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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
3/112

1-1 パートナー



 歩は目を覚ました。目を開けて見えたのは白紙のノート。机に突っ伏すように寝ていたことを思いだすと、はっと口元でよだれの感触がしていることに気付いて、慌てて顔を上げた。幸いなことにまだ垂れていなかったようで、綺麗な白紙のままのノートを内心安堵した。

 ぼうっとする頭を覚ましながら、目の前の黒板に視線を向ける。寝てからそれほど経っていないようで、ノートはまだ間に合いそうだ。それにしても冬も半ばを過ぎたとはいえ、ひんやりとした空気と窓際の陽気のコラボは凶器だと思った。


 教師の声が聞こえてくる。


「では最後にまた基本に戻りましょう。何度も言いますが、魔物史Ⅱと召喚史Ⅱはそれぞれ細かい生態ばかりを問うているように見えますが、なにより基本部分をしっかり理解していないといけません。両者とも有機的に複雑に絡み合っており、根幹がしっかりしていないとすぐにごちゃごちゃになってしまいますからね」


 担任の中村藤花が熱弁を振るっていた。華奢な身体からは想像できない、教師としての威厳に満ち溢れた授業をしている。出張から帰ってきたばかりだというのにまるで疲れを見せないのも、教師として素晴らしい。

 黒板に走らせていたチョークを止めると、くるりと振り返ってこちら側を見てきた。


「それでは、先程まで船をこいでいた歩君、『魔物』とはなんでしょうか?」


 しっかり見られていた。下の名前で呼ぶのがこの先生の癖だが、そのおかげか、皮肉も余り嫌みに聞こえない。

 すこし驚きつつも、立ち上がって答える。


「魔物とは、人と卵生生物を除いたC級以上の生物のことです。社会に害を為すことができるだけの能力を持ち、一般に人間とは相いれません。現在、人間のテリトリーの外でしか見ることはできませんが、テリトリーを侵食してきては、戦争となっています。中には『蛍光兎』や『黒蛇』のように、人にとって有益な存在もいますが、基本的には有害な存在です。学校での模擬戦等の授業も、彼等と戦うことが人間にとって重要なのが理由です」

「正解です。授業はしっかり聞きましょう。座ってください」


 ほっとしながら腰をおろした。


「ではみゆきさん、卵生生物とはどういった存在でしょうか」


 藤花が最前列中央の席に座った生徒を当てると、彼女は長い髪を散らしながら立ち上がった。


「卵生生物とは、私達人間が生まれた時に手にしていた卵から生まれた存在です。生まれる際の状況から召喚獣とも呼ばれますが、一般にはパートナーという呼称が一般的です。姿形は魔物と同様多種多様ですが、命が人とリンクしており、人と卵生生物、どちらかの命が尽きるともう片方も死ぬという点が大きく違います」

「いい答えです。座ってください」


 はきはきとした声に、ぴんと背筋を伸ばした姿が目に入った。五年前より随分大人びて、凛としている。

 この五年で彼女はずいぶん変わった。歩と初めて会ったころのおどおどとした様子はなく、凛と佇み、藤花の質問にも躊躇なく丁寧に答える姿は、自信と品に満ちていた。


「では、慎一君、それ以外に魔物との相違点はありますか?」


 指名された歩の右隣に座る男子生徒が頬をかきながら立ち上がった。


「え、と。パートナーの力が人間にフィードバックされるみたいな、パートナーが強ければ強いほど、人間も強くなるって感じで……」


 教師の顔色を覗う男子生徒に、教師たる藤花は優しく座ってください、と声をかけた。


「大筋はあっていますが、もう少し丁寧に言うといいですね。パートナーの能力と召喚者たる人の能力がリンクしています。たとえば、パートナーの腕力が優れていれば、人の腕力も大きなものになり、パートナーの視力が高ければ、人の視力もよくなります。それにより、同じ人間でも全く違った性質を持つことも多いです。このクラスにいる人のなかでも、かなり違いがあることはみなさん言うまでもないですよね?」


 クラス全体の雰囲気がうなずいたような気がした。藤花が尋ねてきたことは、模擬戦や身体測定で嫌というほどわからされれている事実なのだ。

 藤花は教室をざっと一瞥してから授業を続けた。


「三人が言ってくれたように、魔物とパートナーは非常に似通っていますが、人間にとっては全く違う存在です。そこを常に忘れないようにしてください。テストにおいて、そこを勘違いさせようとする問題が非常に多いので、相当重要です。テストの後も常に付きまとう問題になるので、身にしみこませてください」


