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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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3-4 真相






 単調な音が耳に染みついていた。鋼のランスが地面につきささり、土を掘り起こす。ワイヤーを束ねて作ったピアノの速弾きのような、絶え間なく続く大地の悲鳴。それがすぐ後ろまで迫ったとき、悲鳴は己の喉から上がることになる。


 それを避けるべく、歩は走っていた。懸命に、決して追いつかれまいと、しかしどこか追いつかれるであろうと思いつつ。


それは周りのメンバー達も同じだったが、特に一人と一体の消耗が激しかった。


「唯、大丈夫か!? キヨモリも!」

「まだいける」


 まだ、と返す唯の顔色は、体内で発生した熱に炙られ赤みを帯びていたが、不健康な白さを伴っていた。包帯ににじむ血も増えているような気がする。体調が刻一刻と悪化しているのは明白だった。


 それはキヨモリも同じで、巨体は速度を保っていたが、一つ一つの動作が緩慢になっていた。脚の爪が地面に溝を掘っているが、序々に深くなっていっている。今にもつまづいてしまいそうだ。


どちらも持たないな、と背中に冷たい汗をかいていると、声をかけられた。


「歩こそ、大丈夫な?」

「大丈夫、なんともない」


 みゆきだったが、実際なんともなかったので、そのまま返した。唯と同じタイミングで追った歩の脚の怪我は浅かった。鈍痛はあるが、血は止まっているし、何の支障もない。


 大丈夫でないのは、現在の状況だ。


 後ろを振り返る。巨蜘蛛の影は着実に大きくなっている。このままでは追いつかれる。


 その上、純粋に体力が厳しいメンバーもいた。慎一と明乃だ。ちらと横目で確認すると、ぜーぜーと息を漏らし、もはや根気で走っているのがわかる。破局へのカウントダウンを始まっているのだ。


 どうするか、と考えていた矢先、ちょっとした上り坂を登り終えると、目の前がぱっと開けた。


 崖だ。


「みんな、とまれ!」


 なんとか強引に身体を止める。歩が先行する形になっていたのが幸いして、後ろにいたメンバーも踏みとどまれたようだ。


崖を挟んだ先は、とうてい飛び移れそうな距離ではなかった。崖を見下ろすと、音を立てて流れる急流があった。山の急峻にそって、勢いよく流れている。


 後ろを振り返る。巨蜘蛛まで二百メートルもない。左右に逃げるのも難しいし、戦うのは無理だ。


 やばい、と思考が固まってしまったとき、肩に慣れた重みが乗っかった。


「イレイネ、橋を!」


 肩口からアーサーの声が響いて、はっと気をとりもどした。ほぼ同時にイレイネの透明な全身が薄く伸び、人一人が通れるほどのカーペット状の橋が二本、目の前の崖に渡された。


 間髪いれず、歩はその上に乗った。思ったより足元は強固で、十分に駆け抜けられそうだ。


「それほど強度ないから、注意して」

「キヨモリ、二本とも使って上手く渡れ!」


 みゆきとアーサーの声に従い、動き出す。歩の隣のもう一本に唯が、その後に二本それぞれに脚を一本ずつ乗せたキヨモリが続いた。キヨモリが乗った瞬間、足元のイレイネの身体がたわんだ。


 流石に厳しいかと思ったが、ひとまずそれでおさまり、向こう岸まで駆けだす。


 崖の中央まで来て、そのままいけるかと淡い期待が生まれ始めたとき。


 ざっと宙を大きくて黒い影が飛んで行った。


 向かい岸に着地したそれは、八つの脚で地面にざっと穴を穿った。ぎろりと赤い八つの目が歩に合わせられた。


 追いつかれた、と思った瞬間、がくん、と足元が揺れた。


 まず足元を見た後、そこに繋がる対岸を見て、理解した。巨蜘蛛の足元が崩れたせいだった。そこと繋がっていたイレイネの身体が、ひっかかりを失ったのだ。イレイネ自身でも宙に受けるのだが、ここにいる全員を支えられる力はない。


