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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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1-5 初めての実戦




 しばらく行くと、歩くのもままならないほど密集していた森が、途端に開けた。


 木々一つ一つが大きくなり、その分間隔が空いている。背の高い木々のせいで光が届かないせいか、足元の雑草も背丈がほとんどなく、コケのような、ぐしゃっとしたものばかりだ。


 絶え間なく鼻をひくひくと動かし、鋼金虫の匂いを追っていたマオが、ワンと軽く鳴いた。


「もうちょいか。気を引き締めて」


 慎一とうなずきあい、集中する。


 少し進んだところで、今度は地面に異変が見られ始めた。


 大きな溝のようなものが、いくつもある。深さは数センチもないが、幅がどれも一メートルはある。巨大なタイヤの車が行きかったような、そんな感じだ。


「慎一、これは」

「鋼金虫の跡。やつら身体ひきずって移動するから。巨体を足だけじゃ支えられないんだよ」


 マオが低く唸るように鳴いた。

 立ち止まり後ろを振り返ると、慎一が小声でメンバーの顔を見渡しながら、見つけた、荷物下ろして、と口にした。


 背負ったカバンを下ろし、パートナーのを外した後、そろりそろりと歩いて行くと、今はゴマ粒のようにしか見えない、巨体が目に入った。


 卵を半分に切ったような殻がいくつも並んでいる。埃やコケがついているが、驚くほどその殻はつるんとしていた。よく見えないが、資料によれば濃い茶色。殻の先二割ほどのところで、すっと切れ目があり、そこに虫特有の複眼が一対並んでいた。


 その巨体の中、一番外にいた小さめの鋼金虫が、こちらを向いた。途端にピーっと甲高い音がした。


 鋼金虫が一斉にゆっくりと回転し始め、歩達の方を向いた。


 更にゆっくり、はじめは見間違いかと思ったくらい、本当にゆっくりと動きだす。目標は歩達。


「警告もなしか」

「人間の匂いが嫌いなんだよ、こいつら――来るぞ。キヨモリ、よろしく。先生は危なくなったらで」

「わかりました」


 キヨモリがのっしのっしと歩いてきて、先頭に立った。今回、キヨモリが主役だ。鋼金虫の巨体と真正面からやりあえるのは、キヨモリしかいない。


 鋼金虫の移動速度は、序々に上がっていった。巨体故、動き出すまでは遅い。しかし速度を得た瞬間、転がる岩のような、絶対的なエネルギーを得る。それをつぶそうにも、やつらの触覚は容易く人をかぎ分けてしまうため、隠密に近付くことはできない。


 故に歩達は十分な加速を得た鋼金虫と、正面から挑むしかない。


 鋼金虫達の集団に微かに土砂が混じり始めた。地面を巻き上げているのだ。もうかなりの速度を得ている。ゴマ粒の大きさだった虫達はもう卵大にまで見える。地面をえぐる鈍い音が、うるさくなってきた。


 後数秒で接触する、というところまで迫った時、慎一が、今だ、と叫んだ。


 キヨモリが正面に向かって地を蹴り、歩達は真上に飛び上がった。


 頭上に生い茂る木の枝を掴み、飛び乗る。キヨモリを除いた全員が、森の上にいた。


 途端に響く轟音。キヨモリと鋼金虫の集団がぶつかった音だ。


 キヨモリは正面から鋼金虫を受け止めた。圧力に押され地面に溝を描いたが、しっかりと両腕で掴んだまま止まった。キヨモリの呆れた力だ。強引に力で押しつぶしてしまった。


その後ろから、何体が掴まれた鋼金虫の尻にぶつかった。ぶつかるたびに、キヨモリの身体が何度も震えたが、それだけで終わり、逆に衝突した虫達は、派手に転がった。


残りの鋼金虫キヨモリの横を通り過ぎた直後。


「今だ!」


慎一の掛け声に合わせ、歩達は地面に降りた。


 まず動いたのは唯。キヨモリによると、捕まえた鋼金虫の甲殻の隙間に、剣を差し入れた。蠢いていた虫は、甲高い音で鳴いた後、すぐに動かなくなった。


 同じことを、転がっている鋼金虫にやっていった。歩も巨木にぶつかり、態勢を崩していた一匹に、槍を突きいれた。少し固い感触を突き破ると、途端に手応えがなくなった。その奥で柔らかい何かを裂いた。命を裂いた感触だ。


