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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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4-1 鬼ごっこ






 明乃の独白が終わり、沈黙の帳が下りた。

 何も言えなかった。言いたいことはいくらでもあったし、それを言う権利もあった。

罵倒し、殴ったとしても、それを責められることはない位だろう。

 しかし明乃の解脱したような顔を見ると、そんな気分は胡散霧消した。

 代わって川の荒々しいざーざーという音が場を満たす。

 ひとまず場を変えようと歩は発言した。


「悪食蜘蛛の対策を考えるか」

「そうだな」


口にして初めて、他のことに気をとられて、悪食蜘蛛対策を何も考えていないことに気付いた。

手当まではいいとしても、明乃関連に集中しすぎた。最優先事項じゃないか。

 背中に冷たい汗を感じ始めていると、アーサーの声が聞こえてきた。


「心配するな。我には策がある」

「本当か」


 アーサーはふん、と鼻を鳴らした。


「お前には特にきついところを受け持ってもらうが、よいか?」

「もちろん」


 仕事があるほうが正直有難い。


「ならば、唯、お前のジャケットを歩に」


 明乃曰く、ジャケットは巨蜘蛛をひきつける撒き餌だ。

 それを渡すということは、つまり自分を囮にするということ。

 それはわかって、歩は指示に従った。不安そうな唯だったが、歩が笑いながら手を差し出すと、血まみれのジャケットを渡してきた。

そこでふと思いついたといった様子でアーサーが言った。


「そこの裏切り者を囮にして逃げるのもありだな」


 明乃に視線を合わせた。ここに至っても、柔らかな笑みを浮かべていた。


「馬鹿言わないで」


 唯の返答に、アーサーはふむとだけ返した。もとからそのつもりはなかったようだ。

 歩は手にした血まみれのジャケットをどうするか考えたが、腰にしばりつけることにした。

 動きの邪魔にならないのを確認していると、唯がちらりともらすように言った。


「二人とも巻きこんでごめんね」

「唯のせいじゃないだろ」


 自分でも何の意味もない発言だとはおもったが、言わずにはおられなかったのだが、その後にアーサーが続いた。


「お前が追うべき責任ではない。それに似たような責任なら、我にもある。唯が狙われているのを知っていたが、それを伝えなかった」

「どういうこと?」

「幼竜殺しの一件にはまだ裏があった。しかし故あって言わなかった。それがこの様だ」


 アーサーが珍しく毒づくように言った。


「その件については、この場を切り抜けてみゆきと慎一も揃った場で話す。ひとまず、悪食蜘蛛だ」

「そうだな。んで、策って何だ?」


 そのとき、聞き慣れてしまった、忌まわしい音が耳に入ってきた。

初めはゆっくりとしたリズムで微かな音だった。

つるはしを振り上げ、地面に叩きつけながら散歩しているような、そんなリズムだった。

それはすぐにやんだ。続いてガンガンガンガンと、絶え間ない不協和音。地面を砕き疾走する音だ。

方向は川の上流からだった。


「アーサー、唯! 来るぞ!」

「キヨモリ、起きて――」


 寝ているキヨモリを起こそうと唯が近付いたが、キヨモリはその前に目を開けた。

 目には力があった。ただのんきに寝ていたわけではなさそうだ。


「あやつはどうする?」


 アーサーが首でくいっと明乃をさした。

 明乃を見ながら、唯は憂いを持った顔で、冷たく告げる。


「明乃さん、自分の身は自分で守ってください」

「なら、着いていこうかしらね。一応、確認はしないといけないから」

「どうぞご自由に」

「唯、悪いが我を運んでくれ」


 唯と目配せして、アーサーを掴んでもらい、走り出す。

 川の脇からそれ、走りやすいところを選んで駆けていく。

砂と岩でできたなだらかな下り坂を、砂埃を上げて、脚を動かす。

すぐに水の匂いは薄れ、ほこりっぽい、山の空気一色に変わった。

 走る順番は、アーサーを掴んだ唯が先頭、その次に歩、巨体を震わせながらキヨモリ、明乃だった。

 悪食蜘蛛の姿はまだ見えない。


「アーサー、策ってなんだ!?」

「少し静かにしろ」


 アーサーは目を閉じ、鼻をひくひくさせていた。何を嗅いでいるのか。

 少しして、苦々しそうに目を開けた。


「まだわからんが。悪いがまだしばらく走ってくれ」

「何を嗅いでいる」

「石油だ」

「やつを落とすのか?」


 アーサーは頷いた。


「ここの油田はため池のように地表にまで出ている」

「なぜ知っている」

「事前の調査だ。特産に見つけた段階で、使えないか、いざとなったときに使えないか、調べておいた」


 こいつはそんなことをやっていたのか。

 ひとまず狙いはわかった。シンプルな策だった。しかし疑問は残る。


「やつだけを落とす方法があるのか!?」

