攻撃。どれもが必殺。なんとか避ける。


 そのとき、仕方がない、という声が妙に響いて聞こえた。

それがアーサーの声だ、と気付いたとき、不意にボウガンを構えた対戦相手との間に、黒い小さな影が見えた。


 アーサーだ。そして敵の視線が、そちらに行った。

 もっと簡単な相手がいる、と対戦相手が舌舐めずりしたような気がした。


「アーサー!」


 矢が飛んだ。

幾度となく巻き上げられる砂が混ざってしまったようなざらついた空気を切り裂き、真っ直ぐに飛ぶ。

黒い翼に当たった。


 刃はなく、貫きはしなかった。しかしアーサーの身体は、二回後方にぐんと弾かれた。

 そして墜落。黒いぼろ布が地面に落ちたようだった。


 歩は目の前のガーゴイルを見た。突きを放っている。

 それは避けた。しかしそれだけだ。こいつには勝てない。


 もう一つの戦闘を見る。タコの足は大分減っていた。地面には何本も落ちている。

 しかし宙を行き交う足は、まだまだ濃い網を作っている。リズも無理だ。


 対戦人が動くのが見えた。

一人だけ、小太りのほうが墜落したアーサーのほうに駆けだした。もう一人はボウガンを構えている。


 やばい。しかしリズは動けない。歩は勝てない。

 ガーゴイルが諸手を上げた。そのまま斧を振りおろうように、両の手が降ってくる。

 歩はそれを棍で受けた。棍の真ん中で受けると、途端にみし、と音がした。亀裂が入ったのだ。

 続いて受けた腕を通じ、衝撃が肘へ、肩へ抜け、肩甲骨から後方に噴出。

 肉と骨が変な音をたて、痛みが生まれる。


 痛い。辛い。しかし。アーサー。危ない。しかし。リズ動けない。

 己が動く。無理。勝てない。


――過小評価をしている。


 アーサーの声が再生された。


――俺は、そんなもんだ!

――E級。その相方。竜使い。見かけだけのインテリジェンスドラゴン。アーサー。


竜殺しの竜。幼竜殺しと並ぶ、歩史上最強の生物。


そのパートナー。


「ぁぁぁぁああああああああ!!!!!」


 だからどうした。

 動け、自分。


 全身の感覚が失せた。

 代わりに思考がクリアになる。


 みしみし、という音。続いて硬質なものが弾ける、棍が折れる音。

 散乱する木くずと、それを切って振り下ろされる巨躯の拳。


はっきりと見えた。

 そして考えるまでもなく動いた。


 身体を一瞬後方へぶらす。そこに拳が突き抜ける。空を切る。

そして少し上に遅れてガラ空きの顎が続いた。


 考える前に膝が出た。骨っぽい感触が膝のあたりに。轟音。そしてガーゴイルの顎が跳ね上がる。

 歩の足元を中心に、砂が大きく飛び上がった。ガーゴイルの上背よりも高くまで散っている。湖の中に、巨石を落したような光景だ。


 そこに赤も混じった。ガーゴイルの口と、耳から漏れた血だ。


 巨躯はそのままばさりと崩れ落ちた。


 アーサーの元へ走った。対戦相手は止まっていた。

その顔は間抜けに凍っており、アーサーまで三メートルほどまでで止まっていた。


「アーサー!」


 膝をつき、アーサーの身体をすくい上げた。

 顔を見る。目は閉じられていた。全身砂まみれで、まぶたまでびっしりとくっついている。

 大丈夫か、と言おうとしたとき、そのまぶたがぱっくりと開いた。

 濃い緑がぎょろりと剥いた。


「よっこいせ」


 そう言い、何事もなかったように手をつき、起き上った。


「おい」

「何がだ。我は実際飛べんぞ」


 頬のあたりが引きつき、ふざけるな、と叫ぼうと思ったが、声は喉元でとまり、全身の強張りが、頬のひきつりごとがっくりと落ちた。


 途端に耳をつんざいた。

歓声だ。


 えっと、どういうことか。


「お前の勝利だ」


 アーサーがそう言い、ああ、と理解した。


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