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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
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4-10 決着




 吹きすさぶ風が強くなったアーサーを物語っていた。ごつごつした背中に身体を張りつかせておかないと、今にもどこかへ飛ばされてしまいそうだ。なんとか目を開き、幼竜殺し達の姿を追っていたが、目が乾いて仕方がない。


 風の唸り声ばかりが聞こえ、耳がおかしくなりそうになる。髪は一本一本が後ろに引っ張られているようで、皮膚からは熱がかすめ取られて行く。少し寒くなってきた、


「歩、大丈夫か?」


 内心を読んだように、アーサーの声が聞こえてきた。首の後ろに乗っかているため、アーサーが一音発する度に、全身を揺さぶられるような波が駆け巡った。


 そうして初めて、自分が乗っている巨竜があのアーサーだという実感がわいてきた。


 空中にいるというのにどっしりとして安定感のある巨体、隣では巨大な翼が力強く空気をはらみ、暴風を生んでいる。触れる肌から伝わってくる感触はごつごつとした硬質のもの。


 アーサーをなんだか遠く感じた。吹きすさぶ風の中、口を開くことが億劫だったのもあるが、声をかけてきたアーサーに返答できなかった。


 しばらくそのまま飛んだ。吹きすさぶ風の音をBGMに、沈黙が一人と一体の間に横たわっていた。

 風にも慣れ、藤花との戦闘で高まった熱があらかた削り取られたころ、アーサーが言った。


「――怒っているか?」


 図体に似合わない、弱々しい声だった。小動物だったアーサーからも聞いたことがない位、弱い疑問だった。

 怒っていない、と言おうとしたが、やめた。


 代わりに質問することにした。

 もう答えのわかりきっている質問を尋ねる。


「どうして竜殺しの竜であることをずっと黙っていたのか」


 語尾を上げた疑問形ではなく、教師が授業をする際に使う、自問自答の自問の形で尋ねた。

 アーサーの返答も、自答のときのように落ち着いていた。


「気付いたのは、キヨモリとの模擬戦のときだ。せめて最後位は身を捧げようとしたとき、湧きおこる感情に気付いた。その後、驚き悩んでいる間に、今回のことが起こった。後は流れに身を任せたら、こうなった」


 学期末模擬戦のとき、暴走したキヨモリが襲いかかってきた際、アーサーは歩を庇うように立った。あのとき、アーサーの内ではそんなことが起こっていたのか。

 同じように続いて質問する。


「唯達が襲われた後、病院での控室で言っていた勝算は、これか。そのとき、実際に何が起こるかわかっていたのか」

「わかってはいなかった。だがなぜか確信した。誰にも負けない力が手に入ることを」

「言わなかったのは、俺のことを信用できなかったからか」

「違う。言えなかった。怖かった」


 実際、直接聞かなくても、アーサーの答えはわかっていた。


 覚醒したとき、アーサーの感情はおぼろげながら強く伝わってきた。竜のことをどれだけ誇らしく思っているか。そんな竜を殺す存在である竜殺しをどう思っていたか。自分が竜殺しの竜であることを知ったとき、どれほど悲嘆にくれたか。そして竜殺しの竜である自分を、そんな自分を周りが、歩がどう思うかを恐れていたか。


 聞かなくてもよかった。今のアーサーの心境を考えると、これは傷口に塩を塗る行為だ。

 しかし歩はやるべきだと思った。傷口の消毒だ。なあなあで済ませてしまうと、後々傷口は化膿してしまう。アーサーは再び一人で抱え込み、また同じことを、今度はもっと悲惨な形で繰り返す。


 これもアーサーをパートナーとする、歩の務めだ。

 歩はそこまで聞き終えると、一転して明るい調子で言った。


「それにしても、ずいぶんでかい図体になったな」


 アーサーも口調を変え、いつもと変わらぬ調子で返答してきた。


「ふん、我が真の姿に恐れ入ったか。これを機会に我を侮っていた己を改めるがいい」

「はははは」


 笑えているだろうか。風のせいで正面を向いてしゃべることができず、アーサーの首の横に頭を押し込むようにして、大声を出している。そのせいか、歩の言葉は声帯ではなく、振動で伝わっているような気がした。


