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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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4-3 疑惑







 これからどうしようと半ば途方に暮れていたころ、岡田屋との連絡役をしていた直が現れた。他の岡田屋のメンバーがいないことを不審に思ったが、なにより有難かったのは、彼とパートナーで背負った大量の医薬品だ。

 それに直は緊急医療の資格も持っていた。それも竜まで手当てできるらしい。


直は悪食蜘蛛を倒したことに驚いていたが、慎一が声をかけると、すぐに手当てを始めてくれた。

一端手当てした布を外すと、洗浄して、傷口を縫い、清潔な布で覆う。

傷口を縫っている間、痛みに歯を食いしばらなければならなかったが、手当てが終わると、不思議と安心できた。


 全員の手当てを終えると、慎一が他の岡田屋の面子の不在と、一人には多すぎる荷物の理由を尋ねた。

 聖竜会だ、と直は言った。


「現場に来てから、後はうちらでしますから~ってさ。どう考えても俺らより遅れるだろうに。ちんたらやりやがるし。それでオヤジさんたちが機転利かせて、俺とこいつだけでも送り込んでくれたんだよ」

「聖竜会がそんなこと? なんで?」

「それについては、私が原因だよ」


 詳しい説明は帰ってからにさせて、と唯が言うと、慎一は訝しがっていたが、ひとまず納得してくれた。

 直はなんだかうやむやとしていたが、慎一がいいなら、と黙った。


 それで後は帰るだけだ、となったとき、疲労困憊で横になっていたアーサーがいないことに気付いた。

 周囲を見回すと、悪食蜘蛛の死体のあたりでちょこんと座りこんでいるのが見えた。

 近付いていき、声をかけた。


「アーサー、帰るぞ」

「――ああ」

「何してんだ?」


 屈みこんで横からアーサーを覗きこんだ。

 アーサーは超然としていた。

両足を投げ出し、尻を地面についた、人間で言えば体育座りを崩したような姿勢だったのだが、背筋はすっと伸び、眼光は鋭く、穏やかだった。

 なんだか、座禅を組んでいるように見えた。


「――少し、思索をな」

「思索?」


 アーサーは悪食蜘蛛の亡きがらに視線を向けたまま、声だけで答えてきた。


「この蜘蛛にとっての、今回の騒動はどんな事件だったのか」

「蜘蛛にとって?」


 アーサーはこくりと頷いた。そんなこと、考えたこともなかった。

 何も言えず、そのまま歩が黙っていると、しばらくしてからアーサーは語りだした。


「ジャケットに使われていた糸は、何だったのか。こやつのものだったのか、それとも伴侶だったのか、それとも子どもだったのか、親だったのか。そうでもなければ、こやつがあれほど怒りを露わにし、固執することはなかったろう」


 悪食蜘蛛を思い出す。崖に落されようと、大岩に潰されそうになろうとも、懸命に追いかけ続けてきた。

目はぎろつき、歩を直視していた。怒りの感情だったと言われれば、そんな気がしてきた。


「キヨモリがこしらえたこの舞台も、なんだったかやつは知っていたのではなかろうか。だからこそ、燃え始めても即座に反応できた。だがそれでも追い掛けた。お前、というかジャケットめがけて」

「――すごい執念だね」


 後ろからのみゆきの声に後方を振り向くと、皆寄ってきていた。

 かまわずアーサーは続ける。


「一体なんだったのかは、結局はわからぬ。我らとは住む世界が違うからな。しかし我の中で、ただのその他で終わらすには、余りに強い生き物だったのでな。どうも気になった」


