2-2 やばい
すみません、短いです
よし、今日こそは決着をつけよう。
そう思って、河内恵子は能美みゆきが住んでいるマンションの入口に立っていた。
それなりの高級マンションで、入るには鍵を使うか住人に呼び出してもらう必要があり、一人暮らしの女子学生の家としては華美な位だが、今から会う住人にはよく似合っている。
「やっぱり正面からやらないとね。何事も」
時間は夜八時。この時間なら大会が二日後に迫ったみゆきも、家に帰っているはずだ。
もし帰っていなくても、少し待てばいい。
一度大きく深呼吸した後、入口に置かれたコンソールに、みゆきの部屋番号を入力し始めた。
五○三と入力を終えて一秒ほど待つと、ツン、という音がして、インターフォンで音声が繋がった。
これでみゆきの声が聞こえてくるはずだ。
「はい、どなたでしょうか」
しかし聞こえてきた声は、男のものだった。柔らかい口調だが、決してみゆきのものではない。
「――あんた誰?」
「あなたこそ」
「みゆきのクラスメイト。ここみゆきの家だよね?」
「ああ、みゆきのクラスメイト。みゆき、呼んでるぞ」
なんか妻でも扱う呼ぶような呼び方だな、と思い、そこでようやく声の主がわかった。
反射的に顔をしかめてしまった。
「はい、変わりました」
「恵子よ。あんたなに馬鹿を家に上げてんのよ」
「馬鹿って、ずいぶんなクラスメイトだな」
「馬鹿を馬鹿といって何が悪い、馬鹿。馬鹿は黙れ」
馬鹿が黙った。案外撃たれ弱いのか。ちょっとした収穫だ。
「恵子、口悪いよ」
「こんな夜中女子高校生の家に上がりこむ男なんてろくなもんじゃないわよ」
「古風だね」
「あんたにゃ負ける。んで、そこの男はなんでいるの? あんたが不純異性交遊で教師に捕まるとこなんて、私は見たくないんだけど」
「婚約者だから別にいいでしょ」
聞き捨てならない単語が男から飛んできた。
普通なら無視するところだが、みゆきに聞いても流されるだけだろうから、仕方なく男に聞いてみる。
「いつからよ」
「最初っから。みゆきは照れて恋人候補とか言ってるけど、実際はもっと進んでるよ」
進んでる、という単語がなんかひっかかった。
「みゆき、馬鹿にどこまで許した?」
「直球だね」
「キスどころか、手すら触れさせてくれないんだよ。外でも上手いこと逃げるし」
「そう、どうもありがと。後は黙っていいよ。女同士の話だから」
威勢よくいい返したが、内心でほっとした。そこまで自棄にはなっていないらしい。
インターフォンの奥から、がさごそと物音がした。
馬鹿が離れたか。丁度いい。
「で、みゆき」
「何?」
「あんたいつから一緒住んでんの」
「一週間位前からかな」
「知られたらやばいんじゃない?」
「――かもね」
なんだか投げやりに聞こえた。声にも力がない。
これは――やばい。
「あんた、ちょっと出てこい」
「今から? もう暗いよ」
「いいから」
「夫としては承諾できない」
馬鹿が遮りやがった。どっか行ったわけじゃなかったのか。
「あんたまだいたの?」
「もう遅いし、そんな口の悪い友人との付き合いなんて、好ましいもんじゃない」
「もう拘束か。あんた女に逃げられるタイプでしょ」
「別にやっていい相手にはやるだけ。なあ、みゆき」
何気ない口調で言いきった。
この馬鹿は、馬鹿だが女慣れはしているようだ。
確かに見た目も中身も、外野で見れば抜群だ。転がる女も多いだろう。
ただそんな馬鹿に、みゆきが転がるなんて許せるはずもない。
「みゆき」
「ごめんね」
しかし返答は拒絶だった。しかも消え入りそうな声で。
「あんたね、いい加減意地張るのやめなさい。ときには――」
「ま、そういうことだから」
冷酷な男の声に遮られ、すぐに再びツンという音がした。
待とうかとも思ったが、そんなことしても意味がない。
下手に私が騒いだところで、本人同士で完結する話は変えられない。
やったところで私が変な目で見られるだけだ。
別の方法を考えなくちゃ、と思いつつマンションを後にするしかなかった。