 初めての感触に一瞬手が止まったが、慌ただしいアーサーの声で我に返った。


「後十秒!」


 鋼金虫が戻ってきたのだ。歩達に仕留められた分だけ戦力を減らしていたが、その分だけ獰猛さを増しているような気がした。


「みんな、上がれ!」

「キヨモリ、またおねがい」


 慎一の号令に、槍を引き抜き、再び飛び上がった。唯に声をかけられたキヨモリは、ぶるると鼻を鳴らした後、大群へと向きなおした。


 待ちかまえるキヨモリに、向かってくる大群。先程と同じ光景。


 衝突するかと思った直前、先頭にいた鋼金虫が少し方向を変えた。


そのままキヨモリを避け、奥に進んでいく。後陣も先頭に習ったかのように、キヨモリのところだけを避けて行った。そこは危険だと、わかっているかのように。


 虚にとられた歩を引き戻したのは、足元の轟音だった。


 キヨモリを避けた集団が、そこらじゅうにある木に体当たりをしたのだ。


 轟音は一度では終わらなかった。断続的に何度も続く。すぐにミシミシと何かが割れるような音がしはじめ、ゆっくりと木が倒れ始めた。


 初めに倒れたのは、みゆきが乗っている木だった。


「みゆき!」

「大丈夫!」


 倒れ行く木の中、イレイネの腕が歩の乗っている木の、更に上に伸びた。腕が手近な枝を掴むと、イレイネと一体となってみゆきが宙を横切り、歩のすぐ隣の枝に着地した。


 しかし歩の乗っていた枝も、激しく振動した。歩の乗っていたところにも、鋼金虫の敵意はやってきていたのだ。


 別の木に飛び移ろうかと考えたが、見回した木はどれも激しく揺れていた。逃げ場がない。


 降りようと地面を見ようとした瞬間、無防備に宙を飛ぶ姿が目に入った。


 明乃だ。


 歩は反射的に枝を蹴った。


 落ち行く明乃を追い越すと、その腹に腕を回し、斜めに地面へと降り立った。勢いを殺すこともできず、地面を覆う雑草を両足でめくり上げた。


 衝撃をまともに受けた両足に痺れを感じたが、眼端に突進してくる鋼金虫が見えた。明乃の腹に腕をまわしたまま、さらに地を蹴って、なんとか鋼金虫の射線上から退くが、身を投げ出すようにしか飛べなかった。


 そこに更に鋼金虫。一直線に歩にめがけてきている。両膝を突く態勢のせいで、動けない。


 やられる、と思った瞬間、視線に巨体が写った。


キヨモリだ。


 頭を押さえる形で、キヨモリが斜め前から鋼金虫に突進していた。斜め前から弾かれ、鋼金虫はキヨモリと共に歩の横を通り過ぎ、その先にあった木にぶつかり、勢いを止めた。


 木が折れる高い音と、折れた木が地面に落ちる重い音の中、真横を通り過ぎた超重量に首のあたりを冷えたなにかが登っていった。


少しして我に返ると、起き上り、キヨモリの後を追いかけた。まだ蠢く鋼金虫を抑え込んでいるキヨモリを飛び越え、鋼金虫の甲殻の隙間に槍を差し込む。再びの感触の後、鋼金虫が甲高い悲鳴を上げた。


「助かった。ありがと、キヨモリ」


 ゴウ、と答えたキヨモリが立ちあがったところで、周りを見回す。


 木々が何本も地面に転がる中、鋼金虫が十体以上ひっくり返っていた。さすがの鋼金虫も木を貫くことはできなかった。木を折るのに、轟音が何度も続いたことからわかる。ならば木にぶつかった反動で、動きが止まってしまう。捨て身の戦術だったのだ。


 明乃を見ると、腹にラリアットをくらったせいか、ごほごほとせき込んでいたが、大丈夫そうだ。


「まだ残ってる! 手が空いてるやつは、次が来るまでに転がってるのに止めを!」

「いや、大丈夫だ。残りは逃げた」


 慎一が叫ぶ中、落ち着いた声でアーサーが告げた。先程から宙を飛んでいるアーサーは、冷静に鋼金虫の後を目で追っていたようだ。


「なら、止めに集中! アーサー、何かあったら頼む!」

「了解」


 そのまま周りを見回した。唯とみゆき、慎一がどんどん鋼金虫に剣を突き刺して行った。歩も槍を掴み、動き出した。


 歩がそれから二匹止めをさすと、それが最後だったようだ。慎一が明乃に声をかけていた。


「先生、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です。足引っ張ってしまいましたね、ごめんなさい」