 この場合の強いは、歩達を蹴散らした物理的な強さではないだろう。

 思いの強さだ。

 こうして考えると、歩は自分達がやったことについて気になりだした。


 殺したのだ。

 考えてみれば、鋼金虫のときもそうだった。

命を奪うという行為について、腑に落ちない部分はあった。

解決する類のものではないと、放置したが。


「そんなこと考えてたら、何もできなくないか? 生きてりゃ他の命奪うだろ」


 慎一が言った。ギルドとしての活動を続けてきた慎一は、いわば歩達の先駆者だ。

こういうことはいままで何度も経験している。

 アーサーはふっと口元を歪めると、答えた。


「そうだな。ただ何も感じずに殺したままにしとくのは、なんとなく心残りだったのでな。せめてもの弔いとして、思いを馳せ、祈ることにしている」


 意外な反応だった。てっきり言い返すかと思った。


「祈る?」

「弔うといってもいい。仲間が死んだとき、我らは涙を流し、故人を話題に登らせ、夜を徹する。それと同じだ。こやつは何を思って行動し、何を感じながら死んだのか。それらを想像し、思う。欺瞞かも知れんが、やった後、腑に落ちるのは確かだ。何かが整然となって、己に蓄えられる。物理的な意味以外にも糧とする。その行為こそが、死者を無為としない、世界の摂理ではなかろうか」

「詩人だね」

「そうだな。語りすぎた」


 アーサーは大きな口の端でくっくっと笑い、立ちあがった。


「では帰るか。歩、帰りはイレイネに頼むからいいぞ」

「肩に捕まる体力もないか」

「お前の傷を思ってのことと考えないあたり、素性が知れるな」

「お前も同じだってこと忘れずに。それと今言ってたこと、母さんに伝えてもいいのか?」

「止めておけ。お前も一緒に罰受けることになるぞ」

「……減らすか」

「何をだ」


 それ以上何も言わず、放置した。こちらのほうが嫌だろう。

 代わって悪食蜘蛛のことを思う。

 強大な膂力。剣をも両断する切れ味の、鋼鉄の足。ぎょろりと光る八つ目。必死の形相。


 槍を合わせることはなかった、しかし確かに戦った――相手。

 死者に対して生者は何もできない。それは何でも同じ。

 偲ぶ。

 不思議とほんの少しだけ、つっかえていたものが無くなった気がした。


「おい、歩」

「なんだ」

「酒を減らしたら七代祟るからな」

「わかった」


 ならば飯を減らそう。米になんか混ぜてかさ増しすれば気付かれないか。

 アーサーを見る。


ふと、いまさらながら、思った。

先程言った死者云々をこいつはどこで身につけたのか。

あれは経験を伴った知識だった。口先だけとは思えない。

しかしこいつが葬式に参加したことはない。歩もない。

親戚付き合いがほとんどないため、そうした催しを経験することがないのだ。

それをこいつは一体いつ身につけたのか。


インテリジェンスドラゴン? 生まれながらの知恵ある竜?