 そこまでいうと、藤花はちらりと壁時計のほうに視線をやった。視線をやると、まだ終了まで五分ほど残っている。


「ここで終わりと行きたいところですが、残念なことに時間が余っています。何か質質問はありませんか?」


 教室に微妙な空気が流れる。質問なんてないから早く終わって欲しいと思っているが、そんなことはできない。誰か手頃な質問をしてくれないかと歩が願っていると、一人の男子生徒が切り出した。


「せんせー、自分いいですかー?」


 声の主は先程の慎一と呼ばれた男子生徒だ。


「どうぞ」

「なら、テストに出てくるとこお願いします! 今度、赤点とったら小遣いやばいんすよ! ほんと、なんでもいいんでよろしくお願いします!」


 どっと笑いが起きた。半分ネタなのだろう、全く悲壮感のない調子に、藤花までも笑っている。

 ひとしきり笑ったところで、不意に藤花が何かを思いついたように目を大きく広げた。

 すぐににんまりという笑みを浮かべて、教卓の端を両手で掴んで前傾姿勢となる。


「じゃあ竜についてでいいわね」


 クラスの空気が一瞬で変わった。やっちゃった、といった感じだ。

 藤花は嬉々として話し始める。


「やっぱり竜は最高よね。テストで最頻出科目の一つになっているのが、注目度の高さを表してるわ。いわゆる『パートナー』の中でも別格の存在で、他の種族とは一線を画してる最強の生物。全てを踏み抜く膂力! 圧倒的なまでの威力を持つ多彩なブレス! 巨体に似合わぬ俊敏さ! なによりも大空を駆け抜ける飛行能力! 飛べる種族は他にもたくさんあるけど、あの巨体で一、二を争う速度なことは流石の竜! 『竜は飛んでこそ竜。その姿に並び立つものは無し!』」


 目をキラキラと輝かせながら、一人暴走する藤花だが、歩達にとってみれば、面倒なことこの上ない。

 出張が多いことと、ドラゴンに対する有り余る熱意を除けば理想の教師、とは副担任の弁。歩は今それを実感していた、


「社会的立場は非常に高く、竜使いになった瞬間、一生を約束されたに近いわ! その分、竜殺しに狙われる危険はあるけど、それも有名税として帰って名誉なことだわ! 貴族にもなれるし!」


 この国は民主国家だが、貴族が存在している。彼等は全員竜使いであり、その選民意識の高さ、同族意識の強さ、そして一般的な地位の高さは他と一線を画している。竜使いは人にあらず、と竜使いからもそれ以外の人達からも声があがる位だ。


 歩はそういった類の話題は苦手だ。憂鬱になってしまう。


「歩君!」


 うんざりといった感じで聞き流していると、自分の名前が呼ばれた。

 慌てて見返すと、藤花の視線は主に自分と教卓近くの女子生徒に向いていることに気付いた。

彼女を見て、歩は自分が一段と気落ちするのがわかった。


「私、竜使いの学生を受け持ったことって、担任どころか授業すらなかったのよね! なのにいきなり竜使いが担当のクラスに二人もいるなんて! 最高だわ! 今度の学年末模擬戦も、楽しみにしてるから!」


 藤花はこう言っているが、期待にはこたえられないのはわかっている。正真正銘の竜使いである唯と自分では、差がありすぎる。


 藤花の熱弁がひと段落したところで、都合よくチャイムが鳴った。


「あら、残念。じゃあ次の模擬戦授業も遅れないように、よろしくね」


 そう言うと、藤花は手早く荷物をまとめて出て行った。戸が閉まる音がした瞬間、クラスに安堵のため息が木霊する。

 歩もため息を漏らしたが、気のせいか他の人より重く聞こえた。

 机の上でうなだれていると、先程歯切れの悪い返答をした男子生徒が声をかけてきた。


「さっさと行こうぜ。相方のお迎えもあるし」

「ああ、慎一」


 気をまわしてくれるのがわかる。岡田慎一というクラスメイトは、本当に気配りが上手い。歩は、はあと再度重いため息をついて立ち上がった。

 歩の様子を見てか、慎一が苦笑まじりに声をかけてきた。


「まあ、おつかれ」

「さんきゅ」


 ここでぐだぐだしても仕方がない。

 歩はパートナーを迎えに行くことにした。





 水分高等学校。

 それが歩達の通う学校の名前だ。水分という地方にある学校だから、水分高等学校、そのままのネーミングだ。まだ歴史が浅く、校舎が新しいのが一番のセールスポイントという、ままある平凡な高校である。


