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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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1-3 ギルド②








 手続きは、あっさりと進んでいった。


 まず申請書類への必要事項の記入。代表者は唯にした。それが一番てっとりばやいからだ。代表者を別にしたところで、すぐに竜使いがいることはバレてしまう。ならばいっそのこと表に出し、面倒なことはさっさと済ませつつ、竜使いであることを利用しよう、という少し姑息な発想だ。


 担当してくれる教師については、慎一があっさりと見つけた。新任で担任の綾辻明乃だ。申請書類を取りにいったときに声をかけられ話したら、自分から名乗り出てくれたらしい。残り一年もない活動期間のことを考えると、できるだけすんなりと決めていったほうがいいでしょう、と。お固い印象があったが、案外生徒思いの良い先生なのかもしれない。


 学校の許可は、唯が出張ると一瞬で下りた。


 そして現在。


週末まで待って、歩達は学生ギルド連合へと赴いていた。


「へえ、ここそんなのもやってたんだ」

「ギルド連合としても、試験のためには一定の場所が必要だからな。ここなら普段は何もないし、試験もできる。ああ、事務所があるのはあっち」


 目の前にあるのは、学期末模擬戦が行われた、歩達と唯達が戦ったコロシアムだ。模擬戦の際は、建物の周りには人が溢れ、出店も出ていたが、今日は何もイベントがないらしく、閑散としている。歩達と同じくギルド連合に用があるのか、コロシアムに隣接した建物に向かう人が、まばらにいるだけだ。


「人いないね」

「ま、何もなけりゃこんなもんだわな。その分、手続きする人が少なければいんだけどなー。三日前に連絡したときは、誰もいないとか言ってたけど」

「時期がずれてますから。普通は四月中にすませるのでしょう」


 今日も襟元までぴっしりとボタンを占めた明乃の推論に、唯と慎一が頷いた。確かにもう五月になっている。ギルドの設立申請と試験は、学生ギルドでも一般のギルドでも、新年度始まってそう経たない内に済ませるだろう。


 納得した慎一が、ふいに話題を変えた。


「そういえば先生、今日はありがとうございます。わざわざ休日だってのに」


 明乃が笑みを浮かべた。他所いきの笑顔だったが、それでも雰囲気が柔らかくなった。


「いえ。私もいい経験だと思っているので。竜使いを教え子に持つなんて、そうあることではないですし。実はあのタイミング狙ってましたし」

「えー! そうなんですか!?」


 他所いきの笑みを浮かべたまま、明乃が言う。


「はい。最近岡田君が平さんと懇意にしていることを知っていたので」

「そうだったんですか!」

「普通そうなると思いますよ?」


 色々あって、学校では唯や歩に積極的に関わろうとする人はいないが、まだ新任でこれまで竜や貴族と関わった経験がない人なら、そういう風に考えてもおかしくないのかもしれない。


まばらだが道を行き交う人達が、歩達に向けてくる視線に黒い感情が見られないのも、明乃と同じく、遠くからしか竜を見たことのないギャラリー故だろう。それはここに来るまでも同じだった。多くの人がキヨモリに視線を向けているのがわかる。口を半開きにして、視線を縫い付けたように、キヨモリを凝視している人もいた。貴族にまつわるいざこざを知らず、ただ憧れの存在として竜を見る人は、案外多いのだ。それもいざ触れると変わってしまうものだが。


 そうこうしている内に、ギルド連合の建物についた。模して造られただけとはいえ、時代の趣を感じるコロシアムとは全く違う、薄い木目の壁にガラス戸が並び屋根はこげ茶色の、現代的でオーソドックスな建物だ。


 慎一を先頭に中に入ると、役所のようにずらっと窓口が並んだ空間が見えた。実際に窓口で手続きをしている人は一人だけだったが、壁側には何人かが黒いボードを前になにやら話し込んでいる。そこには依頼書が貼っているのが見えた。


 全員入り終えたところで、場の空気が変わったのがわかった。皆が見ているのは、やはりキヨモリ。


 歩達が何をする間もなく、窓口の隣の通用口が開き、そこからスーツを着た、頭が後退しかけの中年男性が出てきた。


「水分高校の方ですね? どうぞいらっしゃいました。こちらにどうぞ」


 旅館にでも来たかのような応対に面食らってしまった。慎一にぱっと視線を向けると、ぶんぶんと首を振った。いつもはこんなことはないようだ。これも竜故か。


 歩と同じように明乃もうろたえていたが、みゆきと唯は平然として、静かに中年のおじさんに従って、入口から左にある応接室に歩きはじめていた。各パートナーもそれに従っている。


 慌てて歩達も着いて行き、応接室の中に入った。学校にある唯の特別室のような設えだった。中央にテーブルを囲むようにソファが配置されている。


「どうぞお座りください。パートナーの方々には、あちらを用意しております。よかったらお使いください」


 並ぶソファの横には、いくつもクッションが並べられた場所があった。言われた通りに、そこにパートナー達は進んでいって腰をおろしたが、アーサーだけは行かず、歩の肩にとまったままだった。


