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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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1-2 ギルド①









 弁当をつつがなく食べ終わり、慎一の買ってきたパンに手を伸ばそうとして、気付いた。


「これ、買ってくれたのか? 冗談だったのに」


 少し他と違う包装のパンを手にとり、慎一に向かって言った。慎一が買ってきたままだったパンの山の中に、冗談で言ったぜいたく品が混じっていたのだ。

 満足そうに茶をすすっていた慎一が、そのままの態勢で言った。


「財布出してから最近バイト代入ったこと思い出したのよ。ならいつものお礼も兼ねて、ってね」


 歩はそれで納得したのだが、代わって唯が質問を飛ばした。


「そんな使ってよかったの?」

「まあそれなりに稼げてるから」

「稼げてるって?」


 唯の関心が向いてきて嬉しかったのか、慎一は勢いを増して答える。


「俺家業手伝ってんのよ。そんでちゃんと時給換算してバイト代もらってんのよ」

「へえ、意外としっかりしてんのね」

「意外とってひどいなおい! ま、そんなわけで、歩、いただいちゃってくれ。お前に写させてもらって、課題するはずだった時間が短縮できて、短縮した分バイトできたと考えれば、婉曲にバイトを手伝ってもらったことになるし」

「んじゃありがたく」

「我にもよこせ」


 腹が満たされ寝惚け眼になっていたアーサーが、唐突に身体を起こした。このパンが好物の一つだからだ。


「モノの聞き方がなってないな」

「くださいおねがいします」

「おし」


 身を預けていたソファから飛び上がり隣にきた馬鹿に一切れ渡すと、すぐに頬張った。


「うむ、なかなか。やはりええのう」

「食いすぎ」


 何食わぬ顔のアーサーに続いて、歩もかぶりつく。まだ温かい肉は柔らかく、噛んだ途端に肉汁が溢れだした。そこに濃い目に味付けされたソースが加わると、濃厚すぎる旨味が口内を満たしたが、それを刻んだキャベツと食パンが緩和して丁度よい濃度を保ってくれる。逸品だ。


 堪能する歩とアーサーをよそに、慎一が唯とみゆきに残りのパンを薦めた。


「ってことで、どうせだからみゆきちゃんたちも食べちゃってよ。作ってくれた弁当には勝てないけど、旨いし。いつも作ってくれるお礼」

「えっと――」


 唯が慎一とみゆきの顔をちらちらと覗う。満腹で、もういらないが断りづらいのかと思ったが違う。身体を鍛えているせいか、四人ともかなりの大食いだ。最近では重箱でも若干足りなくなってきている位なのだ。それはない。


少しして気付いた。本当にもらっていいのか、わからないのだろう。唯はこういうことに慣れていないところがある。


 世話焼きな姉のように柔和な笑みを浮かべながら、みゆきがパンに手を伸ばす。


「ではいただきます」

「どうぞ」

「えっと――じゃあ私もいい?」

「好きなのとっちゃって」


 慎一に促され、唯は少し迷って小さめのものを手にとった。

 おずおずとパンを包んでいた紙を外し、口に入れる。それを見て、慎一も適当に包みを取り、口に入れる。


「どう?」

「うん、美味しい。――ありがと」


 慎一は黙って笑った。


「それにしても、結構な量だよね。家業って何してるの?」


 パンは四人に各三つずつ、つまり十二個あった。他にも飲み物を買ってきているため、一回の昼食には多すぎる。


 慎一は一瞬とぼけた顔をした後、ひきつった苦笑いを浮かべた。


「どうしたの?」

「いや、うん。まあ何。ミスったなと」

「何が?」

「両親の仕事はギルドの経営」


 唯の顔がこわばり、手にしたパンに目線をやった。もう半分も残っていなかった。

 慎一が慌てて声をかける。


「機嫌覗うために買ってきたわけじゃないから! そこは信じて!」


 慎一は三人に学生ギルドを作らないかと声をかけている最中だ。昼時のなごやかな時間に忘れていたが、直接関係ないとはいえ、ギルドという単語を聞かされると思い出してしまう。


