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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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3-2 悪食蜘蛛?








 森の中を歩いていると、ぱっと開けたところに出た。群生していた木々はなりを潜め、変わってむき出しの土と岩と、その隙間にそっと入り込んだかのような、ささやかな雑草だけになる。濃密な生臭い香りは跡形もなくなり、荒涼としたほこりの匂いが鼻腔を満たした。


 悪食蜘蛛がいるのは、この荒涼とした山間部らしい。村人や例の女性からの情報と、マオの鼻、双方がそれを支持している。


「さて、これから気を引き締めていこうか」


 鋼金虫のときと同様、一行のリーダーとなった慎一が、全員に語りかけた。


 それに頷いて返すメンバーは、学期末試験のときにもらったジャケットと戦闘服を来た歩、その肩にアーサー、同じ格好の唯、関節を黒蛇製のサポーターで固めたキヨモリ、岡田屋のジャケットと戦闘服のみゆき、いつも通りのイレイネ、若干ひいたところに同じ格好の明乃、足元に彼女のパートナーである蛇型のコトヨミ。ギルド部の制服は、この日に間に合わなかった。頼んでから数週間たち、連絡もしてみたのだが、軍からの大量発注が入ったとのことで、謝罪の嵐にあった。


 メンバー以外にもう一人いた。


「おー、らしいじゃん。頑張ってんのね」

「――そういうとこ、オヤジ達に似なくていいんすけど」


 慎一に煽りを飛ばしているのは、岡田屋のメンバーの一人で、今回、歩達と岡田屋の間の連絡役を受け持った青年だ。名前は山田直。よく日焼けした肌に、高身長、引き締まった身体に、余裕のある態度は、ギルドメンバーとしてよく鍛えられているのがわかる。慎一の兄貴分にあたるらしく、頭が上がらないようだ。


 その隣には、彼のパートナーがいた。大型の二つ首を持つ狼、オルトロス型のアカメだ。体躯は相方の直よりも大きく、体長は二メートルを大きく越している。いざ何事か起こったとき、直はこのパートナーに乗って、高速で移動するようだ。


「おやっさん達ほどきつくないだろ? こん位余裕を持って返せや」

「ほんとうちはスパルタで」

「愛の鞭、愛の鞭」

「いきすぎた鞭は虐待だっつうの」


 そのやりとりを見ていると、自然と身体から無理な力が抜けていくような気がした。これもギルドとしての、気の抜き方なのだろうかと一瞬思ったが、これはおそらく考え過ぎだ。


 そうしている間にも、行軍は進んだ。山道を登っていると、自然と汗が出て、息が少し苦しくなってきた。標高が高いようだ。


 周りを見ると、多かれ少なかれ皆疲労が見えた。特に明乃は見るからに息を切らしていた。みゆきも疲れが頬に出て、時折袖で額を拭っている。


 察してか、慎一が休憩を宣言した。


「目的は悪食蜘蛛の討伐だから、行軍だけで体力使い切ったら元も子もない。疲れたら、遠慮せず言えよ。水もちゃんと飲むこと」

「立派立派」

「そこ、黙れ」


 兄貴分の煽りを流しつつ、慎一も大きな岩の陰に座りこみ、手慣れた様子で水筒のふたを開けていた。慎一の体力はみゆきに劣る位のはずだが、余裕があるのは、経験が多いからだろう。家業のギルドを手伝っていたのは伊達じゃないようだ。


 慎一以上に余裕のある直が、話の矛先を変えた。


「そういや、竜使いの二人はなんで岡田屋のジャケットじゃないの?」


 歩が答えた。


「本当は俺らも着ろうとしたんですけど、明乃先生がこっち着なさいって」

「へえ。どうしてっすか、先生」


 まだ頬が上気したままの明乃が引き継ぐ。


「私も校長に言われたんですよ。それ、黒蛇製でも最高のものらしくて、かなり丈夫で」

「校長直々のお達しか。竜使いは気使われてんのな」


 嫌みかと思ったが、直にはそうした棘は見られなかった。単純に感想をもらしているといった感じだ。


「もうそろそろ行こうか」


 慎一がそう言うと、再度行軍を開始した。


 時折、外地まで後何キロという立て看板を発見した。それを見る度、ここが世界の果てだという実感がわいてくる。幸運なことに、後何キロの数字が小さくなることはなく、間違って外地に入り込むようなことは避けられそうだ。


三十分ほどたったころ、慎一が全員を止めた。

悪食蜘蛛が近いらしい。


「最後の休憩取ろう。身体が冷えない程度に休んだら、いくぞ。先生は後ろのほうでお願いします。直さんは、俺らと離れて、なにかあったら岡田屋に連絡頼みます」

「了解。では仕事モードに入りましょうか」


 全員が息を整え終えると、出発した。


 出発した直後から、アーサーは歩の肩から飛び上がり、周囲に目を光らせていた。小さな身体が、卵よりもさらに小さく見える高さにまで高度を上げている。より遠くを見通すためだろうが、いつもよりもより高く、より注意深く見やっているのがわかる。最後まで今回の討伐に反対したアーサーには、やはり思うところがあるようだ。


