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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
39/112

5-1 その後




目をあけたとき、温かみのある白色の天井が目に入ってきた。どこか硬質な、科学的な匂いが鼻につき、誰の匂いも染みついていないまっさらな布が身体を受け止めている。


「お、とうとう目覚めたか馬鹿者」


 アーサーの声だとはわかったのだが、どうにも思考がふわついていて、それがどういう意味なのか、どういう状況なのかが理解できない。うつ伏せで寝ているせいで、いまいち血の巡りが悪い感じがする。


「あら、起きちゃったか。相変わらず運がないねこの子は」


 この声は、母親の類。ここは家なのかと思ったが、首を回して眺める景色と匂いは、家のものではない。

 白を基調にした内装、清潔すぎるほどの匂い、自分が来ている服も、じんべえみたいな、簡素で薄っぺらい布でしかない。その下では、大量の包帯が身体にまきついていた。


 ――包帯。主に背中に重点的にまかれており、そこからは鈍痛がしている。

 自分の状況を理解したところで、視界に黒い物体が現れた。

 小柄で小憎たらしい竜だ。


「今どこにいるのかというのもわかっておらぬのか? ぼけるには些か早いがそれも運命。母上殿、大変な息子を持たれたが、どうか気を病まず」

「本当にねえ。老後のことを考えるといまから憂鬱になるわ。今夜は飲むよ」

「今夜は存分に悲しみを分かち合おうではないか」

「……酒のむための口実にしてんじゃねえよ、クソババアとクソ竜」


 歩はまだ動きの堅い両腕で身を起こした。背中の傷がうずいたが、痛みで倒れ込んでしまう程ではない。

 起き上り類の顔を見る。目の下にクマができていた。


「あら、もう起きられんの。ずいぶん元気そうね」

「元気そうで悪かったな」

「いーえ、これで存分にやれるわ」


 何をやるのだろうかと思ったが、不意に類が横に顔を向けてそちらを見ると、みゆきとイレイネ、唯とキヨモリがいた。


「歩起きたのね。具合はどう?」


 みゆきは車いすの乗っており、それをイレイネが後ろから押していた。イレイネの身体は小学一年生位の大きさにまで戻っている。


「意外と平気。それよりみゆきこそどうした? 車いすに乗るほど悪いのか?」

「身体のあちこちで筋断裂してたみたいで、お医者さんに乗るようにって言われたのよ。大袈裟だとは思ったけど、指示されちゃ仕方がない」


 みゆきが苦笑しながら言った。車いすにはのっているが、体調はだいぶいいらしい。


「あの、背中、大丈夫?」


 唯が心配そうに言ってきた。後ろには包帯のとれたキヨモリがいたが、その背中をみて申し訳なく思った。


「ああ、少し痛い位かな。もう動けそう」


 軽く腕をまわしてみたが、ひきつる位でこらえきれないほど痛むということはなかい。

心配そうな唯をなだめようと、歩は笑みを浮かべた。


「ほら、こん位ならもう動けるよ」

「よかった」


 唯が本当に安心したように、重く吐息を漏らした。

 それを見て、唯とまともに話すのはあの夜以来だということに気付いた。

 少し迷ったが、思い切って声に出した。


「あのさ、この前の夜のことだけど、ごめん。あの時止めとけば」

「いや、あれは私が悪かったし。自業自得だよ」


 唯は困ったような笑いを浮かべて答えた。だいぶ吹っ切れたようだ。

 内心ほっとしていながら更に謝罪をしようかと迷っていると、いきなり唯が少し怒ったような表情になった。


「それより、その後のことだよ。幼竜殺しに四人だけで挑むなんて、やっちゃダメでしょ。私の仇打ちにいこうと考えてくれるのは嬉しいし、結果は良かったけど、なかなか目覚めなくてほんとに心配したんだから。歩達と雨竜先生が運ばれてきたときなんて、ほんと驚いたよ。類さんもここんとこ泊まりっぱなしだったし」

「そこまで。唯、そっからはちょっと場を変えてだね」


 類が唯に言った。歩が眠っている間に、ずいぶん親しくなったみたいだ。

 にこやかな笑みを浮かべた類が、部屋視線をすーと横切らせる。

 初めはみゆき、そこからイレイネに向き、飛んで歩、そしてアーサーのところで止まった。


「みゆき、イレイネ、歩、アーサー」


 類はあくまでもにこやかだった。それはどう見ても穏やかな笑みだ。

しかし歩は知っている。背筋に冷たいものが流れ出すのを感じた。

それは本気で怒っているときの類の顔だ。


「お前らそこ並べ」









「つまり、幼竜殺しをおびき出そうと学校抜けだして? 死にそうになって? なんとか勝って? ふんふんそれで病院に担ぎ込まれたと、そう言うことね」

「「「……はい」」」


 棘しかない類の説教を、歩達四人は黙って拝聴していた。歩たちがなんでこんなことになったかということに関して、唯が病院に入ってからの行動を逐一話し、合間に罵倒されるのが、三十分ほど続いている。


