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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
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4-8 竜殺し




 アーサーの身体が炎に包まれた。否、身体が炎となった。


 口も、頭も、首も、胴体も、腕も、足も、翼も、尾も、ただの灼熱に回帰した。舞い上がる炎は、すぐに竜と化したユウほどまで膨らんだ。ほの暗かった周りを明るく照らし、切れはしの火の粉がさらに光源を広めていく。


炎が形づくり出す。炎が密集し、物質と化していく。熱量と引き換えに、骨を、肉を、牙を、爪を、角を、翼を次々と獲得していく。破裂しそうなほど詰まった筋肉に、黒光りする肌。角も爪も傷どころからくすみ一つなく、名刀のような趣がある。


それらは直接見ることはできない。渦巻く炎がそれらを全て覆い隠している。それでも歩には見て取れる。パートナーだから。


 翼が出来上がったころ、閉じられていた瞼が開けられた。中から緑に輝く瞳が見えた。


炎が一気に弾けた。中から出てきたのは、歩が見ていたものと全く同じ黒竜。今まで見たどれよりも強く、堅牢で、勇壮な竜だった。


 理解が及ばなかったのか、たじろぐ藤花を、竜と化したアーサーがじろりとにらんだ。

 間髪いれず、一言漏らす。


「行くぞ」


 アーサーが大きく顎を上げると、それを見たユウと藤花が身をひるがえした。


直後、振り下ろされたアーサーの口から炎を奔流した。

途端に、煌々と赤く燃える炎が視界に広がる。アーサーの口を起点に扇形に広まり、掘りのあたりまで赤い大地と化した。圧巻の光景。

まさしく竜の、竜と化したアーサーの炎だ。


 アーサーが口を閉じると、炎の扇もすぐに消え去った。足元に残ったのはささやかな煙を上げる真っ黒な大地。数秒もなかったのに、これだ。


 だが、目標には全くあたっていない。藤花とユウが逃げるのは見えていた。


「歩、みゆき達を頼む。我はユウを追う」


 アーサーの声はいつもよりも野太く聞こえた。身体の大きさと比例して、反響しているのだろう。歩はさっと身を走らせ、地面に転がる槍を掴んだ。


 それからすぐに状況確認。茫然としているみゆきとイレイネ、後方で両膝をついている雨竜と、転がるサコンが見えた。アーサーは意識して炎を吐いたようだ。歩の身体の中をかけ巡る熱は、時折全てを忘れさせるような勢いがある。アーサーはここでも冷静だ。


 ユウと藤花の姿はどこにもなかった。藤花はともかく、ユウの巨体が目に入らないのはおかしい。森の中まで引いたか。

 いや、もっと避けられる空間がある。


「上か」


 アーサーの声より若干速く、上空を向く。そこには首元の炎の輪に照らされて、ほのかに写る幼竜殺しの姿があった。背中に藤花を乗せたユウが、前傾姿勢で迫ってきている。


 歩は真横に飛んだ。アーサーも巨大な身体を機敏にくねらせ、その場を離れる。

 直後、砲撃の如き突進が歩達のいた地面を襲った。大きく陥没し、土砂をまきあげる。地を揺らす振動で、足元が震えた。


 そこにノータイムでアーサーが突っ込んだ。巨体が風をひしゃげさせ、踏み込む一歩が地を揺るがす。衝突した瞬間に、それらを轟音と大気の震えがかき消した。


 アーサーの肩はユウの首のあたりに当たっていた。無防備になった首を右腕で掴むと、アーサーはユウを押し切るように突進。そのまま一体となり、土砂を巻き上げながら、鎮座していた大岩向けて地を蹴っていった。


 大岩にぶつかった瞬間、大気を揺るがせるような音が耳に入ってきた。その中には喉から押し出たユウの野太い悲鳴も混じっていた。


 アーサーはユウを大岩に押しやると、首を掴んでいた手を頭のあたりまでずらし、その喉元に首を伸ばした。喰らいつく気だ。もう決めるつもりだ。


 牙がユウの首を捕えるかという刹那、アーサーの首に鞭というには太すぎるものが巻きついた。ユウの尾だ。ユウの首にまきついたそれは、強引に軌道修正を強いる。アーサーの狙いはずれて、鼻から大岩に衝突した。