 歩達が向かったのは、水分高校の教室棟と対になるようにして建てられたパートナー用の待機棟だ。デザインや色は教室棟とほとんど変わらないのだが、高さや横幅は倍ほどもある。大きさに応じて構造も強化されており、教室棟はただの鉄棒とコンクリートなのに対して、待機棟は鋼金虫の殻を混ぜて作ったコンクリートが使われており、強度を大きく上げられている。


 巨大なパートナーの重量に耐えうるようにというのが目的だが、これが時折、物議を醸す。鋼金虫は数こそ多いが、その体長は三メートルに及ぶ上に気性が荒いため、狩りには危険が伴う。狩れる軍や民間会社は多いため、天井知らずというほどではないが、それでもただの鉄筋コンクリートと比べて三割増しではきかない。


 鋼金虫を使っていることと大きさのために、待機棟の建設費用は教室棟の二倍以上したらしい。そのことに関して人よりもパートナーのために金をかけるとは何事か、と不満をもらす保護者がいるのだ。時折、怒鳴りこんでくる光景を目にすることもある。


 パートナーと人の関係を考えれば、そんな苦情は馬鹿らしいことこの上ないのだが。


 歩と慎一の二人は、二つの校舎を繋げるように作られた渡り廊下を渡っている。歩達のクラスだけでなく、他のクラスの人達もいるため、かなり混雑している。


「あー面倒」

「もうちょい広くつくってくれりゃよかったのにな」


 ぶっくさ言いつつも、流れに任せて進んで行くと、そうたたない内に中に入れた。

 入口から横にだだっ広い廊下が広がっており、ところどころに巨大な横に引く形式のドアがある。人間用の体育館が横にいくつも連なっているような感じだ。

 歩達は迷うことなくその中の一室に進んだ。


 中に入ると、様々な生物の姿が目に入ってきた。

 犬、猫のような比較的シンプルな動物から、妖精、ユニコーンまで多種多様。似たような犬型でも、目の色、数、尾の形など、ところどころの差異も多い。

 見回していると、目の端に自分達に向かってくる姿が写った。テンポ良く板張りの床を駆け抜け、慎一の前で腰を下ろしたのは、少し大きめの狼型のパートナーだ。青い目は二つ、毛並みのいい尾は一つ、健脚そのものといった四脚と、シンプルな造形をしている。


「おう、マオ」


 慎一はそう言うと身をかがめ、マオと呼ばれた狼の首をわしわしと撫で始めた。

 気持ちよさそうに半目のマオと、嬉しそうにそれを眺めている慎一。人とパートナーのあるべき姿とでも言うような、なんとも微笑ましい光景だ。


 一通り撫で終わると、マオが歩の方をぷいと向く。

 嫌な予感がしたころには、すでに飛びかかってきていた。


「おい、マオ! あぶねえよ! それに舐めるな!」


 体長一メートルを超す狼を受け止めたが、両肩にがっしりと前足をのっけられたため、舐めることまでは止められない。

 仕方なく口で言うのだが、歩の言葉などどこ吹く風という様子だ。手足をばたつかせ、尻尾をはちきれんばかりに振り回し、一向に止める気配はない。


「おい、慎一!」

「そんなこと言いながら、内心喜んでるくせにー」

「なつかれるのは嬉しいが、これは嫌だー!!


