2-3 放送
一目の多いところにいる。暗くなっての移動は避ける。
根拠がなくても、何かを感じたと思ったら、ひとまず逃げる。
襲撃の日の夜、アーサーと二人で対策を考えたのだが、その位しか思い浮かばなかった。
翌日になってみゆきを除くギルド部のみんなとも話したのだが、歩達のものと対して変わりはなかった。
「リズはこういう経験ないの?」
「私も狙われるような政治的立場に立たされたことないから。ごめんね」
「いや、十分だよ」
申し訳なさそうなリズに、歩は口だけの慰めしかできない。
改めて自分の無力さを思い知らされて、何も言えなくなってしまった。
そのままの四人をよそに、授業が始まった。
集中できるわけもなく、歩はぼんやりと聞くに任せるだけだった。
当てられても、不明瞭な答えしかできない。
それはリズも同じだったようで、いつもなら簡単に答えそうな質問も答えられなかった。
大会前だから仕方ないな、と教師からフォローを受けた始末だ。
何に実りもない時間を終え、昼休み。
部室に集まったが空気は重く、弾まない会話の中、持ちよった弁当を食べはじめた。
幸か不幸か、放送部主催の校内放送があり、夏の大会を終えて各部活の成績やコメントを流し始めて、無音の食事は避けられたが、それが返って場を重くしていたような気がした。
栄養の摂取作業を終えても解散するでもなし、その場で漫然と過ごしていた頃。
耳障りな声が聞こえてきた。
「それではここで、明日の大会を控えたお二人に登場していただきました! それぞれ自己紹介お願いします」
「こんにちは、財前敬悟です」
「能美みゆきです」
思わずスピーカーを見返すが、箱に無機質な黒網が張られた機械が見えただけだった。
それでもそのまま視線をずらさず、ひたすら次の声を待った。
「お二人は明日開催される、第三十一回水分タッグバトルに出場されます。みなさん御存じかもしれませんが、この大会は一般人も参加し、歴代優勝者には竜使いも名を連ねているという大規模なイベントです。一般の学生がベスト四に残るのも事件と呼ばれるほどです。
そんな大会に、今回出場されるということで、大会前日だというのにお二人に来ていただきました。お二人とも、ありがとうございます」
「いえいえ、ここで聞いて、明日応援に来てくださる方がいらしたら、それが僕達の力になりますから」
「他にもギルド部所属の平唯さん、岡田慎一さん、水城歩さん、リーゼロッテさんも参加されます。是非明日は会場に行き、みんなで応援しましょう」
「おまけ扱いかい」
慎一の軽い突っ込みに誰も返さなかった。
「唯、我らに話は」
「来てない」
変わって出たアーサーの質問に唯が答えた。
「変な話だな。今は嫌われてなかろう。むしろ好かれておる位ではないか? インタビューがこちらではなく、あちらに行くとは」
「ま、あっちも人気あるからねえ」
「三人とも、今は放送に集中しよう」
リズがそう窘めると、三人は黙った。
「それでは、今回の大会の抱負をお願いします。まずは財前さんから」
「それはもちろん優勝です」
「ほう」
アーサーが感心したように言った。
それはつまり歩どころか唯、キヨモリを倒すということ。
アーサーの好きそうな、大言壮語だ。
そして、歩にとっても意外な一面だった。
案外、好意の持てる男なのかもしれない。
「というと、竜使いの方々にも勝てると?」
「勝ちます」
「勝算の程をお伺いしてもいいでしょうか?」
「みゆきとのコンビですね。正直、ここまで来るとは思っていなかったほど、いい関係を作れていますから」
――ふん。そこでこれか。
「つまらん男め」
「そう? 協力しあう関係も、いいと思うけど」
「それとこれとは別だ」
部室の喧噪をよそに、インタビューは進んでいく。
「みゆきさんとはいい関係を築いている、ということですか」
「はい」
「それは恋愛面でもですか?」
放送部員が少し茶目っ気を入れて尋ねた。
いらっとした。
「いきなり話が飛びましたね」