「現場を見ないことにはわからんが考えてある! だが、ひとまず探さないとならんのだが、どうも我の鼻では届かん」

「じゃあどうする!?」

「走るしかない!」

「いや、俺がいるぞ」


 声と同時に、走る歩の隣にざっと何かが下りてきた。

 続いて二つの影が下りてきて、歩達と並走しはじめる。先頭は腰ほどまでの四足獣だ。


「慎一! みゆき!」

「ようやく追いついた」


 二人とも元気そのものといった感じだ。どこも怪我をしていない。

息は上がっているが、それもまだ余力が覗えた。

それぞれのパートナーも無事だった。

イレイネはみゆきの背中に乗るように、マオは先頭を走っていたが、どちらも健康そのものだ。


「よく無事だったな!」

「ああ。あの蜘蛛、案外逃げる隙はある」

「隙?」


 うなずくと、慎一は続けた。


「感覚器官はそこまで発達してない。十分逃げられるぞ。お前らが流されてから、俺は固まってしまってたんだがみゆきに引っ張られて、岩場の影に隠れたんだ。したらあいつ、きょろきょろし始めた。俺らの位置がわからなくなったみたい。五十メートルも離れてないのにな」


 慎一の顔は紅潮していた。化物じみた相手から付けいる隙をみつけられて、興奮している。


「そのまましばらく動きまわっていたんだが、あきらめてお前らが流された川の下流に向かった。俺らはその後を追ったんだけど、それも気づかれなかった。お前らを見つけるのも俺らのほうが先だった。上空からイレイネが見つけたんだ。どちらにしろ、やつ鈍いぞ。十分逃げらるぞ」

「ただ問題もあって、最初に接触したとき、悪食蜘蛛がなんで私達を見つけられたかってことなんだけど、心当たりある?」


 みゆきの問いに、アーサーが手早く答えた。


「ジャケットだ。これがあの悪食蜘蛛の目印になってるそうだ」

「――どういうこと? それになんで歩が二枚とも」

「嵌められたのだ。詳細は後で話す。優先すべきはやつの対処だ。歩には囮役をやってもらう」

「ジャケット捨てて逃げれば」

「もう遅い。見つけられた」


 後方に視線を向けると、巨蜘蛛の八つ目が光っているのが見えた。捕捉された。


「こうなると流石に全員が全員見逃されるとは思えん。やつを倒すか、追跡不能にまで追い込まねばならぬ」

「――どうするか、決まってるの?」

「やつを油田に放りこむ。それで慎一、マオの鼻を借りたい。油田の位置はわかるか?」

「余裕。ってかこの山来てからずっと臭ってる」


 歩は鼻に意識を向けたが、ほこりっぽい乾燥した山の匂いとしかわからなかった。やはり狼型のマオと、それをパートナーに持つ慎一だ。


「ならば、慎一とマオで油田探しに先行。唯とキヨモリは二人に着いて行け。油田を見つけたら、石油を地面にばらまいておいてくれ! できれば、大きな水たまりになる位に!」

「わかった」

「了解――マオ、来い」


 慎一の指示に、マオが速度を落として慎一の隣までやってきた。

その耳元に慎一がなにやら囁くと、マオが一度わんと吠えた後、再び先頭に戻り、走る向きを少し曲げた。


「アーサー、私は!」

「イレイネと一緒に、歩についてくれ。歩、この場で適当にいなすぞ」

「適当にって、本当に囮だな、おい!」

「我も残るから我慢しろ! 本来なら、油田の状況を見て作戦を立てたいんだが、お前が死んだら元も子もない。唯、離してくれ」


 唯の懐から翼を広げてアーサーが飛び立った。


「指示は我が出す。慎一、見つけたらマオを我らのとこに使いにやってくれ!」

「わかった!」


 手にした槍を握りしめる。アーサーの指示とイレイネとみゆきの補助で、悪食蜘蛛相手に時間稼ぎか。


「では始めるぞ――綾辻明乃、お前は好きにしろ!」


 隣を走るみゆきが訝しげにアーサーに視線をやった。うってかわったぞんざいな扱いに、何があったのかという感じだろう。

 幸いみゆきは何も言わず、明乃は黙って唯達の方に行った。

 そうしていく内に、目の前に道が二本できた。

一方は太いままの下り、一方はそりたった壁と道の分岐でできた崖で、人一人通れば一杯になる程度の幅しかない登り。


「慎一達は下に! 居残り組は上だ! みゆきは隠れて、イレイネに指示を! 歩、上へ進み、あの岩の上に!」


 歩は一行から逸れ、細い道を駆けあがり始めた。

駆けあがりながら後ろを見ると、悪食蜘蛛は確実に歩を捉えていた。やはりジャケットを目印にしている。

 細い道をかけあがった先は、少し広めの開けた空間になっていた。

岩が点在し、地面がでこぼこしている。

アーサーの指示に従い、一番手前にあった大岩に飛び乗る。

そこから下を見ると、悪食蜘蛛が身体を横向きに傾け、強引に細い道を駆けあがってきているところだった。


 悪食蜘蛛が登り切り、岩に突撃する間際、歩は行き違う形で宙を飛んだ。

 後方から轟音が鳴り響き、代わって悪食蜘蛛の足音が遠のいていく。

 着地してすぐに後方を見やる。悪食蜘蛛は円を描きながら再度こちらを向こうとしていた。再度の突進をよけようと身構えたが、悪食蜘蛛の走る速度が減速していることに気付いた。


