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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
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4-2 夕焼け



 中村藤花は教室に向かっていた。


 先程までテストの採点に勤しんでいたためか、夕焼けが目にしみる。傍らには静かに燃えるパートナー、ユウがいたが、彼もまた周囲を淡く照らしていた。見慣れた廊下も、この時間になるとまた違ったものに見えた。


 担当クラスの教室につき、中に入ると、教卓のあたりに目当ての生徒達がいた。


「歩くん、アーサーさん、お待たせしました」

「いえいえ、お疲れ様です」

「大儀である」


 歩は教卓近くで手持ちぶたさに突っ立っていた。模擬戦で使う、運動服を身に纏っている。藤花も同じものを身に纏っている。パートナーであるアーサーは教卓の上に寝そべっていたが、目を開き、警戒する犬のように気を尖らせている。


 藤花はアーサーの返事に笑った。


「またいい言葉ですね」

「すみません、偉そうな口で」

「何をいう。われは……」


 歩がアーサーの頭を軽く小突いて中断された。恨めしげな顔を向けるアーサーを無視して、歩が話しかけてくる。


「それでは行きましょうか。余り遅くなると、藤花先生の帰りも遅くなっちゃいますし」

「気遣い嬉しいです。では行きましょう」

「お願いします」


 そう言うと、歩はバッグを掴んで藤花のほうにやってきた。丸めた制服が入っているせいで、バッグは大きく膨らんでいる。


 歩が教卓の横を過ぎたあたりで、アーサーがばさりと翼を広げて飛び上がり、パートナーの肩に乗った。何も言わずにそうするあたり、この二人は本当にパートナーらしいパートナーだ。


 階段を下り、玄関口から外に出て、歩の家に向かった。


「護衛おつかれさまです」

「いえいえ。これも仕事ですし」


 他愛ない会話をしつつ、歩達の帰宅につきあう。これがここ一週間ほど続いている藤花の仕事、護衛だ。


 唯の事件から三日後、歩とアーサーの学校での泊まりが解除され、同時にみゆき、イレイネの護衛業務も終了を告げられた。


 理由は明かされなかった。もう幼竜殺しは近くにいないという判断かもしれないが、それは性急すぎる。確かに歩達をずっと宿直室にとまらせておくのは色々と問題だったが、それでも安全だと判断するには速すぎる気がした。


 それは行政の怠慢なのだろうか。それとも歩達E級の竜未満に対する扱いなのか。


 ひとまず、歩達の護衛任務には藤花がつくことになった。雨竜は唯についているし、他の教師ではいざ幼竜殺しが現れたときに頼り無い。結果、定期的に行われる教員資格検査において、十分な実戦成績を残している藤花が毎日面倒を見ている。


 そもそも、竜殺しに狙われる生徒の護衛を一介の教師に求めることがおかしいが。


 歩が話しかけてきた。饒舌なアーサーがしゃべることが多いのだが、最近は口数が減っている。常に気を張って過ごしているようで、幼竜殺しを警戒しているのだ。当事者の竜だからこそだろう。


「もう一週間になりますね。幼竜殺しももうどっか行ってるころですかね」

「そうですね。幼竜殺しの犯行は、かなりばらけますから。二件続いたのも珍しい位ですし」

「調べたんですか?」

「ええ」


 藤花は微笑みながら端的に答えた。護衛を務めるにあたって、報道された幼竜殺しの情報を調べてある。


「それなら、もう大丈夫ですかね。先生ももうそろそろ飽きたでしょ?」

「いえいえ、こういうのも楽しいです」


 常にぴんとした緊張感を漂わせているパートナーと比べ、歩は気が抜けて見えた。危機感が薄いというか。自分の命を狙う異常者が傍にいるという自覚があるとは思えない様子だ。


以前から、歩の自意識の薄さは目についていた。模擬戦での自棄とも思える闘い方や、学校でのどこか冷めた立ち振る舞い。彼のそうした姿には身を削る鉛筆のような儚さがある。自身を鋭く鍛えれば鍛えるほど、いつかぽおきりと折れてしまうような。


所詮自分なんて、という気持ちがあるのだろうか。半端な竜使いとしての立場による、嫉妬と憐れみの入り混じった周囲の視線と、それに伴って困窮を極める自己評価。


 歩は藤花の顔を見て言った。


「先生は優しいですね」

「あなた達がいい生徒だからですよ。手はかかりますが。そういえば、個人授業いつにしましょうか」


 藤花の言葉に、黙っていたアーサーまでもがぎょっと身を強張らせた。


「色々あってすっかり忘れてましたね。希望があれば、一か月以内なら自由に決めていいですよ」

「とりあえず、幼竜殺しが捕まるまで延期というのはどうでしょうか。ほら、僕らもいざとなったら素早く動かないといけないですし」


「大丈夫ですよ、加減しますから。まあ半日もあれば回復できる程度にはしときます」

「……前回受けたとき、明日には治るっていってたのに、一か月痛みが抜けなかった覚えがあるのですが」

「最近の子はひ弱ですね」


 顔をひきつらせながら必死に抗弁してくるが、その程度で手を和らげる藤花ではない。先程までどこか遠くを見ていたアーサーも、どこか情けない顔で藤花を見てきている。


「大丈夫ですよ。二人とも唯さん達に勝ったじゃないですか。学校を代表する優等生ですよ。私のしごき位、簡単にこなしてください」

「しごきって言っちゃてるし、もう……」


 歩が肩を落とした。アーサーは先程と同じく遠い目をしたが、少し趣が違っている。


 藤花は笑いながら言った。


「一週間後くらいならいいですかね。この見送りも、後一週間位で解けそうな感じですし」

「そうなんですか?」


 尋ねてきた歩に藤花は頷いて返す。学校側の通達には何も書いていなかったが、最初指令を受けたとき、煮え切らない態度に定評がある校長が一カ月以内には終わると言っていた。藤花達には話せないが、上から聞いていることがあるのだろう。


 歩は一転して明るい表情で言った。


「ならもう大丈夫ってことですかね」

「まあそういうことですね」

「ならちょっと行きたいとこあるんですが、いいですか?」

「行きたいところ?」


 歩は、はい、と短く答えた。


「まあ別にいいけど」

「やった。なら少しつきあってくれます?」

「デートですね」

「こぶつきですけど」


 歩がアーサーを見て言った。アーサーは眉を寄せてふんと鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わない。


「じゃあ行きましょう」


 そう言うと、歩は先導して動き始めた。

 藤花は空を見上げた。もう夕焼けは赤黒くなっていた。


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