 歩はベッドの上に正座で、その前にアーサーが足を奇妙に折り曲げて正座のようにして、ベッドの上の簡易机に座らされている。ベッド脇には仕方がなく車いすの上に腰掛けたままのみゆき、その膝の上にこちらもまた正座のイレイネ、といった配置だ。


 類はその前で、仁王立ちしていた。顔はおだやかな笑み、しかしそれだけに怖い。


「そこの馬鹿一号、ちゃんと聞いてる? 声が聞こえなかったけど」

「はい」

「声が小さい!」

「はい!」

「お前ははいしか言えんのか! たまにはすみませんの一つも言え!」

「すみませんでした!」


歩はこの顔を前にすると、喉が詰まってしまう。幼いころからの習慣というやつで、こればっかりはどうしようもない。類の目元の隈を見ると、申し訳なさに一杯にもなった。


「類さん……もうこのへんで……ここ病院だし、そんな大声はやめたほうが……それに病人に正座の強要も……」


 類はにこやかな顔のまま、唯の方を向いて言った。


「ああ、ごめんね。少し怖がらせたね。それでもこの馬鹿共のためを思ってだから、病院の人達も許してくれるよ、きっと。それにしつけはしっかりしないとね」

「さっきから看護師共が覗いておるのが、分かっている癖によく言う」


 アーサーの呟きはすぐ近くの歩でもかろうじて聞こえた位なのだが、類は聞き逃さなかったようだ。


「馬鹿二号! 言いたいことがあるならはっきり言え!」

「なんでもありません、母上殿! 不肖、アーサーは大変申し訳なく思っております!」

「ならしゃべるな! お前が口から出していいのは、謝罪の言葉だけだ! そんなこともわからんのか! 貴様は身体だけでなく、脳みそもノミ程度か!」


 普段のアーサーならキレるところだが、反応はない。なんだかんだ言いつつ、こいつも反省しているのだろう。歩と同じく、こうなった類に抵抗できないのもあるだろうが。


 アーサーの顔をじろりと睨みつけた後、類はみゆきに向いた。


「ねえ、みゆき、イレイネ。私や唯がどんな思いであんた達が目覚めるの待ってたかわかる? 何も知らされてなくっていきなり病院に呼ばれて、そこであんたらの包帯ぐるんぐるん巻き見せられて、どう思ったかわかる? 目の前の惨状が、自分の仇打ちとかいうしょーもないことのためとか聞かされた、唯の気持ちがわかる? わかるよね、みゆきなら。ねえ、分かるよね?」

「はい……すみませんでした……私達が軽率でした……」


 先程までの怒声から一転して、猫撫で声に変わっている。柔らかい棘をなぶるように突き刺しているのだ。そちらのほうが、みゆきにとって辛いというのをよくわかっている。


 案の定、みゆきとイレイネは泣きそうに顔を歪めていた。年の離れた姉妹が揃って説教を受けているように見える。類の説教はこれ以上ないほど効果的だった。


 みゆきとイレイネをひとしきりじっと見つめた後、類はのどに手を当てた。鼻のあたりをひくひくさせ、口と罵倒をまとめて口から漏らす。


「あー、喉痛い。なんでこんなに痛むのかね。ああ、馬鹿共のせいだね。あーなんか疲れたわ―、ほんと疲れたわー。肌のノリもなんか悪いわー。ほんとどこの馬の骨どものせいかね。そういや仕事が二日分もたまっちゃってるなー。ああどこの馬鹿のせいかね」

「あの、類さん、これでもどうぞ」


 そう言って唯が差し出したのは、水の入ったコップだった。


「あー、ありがと。その優しさをこの馬鹿共にはちったあ見習ってほしいもんだね」


 類が一気に飲み干した。本当に喉が渇いていたようだ。

 唯に感謝の言葉を述べながら、類は手元の腕時計に目をやった。


「私も暇じゃないし、この位で終わらせるけど、あんたら分かってるよね?」

「「「はい! もうしません」」」


 三者そろった声が響くと、類はぱっと雰囲気を変えた。意識して変えたのだろうが、何度見てもこういうところはすさまじい。どうやっているのか、歩にわかるわけもない。おそらく理解できるときは来ないだろう。

 類は歩のすぐ隣にある患者用の机までやってくると、そこから大きめのバッグを手にとった。


「んじゃ、私は帰るから、後よろしく。唯、今度家来なよ。料理教えたげるからさ」


 唯が嬉しそうに、はい、楽しみにしてます、というのを聞いた後、類は足早に外に出ていった。去り際に、バッグからちょこんと彼女のパートナーであるミルが顔を出してニャーと鳴いた。もうするなよ、という感じか。いつも類のバッグの中に入って連れられている猫型パートナーだが、そういうところは類そっくりだ。


