1-3 やるか
告白の翌日、リズは早速『お願い』してきた。
内容は、ギルド部に入りたいというもの。
少し困ったお願いだったが、歩は唯と慎一にリズの入部の意思と、歩自身の推薦、その経緯を伝えた。
慎一は無条件で大賛成だったが、唯は反対だった。
リズ自身がどうであろうと、歩のスカウトは政治の話だし、そもそも彼女の好意そのものが演技の可能性もある、という現実的な理由だ。
幼竜殺し、悪食蜘蛛と続いたのもあり、唯のそうした判断は理解できた。
しかしだからといって、はいそうですかと引き下がれない。
それから、見極めは入部してからでもいい、いや悪いしアーサーはどうなる、アーサーなら乗り越えるべきことだって、我慢してるんじゃないそれにみゆきの同意もない、などやりあった。
結果、しぶってではあったが、唯は折れた。
それでリズは晴れて水分高校ギルド部の五人目のメンバーとなった。
そして放課後、歩はリズを連れて部室に行き、みゆきを除いた四人での部活が始まった。
「平さん、岡田さん、入部許可ありがとうございます。不肖の身ですが、足を引っ張らぬよう精進していきますので、よろしくおねがいします」
「よろしくおねがいします」
「竜使いが足引っ張るとかないって! よろしく! 以後敬語抜きで!」
唯と慎一の返答は、両方とも推薦したときの反応と同じだな、と思った。
「それにしても、この部屋すごいですね。学校の中だって忘れちゃいそう」
「確かに。俺ら最初入ってきたとき、度肝抜かれたもん。あ、あと、敬語抜きでおねがい。俺も岡田さんじゃなくって、慎一で」
「わかった、慎一。私のことはリズで。唯さんも、いい?」
「いいよ、リズさん」
さん付けだったが、リズはじゃあ唯よろしく、とだけ言い、にこやかに流した。
「それじゃ部活に入るか、っと思ったけど、当分みゆき抜きだしな」
「この部活のもう一人ね。今日だけじゃないんだ」
リズがちらっと覗ってきたので、自分の番かと口を開いた。
「ああ、なんか事情があるみたい」
「噂の人よ。リズさんも聞いたでしょ?」
「ええ」
みゆきの一件は絶好の噂の的になっており、転校生のリズでも耳にしている。
「まあそれは置いとくとして、これからどうしようか」
「ギルド活動はしないんですか?」
「最近ずっとやってないね」
最近どころか、悪食蜘蛛の一件からこちらずっとやっていない。
飽きたからというわけではなく、また悪食蜘蛛の一件を繰り返したくないから、というのが理由だ。
注意していてもギルド活動には危険が伴うし、それ故に何かまた策略にはめられる可能性も高まる。
やりたくてもできない、というのが現状だ。
「やりたいねー。岡田屋の方でもやってるけど、こっちは後半年も出来ないからなあ。ちょっとやりたいねえ。リズも入ったことだし」
「夏休み、だべるだけだったもんなあ」
まあそれもそこそこ良かったけど、と歩は思っていたが、言わなかった。
歩自身は性にあっているのか、日々漫然と過ごすことが嫌いじゃなく、夏休みのただ部室に来て適当にしゃべって、適当に組手して、たまに遠出して、という日々は楽しかった。
ギルド活動をしたそうにしている慎一と唯の前では、はっきりと口に出したことはないが
「つってもすることもないしな。また適当に組手でもする?」
「あ、私したいな」
「そういうのもいいけど、なんかはっきりした活動もしたい。なんかない?」
その後せっかくだからといくつか案を上げてみたが、結局いいものは見つからずにお開きとなった。
一応、各自で探すことにはしたが、望みが薄いのは誰もがわかっていた。
翌日。
意外なところから見つかった。
「大会?」
「ああ。噂の二人で出るみたい。うちのナンバーワンとナンバーツー。例外二つ、今は三つか。除いて」
昼休み、部室に集まる日ではないため、歩は慎一その他と五人で飯をとっていた。
ちなみに唯とリズはクラスの女子十人ほどに連れられて、別のところで食べている。
唯はリズと一緒に食べることを内心嫌がっていたようだが、結局されるがままに着いていった。
箸片手に、噂を聞きつけてきたらしいその他の一人、藤村が続けた。
「今度いつもの闘技場で開かれるやつみたい。プロアマ関係無しのフリーなやつで。竜使いも少し出る位の」
「ああ、最後のアピールに使うやつね」
「最後?」
「進路のだよ」
歩が尋ねると、藤村のからっとした答えが帰ってきた。それでわかった。
「ああ、そうか。そういう時期だもんな」
今は高校三年の秋だ。つまり半年後には大学か、社会に出ることになる。
いままでどこにいっても親の庇護下にあった学生から、変わる日だ。
厳しい競争の場に出ることになり、自然と皆やる気になっている。
ただ、歩はかなり危機感なく過ごしているのだが。
「他人事だな、おい。お前進路とかどうなってんの?」
「まだ決めてないけど、ま、なんとかなるでしょ。E級とはいえ、一応竜使いだし」
「これだから竜使い様はよー」
竜使いの優遇は大学や就職にまで及ぶ。
国立中堅位までの大学なら、ほぼ無条件で入学が可能だ。