そこに毎日の食事にしては金のかかりすぎているパンの山がからむと、つい邪推してしまう。


「下心は一切なかったって言うと嘘になるけど、それが本命じゃないからさ」


 唯は答えない。失敗した、という感じで表情を固くするだけだ。

仕方なく、歩は慎一に助け舟を出すことにした。


「唯、信じてやって。慎一はそういう立ち回りばっかするやつじゃないからさ」

「――歩がそういうなら」


 なんとか誤解が解けて、慎一がほっと胸をなで下ろしたが、唯が続けて言った内容を耳にして、すぐに身体が強張るのが見えた。


「けど、このままじゃ駄目だね。学生ギルドの結論出そうか」


 唯が歩に視線をぱっと視線を向けてきた。


「歩はどう?」


 半ばひきつる慎一の顔を見て、すぐに答える。


「俺は賛成。この面子で何かやるのも楽しいだろうし」


 もともと歩は賛成派だ。唯もそれをわかっている。

それ以上は何も言わず次に移った。


「アーサーは?」

「反対だ。危険を犯すのは大人の仕事。学生がすべきことではない」


 意外に固い理由だが、これで賛成一、反対一の同数だ。


 唯にさされる前に、みゆきが口を開いた。


「賛成に一票。折角だからね。イレイネも同じ」


 これで賛成三、反対一だ。残るは唯とキヨモリ。キヨモリは感心なさげなので、唯が二票持つことにしているが、答えはわかりきっている。


 慎一が理由を聞いたときの、はっきりと答えた唯の声が思い出される。


『竜は強い影響力を持つ。竜が二人もいるギルドを作ったら、学生ギルドの領域を越えてしまう。こなせる依頼には中堅ギルドでも受け切れないものも入るし、そうなると色んなところからの接触がある。最初は大手竜ギルドからのお誘いかな。断ったとして、それで大手の機嫌を損ねなかったら、各種中堅ギルドからの勧誘合戦。贈り物もかなりのものになる。中には足を引っ張ろうとするものも含まれている。違法薬物とかね。そうなると、ただの学生ギルドであり続けることは難しいよ』


 貴族としての冷めた一面だった。説得力があった。それ以上、何も言えなかった。


 それを聞いてもなお、慎一が誘ってきたのは意外だったが、それでも唯の態度は頑ななままだった。


 慎一がじっと見つめる中、唯が口を開いた。視線は慎一に向けられている。


「あのとき言ったこと、覚えてる?」


 慎一が頷くと、唯は続けた。


「それでも誘ってきたのはなんで? 理由を教えてくれる?」


 少し口ごもったが、慎一は意を決したように背筋を伸ばすと、口を開いた。


「もったいないと思ったんだよ」

「もったいない?」

「ああ」


 少し意外な言葉だ。


「どういう意味?」

「俺がギルドの手伝いしてきたのはさっき言ったけど、実は結構奥深くまでやらせてもらっててさ。討伐任務とか参加して、実際に魔物とやり合ったりしてんだ」


 驚いた。手伝いというからには、事務とか、そういったこまごましたものかと思っていたが、実際に矢面に立つところまで行っているとは思わなかった。


 慎一は穏やかな口調で続けた。


「現場は実際きつい。重い装備を抱えて山をいくつも越えたり、森の中を分け行ったり。相手にする魔物もかなり強い上、命がけだし。けどさ、依頼を終えて、家に帰って宴会するとものすごく楽しいんだ。協力して仕事をやり遂げた後の達成感とか、なんとも言えない仲間意識っていうか、とにかく酒も飲んでいないのに一晩騒ぎ通したりとかさ。それが忘れられなくて、辛い仕事もなんとかこなしているんだと思う」