「まあ、なんだ。とりあえず俺の肩にはもう乗れそうにないな」


 口に出すと、さびしく聞こえた。

 ふん、とアーサーは鼻を鳴らした。


「何を言っておる。我はこれが終われば元の姿に戻るぞ。そうたやすく輿を辞められると思ったか」


 あいかわらずひどい言い草だ。


「ひどいやつだ」

「我が輿の役目をなんと思っているか。ここは謹んで承るところだろうに」

「何様のつもりだ」


「貴様のパートナーだ」


 何か温かいものが胸の内に生まれるのを感じた。

 もう寒いとは感じなかった。藤花との一戦での疲れも、左肩の怪我も、意識から消え去った。


「もう近いぞ」

「ああ」


 だいぶ藤花達に近寄っていた。歩は槍を握りなおした。


「やるぞ、パートナー」

「遅れるでないぞ、歩」


 最終決戦は、近い。







「歩、前を」


 アーサーに促され前方を見ると、目前に飛ぶ藤花達が進路を変えるのが目に入った。それまでは歩達の住む町と並行に進んでいたのだが、町中の方へ、斜め前に進路変更をしている。目的地はともかく、そう飛ぶと歩達との距離が余計に縮まってしまうことを、知らない藤花ではなかろう。


「アーサー、どういう意図かわかるか?」

「わからん。とりあえず追うしかあるまい」


 そのまま追って行くと、自然と加速度的に距離が縮まっていくが、藤花達には動きがない。どういうことだろうか。


 覗いつつも、結局声の届く位の距離まで近づいた。


 そのときいきなり藤花達はほとんど真上に飛び上がった。


「歩、つかまれ!」


 アーサーもすぐに続く。歩にかかる圧力と風圧は何倍にも膨れ上がったが、慣れていたのと覚悟があったので、こらえることができた。


ユウ達を追いかけ高さはどんどん上がっていく内に、藤花達との距離も更に縮まって行く。


 アーサーの牙がユウの尾を捕えられそうになったころ、ユウはいきなり翼を大きく広げ、急ブレーキをかけてきた。アーサーは咄嗟にひねるようにして身体をずらし、避ける。


 自分達より低い位置にいったユウを見る。

 ユウはすぐに下に頭を向け、滑空態勢に入っていた。そのまま角度のきつい弧を描くように旋回しはじめる。


 アーサーも上昇をやめ、地面に向かって降りはじめる。その間に、横っ腹が見える位までユウは旋回していた。不敵にこちらを覗く藤花が見えた。


「歩、正面から仕掛けるぞ!」


 声に反応し、片手をアーサーの首から外し、身体の間に挟み込むように保持していた槍を強く握りしめた。耳元で唸る空気の音に負けないよう、叫ぶ。


「しくじるなよ!」

「お前こそ!」


 滑空が序々に角度を垂直からずらし、こちらも弧を描くように旋回していく。


 正面にユウと藤花の姿。やや歩達側が高所から仕掛ける形となった。


 そのまま交差。ぶつかるかと思った瞬間にどちらもが軽く方向を変え、どちらの牙も空振った。行き交う際に、不敵に笑みを浮かべる藤花が見えた。


 それから何度も交差していく。爪が、牙が、相手を斬り裂こうと空を切り、お互いの身体を傷つけていく。歩も何度か槍を差し出したが、どれもが空を切るか、固い肌に弾かれるに留まった。


 互いの傷が十を越えはじめたあたりで、変化が生まれた。


 ユウの口から大量の血が漏れ始めたのだ。おそらくアーサーが噛みついてできた傷が開いたのだろう。見る見る内にユウの飛行速度が落ちていった。


「終わりか?」


 そう歩が口から漏らした時、アーサーが一段と速度を増した。飛ぶ方向を若干上に向け、上昇し始める。


「決着をつけるぞ」


 すぐに上昇をやめ、身をひねり一点に飛んでいく。行き先は、弱々しくなりながらもこちらに向かって飛んでくるユウ。背中には藤花の姿もある。


 最後の、一合。


 歩はしがみついていた身体を上げ、両足に力を込めてなんとか立ち上がった。吹きすさぶ風は、気を抜けばすぐにでも歩を弾き飛ばす。それでもアーサーの首にかかったままでは何もできない。極端な前傾姿勢とアーサーの首の後ろの、筋肉が盛り上がった部分に足をかけ、身体を安定させた。

そして両腕で槍をつかみ、目線は藤花へ。


暴風の中、取れる限りの戦闘態勢を形作った。


お互いチキンレースのような状況だ。意地を張ったかのように進路を変えず、このままでは正面衝突する。それでも引かない。


ユウが突然発火した。先程離脱するときに使ったアレだ。おそらくこのままぶつけてくるつもりだろう。捨て身の勝負をしかけてくたのだ。


 しかし、歩は即座に別のものに目を凝らした。ユウはアーサーが担当すべきもの、歩の受け持ちは別。


――見つけた。


 発火する直前、藤花は飛び上がっていた。歩達に向かって飛び込んできたのだ。


 やらせるわけにはいかない。歩はそれに合わせるべく全身に力を込める。アーサーに進路変更させるのも手だが、少しでもアーサーの気をそらせば、ユウの渾身の体当たりがアーサーに入る。藤花の対処は、歩がやるべきなのだ。