 歩達がソファに腰掛けたとき、歩達が入ってきたドアから、ティーカップが並んだお盆を持った女性と、それぞれ大きめの洗面器のようなものを持った男性が入ってきた。女性はテーブルにティーカップを並べ、男性はパートナー達のほうに行った。


「そちらの方には、何をお出ししましょうか?」


 中年男性の視線が自分に向いているのを見て、初めてアーサーのことを言われているのに気付いた。


「いえ、おかまい」

「こやつらと同じものを頼む。できればカップは小さめのもので」


 アーサーの声を聞いて、中年男性は一瞬目を見開いたが、すぐに元の表情に戻った。人語をしゃべるパートナーはまずいないため、初対面の人はいつもこうした反応をしてくる。すぐに取り繕えたのが意外だと思った位だ。


「では用意させていただきます」


 下がろうとした女性に中年男性は目配せし、女性が頭を下げて戻っていった。


 それから上着のポケットにポケットに手をやり、名刺を取り出して唯に差し出した。


「ギルド連合水分支店支店長の上橋業平です」

「水分高等学校三年、平唯です。こちらから、能美みゆき、水城歩、そのパートナーのアーサー、岡田慎一、それと受け持っていただく綾辻明乃教諭」


 支店長と目があったとき、ぺこりと頭を下げた。

挨拶が終わり、ふとした間が空いた瞬間、おずおずといった様子で、慎一が言った。


「あの上橋さん、えっと、この対応は?」


 慎一の顔を見ると、実は知り合いなんだ、と返ってきた。

 その後を続けるように、上橋が話しだす。


「慎一君の両親はギルドを経営されていますから、その関係で懇意にさせていただいているのです。両親の手伝いをしている慎一君とも面識があります」

「それで、このやたら肩こるような対応ってなんです? 竜使いが代表だからですか?」


 ドアが開き、先程の女性がお盆に小さめのカップを持って入ってきた。同じようにテーブルにそれを置くと、一礼して戻っていった。


 上橋は困ったような表情を浮かべ、唯に視線を向けた。


「私ももっと率直な対応で構いません」


 唯の言葉を聞いた後、上橋はふっと息をもらして気を抜いた。

 張っていた肩を下ろし、口調も柔らかいものに変えて、上橋が言った。


「竜使いの方には、こういった対応をしないと、機嫌を損ねられる方もいらっしゃるんだよ。対応はマニュアルにもなっている」

「普通、応接室使って支店長が直接応対したりしませんよね?」


 上橋は頷いた。


「本来なら、一般向けのギルド連合が学生ギルドを扱うこともね」

「竜使いさまさまですね」


 竜使いである唯の毒のこもった言葉に苦笑しつつ、上橋は脇に抱えていた封筒から書類を取り出し、それをテーブルの上に広げた。そこには注意事項や契約内容が書かれており、その中に混じって認定書があった。


「まあ平さんがこういう方で助かったよ。おかげで手早く済ませられる」

「この後は、試験ですか?」


 事前に聞いた話によると、この後ギルド連合側の担当者と模擬戦、その結果に応じて、ギルドを作る能力があるか、あるならばギルドのランクはどれくらいのものか、決められるとのこと。ランクはE~AAA+まであり、学生ギルドの場合は、だいたいEかE+で、よくてもD-に振り分けられるらしい。


 上橋はさっと首を振った。


「いや、試験はない」

「え、それじゃどうやってランク分けするんです?」

「もう決まっているんだ。君たちには、C+のギルドランクが当てられる」


 慎一が固まった。思考毎凍りついたようだ。口元がわずかに動き、ありえない、と呟くのが聞こえた。


「竜使いだからですか」

「その通り。模擬戦も下手打って被害が出るのはギルド側だしね」


 唯の質問に答えたところで、慎一は動きだした。両手で頭を抱え、なんともいえない声をもらした後、激しい口調で口を開いた。


「ありえねえ。C+って一般ギルドでも最初っから割り当てられるなんてないのに。うちでもBB+だぜ?」

「竜使い無しの上限だね。岡田屋さんは、うちで一番のギルドだ」

「余計な補足説明いいっすよ。なんすかそれ」


 余計といいつつ、慎一の頬が一瞬ぴくりと動くのが見えた。嬉しかったのだ。自分の家が褒められて。慎一がギルドに、自分の家にかなりの誇りをもっているのが透けて見えた。普通の学生生活と並行して、ギルドとしての活動も行ってきた慎一だ。ギルドの世界、コミュニティを、慎一は身内の庭のように思っているのだろう。


その庭をただ竜をパートナーに持つというだけの新参者が踏み荒らしている。しかもその新参者には、自分も含まれている。なんともいえない、無情な現実だ。竜使いである歩も、背中がむずがゆくなった。