正直自分でも卑怯な特権だが、歩は色々辛い目にあってきた分の代金として甘受している。
「それは置いとくとして、んで話戻すんだけど。大会ってツーオン?」
「そ。二対二。能美みゆきと財前敬悟、ミスパーフェクトとミスターパーフェクトのコンビだって言われてんぜ」
「そんなあだ名あったか?」
「さっき俺がつけて、広めた」
「アホじゃねえの」
「進路でぎすぎすしてるとさ、ちょっとみんなで盛り上がりたいじゃん?」
「お前よー」
適当につっこみあいながら、昼食の時間が過ぎていく。
部活仲間でのんびりとしたのもいいが、野郎の馬鹿話もなかなかおもしろい。
それにしても、ミスパーフェクトとミスターパーフェクトか。
なんだかいらっとくる名前だ。
その日の放課後もみんな集まったが、結局誰もいい案は持ってきていなかった。
そう簡単に出るようなら、夏休みの間をだべって終わらせたりはしなかっただろう。
ひとまず今日は実家手伝うわ、といって慎一が帰ったところで、リズが言った。
「せっかく竜使い三人揃ったことだし、組手しない?」
そういえば昨日そんなこと言ってたなと思いつつ、唯に目配せする。
賛成という感じではなかったが、反対でもなかった。
それから近くのスポーツ公園に移動し、使用許可を求めに事務室へ向かった。
当初予約があるからと事務員は冷たく断ってきたが、三体の竜と美少女二人を見ると慌てて動きだし、少しして、なんとか一時間だけあけましたから、どうかそれでお願いできませんか、と今度は逆に土下座せんばかりの勢いでお願いしてきた。
こちらこそ無理なことさせてすみません、とは言ったが、リズに礼の言葉を言われて嬉しそうにしている事務員を見ると、ま、いっかと済ませることにした。
事務員が明けてくれたのは屋内の体育館のような場所で、かなりの広さがあった。
ここなら十分にやれそうだ、と思った。
しかし柔軟体操を終わらせ、十分に身体を温めた後、さあ始めようかと思った矢先、乱入者が現れた。
例の二人だった。
「こんにちは、竜使いの皆さん」
「みゆき」
唯が男を無視して、後ろにいるみゆきに声をかけた。
代わりまして、といった感じでリズが応対し始める。
「こんにちは。えっと」
「実は今日ここを予約してたの僕達だったんですよ。事務員の方にお願いされて、一時間融通することにしたんですが、竜使いと聞いて、これはと思いましてね。折角だから挨拶しとこうかなと」
「そうですか、それはすみませんでした」
「いえ、竜使いの方々の模擬戦なんて滅多なことじゃ見れませんからね。一時間位ならむしろ進んでお願いしたい位です」
目の前の男、確か財前敬悟とかいう悪魔使いは確かにいい男だった。
少し細めだが切れ長のすっとした目に、綺麗に整えられた少し長めの髪。
体型はすらりとしているが、学校のぴったりと張り付くシャツで案外鍛え上げられていることがわかる。
動作は高校生離れした丁重な振る舞いで、王子様、といった感じだ。
それは如才ない言葉にも表れている。
パーフェクトと形容したクラスメイトの気持ちがわかった。
後方で牛顔をした悪魔型のパートナーが待機していれば、影のある黒衣の騎士という印象を受ける。
その王子様だか騎士だかの視線が自分に向いてきた。
「どうも、はじめまして。財前敬悟と申します。以後、お見知りおきを」
「こちらこそ。水城歩です」
「はい、聞いています。みゆきさんとは兄弟のような関係だと聞いてます」
確かにみゆきと似た部分がある。こういう如才ない部分とか。
しかしなんだか腹が立った。
男の後ろで、ひっそりとたたずむみゆきに視線を合わせる。
何も言わず、ただ笑みを浮かべるだけだった。
いったい、お前は何を考えているんだ?
「そういえば大会に出ると聞きましたが」
「耳が早いですね」
「噂になってますから」
「気になりますね」
「それで二人はどういった関係なんですか?」
リズが途中で入ってきた。
最初は驚いたが、少ししてナイスだ、という声と、いや待って、という両極端の声が自分の中で木霊した。
歩の内面はそのままに、財前敬悟は口を開いた。
「秘密、です」
「みゆき」
唯がみゆきの矛先を向けたが、みゆきは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
――怒りが湧いてきた。
どうしようもない、自分でもわからない、ただかなり勝手な、自己完結的な熱情だった。
「では後五十分ほどはあなた達の時間ですから、僕達は見学させていただきます」
「いえ、帰ります」
決めた。
「ほう、どうして」
「大会出るので、あなたとみゆきと敵になるでしょうから」
「ほう」
「リズ、唯、いいか?」
リズと唯を見る。二人とも驚いていたが、反対の意思はなさそうだ。
「では、帰ります」
「なんだか早急ですね」
「時間がありませんから」
「そうですか。では大会ではいい戦いができるといいですね」
「全くもってそうですね」
それから外に出ると、学校に戻った。
「歩」
ここまで一言もしゃべらず粛々と着いてくるのもだったアーサーが、口を開いた。
「なんだ」
「やるからには勝てよ」
「もちろん」