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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
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3-9 バックグラウンド

 唯とキヨモリが襲われたと聞いたとき、ああやっぱりという冷たい感覚と、まさかという熱くたぎる思いが同居して、不思議な感じがした。藤花の制止もほどほどに、夜の学校を飛び出したとき、どこかそれを冷静に見つめていた。


 病院につき、深夜用の入口から中にすべりこむと、向かって正面に雨竜がいた。壁を背に突っ立ち、腕を組む姿は平静に見えたが、顔には疲れの色があった。


 雨竜の傍に行き、息も絶え絶えに尋ねた。


「先生! 唯は!?」


 雨竜は目の前の部屋を指した。

祈りながら扉を押しあけた。

傷一つない唯の姿があった。


「唯! 怪我は!?」


 みゆきの声が先に飛んだ。唯が頭を軽く横に振った。見る限りだが、傷一つないようだ。本当に無事に見える。


 だが、肩の力を抜くことはできなかった。唯の顔に一切の表情がないからだ。感情が欠け落ちた、と言った感じで、能面のようにのっぺりしている。

 そして気付いた。


「キヨモリは?」


 みゆきが尋ねると、すぐに唯の腕がゆらりと上がり、カーテンに囲まれた一角を指した。


 カーテンを勢いよく開ける。


そこには、包帯で全身をグルグル巻きにされたキヨモリがいた。頭は目と鼻を除いた箇所は全て白い包帯に包まれており、口を開くことすらできそうになかった。身体のほうも、ところどころ血のにじむ包帯が痛ましい。


 だがなにより歩を驚かせたのは、キヨモリの背中だった。


 あるはずのものがない。

 翼が、ない。


「キヨモリ、飛べなくなっちゃった」


 竜は飛んでこそ竜。空の王者たる証。模擬戦の際、ほんとうにいらついていたキヨモリの様子を思い出す。


 唯の仮面のような顔から一筋の涙が流れるのが見えた。




 その後、歩達が移動した控室では、重苦しい空気が淀んでいた。歩、アーサー、みゆき、イレイネ、だれも口を開くどころか、みじろぎの音すら立てない。何かすること自体が不謹慎だ、とでもいう風に。アーサーすら口を開くことなく、憮然とした顔で机の上で直立していた。


 雨竜には、自分を責めるな、と言われた。お前達は学生で、それを守るのは大人の役目。無茶をしたのも、雨竜達が不都合を強いた結果。悪いのは、自分だと。


 雨竜が駆けつけた時、既に犯人は逃げていたらしい。現場には、翼をもがれ、傷だらけのキヨモリと、泣き叫ぶ唯の姿しかなかったようだ。すぐに病院に連絡し、救急車が来るまでの間、手当てをしていた。夜間の救急車は、夜目の効く馬の手配が必要なため、最悪雨竜が担いで運ぶことまで考えたらしいが、案外速く来て、一命を取り留めることはできた、と言っていた。出血量はかなりのものだったらしい。


 説明を終えると、雨竜は学校に戻っていった。


「止められなかった」


 みゆきがぽつりと漏らすように言った。


「止めるべきだった。だけど、できなかった」

「お前のせいではない」


 アーサーの気休めも、みゆきに効いたようには思えなかった。それもそうだ。雨竜に歩達の責任ではないと言われたときも、逆効果だった。アーサーもわかっているのだろうが、他にかけられる言葉がなかったのだろう。


「お前が止められなかったのだ。日頃誰よりも人のためを思い、故に先まで読んで発言をするお前が、だ。誰も止められなかったのだ」

「いや、違うんだ」


 みゆきはパイプ椅子の上で、両肘をそれぞれ膝に突き、両手を合わせて頭に当てて、祈るような姿勢をしている。


「……荷物取りに家に帰ったとき、色々話したんだ。本当に嬉しそうだった」

「嬉しそう?」


 歩の質問に、みゆきは祈る姿勢のまま頭だけで頷いた。


「唯、同級生と仲良く遊ぶってことなかったみたいなんだ。この学校だと、特別扱い受けてたからだけど、その前の学校でも。だから、下の名前で呼び合う友達ができて本当に嬉しかったみたい。今日の唐突な泊まりも修学旅行みたいな感覚だったと思う」


 それで宿直室に来たとき、浮足立って見えたのか。


「私も同じ感覚だったし、唯が楽しんでいるのもわかったから、買い出しに行ったりしたんだけど、やっぱりやり過ぎだった」

「……お前のせいじゃないよ」


 みゆきは本当にこういうところがある。全てを背負おうとしてしまうところが。そんな彼女に、ちゃちな言葉しかかけられない自分が恨めしい。みゆきと出会ったときと、何一つ変わっていない。


みゆきは続けて言った。


「それだけじゃないんだ。私も唯といて、楽しかったんだ。あの時間を続けたかったんだ。初めて似た境遇の友達ができたから」

「似た境遇?」


 みゆきは歩の質問に答えず、続けた。


「どういうこと?」

「私と唯は貴族なんだ。両親がどちらも貴族の純血」


 歩ははっと息を呑んだ。

 貴族。国家レベルの権力を持つ聖竜会に所属する竜使いの一族。

 言われてみれば、唯が貴族というのは納得できる。学校での特別扱い、孤高とも言うべき姿、どちらも貴族であればこその立ち回りだったように思える。


 しかしみゆきまでがそうだったとは。


「しかしみゆきは竜使いではなかろう。二人の竜使いからは竜使いが生まれるはず」

「滅多にないけど、前例はあるみたい」


 口元を歪めてそう答えた後、みゆきはさらに続けた。


「私が類さんに預けられたのもそれが関係してる。実は卵が孵る前に、竜か竜でないか、ほぼ百パーセント判別する方法があるんだけど、それに私が引っかかっちゃったんだ。そうしたら、縁を切られた。類さんに紹介してくれたり、お金をくれたりはしたから、今こうしてられるけどね」