 明るい調子で、上橋が言った。


「まあ今回に限れば悪いことではないよ。おかげでC+依頼までこなせるんだから。後で依頼書を郵送しておくよ。宛先は学校でいい?」

「はい、おねがいします」

「宛名はどうするかい? ギルドの名前は決まってる?」


 そういえば考えていなかった。慎一以外の三人がぱっとお互い見回し、ばつの悪そうな表情を浮かべた。上橋がふっと笑み混じりの息を漏らした。


「それなら水分高等学校ギルド部にしておくよ。たしか水分高校には他にギルドはないからね」

「おねがいします」

「じゃあ、はいこれ。認可書が入ってるから、部室の壁にでも貼っておいて。無くしても再発行するけど、できれば無くさないでね」


 広げた書類を封筒に戻し、唯に渡すと、上橋は立ち上がった。


「じゃあこれで終わりです。おつかれさまでした。あ、綾辻先生には、学生ギルドの担当講習がありますから、残っていただけますか?」

「はい。わかりました。あなたたちは先帰っておいてください。結構長いみたいですから」

「すみません、色々と」

「いえ」


 端的な返答しかしなかったが、明乃の顔に不快な感情は見えず、歩は内心で肩をおろした。

 明乃は新任の教師だ。かなりの激務をこなしているはずだ。歩達はそこに更に仕事を上乗せしてしまっている。今もそうだ。今の口調だと、結局、折角の休日をまる一日潰させてしまうことになるのだろう。それを申し訳なく思っている。


 まだ頭を抱えたままの慎一を立たせ、応接室から出て、窓口のあるところまで戻り、そこで足を止めた。


 窓口で奇妙な光景が広がっていたのだ。


「おねがいです! 速く依頼を受けてください! 村はいまにも駄目になりそうなんです!」

「そう言われても……」


 髪の乱れた女性が窓口にしがみつくように身を乗り出し、必死の形相で叫んでいた。服は地味目なロングスカートに、簡素で質素な上着を着ていたが、ところどころほつれ、色あせていた。靴は泥でまみれ、靴下にも跳ねている。


「どうしました?」

「あ、支店長! えっと、この方がまた――」


 女性がこちらを振り向くと、ホラー一歩手前の動きで走ってきて、上橋の両腕を掴んだ。


「お願いします! うちの村を!」


 上橋はそっと腕を掴んでいる手を外すと、頭を下げる女性に向かって優しく声をかけた。


「申し訳ありませんが、うちではどうしようもない案件なのです。紹介した他の支店でないと、受けられません」

「受けてもらえなかったから、ここに来たんです! お願いします!」

「無理です。お引き取りを」


 女性が頭を上げ、その顔が歩達に晒された。涙を散々流してきたのか、目元は赤く腫れ、大きな隈ができている。髪には艶がなく、ほつれているのが遠目でもわかった。


 その目が、キヨモリに合った。


「竜! いるじゃないですか! 彼等ならばう――」

「彼等は学生ですし、今ギルドを作ったばかりです。当ギルドとしては、許可が出せません」

「そんなこと、関係ないです! うちの村に一度来てみてください! あなた達! どうか」

「お引き取りを。警備員! おねがいします!」


 警備員がやってきて、女性を摘まみだした。騒動の種がいなくなった後も、事務所はざわざわとざわついていたが、上橋がパンパンと手を叩き、業務に戻ってください、というとそれで従業員のざわめきはおさまった。


「気にしないでください。こういうことはたまにあるんですよ。私はこれで」


 そういうと、上橋はまだ居心地が悪そうにしている、依頼書が貼られたボードの辺りにいる人達のところにやっていき、談笑し始めた。プロだ。


 しかし歩は連れ出された女性のことが気になったままだった。それは皆同じようで、てっとりばやい慎一が窓口に走っていき、尋ねた。


「あの女性は、どうされたんです?」


 窓口の女性はなかなかしゃべろうとしなかったが、熱意に負けてか、話してくれた。


「討伐依頼なんです。彼女の住む村が被害にあっているから、討伐してくれって。だけど、本部が竜使いの方でないと討伐許可が出せない、って言いだして、それでうちでは無理なのでお断りしたのですが」

「他でも断られたと」

「みなさん、お忙しいですし」


 窓口の女性は作った笑みを浮かべたが、そこにはなんともいえない悲しみが見えた。先程の女性は、この世界の、ちょっとしたどうしようもない壁の一つにぶち当たったのだ。


 歩達にはどうしようもない。竜使いはいる、しかしギルドとしては初心者もいいところだ。支店長も反対をしている。何もしたことがない歩達が勝手に突っ込めば、二次被害が増えるだけだろう。


 歩はその場を後にしようと、みゆきに目配せし、うなだれる慎一の肩に手を当てた。

慎一が顔を上げ、受付の女性に礼を言ってくるりと後ろを向いた後、不意に質問が思い浮かび、それをそのまま口にした。


「その討伐対象は、何なんです?」


 女性は答えた。


「悪食蜘蛛、だそうです」


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