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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第三章 貴族からの刺客
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1-1 婿と家族とその他








 歩が部室の中に入ると、慎一と唯二人と目があった。


「歩、どうだった?」

「スカウトだった」

「スカウト? 外国のギルドかなんか?」

「いや、婿」

「婿? おムコさん? あの『お嬢さんを私にください』の逆版?」


 歩がこくりとうなずくと、慎一は両手で覆った頭を振り被り、唯は苦々しげに眉を寄せた。

 どちらも大げさな反応だな、と思った。


「貴族にして謎の外国産美少女転校生にいきなりお婿さんになりませんこと? ――なんだこれ! アホじゃねーのー!!」

「同感」

「しかも当人こんな反応! もっと喜べよ! 色んな意味で!」

「実感がわかん」

「そりゃそうだー! ちくしょー!!」


 何が悔しいのか知らない馬鹿を置いておいて、歩は屋上のことを思い出していた。


 婿になりませんか? という問いの意味がわからず、当初、歩は呆気に取られてしまった。

 ただじっと目の前の外国風美人に視線を合わせ、言葉にならないはちゃめちゃな思考をすることしかできなかった。


 そんな歩に対し、彼女は何もしなかった。それまでより一層頬を赤くしながらも、ただ視線を合わせてくるだけだった。

 気丈な、しかし恥ずかしそうな笑顔が妙に印象的で、目を離せなかった。

 しばらくして、声かけてきたときからの彼女の頬の赤さは、そういう意味だったのかと歩はいまさら理解した。


 またしばらくして落ち着き、ようやく質問しようとしたところで、彼女はあっと声を上げた。


「そういえば、もうお昼ご飯だよね。私、お誘い受けてるんだった。歩君も、平さんや岡田君待たせちゃ悪いよね――じゃあ、またね」


 そうして彼女はぱっと反対側の出入り口に駆けだし、階段を下りて行った。

 蛇の生殺しだと思い、天を見上げるしかなかった。


「歩、それでなんて答えたの?」


 冷たくて腹からの太い声、しかし男の野太いものとは違う声に、歩は現実に戻った。

 唯に視線を向けると、歩をじっと見つめてきていた。

思いつめた顔をしている。

なんだか少し気を押されてしまったが、ひとまず気を取り戻し、答えた。


「何も。それだけ言って、彼女いなくなっちゃったから」

「いなくなったって、辻告白?」

「いや。俺がしばらく呆けてたから」

「そりゃいきなり言われりゃそうなるわ」

「慎一、黙って」


 ぴしゃりとした声に、慎一は黙るしかなかった。

 唯はそれから忌々しそうに眉間に皺を寄せると、じっと何か考え始めた。

 その深刻そうな表情に、新たな策略の一貫なのかと推測しているのかと思い、何も言わなかった。

確かにその可能性はある。

ただ歩は彼女の照れたような表情を思い出すと、不謹慎な気がして考えることはできない。


「ねえ、みゆき、遅くない?」


 静まった部室の中で、突然唯はそう切り出した。

 そういえば遅い。一人別のクラスになったため、どうなっているか知らなかった。


「そういやそうだな。遅れてんのかね」

「うむ。いい加減我は腹が減ったぞ」

「――お前のことも忘れてたわ」


 アーサーがぱさぱさと音を立てながら、歩の隣に飛んできた。

 しっかり眠り込んでいたようで、口の端によだれの跡が着いている。


「アーサー、聞け! なんとそこのとぼけた兄ちゃんが、」

「馬鹿が色ボケした話など聞きとうない」


 訂正。夢心地のまま聞き流していたらしい。


「アーサー」

「ふむ。なんだそんな顔して」

「あなたはいいの? 歩が受けたら外国行きだよ? それに人生も色々変わってくる」

「ふむ」


 唯の固い声に、流石のアーサーも居住まいを正した。


「といっても我はこやつに任せるぞ。色事は当人に任すが一番。出ることではなかろう」

「アーサーの今後にも関わるよ?」

「我らパートナーに色事の感情はないからのう。わけのわからぬものに手を出しとうない」


 パートナーに性別はない。

だから友情や肉親の愛情はあっても、異性や配偶者という感覚はないらしい。

インテリジェンスドラゴンのアーサーでもそれは同じようだ。

少しなんだかわびしい気持ちになるが。


「ま、そういうことだ。さっさと飯にするぞ。みゆきはどうした? まだか?」

「あなたねえ」


 唯がそう重いため息をもらしたところで、ドアががちゃりと音を立てて開けられ、みゆきが入ってきた。


「みゆき、遅い。我は腹が減った」

「ごめんごめん」

「ん、どうした?」


 みゆきは入ってきたのだが、ドアを閉めずにそこに立ったままで、中にまで来なかった。

 何かあったのか? よ聞こうとしたが、先にみゆきが動いた。

申し訳なさそうな笑みを浮かべて、手を合わせながら、言った。


「ごめん、ちょっと用事ができた。今日は私とイレイネ抜きで食べて」

「用事? 何それ?」

「野暮用ね」


 唯の問いに、みゆきは簡潔に答えた。


「今日だけじゃなくって、しばらく来れなくなるから、当分私達抜きで」

「ちょっとみゆき?」

「大丈夫、唯ならもう一人で作れるよ。かなり上手くなってるから」


 それは歩も知っている。

初めのころはみゆきが作ったものと唯が作ったものがはっきりと判別できたが、最近はほとんどわからない。

細かい好みの差、味付けの濃い薄いとか卵焼きの具材でわかることはあるが、美味しさでいうならもうほぼ同等だろう。

 しかしそんなことより、もっと聞きたいことがあった。


「みゆき、何かあったのか?」


 みゆきの視線がこちらに向いた。しかし目があった瞬間、ぷいと顔をそむけられた。

 なんだこれ?


