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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
62/112

4-2 決戦

少し長いです。





 ジャケットが汗で肌に張り付き始めた。

内にこもった熱が体力と共に放出されるが、すぐにわきあがる熱は、更なる体力の犠牲を声高に叫ぶ。


「歩!」

「わかってる!」


 頬の脇を流れる汗をぬぐう暇もなく、両足に力を込めて縦横無尽に大地を蹴る。

一の斧を避けても、さらに二撃三撃と刃は続く。

 右に左に身体を振り、的をしぼらせないと同時に、隙を見て大きく回り込む。

大岩に乗り、場所を変え、悪食蜘蛛の視界から消えたほんの瞬間に、一息つく。

しかし二息目をつこうものなら、すぐに悪食蜘蛛は迫ってくる。


 その応酬を、どれだけ続けただろうか。

足が粘っこくなり、視界には濃い霞がかかりはじめている。

それは時間がたてばたつほど、歩を緩慢にしていった。

 その緩慢さにささいな油断が重なったとき、自分は破局を迎える。

 あの巨大な刃なら歩の身体はいとも簡単に両断され、血のあぶくがもれ、アーサーの身体がぽてんと地に落ちる。

 歩はそこまで想像できてしまっていた。それほど疲弊していた。


慎一はまだか、という思いも薄れ始めていた。

そのとき、雄たけびが聞こえてきた。

 マオの合図だ。油田を見つけたのだ。

 吠え声のほうに視線を向けると、舌を出して荒い息をするマオが見えた。


「歩!」


 はっと意識を取り戻し、大きくバックステップを踏む。

すんでのところで、悪食蜘蛛の足から避けられた。


「よし、行くぞ! マオ、先行してくれ! みゆきもマオの近くに! 歩、気張れ!」


 歩はすぐには走りださなかった。悪食蜘蛛と見合い、じりじりと期を覗う。

 そして不意に背中を向け、走り出した。すぐに悪食蜘蛛も走り始めたのが、音でわかった。

 道路工事の業者がひっきりなしに着いてくるような感覚だ。これが終わったら、完全に夢で見るだろう。


 ただ走る。マオとみゆきとその背中に張り付き、こちら側をむくイレイネめがけ、渾身の力を振り絞る。

 ゴールが見えたおかげもあって、なんとか走れていた。


 ちらと後ろを覗う。距離は詰まっている。

イレイネがしばしば投石や手槍で牽制を加えていたが、効果は薄い。

数回だけ蜘蛛の目にかけらがあたって、ほんの少しだけ減速したことがあったが、それだけだった。

このままゴールまで行けるのだろうか不安になってきたが、歩には走ることしかできない。


 しばらく行くと、目の前の道がせばまった先で、きつい上り坂が現れた。

 ここにきて、これかよ。

マオは軽々と駆けていくが、後ろをいくみゆきは目に見えて減速し、マオとの距離が離れていった。

歩もそこに行きあたった。

一歩目を踏み出し、二の足を出そうとした瞬間、足の倦怠感が痛みにも似た警告信号に変わった。

神経細胞が無理だと叫んでいる。

 それをなんとか受け流し足を進めていくが、後ろから聞こえる大地の悲鳴の音量が、加速度的に増した。

近くなっているのだ。


 それでもなんとか振り絞り、坂の頂上が見えるところまで来た。

 後もう少しで登りきる、というところで、不意に、


「歩!」


と声がした。方角は坂の上の方だ。視線を上げると、差し伸べられた手が見えた。

 わけもわからず手を伸ばすと、その手が歩の手首を掴み、引っ張り上げた。

 手の主は慎一だった。そしてその後ろから、今まで見えなかったことが不思議な、大きな岩が転がってきていた。

 危ういところだったが、慎一が再度横に引っ張ってくれると、大岩の射線からずれることができた。


土の壁に背を預けて尻もちをつく。すぐ隣を転がっていく巨石に視線をやると、その後ろに唯とイレイネがいて、押しているのが見えた。

 二人は坂の手前で踏みとどまったが、大岩は慣性に従った。

狭まった上り坂の七割ほどを占有して、大岩は落ちていく。

巨体を誇る悪食蜘蛛がよけられるはずもない。


正面からぶちあたった。

すさまじい轟音の後、大岩は完全に停止した。悪食蜘蛛が受けとめたのだ。

呆れた膂力だが、さすがに足が止まっていた。ほんの少しだけ悪食蜘蛛の限界が見えた。

衝撃が意識を揺さぶったのか、悪食蜘蛛の足がぴくぴくとひきつっていた。

しかし数秒もたたない内に、その震えはおさまった。

悪食蜘蛛はすぐに平静を取り戻すと、足を伸ばし、大岩をどけようともがきはじめた。

そこで歩は強引に脇を引っ張られて現実に戻された。


「いくぞ! 時間稼ぎにしかならねえ!」


 またも慎一だった。歩はそれでさっと意識を取り戻し、立ち上がると、走り始めた。

 身体の辛さは変わらずあったが、少しだけましになっていた。


「慎一! よくやった!」


 アーサーのシンプルな褒め言葉に、慎一は息を切らしながら、頬を赤く染めて言った。


「石油を広げるのはキヨモリだけでもできると思ったから、探している間できること考えてたんだよ。そしたらあの坂と大岩が近くにあったのを見て、あれを思いついたわけよ。油田見つけて、マオを戻らせるときに、唯にも話して二人でここにきて、作業したわけ。なんとか間に合ってよかった」


