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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第二章 悪食蜘蛛
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1-1 余波




 幼竜殺しの正体は元担任の藤花。仮初の教師だった元副担の雨竜。そして真のアーサー。


 そのどれもが普通の高校生では知り得ない、体験しえない秘密だった。もう普通には戻れないような、そんな事件だった。


 だが現在、歩は無事に一つ進級して、普通の高校三年生をしていた。


「歩、課題見せて」

「お代は?」

「昼飯に好きなパン一つ」

「よし、交渉成立」


 三年になっても同じクラスになった慎一に、英語の課題を渡す。次の時限までは五分位しか残っていないが、まあなんとかなる量だ。


「藤花先生とかだと、写すと一発で読んでくるからできなかったんだよな。助かるわ~」

「いつもは藤花先生が恋しいとか言ってたくせに」

「飴にはなびいて、鞭には逃げる主義なんで」


 藤花は身内の不幸で退職したことになっている。離任式にも姿を見せず、当たり障りのないお別れの手紙が届いたが、本物のはずもなかった。


 幼竜殺しは、歩やみゆきが襲われたその場で殺害されたことになっている。各種メディアではそう報道され、世間の反応も最初は沸いたが、すぐに落ち着くべき所に落ち着いた。藤花が幼竜殺しであったことは、竜の面子のためか、彼女がキメラであることを隠すためか、また別の理由からなのかは知らないが、完全に隠されている。


 当然そんなことは知らない慎一が、必死に課題を写すのをよそに、歩は事件を振り返った。


 体調が戻ってから、歩は質疑応答を受けた。どこの組織かは名乗らなかった。歩も敢えては聞かなかった。


 歩はほとんど包み隠さず答えた。藤花と、未遂ではあるが雨竜への罠、罠を仕掛けた理由、動機、藤花と対峙して怒ったこと全部。


 その中にはアーサーが巨大化したことも含まれている。到底隠せるものではないと思ったからだ。


 隠したこと二つ。アーサーの巨大化の条件と、藤花を幼竜殺しだと睨んだ理由の内、アーサーと歩が怖く感じたということ。


 その二つはどちらもアーサーが竜殺しだということを示している。聖竜会が牛耳るこの世界において、それは致命傷になりかねないものだ。雨竜が話したり、アーサーの口上を同僚が耳にしたりしたかもしれないが、ひとまず隠すことにした。


 結果、何もなかった。少なくとも、そこで面と向かって言われることはなかった。


「終了! あんがと」

「どういたしまして」

「報酬に関しては、できるだけ手加減していただけると助かります」

「では三段重ねのカツサンドで」

「鬼」


 三段重ねのカツサンドは、購買で一番高いやつだ。


 歩は笑いながら言った。


「冗談冗談、焼きそばパンで」

「了解、買ってくるわ」


 慎一からノートを受け取ったところで、教室のドアがガラリと開けられた。


 見ると、英語の課題担当の教師がやってきていた。新任の女教師だ。


 名前を綾辻明乃という。


「授業を始めます。席についてください」


 彼女は歩の新しい担任でもある。藤花よりも更に若い二十五歳だ。


しかしその声は藤花とは比べ物にならない位堅い。首元まできちっとボタンを止め、紺色のパンツスーツに身を包んでいる姿もそうだ。新任だからというわけではなく、これが生来の性格なのだろう、亀のような人だ。綺麗な人ではあるが。


 慎一がぎりぎりだった危ねえと笑みを浮かべながら席に戻っていくのをよそに、自分の机に教科書を取り出す。


 明乃の授業が始まった。口調と同じく、授業内容も無難で堅かった。










 授業がつつがなく終わり、昼休憩の時間になった。


「じゃあちょっくら行ってくるわ」

「よろしく」


 慎一が購買へと走っていく音を聞きながら、歩も立ち上がると、三年でも同じクラスになった唯に目を向けた。歩と唯の模擬戦から始まった昼食会は今でも続いている。


歩は新クラスでも慎一、唯と仲のいい友だちと一緒になれたが、残念ながらみゆきは別のクラスになってしまった。新クラスが発表されたとき、泣きそうになっている唯と、少しさびしそうな笑みを浮かべるみゆきを覚えている。


彼女に近寄り、声をかけた。


「では行きますか」

「岡田君は?」


 唯は何気ないように装って、しかし嫌悪感が拭いきれていない声で言った。


 唯は慎一のことを岡田君と呼んでいる。内心、歩とみゆきとの昼食には来てほしくないのがありありと見える。歩とみゆきが下の名前で呼ぶ中、唯は頑なに上の名前で呼び続けている。


「昼飯買いに行ってる」

「そう」


 これだ。


 そのまま連れだって、昼食場所に向かう前にアーサーを拾おうと教室から出たとき、ドアのところで唯が男子生徒とぶつかった。


「あ、ごめんなさい」

「――」


 相手は何も言わずに、教室の中に入って行った。一瞬その目に驚きが浮かび眉をしかめた後、鼻で笑う仕草が続いた。


 唯は気にせずそのまま外に出た。その後を歩も追う。


 歩との模擬戦、幼竜殺しと続いた事件の後、唯の評判はガタ落ちした。前者では模擬戦クラスこそトップに所属しているが、E級生物をパートナーに持つ歩に負け、後者では成す術なく翼をもがれた。