「大丈夫。そんなたいしたことじゃないから。ちょっと、その、色々、ね」


 歯切れも悪い。こうしたみゆきを見るのは初めてだ。

 もっときちんと聞こうとしたのだが、その前にみゆきは一歩下がり、部屋の外に出てしまった。


「そういうことで、後、お願い。これから学校でもなかなか会えなくなると思うけど、心配しないで」

「みゆき! 待って!」

「それじゃ」


 ドアがぱたん、と閉められた。

 しばらくして、追いかければよかった、という唯のつぶやきが、静寂の部室に響いた。




 それから機械的な昼食を終え、教室に戻ると、みゆきの異変の理由を知った。


「告白を保留?」

「そうみたい」

「保留なら」

「今まで即座に断ってきたみゆきが、保留だからね。脈ありって思っても当然だろ」

「はい、授業はじめるぞー」


 空気を読まずに入ってきた英語教師により、中断された。

昼休憩が終わった後のほんの少しの時間に聞いたのが、逆効果だった。

五限の授業は長く感じると同時に、どうしようもなくいらついた。

視線で人が殺せるなら、何度英語教師を殺したか。


 今日は五限で終わりなため、授業が終わってすぐに入ってきた担任がホームルームを始めた。


「課題出さなかったのがある人は残ってください。逃げたら色々倍になります。夏休み後だけど気抜かないでください。もう受験なり就職なりで忙しくなります。気抜いてない人も多いと思いますが、そういう人達は気詰め過ぎないでください。何かあったら気兼ねなく私のとこへ。それが私の仕事ですし、なによりそういうのが教師の醍醐味です。来なくて問題起こされるほうが痛いですし。以上。わからないことあったら配ったプリント読んで。伝達事項終わり。掃除当番はさっさとすませちゃいましょう。では、解散」


 字面だけは長いが、短くまとめてくれた有難いホームルームを終えると、さっと慎一の方へ寄った。

 慎一は歩と話すのもよろしく、すぐにみゆきのクラスに行った。

本人に事の真相を問いただすつもりらしい。

しかし慎一はすぐに帰ってきて、もういなかった、とだけ言った。

 その後、慎一は情報収集に乗り出したのだが、相手のことやら告白の前後位しかわからなかった。


「みゆきもどうしたんかねえ。彼氏? ができたのを用事って。それに当分会えなくなるって。それになんか大仰すぎだわ」

「そうだな」

「相手の悪魔使い? 去年の学期末模擬戦が出会いなんだとさ。まあエリートだな。格付けとしても竜に継ぐB級だし。そいやみゆきはそんなやつに勝ってんだな。いまさらすげえな」

「みゆきはできるやつだからな」

「本当水臭いっつうかなんつうか」


 本当だ。小六から家族同然なのに、水臭い。

 水臭い。

 本当に? このいらつきは水臭いからか?

 姉をとられた弟の気持ち? それとも妹? 家族をとられた痛み? それともみゆきの突き離された気がして?

 それとも?


 そこで慎一が黙って自分の顔を見つめてきていることに気付いた。


「なんだよ」

「いや――お前はどう思ってんのかなって」


 俺も知りたいわ。


「歩君」


 背中側から声をかけられ振りかえると、そこに異国の美女がいて、一瞬止まってしまった。


「今日は部活ないの? ないなら一緒に帰らない? 話もしたいし」


 屋上で見た頬の赤みは当然なくなっているはずだが、ほんのりと色づいて見えた。

 今ならわかる照れた頬笑みも魅力的に写った。


「あ、うん。そうだな」


 何度かうめくようにそう言って、もう一つ大事なことがあったことに気付いた。


「慎一、今日はもう部活なしでいいよな?」

「おう。ちゃんと聞いてこい」

「じゃあパートナー拾って帰ろっか。竜を二体ひきつれての帰宅なんて、ちょっとあれかもしれないけど」


 そのときになってアーサーの竜嫌いを思い出した。

 大丈夫だろうか? いやしかしアーサーはどうでもいいなんて言っていたが、歩の将来はアーサーにも当然関わってくる。

 少し迷ったが、竜の苦手意識を乗り越えるべきことと言ったアーサーに、頑張ってもらうことにした。

 パートナー棟に行きそのことを話すと、存外なことに、アーサーはあっさりと了解した。


「言っといてなんだが、いいのか?」

「乗り越えるべきことだ。キヨモリには大分慣れたしのう」

「無理なら言え」

「誰かさんに似て、お前も過保護だの」

「誰だよ」


 少なくとも母親じゃない気がした。

 ひとまずそれで障害はなくなり、帰途につくことにした。



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