「やつは切り結ぶつもりだ! 構えよ!」


 歩は意図に気付き、するすると横に向かって移動を始めた。

 それに対応するように、速度を落とした悪食蜘蛛がにじり寄ってくる。

 体当たりの応酬だけで捉えきれないと考え、じっくりと追い詰める方を選んだのだ。

 歩はそれに対応するべく、逃げ場を失わないよう注意しながら距離を取り始めた。

相手が一息で飛びかかれず、それでいて真っ直ぐ追いかけるには躊躇するような距離を保つ。

 間合いの取り合いだ。しかしそれも長くは続かなかった。


「来るぞ!」


 アーサーが叫んだすぐ後、悪食蜘蛛の足元が弾けた。

 ゴムまりが弾むように悪食蜘蛛が飛び込んできた。

 歩はそれを歩いていた方向に大きく踏み出すことで避けたが、すぐに悪食蜘蛛の後を追う。

 案の定、悪食蜘蛛は地面に八本の溝を描いてすぐに止まり、次の瞬間には歩に向かって飛び、前足を振るっていた。


 歩はさっと下がってやり過ごしたが、続く二本目のために、さらに一歩下がらなければならなかった。

 悪食蜘蛛の猛攻が始まった。

六本の足で的確に逃げる歩に食らいつき、二本の前足を蟷螂の斧のごとく振り回してきた。

 間断なく迫る斧に歩は身体を振って避けるしかなかった。

この足の切れ味は尋常ではない。唯の剣が容易く両断された。

槍で受けられない以上、歩はただ避けることしかできない。

時折イレイネの手槍が飛ぶが、動き続ける鋼の脚に散らされて終わった。


そうしていく内に、逃げそこなう時が来た。逃げる後ろ脚が崖の宙空を踏んだのだ。

見誤った、と思った瞬間、身体が宙に投げ出される。


「イレイネ!」


 すかさずみゆきの指示が飛んだ。するりと透明な不定形の腕が歩の腰にまきつき、弧を描きながら落下の力を横へ流す。

猛烈なスピードで進みながら、飛行挺の着陸のようにして、なんとか崖下の地面に着地した。


 しかしそのとき視界が暗くなった。見上げると、巨体が上空を遮っていた。

悪食蜘蛛が歩を追い掛けて、そのまま崖を飛び降りてきたのだ。

 歩は身を前に投げ出し、転びながらもなんとか落下地点から身を抜けだした。

 続いて聞こえる大地の悲鳴と、巻き上げられる埃。とっさに顔を隠した。

 飛んでくる小石や砂がおさまったところで顔を上げたが、視界はほとんどなくなっていた。

埃がそのまま煙幕となったのだ。

悪食蜘蛛を見失ってしまった。

 このままでは、いつ仕掛けてくるかわからない。


「アーサー!」

「歩、槍を真上にまっすぐ掲げろ!」


 言われて、ただの荷物になっていた槍を突きあげると、すぐにぎゅんと槍が持ち上げられた。

 慌てて全身に力を込めると、身体も引っ張り上げられる。

そのまま頭が煙幕の中から抜け出たとき、足元をなにかが過ぎ去り、歩の後方で轟音がして、再度突風が背を撫でた。


巻かせるままにしていると、先程落ちた崖の上まで引っ張り上げられた。足が届いたところで、引っ張り上げていた手応えがなくなったので、すっと着地する。

 そこにはみゆきと少し下りてきたアーサー、そしてみゆきの背で手を収納するイレイネがいた。


「助かった」

「一番辛いとこやってもらってんだから、これ位は当然。それより」


 みゆきが崖まで進み、下を見下ろした。

歩も続くと、舞いあがった埃から鋼鉄のランスが壁に杭を打つのが見えた。

 すぐに悪食蜘蛛の巨体が埃の中から抜け出てくる。


「やっぱりきついね」

「慎一達次第だな」

「歩、気を張れ」


 みゆきが離れていき、アーサーが更に上空に飛んで行く。

 歩も崖から離れ、簡易広場のほぼ中央に向かう。辿り着いたころには悪食蜘蛛が崖を登り終えていた。

 目と目があったとき、命がけの鬼ごっこは再開された。


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