 病室の前でたむろしていた看護師さんたちに、類が慇懃に頭を下げてでていくと、病室ではっと重い息が突かれた。歩は正座を崩し、痺れた足をさすった。


「カミナリ、きつかったぁ」

「まったくだ」

「久しぶりにきついのが来たね」

「それだけ心配してたんだよ。類さん、二日間ずっと付いていたんだから」


 唯の言葉に、母親の目元の隈を思い出した。かなり心配をかけてしまった。今度何かするか。

 アーサーはその場でこてんと横に転がった。体裁を取り繕うのも面倒だ、といった感じだ。その姿に、あの竜殺しの竜の面影はまるでない。


 それから歩はあの後のことを聞いてみた。


 歩が気絶した後、すぐに藤花も気を失ったらしい。ひどく傷ついた歩と藤花に加え、見慣れた姿に戻ったアーサー、ユウをも抱え、唯がしばし途方に暮れていると、そこに見知らぬ男達がやってきた。

 彼等は雨竜の同僚を名乗った。タイミング良く現れた彼等を、唯は疑いながらも、ひとまず歩達を雨竜達がいるところまで移動した。そこで意識のあった雨竜が同僚だと認め、手際良く病院に連れていってくれだそうだ。


「そういえば、雨竜――先生はどうしてる? 入院中?」

「今日退院みたいだよ。後でこっちにも顔を出すって言ってたけど」


「入っていいか?」


 扉の方から聞こえてきた。

 そちらに目をやると、雨竜が少し困ったような顔で突っ立っていた。見た目にはどこも気づ付いていなかったが、動作がゆったりとしている。

 後ろには黒服の男が二人ほどいた。雨竜の部下だろうか。


「身体大丈夫なんですか?」

「一発腹にくらっただけだからな。それだけでここまで後引くのは、情けない限りだ」


 しかめっつらの黒服を置いて中に入ってくると、雨竜は扉を丁寧に閉めた。


それから雨竜は丁寧に自分の出自を説明し始めた。教師生活で培った技術で整地された話は、すっきりと脳内に整頓されていった。護衛から監視に任務が変わり、結果キヨモリが傷つく結果になってしまった話をした後、雨竜は唯とキヨモリに深々と下げたのだが、それを唯が何も言わずに受け入れていたのが印象深かった。


雨竜の説明が終わったところで、藤花について尋ねたが、雨竜は何も言わなかった。おそらく話せる領域の外なのだろう。


「勝手なことだが、今話したことは機密事項だ。半端に聞きかじってしまった現状、尾ひれがつかないように私の口から話したが、本来お前らが知っていいことではない。他言するなよ。いまさっきの母親にもだ。今も外に漏れないよう、見張ってもらってる位だから」


 先程の黒服達はそういう役目でいたのか。

 きっと背筋を伸ばした唯が尋ねる。


「もし口が滑ったら?」

「お互い不幸なことになるだろうな。すまんが、私もかばいきれないと思う」


 ここで、真剣な表情をしていた雨竜が一転して笑った。


「まあ、脅すわけじゃないが、そういうことだから、よろしく頼む」

「わかりました」

「それで、用事は全てか?」


 何故か険しい口調のアーサーが尋ねる。


「そうだな」

「先生はこれからどうするんですか?」


 歩が質問した。


「教師をやめて、もとのむさっくるしい世界に戻るよ」

「そうですか……残念です。一度お相手願いたかったんですけど」


 歩にとって、雨竜の戦闘時見せた動きは、藤花と並んでレベルの違う代物だった。練習相手としては滅多にいるものではない。

 フォローするように、みゆきが言う。


「まあでも、先生やめたからって、別に会えなくなるわけじゃないですよね? 連絡先とか聞いていいですか?」

「すまない。仕事の都合上、決まった住所とかはないから、そちらからの連絡は難しい」


 申し訳なさそうにそう告げた雨竜に、歩は元気よく言った。


「それなら、別に僕達のは問題ありませんよね? なら先生から連絡くださいよ。副担任なら、私達の住所とかは知ってますよね?」

「あ、ああ」

「なら、連絡ください。できれば、今度は何かおごってくださいね」


 歩が茶目っ気たっぷりに言い、雨竜はゆっくりと返事をした。

 そのとき、こんこんとドアがノックされた。


「時間だ。当分会えなくなるとおもうが、頑張ってくれ。影ながら応援してるから」

「連絡くださいね」

「ああ、いつか、必ず」


 雨竜は扉を開け、廊下側に出ていった。

しかしそこで立ち止まった。くるりとこちらを向き、頭を下げた。


「すまなかった」


 その言葉には色んなものが含まれていた。護衛を果たせなかったこと、幼竜殺しの正体を知っていたのに、当事者である歩達に話さなかったこと、そして幼竜殺しにキヨモリの翼を奪われてしまったこと。


 何も言えないでいると、スライド式の扉が勝手に閉まって行った。残された部屋には、どこか寂しげな空気が流れた。


「先生のせいってわけじゃないのにな」

「けじめであろう」


 歩はふと思い出し、アーサーに目を向けた。


「そういや、なんか聞きたいことでもあるのか?」

「まあ、な」

「聞きたいことがあるなら、行ってきたら? もう当分会えないんだよ?」


 みゆきにそう促されてもなお悩んでいたが、少しして、アーサーは飛び上がった。


「すこし、雨竜のところに行ってくる。まだ間に合うだろう」


 唯に扉を開けてもらい、アーサーはばっさばっさと音を立てながら、廊下に出て行った。


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