3-1 大会
みゆきとの屋上での邂逅の後、少し困惑した様子の唯達を尻目に手早く調整を済ませた翌日。
快晴のもと、学期末模擬戦でも使われたコロシアムの舞台に、多くの選手達と一緒に歩は入場していた。
学校の戦闘服を身に着け、棍を持ち、肩口にアーサーを乗せたいつもの姿だ。
入場が終わり、所定の位置についたが、まだ全選手の入場が終わるまでは時間があった。
てもちぶたさに、目だけで周りを見回す。
居並ぶ選手はやはり男性が多いが、女性もいた。
ざっと数えると三割位だとわかり、意外に多いな、と思った。
ほとんどが歩達より年長で、戦士といった雰囲気を醸し出している。
恰好は上半身裸から軍の迷彩服まで多様だが、その顔にはどれも濃い皺や傷が覗く。
多様なパートナー達も似たような感じだ。
隣にいる巨人型は、傷だらけの肩当てとヘルメットをがっしりと付け、刃こぼれだらけの巨剣を手にしている。
皮膚にもいくつもの傷跡が残り、隆起する筋肉で今にもぱっくりと弾けそう。
巨人型特有の寝惚けたような目は変わらないが、雄たけびを上げて巨剣を振りまわす姿を想像すると、学校で戦う巨人型とは二周りは違って見えた。
他にもグリフォンや土蜘蛛、ゴーレム、多脚の巨馬のスレイプニルなどもいるが、どれも学校でやりあった相手とは違う感じだ。
勝てるかな、と少し心配になり始めたころ、マイクの電源が入り、開会の宣言がされた。
続いて選手宣誓が始まる。
登壇したのは、品のいいおぼっちゃまが大人になりかけているところです、といった感じの竜使いだった。
後ろには蛇型を三体くっつけたような竜がいる三つある首をもたげている。
「宣誓! 我々選手一同は、日頃の研鑽を発揮し、正々堂々と戦うことを誓います! 選手代表、東宮博文」
ぱちぱちぱちと拍手の中、降壇する竜使いを見た。
雰囲気は貴族っぽいとは思ったが、貴族特有の傲慢さや嫌らしさは見えない。
本性はわからないが、多分もてるんだろうな、と思った。
続いて意味のなさそうな演説と紹介が長々とされて開会式は閉幕した。
規則正しく退場し、控室に移った。
すぐに控室に移り、唯達と四人で隅のベンチに陣取った。
背伸びをしながら慎一が言う。
「お疲れ様、っと。俺らはいつだっけ?」
「すぐだね。二個後位?」
「ほんと早いね」
軽く体操していると、最初の呼び出しが入った。
「財前敬悟さん、能美みゆきさん、コロシアム会場にお越しください」
「みゆき達最初か。相手誰だろ」
「まあみゆきなら負けぬであろう」
「ギルド部でも鍛えられたからねっと」
歩は会話に参加せず、黙々と身体を伸ばし続けた。
そうこうしない内に、続いて唯と慎一が、そして歩とリズも呼ばれた。
それぞれ外の別会場で行われるみたいだ。
お互い健闘を祈りあった後、歩はリズと一緒に移動しはじめた。
コロシアム内の廊下を歩きはじめると、すれ違う人と目があった。
無骨な甲冑を着た鳥使いだったが、歩と目が合ったとたん、慌てて目をそらした。
なんだかきまずいな、と思いつつ、リズに話しかけた。
「緊張する?」
「意外と平気かな」
また向こう側から人がやってきたが、歩達を見てびくっとした後、目線を壁のほうにずらした。
三度目の人も同じように動いたとき、気付いた。
彼らが見ているのは、歩達ではなくリンドヴルム一体だけなのだ。
そういや竜は普通そんな感じだよな、そんなことにも気付かないとか、俺緊張してんのかな、と思っていると、会場についた。
しかしそこで出番はなかった。
控室に戻ると、慎一が居づらそうに座っていた。
隣には唯もいたが、そちらはいつもと変わらない様子だ。
「おう、そっちも棄権されたか」
歩は頷き、その隣に座った。
さらにその隣にリズも座り、少し困ったね、といいたげな顔をしながら言った。
「竜使いってこんなこともあるんだね。長年竜使いやってきたけど、初めてだ」
日に熱せられ少し暑かった会場の上で、相手が棄権しましたので控室に戻ってください、と言った審判の顔を思い出す。
業務中です、といった感じの平然とした顔だった。
よくあることなのだろうか。
「慎一、この大会前に見たことある?」
「あったけど、知らなかったな。毎回こんなのかな」
「なんとなく審判も慣れてる感じだったけど」
「そういや竜使いの出番は後の方ばっかだったな。今思えば、こういうことだったのかな」
「わかってて参加したのにね」
「覚悟が足らんな」
みんな竜と戦うより棄権を選ぶのか、と思っていると、昔のことがぱっと頭に浮かんだ。
そういえば、唯と戦うことになった学期末模擬戦で、自分も似たようなもんだった。
かなりげんなりしていたが、不思議と棄権しようとは思わなかった。
なんでだろう、普通にそれでもよかったのに、と思ったが、わっと沸いた歓声に押し流された。
周りを見回し、皆同じ方を見ているのに気付くと、更にその視線を辿り、納得した。
設置されたディスプレイに、舞台の映像が流れていたのだ。
ディスプレイの存在は知っていたが、音が流れていないせいで、気付かなかったみたいだ。
なんか面白いことあったのかな、とディスプレイに移った映像を見る。
映像は滲んでいた。雨が降っているようだ。
それも豪雨と言っていい位激しいもので、実際、映像は乱れて選手の姿は影でしか見えない。
しかし、それは変だ。今日、雨は降っていない。
つい先程、きつい日差しを浴びたばかりだ。
「これってイレイネ?」
そういえばさっきみゆきが呼ばれていたな、もしかしてまさか、と歩が連想したころ、唯がそう言った。
幼竜殺しこと、中村藤花と戦ったとき、みゆきが似たような技を使った。
直前の模擬戦でも披露していた、イレイネの身体を見えない位の濃度で宙に分散させ、突如宙から雨あめあられと攻撃を繰り出す、というものだ。
あのときは身体の周り位のごくごく限定された空間だったが、今は広い会場全てを覆っている。
いつのまに、これほど進化させたのか。
「広範囲をカバーしてるから、直接的なダメージを加えるのは難しそうだけど」
「すげえな。いきなりこんなもんやられたら驚くし、怖いもんな」
周りを見回す。
みんなディスプレイに釘付けになっていた。
感心するもの、見るからに悔しそうにしているもの、顔を青くしているもの、様々いた。
くやしいな、と思った。