 それを見て、歩も気を引き締めた。戦場だ。


 連絡役の直と分かれ、十分ほど後、左に岸壁、右に断崖の、横に広い山道を登っていた頃、いきなりアーサーが叫んだ。


「身がまえよ! 来るぞ!」

「いたのか!?」

「それどころではない!」


 慎一の質問をはねのけ、更にアーサーは続ける。


「明確に我らに向かってくるぞ! 大きさはキヨモリより二周りでかい! それに――足には金属光沢がある! 気をつけよ!」

「どういうこと!?」


 不穏な言動を聞いている間に、さらに不穏な音が聞こえてきた。


 ザクザクザクザクという音。絶え間なくスコップで地面を掘り返しているに聞こえる。


 その音は息を着く暇もなく大きくなった。方角は正面、坂を上がった先。そのため姿は見えない。


 歩は槍をにぎりしめ、前に出た。動揺はある。しかしそれはアーサーの役目だ。歩がやることは、躊躇いなく動くこと。脊髄で考え、だからこそ一歩先んずること。


同時にキヨモリも出る。両雄並び立つ、とまではいかないが、この場でのツートップが揃った。キヨモリにも動揺は見られない。これこそ竜だ。


 すぐ隣に巨大な質量を感じつつ、視線は正面へ。


 出た。


 蜘蛛だ。いやしかし、違う。


「なんだこれ」


 事前に調べた悪食蜘蛛は、黒に近い灰色の体毛を生やし、キヨモリ以下の巨体を揺らしつつ、八つ目を光らせる、オーソドックスな巨蜘蛛だった。特筆すべきは、無機物でも好んで食べ、それを糸に反映させるだけだったはず。


 目の前にいる巨蜘蛛を見やる。


 まず大きさが違う。アーサーが言った通り、二周りほどキヨモリよりでかい。距離があるため正確にはわからないが、少なくともキヨモリより小さいということはない。


 なにより異なるのは、八つの脚だ。全ての脚に鈍色に光るランスのようなものが付いている。三角錐の尖った金属靴を履いているようだ。その靴ともランスともとれる代物は膝を越えてもなお伸び、頭より少し上くらいの高さまである。


 その逆さに林立する八本の鉄製クリスマスツリーの間に、灰色の身体に埋め込まれた紅い八つ目。その目には感情が見えた。殺気だ。


 巨蜘蛛が動き始めた。


 ガンガンガンガンと音を立て、乾いた地面を掘り起こしながら、まっすぐに突っ込んできた。


「皆、避けよ!」


 アーサーに言われるまでもなく、タイミングをはかって射線上から退く。


 しかし大蜘蛛の脚の一本は、退いた歩を追うべくほんの少しだけ、確実に動いた。


 鋭い痛みが走る。いや、それほどではない。皮膚の表面を裂かれただけだ。黒蛇製の戦闘服を引き裂いて。


 ガンガンガンガンと音を立て、巨蜘蛛は過ぎ去っていった。


 皆避けていた。陥没した地面の横、岸壁を背負うようにして、身を投げ出している。


 皆無事か、と思おうとしたとき、赤いものが見えた。


 唯だ。


「唯!」

「大丈夫。それより巨蜘蛛を」


 唯の瞳はしっかりと現実を見ていた。確かな意識がある。ただ頬には血がついており、左腕で右腕の肘あたりを抑えていた。黒い戦闘服の裾をしたたり、地面に赤い液体が落ちる。


 その先に視線を向けたとき、すっと喉の上あたりをなにかが通った。地面には唯の剣があった。刀身がまっぷたつになったものが。


「受けたらこうなった。避けるしかないみたい」


 淡々と告げる唯の頬に、苦い笑みが刻まれた。初手の失敗で、手ひどい痛手を受けてしまったのだ。


 気を落ち着かせる暇もなく、音が聞こえてくる。穴掘りの音であり、そして自分達を襲ってくる予兆でもある。


 どうするか考えるまでもなく、ひとまず道の中央に戻ろうとしたとき、背中のほうから轟音。


 耳をつんざく、咆哮だ。


「ウゴオオオオォォォォォ!」

「キヨモリ! ダメ!」


 キヨモリだった。


 唯の声も届かず、巨竜は地を蹴った。


 強烈な振動が二つ。一方は穴をあけ、一方は地面を陥没させていく。


 ぶつかった。


 キヨモリは正面から受け止めた。巨蜘蛛の振り上げた前足二本の間に身体を入れこみ、胸のあたりで巨蜘蛛の頭に強烈な一撃を加えている。巨蜘蛛の動きは止まり、心なしか揺らめいて見えた。