 慎一が言い終えたところで、どん、と大きな音がした。

巨石がどけられ、どこかに落下したのだろう。


「早いな、畜生」

「けど時間が稼げた。後は走るだけね。歩、いける?」


 声をかけてきた唯に、歩は一度だけこくんと頷いて返した。しゃべる体力もなかった。

 それから走った。なだらかな上下を繰り返す荒野のような光景の中、ひたすら走った。

もう体力という言葉は消え去っていた。

 いくつもの肉体的なしがらみを、意思でうちやぶる。それだけだった。

 後方からの例の杭を打ち付けるような音が序々に大きくなり続ける中、両脇を崖で囲まれたくねくねとうなる道を駆けあがっていると、唯が叫んだ。


「この先にあるから!」


 大きな角を曲がると、ちょっとした小山が目に入った。小山といっても、高さは歩の何十倍以上、ビルほどの高さがある。

 その小山には半月状にえぐれた箇所があり、その空いた空間には今歩達が走っている道と段差なくつながる平らな場所があった。


そこには鉄塔と鋼鉄の箱、複雑にからみあったパイプが一体となったものが壁際に、そして全身をところどころ黒く塗装されたキヨモリがいた。

足元が畑のように耕されており、土は黒く濁った液体と入り混じっている。ぷんとした匂いが臭ってくる。ここが舞台か。

キヨモリの両手両足の爪にはそれらがこびりついている。包帯にも飛んでいる。舞台を作る大道具に相応しい出で立ちだ。


更に近付いていくと、舞台の細かなところが見えてきた。

思ったより広い。楕円形に黒く耕された場所だけで、模擬戦に使う広さほどある。

その楕円形の黒い畑が小山がえぐれた空間の中央に鎮座し、その両脇に砂色の大地がある。

そりたつ壁には人が一人通れる位の穴が、いくつもあいている。


「あの壁の穴はなんだ?」

「穴の中には色々道具があった。採取用に、あの人達が穴あけたみたい」


 なるほど。

 穴を注視すると、その一つに明乃がいることに気付いた。

ぼっとしているが、先程までの超然とした雰囲気は薄れ、戸惑っているように見えた。

もしかしたら、が起こりかけていることに気付き始めたのだろう。

ひとまず舞台の全貌か整った。


 歩はアーサーに視線をうつした。そういえば、アーサーもこの舞台は初見だ。

いざ悪食蜘蛛を火の海に落とすとして、どうするのだろうか。


「アーサー、落す方法だけど」


 唯も同じ心配をしていたようだが、アーサーは、待て、と言うと、十秒ほど黙りこんだ。


「――よし、歩だけ右側、他全員で左側の砂地のほうに行くぞ! キヨモリも左側に移動しろ!」


 淀みなく指示を出している。おそらく既になんらかの作戦を考えついたようだ。

 事前の時間はあったとはいえ、実際の舞台を見て十秒で考えた作戦。ほんとうに上手くいくのか心配になるが、指示に従うしかなかった。


 一人方向を変え、一人右側の砂地に立った。

 歩はそれから小さい円を描くようにぐるぐると歩きはじめた。

倒れ込みそうになる身体を必死で律し、なんとか動かす。

一度止まれば、当分動けなくなるからだ。