 川に落ちた。


 視界が全て水で埋め尽くされ、方向感覚が無くなった。全身を水の流れが包み、身動きできなくなる。


 こういうときの対処法を、身体が思い出した。全身の力を抜く。すると序々に感覚が落ち着いてきて、自然と身体が浮かびあがる。


 身体の浮遊感がすんと途切れた瞬間、頭を上げると、新鮮な空気が口に入ってきた。我を忘れて吸いあげると、頭がすっと澄みわたった。


 周囲を見回す。一緒に落ちたのは、誰がいるのか、確認しなければならない。


 まず目に入ったのは、キヨモリだった。やはり落ちていた。巨石が川中で浮かびあがっているように見える。目にはしっかりとした光があった。


 続いて、唯が顔を上げた。片方の手でさっと拭い、ぱっぱっと顔を回したところで、目が合った。


「歩!」

「唯! 意識はあるか!」

「大丈夫! それと――っ」


 顔をひきつらせながら、水中にあるもう片方の手を上げると、アーサーが出てきた。意識がないようだ。


 泳いで唯に近付いていくと、途中でアーサーの喉から水が噴き上げられた。二、三回吐きだした後、せき込み、目を開いた。


「生きてるか?」

「なんとかな。クソ、お前の肩になんざ飛び移らなければよかった」

「減らず口は死んで良かったのに」


 安堵と共に毒を吐きだしたが、アーサーの足元の水が黒く濁っていることに気付いた。


「唯、傷が」

「開いたね」


 唯は苦笑しながらそう言ったが、途中で顔を大きくしかめた。包帯をあっという間に染め上げた傷が、固まる暇もなく急流の中にさらされたのだ。当然のことだ。


「キヨモリも、きついね。顔には出ないけど、私より傷深いよ」

「ならさっさと上がらないとな、と」


 どこか掴まれる箇所はないかと見回すと、キヨモリの更に奥で、何かが浮かびあがった。


 なんだろうと思い、目を凝らすと、岡田屋のジャケットが見えた。急いで近寄った。


 反動で歩の身体が水中に追いやられて行くのを感じながら、ジャケットごと下にあったものを起き上らせると、それが明乃だと気付いた。意識がない。


 さっと首筋に手をあてる。鼓動はしっかりしていた。気を失っただけか。口元に耳を近付けると、呼吸も感じられた。


「明乃先生だ! 意識はないけど、呼吸はある!」


 それを聞いて、唯がほっと息をもらすのが見えた。


 明乃をひっぱりながら唯とキヨモリの方へ近寄る。


 それからしばらくは急峻な崖が続いたが、しばらく行くと崖も低くなり、なんとか登れそうな箇所を見つけて、身体を起こした。


「唯、手当てを」

「先に先生を」

「――わかった」


 平なところを選び、明乃を横にした。背負っていたバッグを枕にし、息ができるように胸元をゆるめる。


「唯、次はお前」

「おねがい。包帯は後、私のバッグの中にしかないから。歩と先生の分はもう使っちゃった」


 バッグから応急キットを取り出した。防水になっていたため、中は無事だったが、前に手当てした分で、とてもではないが量が足りない。ひとまず他の濡れた布をきつく絞り、アーサーに軽くあぶってもらったもので、代用することにした。


まず唯の手当てを始めたのだが、その途中で包帯を巻く手を唯が止めた。


「後はキヨモリに」

「けど」

「どっちみち足りないんだから。しょうがないよ」


 唯の切なげな微笑みに負け、明らかに足りていない量の包帯を結んだ。


 続いて今度は歩と唯とアーサーの三人で協力して、キヨモリにとりかかった。イレイネの役をアーサーにやってもらい、滞ることなく終わらせることができた。


 それを終えると、力が抜けたといった感じで唯がその場に崩れ落ちた。


「無理しすぎ」

「少し休ませて」

「全く」


 唯の前に着地し、小言を垂れようとしているアーサーと唯を尻目に、様子を見ようと、気絶したままの明乃に近寄った。


 呼吸と鼓動、双方ともに変わらず存在しており、ほっとしたところ、視界に明乃の枕になっているバッグが入った。そういえば、この中身はまだ物色していない。


 包帯が足りず、その上に唯は来ていた黒蛇製のジャケットを、キヨモリはタオルや予備のシャツを裂いて繋げたものを巻いていたが、手当てしてすぐに布の八割が血で染まった。やはり足りない。


 包帯はもうないが、明乃のバッグにもまだ使えるものが残っているかもしれないと思い、そっとバッグを取った。


「唯、先生の分も使おう」

「あ、そうだね。キヨモリに」

「お前もな。後は俺とアーサーがやるから、もう動くな」


 唯に近寄っていき、バッグの中を取り出した。


 包帯のなくなった応急キット、発煙筒、懐中電灯、多機能ナイフ、などに混じってタオルを見つけて取り出そうとしたところ、タオルの中に妙な感触のするものがあった。


 取り出し、タオルを外すと、四角い鉛色をした箱があった。


「何それ?」

「なんだろう」


 三者で顔を見合った後、その箱を外した。


 予想外の代物が中にあった。













「副会長さん、私は言われたことを済ませましたからね! ちゃんと契約は守ってくださいよ!」

「分かっている」

「分かっているなら、早く済ませてください」


 口やかましい女に、聖竜会副会長、ミカエル・N・ユーリエフは閉口していた。どうも策を練るにあたり、丁重に話をすすめたおかげでこの女は錯覚しているらしい。聖竜会副会長と、ただの一石油業者に過ぎない自分の力関係を。