 それまで唯は遠巻きにではあったが、尊敬されていた。崇拝といってもいい。竜使い、それも二足歩行の翼と腕が一対ずつという、最も格式の高い竜であるキヨモリをパートナーとする唯は、雲上の人だったのだ。


 それが成すすべなく墜ちた。


 現状、唯を取り巻く環境は最悪に近い。これまで特別扱いを受けていたのも拍車をかけた。実際行動するものはいないが、きっかけがあればすぐにいじめに発展してもおかしくない空気を、学校全体が持っている。歩も唯に関わっているせいか、新クラスでは微妙な反応を受けている。慎一は最近になって唯に近付いたのと、もともと持っていた人懐っこさから、クラスでもいい立ち位置を確保しているが、唯が転んだ瞬間、危うい。


 歩は歩きながら、努めて明るく声をかけた。失墜の一因を作り出してしまった歩としては、唯に暗い思いはしてほしくない。


「今日の昼飯はどんな出来?」

「まだまだかな。難しいね。また今度類さんに会うまでにはもっと形にしておきたいんだけどね」


 唯が苦笑しながらそう言った。その顔に先程の不愉快な男子生徒の残滓は見えない。少し安心した。


「今週末もあるっけ? うちの母親、邪魔してないかな?」

「いや、全然。類さんとみゆきが来ると、家が明るくなって嬉しい位」


 歩の母親である類は、みゆきと連れだって週末になる度に唯の家に邪魔している。なんでも弁当を作れるように、唯を仕込んでいるらしいが、朝十時に出て夕方になるまで帰ってこないのを見るに、それ以外も色々やっているようだ。


 その成果か、少しずつ弁当は進展しているように見える。最初の頃は焦げた卵焼きと、べちゃつくご飯が目についたが、今では至って普通の弁当と化している。


「みゆきや類さんに追いつくには当分かかりそうだけどね。あの二人、完全に超人だよ。うちでご飯作ってもらってるお手伝いさんより上だもん。類さんは精力的に仕事こなして、みゆきはあの見た目で成績優秀、それでいて細かい家事にも長ける。すごすぎ」

「息子としてはコメントしづらいな」


 そうこうしている内にアーサーのいるパートナー待機棟についた。昼飯の時間になって、少し気が立っている動物状態のアーサーを肩に乗せ、そこから唯の個室に向かった。


 唯の個室に入ると、すでにみゆきと慎一はついていた。テーブルの上には重箱と、購買で買ったらしいパンと飲み物がいくつか転がっている。


「おー、お二人さん、いらっしゃい」


 ライトシープ製の豪華なソファに慣れて、リラックスした様子の慎一が言った。


「ここはお前の部屋だったか?」

「細かいこと言うなよ~さっさと飯にしようぜ」


 適当に受け答えしつつ席に座ると、イレイネが弁当を広げた。


「キヨモリとイレイネにはもうあげたから、私達もご飯にしよう」

「そうか、では早速」


 重箱の蓋が取り払われると、慎一が嬉しそうに声を上げた。


「何度見ても凄いもんだ。歩、アーサー、俺らは幸せもんやな~」


 事件以後、みゆきと唯は毎朝どちらかに家に集まり、一緒に弁当を作っているのだが、そのおこぼれを歩達も頂いている。最初のころは歩達もばらばらに買ったり、母親に作ってもらったりしていたのだが、アーサーが二人の弁当に突っ込みはじめたのを皮切りに、二人分も四人+αも大して変わらないからと、歩達の分まで作ってくれるようになった。代わりに材料費は歩、アーサー、慎一の三人で出している。


 早速卵焼きに手を伸ばしたアーサーが咀嚼した後、口を開く。


「全くだ。唯の腕も序々に上がっておるしのう。ああ、塩はもう少し減らしてよいぞ」

「偉そうなやつめ」


 みゆきが四人に行き渡るよう皿を回しながら言った。


「料理について具体的に言ってもらえるのは助かるよ」

「ほら見よ!」

「あんまり言いきられちゃうのも、嫌だけどね」

「どちらにしろうまいことには変わりない! いやー料理上手が二人も揃って最高!」


 拒絶感のある相手とはいえ、手放しの賛辞に若干頬を染めて唯が反論した。


「ほとんどみゆきだよ。私はまだ不格好な卵焼きとか、簡単なのだけだし」

「十分上手いよ。形も、まあ前はアレだったかもしんないけど、今は綺麗なもんだし」


 卵焼きをつかみ、歩が言った。多少の焦げはあるものの、それもいい色どりとなっている。口に含んでみたが、特に苦味は感じない。上手いこと出来ている。


「味もいいよ」

「そうかな。ならよかったけど、やっぱみゆきには勝てないよ」

「野郎からしたら、女の子が作ったってだけで、最高に決まってるじゃん!」

「中身は関係ないとか、それはそれで傷つくんだけど」

「そうか! でも事実だから仕方ない!」


 そこまで言い切られると、唯も苦笑するしかなかった。


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