黒い畑をはさんで向こうの砂地では、全員歩いているわけではなかったが、身体を冷やさないよう、身体を動かしていた。

その間を縫うようにして、アーサーが指示を出していた。

距離が離れているのと、間断なく続き音量を上げ続ける悪食蜘蛛の足音のせいか声は聞こえなかった。


その足音が一段と大きくなったとき、悪食蜘蛛が道の先に現れた。八つ目が歩を捉えた。

轟音の中、悪食蜘蛛は真正面から突っ込んできた。

足を踏み出した数だけ地面に大穴をあける。

土を巻きあげ石を跳ね飛ばし、巨大な質量を伴って猛然と突っ込む、ただ一つの弾丸。


「歩、一度中に引き込め! その後、こちらに来い!」


 狙いはわかった。仕込みは他にもあるのだろうが、歩に限って言えばシンプルだ。

 湯だった頭には有難い指示だった。


 来るぞ、と両足に力を入れようとした瞬間、逆に力が抜けた。

あれと思う間もなく、身体ががくんと落ち込んだ。

 限界だった。歩く程度では何の意味もなかった。

常にエンジンを全開にしておかなければ止まってしまうポンコツになっていた。


「歩!」


みゆきの声も、歩の身体は何も良くならなかった。

 正面からやってくる悪食蜘蛛に対し、ゆらゆらとしか動けない身体の歩。どうやってやり過ごすのか。

 不意に思いつき、ゆらめく両足をなんとか動かし、後方へ身を投げ出すように動いた。

 もう限界と尻もちをついたところで、一気に視界が暗くなった。穴の中へ入ったのだ。


 尻もちをついた態勢のまま後ずさりする。穴は悪食蜘蛛が入れる大きさはない。ならば奥に行けば、なんとかやり過ごせるかもしれない。

 少しだけ、なんとか三メートルほど奥まで行けたとき、悪食蜘蛛がそのまま体当たりをしかけてきた。

 轟音と共に、山が揺れた。尻越しに大地の悲鳴が聞こえてくる。天井から埃や小石がいくつも降ってきた。

 悪食蜘蛛の身体は当然引っ掛かっていた。八つ目だけが歩を捉えている。


 その八つ目がじろりと穴のふちを見回したと思った次の瞬間、足が動き始めた。

 山が削られていく。がりがりがりがりと、まるでスプーンで豆腐をすくうように、容易く削岩し始めた。

 歩は後ろに視線を向けた。それほど深さはない。

このままでは、あの足は歩をも削り始める。

 だが何ができる。ぽんこつと化したちっぽけな身体しかもたない、竜使いなだけの歩に。

 ひとまず更に穴の奥へと進んだが、それでも悪食蜘蛛が進む速度のほうが早かった。

 悪食蜘蛛の鋼の足が歩のつま先のほんの先を掻いたとき、叫び声が耳に入ってきた。


「歩! 槍だ! 槍でやつの目を突け!」


 言われて初めて、握りしめたままの槍を思い出した。

ここに至ってまだ掴んでいたのは、完全な癖だ。もう一つの相棒だ。

しかしそれを振るうには、重大な欠陥があった。


悪食蜘蛛の足は間断なく振るわれている。

その中をかいくぐり、槍を悪食蜘蛛の目に突き刺すことはできるか。

ギロチンがいくつも飛び交う中、身をなげだせるか。

 躊躇していると、アーサーが二の句を告げてきた。


「歩! 分かっている! しかし、やれ!」