「お二人はお付き合いをされている、というのは専らの話題ですから、やはり気になるじゃないですか。お二人がこの大会に出るようになったのも、それがきっかけと聞きましたが」
「まあそうですね」
この放送部員、将来芸能関係にでもつくつもりか。
「なんでみゆきがしゃべんないのよ」
唯がそう言った。
そういえば、みゆきがしゃべったのは最初の挨拶だけで、それ以降は何も発していない。
今回に限ったことではない。
最後に部室で別れてからこっちずっとそうだ。
みゆきがなんらかの意思表示をしたことは一度もなかった。
話そうともしなかった歩も歩だが、みゆきは敢えてこちらを避けているようだった。
その理由がわからない。
みゆきは一体何を考えているのだろうか。
「ここで一つ、ちょっとした秘密をお聞きしたのですが」
ひっそりと、という感じで放送部員が言った。
本当に人の醜聞だけで生きている芸能レポーターのような口ぶりだ。
「なんでしょうか」
「お二人が同じ家に住んでいるのでは、という情報を耳にしたのですが、本当でしょうか。朝、能美さんの家から財前さんが出てくるところを見たという人がいるのですが」
思わずのどが鳴った。
全身に冷たく、しかしたぎったものが流れだした。
皮膚の薄皮一枚の下すぐのところにそれは流れ、叫びたくなるような気分にさせた。
しかしそれは歩の意思ではどうすることもできない。叫んでもむなしく終わるだけ。
決定権はスピーカーを隔てた先にしかない。
だがなかなかそこから答えが出てくることはなかった。
やたらと長い数秒の後、スピーカーから少しひび割れた声が出てきた。
「困ったな」
「というと?」
「こういうことはばれたくないじゃないですか。特に教師の方々には」
ということはつまり、そういうこと。
一気に思考が冷えた。
視界が途端にクリアになり、驚きの表情でスピーカーに注視する慎一も、しかめっつらの唯も、ちらっと歩を覗うリズも、全く悟らせない顔のアーサーも、一瞬で見とおせた。
「大丈夫ですよ。そういうところはうちの学校緩いですから」
「ならよかった。まあ、そういうことですね」
「そういうこと、ですか」
「ですね」
下らん茶番だ、と思った。
やはりこの男は気に入らない。
「能美さん、ここで否定しておかないと本当のことだってなっちゃいますが、いいんですか?」
「散々煽ったのになんですかそれ」
「一応ニュースには両方から見ないと」
「将来マスコミ関連に就職するつもりですか?」
「そうですが、私のことは置いておいて、能美さんいいんですか」
そのまま待ったが、声はいつになっても聞こえなかった。
「まあみゆきも大会控えて緊張しているので、これ位で。声は出ませんが、否定はしませんでしたから、みなさんも納得してください」
「ではミスターパーフェクトとミスパーフェクトのお二方でした。ありがとうございました」
なんですかそれ、という声がフェードアウトしつつ、放送は終わった。
部室はシーンと静まっていた。
何を言えばいいのかわからない、と誰もが思っていたのはわかった。
歩はどうでもいい、という感じだったが。
しばらくしていきなり唯が立ちあがった。
忌々しそうな顔をしながら、みんな先帰ってて、と言うと部室から出て行った。
それから慎一が何故か歩をちらちら見ながら、じゃ俺も、と出て行った。
「じゃあ私達も戻ろっか」
「我は一人で戻るからの。見送りはいらん」
「じゃ真っ直ぐ帰りますか」
廊下を歩いていると、リズが尋ねてきた。
「歩?」
「何」
「――明日、頑張ろうね」
「おう」
それから午後の授業を受け、放課後。
流石に前日は調整したいと、四人で揃って岡田屋に行こうと思ったのだが、その矢先、唯に止められた。
「歩、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
「何も言わずにちょっと屋上行ってきてくれない? 私達ここで待ってるからさ」
「なにそれ?」
「いいから」
「まあいいけど」
唯の剣幕におされ、屋上に向かった。
そこにはみゆきがいた。