 ぎりぎりまで待つ。己の全てを弓に変え、弦を引き絞り、矢と化す。歩のすべきことはそれだけだ。


 ユウとアーサーの身体がぶつかる前の寸暇。


 歩は飛んだ。


 すぐに響き渡る轟音と衝撃。それに身を煽られながら、ただ目標を見つめる。

 逆手に握った剣を振り下ろす藤花。全身を矢と化す歩。


 あとはただぶつかる瞬間の見極めと――なにより運。


 衝突した。


 剣が背中をなぞるのがわかった。序々に刃が役目を果たしはじめ、裂いていく。


 槍にも手応えがあった。


 確かめる前に、身体そのものも正面衝突して全身をちぎれんばかりの衝撃が走った。お互い全霊で飛行する竜の背に乗り、その速度にのってぶつかったのだ。その衝撃は、模擬戦で受けたどんな一撃よりも身体を揺さぶった。槍も手放してしまった。


 胸の辺りに衝撃が走り、空中で身体が回転していく。なにがなんだかわからない。アーサーとユウが激突したときに生じた轟音で、耳が効かなくなっていた。


咄嗟に両腕で顔をかばい、落ちていく。


 身体を草木が撫でていく。ひっかいていく。引き裂いていく。ばさばさばさばさと枝と葉をちらし、途中でひっかかった枝の先が、歩の晒した肌に細かい傷を付けていく。背中の傷もなぶられ、そのたびに神経が鋭い悲鳴をあげた。


 直前で再度轟音、衝撃波。一瞬自分の身体がふわりと浮かぶ感じがした。先に何かが地面に衝突したのだ。


葉や枝の感触が消え去った後、再度衝撃。どこかに衝突したようだ。地面にしてはやわらかく、弾力性があった。はずみで顔を覆っていた腕がずれた。


 二度三度とはずんだ後、急にリズムが崩れ、堅い場所に転げ落ちた。背中の傷口に土が入り、鋭い痛みが走る。


 目だけで辺りを見回す。どうやら自分が落ちたのは、アーサーとユウのどちらかの上だったようだ。視線の先では、巨躯が二つ転がっていた。鎮火したユウとアーサーが、からまるようにして地に伏せている。どちらも正面衝突したせいか、意識が薄れているようだ。


 自分が今転げ落ちているのは、二人が作ったクレーターのような場所。草がめくれあがり、土を表面に露出させている。それが背中の傷に入っているらしい。


 指に力を入れようとするが、動かない。身体の感覚がマヒしてしまっている。痛みもどこか遠のいていく。


 目の端になにか動くものが見えた。

 藤花だ。

 歩の持っていた槍を杖のようにして、こちら側に這いずってきている。


 どうにかしたいが、動けない。藤花の脇腹から大量の血が漏れているのが見え、歩の槍がそこを貫いたのだとわかったが、どうしようもない。


 藤花はゆっくりとだが着実に近付いてきた。その動きは亡者のよう。五歳児でももっと早く歩く。だがそれを止める術は、歩にはない。


 歩の傍まで来ると、倒れ込むように歩の上に乗っかった。うっと息がもれ、呼吸がきつくなった。


藤花が歩の上にまたがった。そして両腕で槍を振り上げる。腕を上げた拍子に口から大量の赤黒いものが漏れて、歩の顔にかかった。

 藤花の顔が見えた。血に濡れていたが、その顔には微笑がはりついていた。なんとも悲しげな、いままで見たことがない表情だった。


「私の、勝ちです」


 槍が振り下ろされた。弱々しく、振り下ろすというより落したといった感じだが、穂先は確実に歩の胸の辺りに向いている。


 ゆっくりと迫った剣先が肌に触れる。


突き刺さる。


 そう思ったとき、伸びてきた手が槍を掴んだ。

 穂先は歩の胸に触れていたが、そこで止まった。


 声が聞こえてくる。


「そこまでです」


 その声は、最近になってよく聞くようになったものだ。声が少し震えていたが、強い意思が感じられた。

 驚愕に目を見開いた藤花が、槍を食い止めた手の持ち主に向かって言った。


「唯さん……」


 少しだけ間を開けて聞こえてきたのは、間違いようのない唯のものだった。


「雨竜先生に頼まれてきました。雨竜先生のパートナーに乗れるのは一人だけなので送れちゃいましたが、間に合いました」


 藤花が笑った。乾いた笑いだった。なぜか泣き笑いにも聞こえた。

 直後、歩は意識を失った。


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