 痛みにアーサーが一瞬怯んだところで、ユウはアーサーを振りほどくように、強引に身体を捻らせた。ユウの翼が首筋に入り、アーサーの身体がかたむく。そのまま身体ごと翼を振り切ると、拘束していたアーサーの身体を弾いた。


 そこから攻守交代かと思いきや、ユウはぱっと翼を広げると、空へと飛び上がった。巻き起こる風は離れた歩のところまで届いてきた。

 すぐにもう一陣の風が続く。アーサーもまた飛び上がったのだ。見上げると、巨大な二体の竜が大空を飛びまわっている。


 なんという壮大な戦闘。

 これが、竜同士の戦いか。


 そう思っていたところ、歩はさっと身を転がした。次の瞬間、歩が佇んでいた地面に、剣が突き刺さる。


「あら、見えてたんですか? 竜の戦闘に見とれているかと思ったのに」

「勿論」


 歩は藤花の動きを眼端に捉えていた。アーサーたちの戦闘も見守っていたが、歩がすべきことは藤花の相手。アーサーの炎に炙られたかのような身体とは対照的に、歩の脳は冷え切っていた。思考速度も、その幅も、段違いな感覚。今なら誰にも負けない気さえした。


 歩は槍を掴んで腰を下ろした。左肩はまだ痛むが、アーサーが竜殺しとなってから随分と調子は良くなってきている。それでも動きに支障はでるが、許容範囲だ。


 剣を地面から抜き取った藤花に視線を合わせる。身体の熱が更に増し、思考が目の前の竜を殺すことしか考えられなくなる。


 歩のやる気を見てとってか、藤花が言った。


「あら、攻めてくるんですか? アーサーに任せたほうがいいんじゃないですか? 私に勝てるとでも?」


 藤花の言うとおりかもしれない。増大した歩の力でも、藤花に及ぶかは未知数だ。負傷もあるため、竜殺しの竜となったアーサーに任せるのが上等なのかもしれない。

 しかし歩は守勢にまわるつもりはなかった。一つは歩の中で湧きおこる竜を殺したいという感覚を、止められそうにないから。

 そしてもう一つの理由。


「俺が少しでも隙見せたら、みゆき達にとりつくでしょう?」

「ばれてましたか」


先程の不意の一撃には明確な殺意があった。これまではどこか弄ぶようだった藤花だが、そこにもう容赦はない。

ならば、戦術的にこちらの弱点を突くのにためらうわけがない。そして、ただ守りきるには、雨竜とみゆきの二人を同時に守りきるのは難しい。


「さっきから二人を守れる立ち位置にいたのは、狙ってでしたか」

「――行きます」


 藤花もまた剣を構えた。正面に剣を伸ばし、両手で掴む型。その瞳には軽口に合わない本気の意思が見て取れる。

 歩は、軽く息を吐き、それよりさらに軽く吸った。


「手加減はしませんよ? 竜殺し」


 藤花の揶揄に応える。


「望むところです、幼竜殺し」


 竜殺し同士の争い。


 その火蓋を切ったのは、歩の槍だった。


 初撃は様子見。

 軽くついただけですぐに手元に戻す。槍の間合いは剣のそれよりも長く、槍対剣の場合、槍はとどくが剣は届かない距離を保つのが重要。牽制を多めにまき、まずはペースを握る。


 前の戦闘と同様に、息をつかせぬように突く。一度、二度、三度、四度。

 五度目まで狙いは変えても、それ以外は特に変化がないように見舞った。そのどれもが藤花にあっさりと捌かれた。以前のときと、ここまではほとんど変わりはない。


 違うのは、状況。あの時はみゆきの援護に行くために強引に押し切らねばならなかったのだが、今は違う。好きなだけとはいかないまでも、時間を惜しまなければならない立場にはいない。