「腐っておるな」


 憤慨するアーサーに、みゆきはふっと軽い、悲しげな苦い笑みを浮かべた。


「唯も似たようなものみたい。お家騒動に巻き込まれて、一般の学校に通わされてる」

「だから、似た境遇」


 みゆきはこくりと頷いた。

起き上ってきたとき、口元に浮かべていた笑みが、自嘲したものに変わっていた。


「馬鹿だよね。あの時間を続けたかった。唯に楽しんでほしかった。お客さんでなく、一員として。私もそう思ってた。自分は安全なところから。なんなんだろうね」

「それは俺も同じだよ。唯が買いに行くっていったとき、危ないとは思ってたけど、正直、嬉しい気持ちもあったように思う」


 今思うと、あのとき、歩は止められなかったのではなく、止めなかったのではなかろうか。唯が無事に帰ってきたら、心配だったとか言っておきながら、結局花火を再開したのではなかろうか。その時間を楽しみにしていたのではないか。だから、止めなかったのではないか。


 考え過ぎな部分があるのはわかっている。だがその加減がわからない。

 止められなかったのか、止めなかったのか。その天秤の傾き具合は、歩には判断がつかなかった。


 再び沈黙の時が流れた。先程より重く、全身に纏わりつくようにねっとりとした時間だ。口から吸う空気は歩を咎めるようにゆっくりと入り、吐き出される空気には異臭が混じっているような気がした。鼓動までもが苛立たしいほどに粘っこい、ヘドロが波を作っているような感覚があった。


 唐突に、アーサーが言った。


「何故か殺されなかったな」


 まるで場にそぐわない不穏な質問だ。咎めるようにアーサーを見ると、先程から変わらない憮然とした顔をしていた。


「何だ唐突に」

「いままで、幼竜殺しに狙われ、生きていたものはいない。なのに何故キヨモリは助かった? 翼は喪われたが、生きている」

「雨竜先生が近付いているのがわかったからじゃないか?」

「そうかもしれんが、不自然だ。これまでの犯行は完璧だった。未だに聖竜会も捉えきれてない位にな。なのに何故今回だけ?」


 アーサーは冷静だった。口調は淡々としており、世間話でもしているかのような自然な声をしていた。

 それが何故だか無性に腹が立って、皮肉っぽく返答してしまった。


「冷静だな」


 それまでと変わらない、渋い響く声で答えてきた。


「有事ほど冷静にならねばならん。冷たく、静かに、己を制御し、冷酷に」

「冷酷になって何をするのさ」

「決まっている。幼竜殺しを捕えるのだ」


 至極当然といった様子でアーサーは言った。


「幼竜殺しを捕まえる?」

「うむ」


 端的に答えたアーサーに、みゆきが感情の熱を取り戻した。


「何を唐突に」

「何を戯けたことを。お前達は悔しくないのか? 恨めしくないのか? 憎くないのか? キヨモリの翼をもいだ輩が。胸の内に熱く滾る感情がないのか? やつを灼熱の炎で炙りたいと、鍛え上げた剣で地に這いつくばらせたいと、思わないのか?」


 過激極まりない発言にも関わらず、アーサーの声は平然としていた。それだけに余計怖かった。この竜は冷たく怒り狂っているのだ。

 もしかしたら歩と同じなのかもしれない。熱く滾る感情と、それをどこか遠くで見ている自分の同居。


 臆することなく、みゆきは言った。


「どうやって? 今まで何度も竜を殺して、それでも聖竜会でも捕まえられていない竜殺しの中でもトップクラスの犯人だよ? キヨモリが呆気なくやられた相手に、どうやって? そもそもどうやって発見するの?」

「簡単だ。逆にこちらが罠を張ればいい」

「どうやって」

「恰好の餌がいるではないか」


 そこまで聞いて、歩の背中にぞくりとしたものが通った。


「自分を囮にするつもりか?」


 アーサーは鼻を鳴らしただけだった。答えるまでもないのだろう。

 みゆきが声を張り上げた。


「危なすぎる! 唯のことがあったばかりだよ!?」

「来るとわかったならば、勝てる。我がいるからな」

「なんでお前がいれば勝てるんだ?」

「勝てるものは勝てるのだ」


 これ以上尋ねたところで、アーサーが答えないのはこれまでの付き合いからわかる。


「アーサー、わかってるよね。これはアーサーだけの問題じゃないんだよ。歩の命にも関わってる」

「無論」


「それでも何も言わず、やるの?」

「勝てるからな。我の真の力をもってすれば」


 人とパートナーの命は繋がっている。アーサーが餌になった場合、それが食いちぎられたとき、同時に歩もまた引き裂かれることになる。


 それでもアーサーは譲らない。ならば勝算は確かにあるのだろう。アーサーは勝てない戦はしない。それは今まで共に闘ってきた歩はわかっている。いつもはわがままで、衝動にしたがって動いているが、いざとなったとき、アーサーの思考はどこまでも現実的に動く。こいつが勝てないといったとき、勝てたことはない。そして負けないといったとき、負けたことはない。


 アーサーは、憮然とした表情のまま、歩の方を向いて言った。


「歩。やるぞ」


 その瞳に陰りは見られなかった

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