 それを強いてここで言うのも面倒なので、後になって思い知らせてやればいい、と思っていたが、流石に小うるさすぎる。


「私は頼りにならない夫や義理両親の分も仕事したんですからね。ちゃんと上乗せしてもらいますよ」

「わかったわかった。後は事務に通せ」


 強引に切った。もう用はない以上、副会長が応対する必要もないだろう。


 息を吐きながら、背もたれにゆっくり乗っかった。今回の策略のことを思い返す。


 石油業者の仕込みはまず上手くいった。ギルド連合での出会いの場面はいささか演出過剰だったが、平唯達にインパクトを残す必要があったし、その後で上手くフォローできたからよかった。


 石油業者のキャスティングは上手くいった。あの石油業者は、数年前に川に原油を流出した保証金で、莫大な借金を抱えていた。確かに石油の採掘は割のいい仕事ではあったが、報酬が異常に高いわけではない。儲かるのならば、村の連中がやつらに任せっきりにするはずがないのだ。借金は、十年先でも返せる金額ではなかった。


 その上、巨蜘蛛以前に、石油そのものも近隣は取りつくし、危ない外地近くまで取りに行かなければいけない状況になっていた。竜使いすら容易に踏み入らぬ土地に近寄らないとできない仕事に、正直あの石油業者は辟易していたのだ。先祖代々の仕事とはいっても、現実の前には無常だ。巨蜘蛛が現れればなおのことだ。


 それを知って、仕込んだ。平唯達が巨蜘蛛に挑むきっかけと、決して退けぬ理由付けとして。


 結果、上手くいった。


 満足気に口元を歪めていると、閉じていたまぶたに光が差し込んだ。目の前のコンピュータにメールが入ったようだ。


 会長からだった。外来種の悪食蜘蛛の件、いつ処理するかという話だった。


 一ヶ月後に討伐隊を派遣する予定です、と返しながら、直接平唯達を始末する仕掛けを思い出す。


 あの巨蜘蛛は外来種の悪食蜘蛛だ。通常の悪食蜘蛛とは文字通り桁の違う存在だ。外地で進化した、悪食蜘蛛らしき蜘蛛なのだ。以前、聖竜会が撃退したことがあったが、死亡者は出なかったが、一年間を棒に振った隊員が出た。それほどの力を持っている。


 少し前、その個体が再度現れたと聞いたとき、これは使えると思った。竜使いを真正面から殺しうる魔物。そして、以前やったときに回収した、その魔物の糸。


 悪食蜘蛛にとって、糸は自分の一部だ。それを身につけた、以前戦った相手がいればどうなるか。


それを考え、昨年の学期末模擬戦にて、平唯と水城歩に渡したジャケットにはこの個体の悪食蜘蛛の糸を使った。そしてそれを着らせるよう、綾辻明乃に言い渡した。


 結果はどうなったか。まだはっきりとはわからない。しかし岡田屋に割り込ませた瀬崎の報告によれば、既に危うい状態に陥っていると考えられる。


 それ以外の仕込みも色々あったが、おおむね上手くいった。外来悪食蜘蛛の討伐を、普通の悪食蜘蛛の討伐として依頼申請させ、認可、さらに竜使いのみとすること。さらにその依頼書を頃合いを測って平唯に送ること。山場に入っての岡田屋への妨害。そして綾辻明乃。


 綾辻明乃が懸念材料といえばそうなるか。しかし彼女は諜報部に所属し、戦闘には長けていないものの、エージェントとしての力量は相当なものだ。そしてなにより、彼女には目的がある。


 どちらにしろもう大詰めだ。岡田屋の反応からして、外来悪食蜘蛛とは接触している。

 戦力は竜一体と雑兵。竜殺しの竜も力は発動しえない。








――竜殺しの竜。水城歩とアーサー。あの奇怪な竜もどき。そしてもう一つのターゲット。


会長は任せろと言っていたが、それはできない。あれは忌避すべき存在だ。竜を殺すために生きる竜など、存在そのものを抹消しなければならない。


 故に今回の任務でも表だって狙いと伝えたことはない。やつらの死は平唯の余波を受けてのものだとおしか、誰も考えていない。そう意図して計画をすすめた。何故やつを狙わなければならなかった、とも思わせてはいけないのだ。


会長にも知らせていないのはそのためだ。存在そのものを、できるかぎりの少数人数に抑えなければならない。それは会長ですら、会長だからこそ知らせてはならない。


聖竜会において、現会長は象徴だ。英雄だ。そして歪な形をした聖竜会をまとめる巨大で荘厳な器だ。だからこそ、その器にひびを入れるような存在は、出来る限りの力でもって排除しなければならない。器に入れるものの選別こそ、歴代副会長の役目だ。


 平唯、キヨモリ、水城歩、アーサー。すべていらない、排除すべきものだ。


 さて、処分は完了しただろうか。


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