「様子見だけですか? 大口叩いといて、攻めてこないんですか?」


 藤花の揶揄も無視する。今は落ち着いて、隙を探ることに集中した。

 そのまま牽制をまき続ける。今度は時折タイミングをずらしたり、フェイントを織り交ぜたりして的を絞らせないように立ち回る。


 十五合ほど得物を交わしたところで、歩は一定の成果を上げていると思った。少なくとも、対等。隙に付けいることはできていないが、逆に付けいらせてもいない。


 十六合目を放った瞬間。

 藤花は、一歩深く踏み込んできた。その速度は歩の予想外、雷光のごとき一歩であった。既に差し出した槍を止めることもできず、穂先は藤花の頬をかするにとどまった。歩はそこから即座に戻すのだが、それよりも藤花の剣のほうが早かった。


 伸びた腕を狙い、剣が振られた。藤花の所作から、先読みはできていたのだが、それでもなお遅い。

 強引に左腕をひねり、柄を向けてなんとか直接刃が腕に触れるのは避けたが、及ぼされる力まではどうしようもない。腕にひっぱられる形で歩がたたらを踏んだところに、藤花は背中に向かって剣を振るってきた。歩はとっさに地面に身を投げ出し、転がることで距離をとった。


 すぐさま起き上り、顔についた泥と灰を無視して藤花を見た。既に猛然と迫ってきている。


 歩は横薙ぎの一撃を槍で受けた。藤花は防がれたが、更に剣に力を込めてきた。

 自然、変形の鍔迫り合いの形となった。歩の槍と、藤花の剣。完全に密着状態で、槍の間合いなど全く活かせない状態だ。


 全身の力を振り絞って抗いながら、歩は藤花の顔を見た。

 笑みこそ浮かべているが、そこに油断や慢心といったものは見受けられない。完全に殺しにきている。

 鍔迫り合いをしてきた時点で、それは明白だ。歩の左肩に傷があること、槍の長い間合いを殺すこと、一石二鳥の判断だ。


 鍔迫り合いを続けるうちに、基礎能力の違いも感じ始めた。序々に主導権を取られつつある。これは左肩が万全でもおそらく変わりない。先程の踏み込みから見ても、藤花の膂力は歩の一つ二つ上を行っている。竜殺しと化し、能力の上がった歩よりも、藤花の力は勝っているのだ。


「ずいぶん余裕がないんですね」

「余裕がないのはそちらでは?」


 今度は歩から揶揄してみたが、そっけなく返される。声が震えており、逆効果だった。その間もじりじりと歩は後ろ足を踏んでいた。


 ここで藤花が更なる力を加えて、突き離してきた。思わず歩が二、三歩さがったところに、万全の態勢から剣を振るってきた。


 歩はなんとか受けたが、そこから怒涛の斬撃が始まった。

 一撃受けるたびに、左肩の傷に響く。忘れていた痛みがぶり返してきて、苦痛で思考がよどみはじめたのがわかる。切りつけてくるのに混じって、時折高速の突きが飛んでくるのをなんとか避けつつ、歩は必死に考えていた。最早心境は、いつもの模擬戦で自分の何倍もの背丈のパートナー達相手のときより悲痛なものになってきている。今の藤花は、彼等異常の手ごわい相手だった。