「いえ、構いません――歩、お前は大丈夫か?」

「ああ、俺はなんともない」

「ナイスだった。実戦初めてとは思えなかったわ」


 幼竜殺しとの一戦があり、初めてではなかったが、苦笑するだけで何も言わなかった。


「水城君、ありがとう」

「いえ、お腹大丈夫ですか? かなり強引に掴んでしまったんですが」

「仕方がないです、助かっただけ有難いです」


 そう言い終えると、明乃が再度せき込んだ。そこにみゆきが寄ってきて、手早く取ってきていたカバンの中から、水を差し出した。


 みゆきに背中をさすられつつ水を口に含む明乃に安堵しつつ、歩は周りを見回した。


 鋼金虫が何体も転がっていた。もう動くことのない遺骸を見ていると、手にいまさらながらの感触が蘇ってくる。柔らかい、大事なものを突き破った感触。そしてこれから何度も味わうことになる感触。


 これも生きる上での犠牲だ、と納得しようと思ったが、まだ割り切れない。


 感触を振り払おうと、空を飛ぶアーサーに声をかけた。










 明乃は教え子たちと共にキャンプに戻っていた。


「先生、おつかれさまでした」

「いえ、不出来な教師で申し訳ない。足を引っ張ってしまいました」


 岡田屋の当主、岡田一が声をかけてきた。


「いえいえ、先生には感謝しています。実地に付き合う教師なんてほとんどいないですから。こんな危ない仕事、給与はでるとはいえ、なかなかしたがりません」


 それは明乃がたくらんでいるからだ、とは言えない。困ったような笑みを浮かべて、やり過ごした。


 何か必要だったら言ってください、と言って、学生達のところに戻っていった。その先では、初めての大きな依頼を果たし、興奮した様子の平唯がいた。


 さすがの竜だった。あれほど巨大な鋼金虫を真っ向から掴む。事前の計画でそうすることは知っていたが、正直、目にするまでありえないと思っていた。内心、これで自分の計画が終わるかと思っていた位だ。


 驚いたのは他のメンバーもそうだ。学生の身分なのに、落ち着いて指示を出していた慎一、あっという間に見つけたそのパートナー。岡田屋の息子とはいえ、ありえないほどギルドメンバーとして洗練されていた。


 能美みゆきもだ。彼女は元貴族だが、詳細は謎だ。副会長に全てを聞くことはできず、自分でも調べてみたが、何が起こってこの学校にいるか、全くわからない。初めての現場とは思えない落ち着き、咄嗟の判断、そして自分を気遣う余裕。学校での模擬戦を見ていても思ったが、大人すぎる。パートナーのイレイネとの連携もそうだ。何があれば、あそこまで練られた十七歳になれるのだろうか。


 そして水城歩。助けてもらってわかったが、その身体能力は確実に学生レベルにない。桁が違う。報告よりも更に力を増しているのではなかろうか。咄嗟の判断も、誰よりも早かった。学生達のすさまじい動きに気をとられ、失敗してしまったときは死ぬかと思った。彼には感謝するしかないが、心からできない自分が、なんだか情けない。今回は出番が少なかったが、アーサーの視野の広さ、落ち着きもすばらしかった。水城が命の危機に瀕したのに、あれだけ落ち着いて自分の仕事ができたのは、本人の資質か、パートナーへの信頼か。


 どちらにしろ、学生ギルドとは思えない、ありえないレベルの仕事だった。


 この程度は軽くこなすだろうから、安心して付いていけという、副会長の言葉も、今なら納得できる。


 これまではまず副会長の計画通りにいっている。平唯と親しい友人達の輪に、自分も入ること。ギルドを作ると決めてからは、そこにも深く関わること。討伐の標的をできるだけレベルの高いものにすること。できるだけ万事障害なく進めること。


 明乃が受けた指示はそれだけだ。それ以外は知らされていない。正直、何から何まで腹芸ができるとは思わない自分としても、副会長のやり方は正しいと思う。不安なことはいくつもあるが、内に秘めてただ耐えるしかない。


「先生、どうぞ」


 はっと我に返り、差し出された金属製のカップの先を見ると、慎一の母、岡田二がいた。


「あ、ありがとうございます」

「疲れましたか。仕方がないですよ。これでも飲んで落ち着いてください」


 頂いたお茶を口に含む。初めは味がわからなかったが、序々に分かりだす。温かく優しい味だ。


 ありがとうございます、と答えると、笑みを浮かべて、二は外に出て行った。


 再びカップを傾ける。喉を通り、胃から広がる熱は、自然と身体を弛緩させてくれた。


 しかし。


 自分はこの温かい感覚を覚えていいのだろうか。


悪食蜘蛛初めてからレスないのでわからないですが、どうなんですかね。ひとまず一章終です。i挟んで次行きます。

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