 想像でしかないが、わからないこともない。幼竜殺しに襲われる前に、雨竜も交えて学校に泊まり込んだときのことを思い出す。途中で悲惨な事件を起こしてしまったが、楽しかった。あそこに達成感だったりが加わると、どんな心地良い時間ができるのだろうか。


「そうやっていると、どうしてもお前らが気になるんだよ。学校でも特別扱い受けて、ただ日々を漫然と過ごしているっていうか、悲嘆に暮れてるっていうか。好きでそうしてるならいいんだけど、お前らそうじゃないじゃん。長いこと付き合いある歩は確信あるし、みゆきちゃんも他の人にはどっか一線置いてる部分あるし。平さんもそうじゃない? 勿体ないじゃん、そういうの。押しつけがましいかもしんないけど」


 慎一の顔を見た。少し気恥ずかしそうにしているが、しっかりと唯の顔に視線を向けていた。

 こんな一面があったとは。自分のことをそんなふうに見ていたのか。


 表情に少しだけ赤みを増した唯が言った。


「ギルドなのはなんで? 家業に関係してない? 今後の人生で、竜使いとギルドを組んだ経験が生きるとか、コネを作れるとか」


 この発言に、唯が慎一を拒絶しようとしていた理由があったように思えた。いきなり自分に接近してきた相手に対し、竜使いのおこぼれを頂こうとする輩には、歩もごく短期間ではあったが経験があった。

 慎一は少し間を置き、しかし一度も視線をぶらすことのないまま、答えた。


「正直、そういう感情がないとは思ってない。ギルドにしたのは、自分の保身もないとは言い切れないと思う。人間、そういうもんだから。けど、ギルドなら俺も色々ノウハウがあるし、すぐに活動するまで持っていけるってのが一番の理由なのは確実だと思う。竜使いでも、満足に参加できるのは、文化系を除くと極少数だから」


 竜使いの膂力は他を圧倒する。そのため一般の運動部が参加する大会には、出場できないきまりがある。別に竜使い用のものがあり、逆にそちらがメインといっても過言ではない位、盛り上がるのだが、それはまた別の話だ。特にそちらの将来への結び付きは尋常ではない。


 慎一の語る内容には説得力と生の感情があった。


 しかしそれと唯の語った竜使いがギルドを作ったときの予測とはまた別の話だ。結論を出すのは、唯に託されている。


 唯が口を開いた。


「もし学生ギルドを作るとしたら、これから何をすればいいの?」


 慎一の顔が破顔した。それから勢いよくしゃべりだす。


「まずは手続き。申請書類書いて、学校に許可もらって、担当してくれる教師探して、その後学生ギルド連合に。そこで適正試験を受ける。ここまでで多分一週間位。全部パスできたら、学生ギルド連合から送られてくる依頼なり、一般のギルド連合のとこ行ってもらえる依頼なりを選別、準備、実行。全部で二週間もいらないと思う」

「なら早速始めよう。みゆき、歩、いい? アーサーも」

「我は決に逆らったりせぬ」


 決定だ。歩、アーサー、みゆき、イレイネ、唯、キヨモリ、そして慎一、マオの学生ギルド。


「職員室いって、申請用紙もらってくるわ」

「あ、ちょっと待って」


 唯に呼び止められ、早くもドアに駆けよりはじめていた慎一が振り返る。


 唯が頭を下げた。律儀な面が表に出た。


「ごめんなさい。あなたも竜使いに媚を売る輩だと思っていました。ギルドの件も、これまでの態度も、許してください」


「いや、そんな、頭上げて。疑って当然だし」

「ではもう一つ」


 頭を上げた唯の顔は、少し気恥ずかしそうだった。


「慎一って呼んでいい?」

「ああ、是非!」

「あと、ちゃん付けは気持ち悪いから、歩と同じように呼び捨てで」

「よろしく、唯」

「よろしく、慎一」


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