 なんとか読めた剣閃に合わせ、強引に振り払った。それでなんとか藤花の猛攻は止まり、歩は数歩一気に下がって距離を取った。


「あら、臆病風に吹かれましたか?」


 もう答える余裕もない。


 このままではじり貧だ。藤花の力量は、歩のそれを大きく上回っている。なんとかひっくり返そおうにも、隙がまるでない。膂力だけでなく技術でも、藤花は歩の数段上にいる。


 さて、どうするか。

 迷っていると、藤花が見慣れたものより少し意味ありげな微笑を浮かべた。


「あんまり迷ってると、みゆきさん達のとこ行っちゃいますよ」


 藤花は歩を圧倒している。だから歩を放ってみゆきや雨竜を人質にとることは可能だ。歩もそれを防ごうと立ちまわっていたが、力量差は何度も危うい機会を作り出していた。


 しかしおかしい。何故藤花はこのタイミングでわざわざそんなことを言うのか。そして何故人質を取ろうとしないのか。


 これまでの軽口と違い、今の藤花は全力で殺しにきている。余裕の問答ではない。

 なのに、何故か。


「歩君、どうしました? 相手してくれなかったら、今にも行っちゃいますよ?」


 今にも行く。警戒感を煽るように、歩に仕掛けてくるように仕向ける言い方。

 歩に仕掛けてきてほしいのだ。

 だが、なぜか。このままやっていても、自然と秤は藤花に傾く。

 歩が仕掛ける。ならばどうなるか。歩はそう長くは持たない内に、藤花に負けてしまう公算が高い。

 速く負けてしまう。


それだ。


「そんなにユウが心配ですか?」


 藤花の完璧に作られた微笑が、一瞬緩んだ。すぐに戻ったが、それは歩の返答が、痛いところをついていたからだろう。


 覚醒したアーサーの力はすさまじかった。竜と化したユウを圧倒し、あと少しのところまで瞬時にもっていった。躊躇なく息の根を断とうとしたその姿は、冷酷な王の姿だった。

 そんなアーサーの相手をしているユウがどうなるか、藤花でも読み切れるはずがない。

 つまり速めに歩を片づけ、アーサーの脅威を退けたいのだ。


 当初はさっさと歩を片づけようと動いていたが、思ったよりも歩の能力は上がっており、すぐには殺せそうにない。だからこそ、口で揺さぶりをかけてきたのだろう。


「先生、意外と過保護ですね」


 藤花がふっと息をもらした。顔に張り付けた微笑にも、どこか疲れが見える。


「命が繋がってますからね」


 そこで藤花は剣先を歩に向けた。戦の前の宣誓のように、その態勢から語りかけてくる。


「ですが、歩君も同じでしょう? アーサーが勝てるかどうかわからない。下手に動けば、みゆきさんや雨竜先生を人質に取られるかもしれない。私としても避けたいですが、それは歩君も同じでは?」


 歩は藤花に顔を向けたままちらりと上空を見やったが、アーサーが闘っている姿ははっきりとは見て取れない。時折巨体が行き交う姿は見えたが、それだけでは戦況を覗い知ることはできなかった。歩が竜殺しと化したときの不思議な感覚はもう無くなっているため、アーサーが今どうなっているかを知る術はない。


 みゆきや雨竜の件もそうだ。人質にとられることなど、どんな展開でもあって欲しくはない。今は早めに歩を片づけることを優先しているため、人質を取りはしないが、劣勢になればどう動いてもおかしくない。人質をとればアーサーを止めることもできるかもしれないが、時間をかければ今度は雨竜達の同僚がやってくる可能性もある。そもそも今のアーサーを止める方法はあるのか。呼び止めようとした瞬間、アーサーの牙がユウを、藤花を切り裂いてもおかしくはない。藤花はどちらにしろ時間がないのだ。


「さて、どうします?」


 藤花が似たような問いをかけてきたが、そこには機があったら仕掛けますよ? というのが見え隠れしている。どちらにしろ、この膠着状態を長く続けることはできないのだろう。


 どうするか考えていると、頬を汗が垂れる感触がした。身体が熱い。アーサーが覚醒したときの熱ではなく、身体的なものだ。激しい運動をした後、問答で少し身体を休めたせいか。疲労も重なっている。


唇がべとつく感触がある。湿度が高いのだろうか。舌で軽く唇を舐める。

 既視感があった。いつのことだろうか、記憶にある。


「さて、では行きましょう。言い残したことなどはありますか?」


 必死に考える。いつのことだろう。それほど昔のことではない。同じく身体を動かしていたときだ。そのときも槍の感触があった気がする。

 脳裏を探る。


 不意に閃いた。


歩は大声で吠えた。


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