 こうして全身全霊で喜びを表現されるのはどこか嬉しいものだが、それでも巨大な舌で顔をなめまわされるのは御免こうむりたい。時折刃のように尖った牙が頬をかすめるのも、慣れたとはいえぞくっとするものがある。


「ほら! あぶねえから! 重い、マオ!」

「お前なら大丈夫だろ。一応、体力だけは学年でも一、二争ってんだからさ」

「その言い方、なんか気になるな、おい!」

「気のせいだ」


 慎一がちらっと巨大な部屋の中央に位置する大時計に目をやった。


「マオ、やめ」


 掛け声と同時にびたっと舐めるのをやめ、お座りをする。相変わらずの忠犬っぷりだ。

 べとつく顔面を袖でごしごしと拭っていると、慎一が言った。


「ほら、相方呼んで来い。時間もあんまないし」


 誰のパートナーのせいで時間がなくなったのかと言いたいところだが、時計を見ると確かに残された時間は少なかった。

 マオの頭を軽く一撫でしてから、部屋を見回す。部屋の端当たりで、身体よりも大きなクッションに全身を埋める姿が目に入った。


「おい、アーサー」


 返答がないため、仕方がなく迎えに行くと黒い竜が見えた。角は鈍く光り緑色の目が輝いている。世界を牛耳っていると言っても過言ではない種族、竜だ。

 ただし、その身体はその勇名にはふさわしくない。


「おい」

「うむ、時間か」

「さっさと来い」


 アーサーは翼を二、三振ってから飛び上がると、歩の肩に乗っかってきた。

 その小振りな身体は、歩の肩でも十分に止まることができた。


「お前、いい加減自分で飛ばない?」

「この位いいであろう」


 アーサーは五年前からほとんど成長していない。その小さな身体は、歩の肩にのっても動きに支障が出ないほどしかない。両手の上に乗せられる位だ。この五年間で、同級生達のパートナーは大なり小なり身体を伸ばしていき、人の何倍もの速さで大きくなったが、アーサーだけが成長しなかった。慎一のパートナーであるマオも生まれた時は卵大だったが、今では逆に人間が乗る位だ。

 アーサーだけが時から取り残されている。


 歩はひとまず走って慎一達のところまで戻った。


「おう、相変わらず偉そうだな」

「竜の威厳故、仕方なかろう」


 うそぶくアーサーを見て歩がため息をついていると、慎一がポケットからなにか取り出した。


「まあこれでも食って落ち着け」


 慎一が取り出したのは牛肉のジャーキー。真ん中を綺麗に裂くと、片方をアーサーに向かって投げた。


「これはかたじけない」


小さな両手で器用に受け取ったアーサーは、途端にかじりはじめた。目を輝かせてただ目の前のジャーキーをかじる姿は、くやしいことに見慣れた歩でも可愛らしいと思った。この姿を見たがる人は多く、しばしば餌付けをされるアーサーの姿を目にする。

 その姿を満足そうに見つつ、慎一は残った片割れを自分のパートナーに差し出していた。こちらも大きな体で嬉しそうに噛みつく。


「あんまりあまやかすなよ。肩に乗せるこっちの身にもなってくれ」

「まあまあ。こいつの食う姿は見てて飽きないんだよ」


 軽くたしなめたが、慎一はまるで聞いていない。

 そうこうしている内に、ジャーキーを堪能し終えたアーサーが口を開いた。


「相変わらず気が利くのう。お前もそういうところ見習ったらどうだ?」

「お前が太ったら、直視に耐えない姿になるのは目に見えている」

「竜であれば、直視に耐えないことなどありえん」

「相変わらず尊大な口ぶりで」


 慎一が楽しそうに声をかけると、鼻を鳴らしてからアーサーが答えた。


「竜であるが故」

「ほんと竜のこと誇りにしてんのな。他の竜が苦手なくせに」


 慎一の笑み交じりの揶揄にアーサーがふんと鳴らして答える。


 このパートナーは、竜のくせに同族を苦手とするのだ。テレビなどで竜の映像が出てくると途端に変えようとする。直接会うことなどもってのほかで、同じクラスにいるもう一体の竜とは決して顔を合わせようとしない。


全くもって変な竜だ。


「ふん、竜の高貴なる姿など、己を見ておれば十分だ。我が勇壮なるすが」

「もう時間ないし、行くか」


 ひとまずアーサーは無視し、マオが満足気に鼻を舐めているのを横目に確認してから言った。慎一が「そうだな」と答えるのを確認して、足を外に向ける。


 慎一と適当に会話をしながら、横目で無視されて少しだけ不満そうにしながらも、腹が満たされて基本的にご機嫌な相方を見る。

 本当にアホな竜だ。


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