本当にいまさらながら、不思議に思った。

この竜は一体何者なんだろうか。











「そうか。失敗したか」

「申し訳ございません」

「申し訳ない、というのは次があるものが言うことだ。お前はもうないだろう? そこに何の意味がある? 謝罪程度で私が溜飲を下げるとでも思ったのか?」

「――いえ、思いません」

「ならいい。おって始末を言い渡そう」

「はい。今までありがとうございました」

「おつかれ」


 言い終えると、聖竜会副会長のミカエル・N・ユーリエフは静かに電話を切った。

 背もたれに身を預けて目を閉じる。


――失敗したか。


正直、それも予想できた結果ではあった。

非常にまわりくどい手を使ったせいで、不確定要素が多すぎた。

仕方がないことではあるのだが、結果泡と消えれば何ともなくなる。


そもそも今回の件は、会長が水城歩とアーサーに目をつけていたのが最大の難点だった。

会長は鷹揚な方だが、正面切って暗殺するとなると、流石に身咎められる。

平唯だけならばなんとかなったかもしれないが、それでは竜殺しの竜が残ってしまう。

単品で殺すとなると確実に会長の思慮の内に入ってしまい、できなくなる。

水城歩とアーサーを巻きこんで殺さなければならない。


会長を説得すればよかったのか。だめだ。

竜殺しの竜などという存在を知られるわけにはいかない。

龍殺しに忙しい会長にそんな雑事をさせるわけにはいかない。

全竜使いの頂点に立つ者として、高潔で戴かねばならない。


 やはりまた同じように仕掛けるしかないか。次はどうするか。

 事前の策として用意していた資料を呼び出そうとしたとき、電話が鳴った。会長からだった。

 すっとコンソールに手を伸ばし、着信をオンにする。


「会長、お疲れ様です。どうしましたか?」

「水城歩の件だ。謀ったな」


 どっと汗が出たが、表には出さず、続ける。


「――ばれましたか」

「うむ」


 会長は静かに続けた。


「平唯も含め、後のことは私に任せよ。これは命令だ」

「はい。ペナルティは甘んじて受けます」

「ペナルティなどない。お前が考えでもって臨んでいることはわかっている」


 予想された答えだ。だからこそ、これでもう終わりだということがわかった。

 しかしそれで終わらせることはできない。


「部下に詳細な報告を渡すように。それから今回の件で使った人材のリストと活動内容も。処罰は全て私が決める」

「わかりました。ですが会長、私はやはり水城歩とアーサーを放ってはおけません」

「竜殺しの竜だからか」


 すぐに返答できなかった。

 少しして、そこまで会長が待ってくれたことに感謝しつつ、言った。


「お気づきでしたか」

「私にもお前の知らない情報網位はある」


 知らぬ間に、自分は会長を見くびっていたのか。

 ただの愚鈍なジジイと言う、馬鹿なやつらと同じく。

 会長は言った。


「副会長」


 その声は慈愛に満ちたものだった。


「お前が暗部全てを担ってくれてきたことに感謝している。しかし竜殺しの竜に関しては、私にも任せてくれ。確かに聖竜会にとって最も薄汚れた話にはなるが、同時にそれは聖竜会を揺るがす大きな危機でもある。それを一人で背負いこむでない」

「はい」


 色々な思いが複雑に絡み合い、そう答えることしかできなかった。


「情報は共有しよう。主導権を握らせてもらうが、お前にも十二分に働いてもらう。いいな?」

「はい」

「ではまた連絡する。少し休め」


 電話はそれで切れた。

 ふっと重い息を吐き、天井を見上げた。何も変わっていなかった。











「これで良かったか?」


 デスクから立ち上がり、来客用のソファに移動した会長が声をかけた。

 対面には女性が座っていた。髪を肩位まで伸ばした、年よりずいぶん若く見える美貌の持ち主だ。その隣には大きめのバッグが置いてあった。

 女性が口を開いた。


「はい、十分です」

「すまなかったな。平唯と親交があることは知らなかった上、真の狙いが歩とアーサーにあることは見落としていた」

「あの程度で死ぬほどやわに育てていませんから」


 女性――水城類はティーカップに手を伸ばした。

 音を立てずに持ち上げると、静寂のまま一口飲み、同じように戻した。


「綾辻明乃はどうする?」

「こんな感じでいいでしょう」


そう言うと類は、カバンの中から封筒を出して、渡してきた。

中には一枚の便せんが入っていた。

三つ折りにされたそれを開けて見て、絶句した。


「いい出来でしょう?」


 その便せんは、芝居の小道具にでも使うような、新聞を一文字一文字くりぬいて、それを張ることで文章を書くという、脅迫文調になっていた。

 気を取り直して文を読むと、『副会長からのペナルティはないが、報酬もない。自分で

稼げ』と書いていた。


「これを投函するだけでいいでしょう。仕事も辞める手立てになっていますし、これからのことを考えれば、それだけで十分な罰となります」

「そうか。まあ任せる」


 封筒を返すと、女性は大事そうにしまった。

 それを見て、会長は懐かしく昔を思い出した。

 そのときもまた自分は会長だったが、類は全く物怖じせず、今のように淡々と茶目っ気のあることをしたものだ。


「本当に変わらないな君は」

「私魔女なんですよ。年を取らない魔法使ってます」

「それもそうだが、内面もだ」

「あ、そうですか」


 これだ。


「本当に、息子が君を連れてきたときから、変わらない」

「はい。夫にもよく言われました」


 死んだ息子には勿体ない、よくできた嫁だ。


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