しかし代償に赤い鮮血を払っていた。振り下ろされた両足がキヨモリの背中に赤い線を描いている。そこからは液体が垂れていた。まず見ることのない、竜の赤。


 キヨモリはそこから両腕を差し込むと、半ば右肩で担ぐようにして、巨蜘蛛を投げた。


 方向は絶壁。巨蜘蛛の姿は消えた。


「キヨモリ!」


 腕を抑えたままの唯が寄ると、キヨモリはそれまでと一転して可愛らしい声を上げた。背中からはこんこんと血が溢れている。投げたときに傷つけたのか、右肩にもぱっくりと割れた痛々しい傷が刻まれていた。


「お願い! 誰かキヨモリの手当てを!」

「慎一、指示を!」


 アーサーに促され、慎一がはっと動いた。


「みゆきとイレイネでキヨモリの傷を。明乃先生も補助で。俺が唯のを見る。歩は警戒、落ちていった先に注意して」

「了解」


 みゆきは既に動いていた。すっと寄っていく間にカバンを外し、中をひっくり返すと、そこから救急キットを取り出した。


「みんな、包帯出して。私のだけじゃ、キヨモリには足りない」

「わかった」


 歩もカバンを下ろし、救急キットを取り出すと、中から包帯を取り出した。


 みゆきはパートナーと協力して、手際よく巻きつけていた。イレイネが手を伸ばし、キヨモリの巨体にすっと白い布を回していく。回した途端に赤く染まっていくが、続けて重ねていく。足りなくなったみゆきの手に包帯を渡すと、それをすぐに前の包帯と結びつけ、イレイネに再度回させる。不定形故のイレイネの利便性はここでも発揮された。


 それを見ていたのもつかの間、歩も自分の仕事に戻り、巨蜘蛛が落ちていった先を見た。


 かなりの高さがあった。正確にはわからないが、先に並ぶ木々がおもちゃに見える。


巨体が落ちていった余波で転がる石や舞いあがる砂の中、土気色の中に鈍く光るものが見えた。普通の蜘蛛と同じく、身体を丸めて転がっており、身動きしない。


「いた。動かない」

「わかった。続けてみて」


 報告がてら、横目で慎一と明乃、手当てを受ける唯を見た。ジャケットの上から包帯を巻かれて、最後に結ばれるところだった。しかし既に包帯は血に染まり、唯の左眉が痛々しく傾けられていた。


 そして意識を大蜘蛛に戻すと、丸まっている身体が、くるりと転がるところだった。きっちりと八本脚で大地を捉えると、崖を落ちていったとは思えぬほど何気なく立った。


 戦慄を覚えるなか、いつのまにか下りてきていたアーサーの解説が飛ぶ。


「生来の蜘蛛の強度もあるだろうが、一番はあの鋼鉄か。あれで傘を作れば、尖ったものでもないと、直接肌には当たらんか」

「なんだこれ。悪食蜘蛛ってこれか?」


 手当てを終えた慎一が横にやってきた。


「匂いはそうだな。村でもらった、悪食蜘蛛が残していったのと同じ。けど、これが悪食蜘蛛か? ありえねえ」


 慎一は目を細めたが、すぐに見るのをやめ、後ろに戻っていった。見えなかったようだ。


「それより、これからどうするかだ」

「逃げるしかないよ。キヨモリがこれだからね」


 みゆきが言った。両手についた血をタオルで拭っている。


「そうだな。崖の下までいったんだから、距離は取れたはず。逃げられる」


 その先のキヨモリには、腹巻きのように包帯が巻かれ、その一部が右肩にもかかっていた。自然と幼竜殺しのときのことを思い出す。これで二度目か。


 その隣で肩腕を釣った唯が口を開く。


「逃げよう。私達じゃ無理だ。あれには軍レベルの武力がいる」


 同感だ。そしてそれは皆同じようで、誰もが逃げ支度を始めようとしていた。


 そこで気にかかった。明乃の顔だ。血の気が引いている、しかしどこか迷っているように見えた。何も言わない、何もおかしなところはない、ただこころなしか動きが鈍い。


「先生!」

「――ええ。逃げましょう」

「やつは下だけど、まあルートを変えればなんとかなるか。迂回すれば、全く別のところに――」


 不審を覚えつつ、再度崖の先に視線をむけると、はっとした。


 明らかに巨蜘蛛の八つ目が歩を捉えていた。殺気も残っている。


 動いた。崖に向かって猛進すると。


 ガンという音が聞こえたような気がした。巨蜘蛛の脚が壁面に振られていた。


 そのままロッククライマーのように、脚を壁にうちつけて上げってくる。序々に速度が上がる。あの巨体でそんなことができるのか!?


「みんないそいで! 来る!」

「来るってなにが?」

「やつは壁を登ってきている! じきに来るぞ!」


 初めはきょとんとしていたが、すぐに意味がわかり、驚愕の表情のまま走りだす。


「上に行くぞ! 下に行くとやつに追いつかれる!」

「けど道が」

「逃げるのが先決だ!」


 慎一にアーサーが怒鳴り、みんな山道を上に走り出した。


 ガンガンガンガンという音が耳に木霊した。それが実際の音ではないことはわかっていたが、耳にしみついて離れなかった。


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