 やれ。

 なんと気ままな命令か。

 だが発したのは命を共有するパートナー。人生を共に歩むもう一人の自分。

 その言葉は重い。主観の責任が伴った客観。

やるしかない。


 歩は槍を両手で掴み、渾身の力で突きこんだ。

 両腕の表面に刃が入る。悪食蜘蛛の鋼の足だ。肉が切り裂かれる感触。

 その忌々しい感触を無視して、歩は更に槍を突き進めた。

肉が更に深く裂かれる感触の中から、手にした槍に手応えが生まれた。

ぷつんと、何か膜に穴をあけた手応え。


悲鳴が上がり、悪食蜘蛛が大きくのけぞった。そのスペースに歩は身をねじ込んだ。

腕の痛みが身体を突き動かした。

穴の外に出ると、身体を起こし、走り始めた。目標は黒い畑を挟んだ、スタートラインと瓜二つのゴール。


足がぐじゅぐじゅとした大地を踏みしめたとき、後方からの圧力を感じた。

聞き慣れた音が、これまでで一番の勢いでもって鳴り響いた。それはすぐに音量を上げていった。

歩は走った。これが正真正銘の最後だと、あそこまで行ったら、もう当分動かないぞと言い聞かせつつ、身体を鞭うって動かした。


ゴールの先で、舞い降りるアーサーの姿が目に入った。

黒い畑までぎりぎりのところに両足を置く。

そして大きく頭を振り被った。

嫌な予感がした。おいおい、と独り言までした。


予感は的中した。アーサーの口からは、炎が噴出され、それはすぐに黒い畑に燃え移った。

目の前に炎の波が生まれた。恐ろしいほどのスローモーションで、しかし恐ろしいほどの速度でもって波は襲い掛かってきた。

死ぬ、と思った瞬間、その炎の中を斜め上から突き進むものが見えた。

半透明の棒状のものが、二本。


それらは瞬時に歩の方に巻き付くと、歩を大きく引っ張り上げた。

足元の感覚がなくなり、視線が大きく上がっていった。

半透明の棒の先は、そりたった山の岸壁の上のほうにつながっていた。

そこにはイレイネの姿があった。両腕を伸ばし、そちらに体積をとられ、少し小さくなっていた。


歩はつま先の下で勢いを増す炎を尻目に、向かい側の砂地に膝をついた。成功だ。

そこにいるみゆき達の顔を見て、成功したという確信は疑惑へと変わった。目を見開き、歩の後方を見ている。


 身体をひねって後ろを見ると、宙に浮かぶ巨大な影が見えた。

 悪食蜘蛛はあの場から飛び上がって、炎の海を越えてきたのだ。

 その軌道を考え、その先が丁度炎の海から越えていることに気付いた瞬間、終わったと思った。

 そのとき。


「キヨモリ!」


 アーサーがかすれた声で叫んだ。同時にウォーという叫び声がして、歩の横顔に猛烈な風を叩きつけながら、キヨモリが駆けて行った。

 悪食蜘蛛が着地したか否かの刹那、キヨモリの全霊のぶちかまし。

 悪食蜘蛛に避ける術はなかった。

 八本もある足のどれもが宙をかき、炎の海に仰向けに飛び込んだ。


 耳をつんざく甲高い悲鳴、異形の叫び声、生理的に頭をかき乱す弦楽器に力一杯弓をあてたような音。反射的に両手で耳を塞ごうとしたが、途中で起こった腕の鋭い痛みに手が止まった。

 それは数秒でおさまった。頭も腕も凄まじい痛みだった。

槍をついたときに負った傷から、どくどくと血が滴っている。


 最初に動いたのは、みゆきだった。

さっとジャケットを脱ぐと、消毒液をぶっかけ、腰に下げた剣で二つに裂き、歩の両腕にあてた。


「あ、ありがと」

「どうしたしまして」

「あ、キヨモリはいいのか? あいつまた刃の上から構わず突っ込んだけど、大丈夫か?」

「後で。見た感じ歩の傷のほうがきつい」


 笑みも浮かべず、声だけでそう言った。表情は真剣な厳しいものだった。

 慎一が近付いてきた。満面の笑みだった。


「おつかれさま」


 その声を聞いて、ようやく終わったのだとわかった。

 ほっと力が抜けた。

 地面に倒れ込もうとして、慎一に受け止められた。


「手当て受けてんだから、動くなよ」

「ふむ」


 アーサーもやってきた。目の前に降りた。

 気を抜きながら、先程のきつい役目を負わされたことについて、相方に毒づく。


「お前に殺されるかと思ったわ」


 更なる毒で返されると思ったが、反応がなかった。

視線をむけると、アーサーはそのまま下りていった。

途中でいきなりふらふらと不安定となり、着地はぐにゃりとゴム人形のように落下した。


「おい!」


 慎一が近付き、拾いあげると、微妙な顔をした。

そのまま花束を持つような持ち方で歩の前まで持ってきた。

 アーサーがぴくぴくと生まれた子馬よろしく震えていた。目は半開きになっている。


「もてばわかるが、全身の筋肉が震えてる感じだな」

「――歩が悪食蜘蛛とやりあってるときから、ずっと飛んでたもんね。ここまで来るとき、私達のペースに合わせたのが特に。一番の難所だから、できるだけ自由に高所から指示を出したかったんだろうけど、あれは無理だったね」

「……ぅむ」


 完全にぼろきれだった。歩といい勝負かもしれない。

 それもこれで終わりだからだ。悪食蜘蛛は炎の中でうずくまったままだ。

あの中で平然とした顔でいるわけがないことは、あの悲痛な叫び声が物語っていた。


「なんとか終わった、かな?」

「待って!みんな見て!」


 唯の声に反応し、炎の中を見る。

 猛然と燃え続ける中、こんもりとした黒い影が起き上っていた。

 その影が、動きだした。第一歩からまっすぐに歩めがけている。

 影が突進をはじめた。炎の海を越え、なお燃え続ける、火車となっていた。

 対する歩には、もう立つ気力もなくなっていた。動けない。


 一瞬死を覚悟したが、衝突の間際、身体が後ろに引っ張られた。それで射線上からどくことができた。

みゆきが引っ張ってくれたのだ。手当てをしたまま近くにいたのだ。


「先生!」


 慌ただしく響いた慎一の声に反応して、過ぎ去っていった火車を目で追う。

その先には明乃がいた。

 明乃は固まっていた。気が抜けた様子だったが、動けないのか、動かないのかはわからない。

 どちらにしろ、このままでは火車に押しつぶされてしまう。


 ぶつかる、その直前。

射線を唯が横切った。

火車は盛大に壁にぶつかった。

頭から突っ込んだ態勢のまま動かなくなり、ぱちぱちと音を立てながら燃えつづけた。


目線を横にずらすと、身体を投げ出した態勢の唯と、唯の頭を見る明乃の姿がうつった。

明乃は全く動かなかった。ただ大きく目を見開き唯を見つめていた。

何事もなかったように立ちあがった唯は、明乃に一瞥もせず、淡々と歩達のいるほうに歩いてきた。


「キヨモリの手当てどうしようか」


 余りにも平然とした態度に何も言えないでいると、みゆきが答えた。


「とりあえず、慎一のジャケット位? ほとんど使っちゃったしね」


 それを聞いて、慎一が慌てて自分のジャケットを脱ぎ、唯に手渡した。

それに消毒液を乱暴にかけおえると、キヨモリの傷を縛り始めた。

キヨモリは包帯のほうで悪食蜘蛛に突っ込んだようで、包帯は汚れ、ぼろぼろになっていた。

それを選別し、結局八割以上を取り除いたが、なんとか見た目上の傷を塞ぐことはできた。


「唯、いいのか?」


 何が、とは言わなかった。

 返答は、いいの、と一言だけだった。


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