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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
27/112

3-i-2 竜使い、キメラ使い




 とりあえず○○○を部屋に上げた。○○○は何もない部屋に驚いていた。


「生活厳しいの?」

「まあ」


 冷蔵庫から紙パックのお茶を取り出し、彼に手渡した。それくらいしかもてなすものはない。

 ×××はお茶の隅を手で裂きながら、心臓の鼓動が強く打つのを感じていた。


 何故ここに? 何故私のことを知った? 私がキメラ使いだと知っているのに、何故来たのか? そもそも、自分が昏倒させられた後、なんて説明されたのか?

 そのどれもが、×××を危機に陥らせる可能性をはらんでいる。


 ×××の焦りとは逆に、○○○は落ち着いた声で尋ねてきた。


「今どんな生活をしているの?」


 ×××は、バイトして暮らしていること、学校には行ってないこと、平穏に暮らしていること、などを話した。その間も常に○○○の様子を覗っていたが、笑顔を浮かべて頷くだけだった。


 話し終えると、今度は逆に質問した。


「○○○君は、どんな生活?」

「学生やってる。中央第二竜学校に通ってるよ」


 照れくさそうに○○○は言った。


 中央第二竜学校は、認められた竜使いだけが在籍できる、エリート学校として知られており、名前だけは×××も知っている位だ。


「すごいね」

「ありがと」


 照れくさかったのか、○○○は話題を変えた。

 視線を×××のパートナーに向け、言った。


「これが君のパートナー? 随分可愛らしく変わったね」


 『変わったね』

 これはどういう意味か。○○○は×××のパートナーが、キメラが生まれる瞬間を見ている。キメラに擬態能力があることを知っているのか?


 問い詰めようとした瞬間、唐突に○○○のお腹が鳴った。時計を見ると、もう七時を過ぎている。

 顔を赤らめた○○○が言った。


「夕食、どうかな? いいレストラン知ってるんだ」


 ×××は従った。




 流石のエリート竜使いだと思った。

 連れて行かれた先は、なにやら怪しげな感じのビルだった。

 一見エリートの通う場所には見えないが、本当に秘密にしないといけない場所は目立たないようにしていると聞く。


 案の定、古びたドアを開けて中に入ると、別世界だった。

 そこは全室個室になっているようで、薄暗い廊下にいくつも枝分かれした道がある。話し声は全く聞こえず、よくわからないクラシックだけが耳に入ってきた。


一番奥の部屋に案内され、中に入った。

それまでの薄暗い廊下とは正反対の空間だった。×××のアパートの三倍以上のスペースがあり、中央に巨大なテーブルと十脚以上の椅子。そこから少し離れたところにソファが置いてあり、ゆったりとくつろげるようになっていた。


「二人にはちょっと広いけど、いつも使ってるからここでお願い。俺のパートナーもここじゃないと入らないしね」


 そういえば、彼のパートナーを見ていない。


「○○○のパートナーはどこにいるの? やっぱ竜ともなると、なかなか外に連れ出せないもんなのかな」

「もうちょっとで来るよ。少し用事があってさ。まあ座ってよ」


 促され、入口から見て巨大なテーブルの奥に座った。足元にパートナーがうすくまる。○○○はその対角線の席についた。


「料理はおすすめがあるんだけど、それでいい?」


 頷いた。おそらく、どんなものでも美味なことには変わりない。


 それより大事なのは、何故いまさら訪ねてきたかだ。

 このままぐだぐだやっても仕方がない、と率直に切り出すことにした。


「私のこと、どこで知ったの?」

「たまたまさ。ここらへん学校に近いからね。何度かここらへん通ったとき、みかけてあれ? と思ってたんだ。それで少し調べたら、名前を変えて雑貨屋で働いてるっていうじゃないか。気になってね、あの後どうなったか」


「それは私も聞きたかった。私のパートナーがキメラだってこと、知ってるよね? あのおじさんからはなんて説明されたの?」


 ○○○は少し眉を寄せて答えた。


「キメラだから隔離しないといけないって。このことを言っちゃいけないって」

「それだけ?」


 ○○○はちらっと壁に視線を寄せた。×××もそれにつられてそちらを見ると、そこには壁時計がかかっていた。それも何やら品のよさそうな代物だった。


「君は今日から竜使いだよねって。だから相応の特権と地位を引き換えに、義務と秘密を身に納める必要があるよね、って」

「だから従った?」

「それだけじゃない」


 ○○○の顔は、相変わらず笑顔だった。しかし序々にそれが硬質のものであることに気付きはじめた。仮面だったのだ。


傍らに寄り添うキメラの毛が逆立っている。赤い目の正面の空気が、陽炎のように揺らいでいるのが見えた。熱を持っているのだ。


「僕を紹介してくれたんだ。ある組織に。そこは国に連なる、栄誉ある仕事をたくさん承っているんだけど、常に人手不足なんだ。優秀な人材が足りないせいだって。その優秀な人材が集う組織に、僕も入らないかって誘われたんだ」

「それで、どうしたの?」


「受けるしかないじゃないか。僕みたいな孤児でも、そんな立派な仕事ができるっていうんだ」

「あなた、竜使いだよね? そんな危ない橋渡らなくても、十分いい地位に付けるんじゃ」


 ○○○は首を振った。相変わらず顔には笑みが張り付いていたが、口元がなにか忌まわしいもので歪んだ。


「ダメなんだ。今の学校に入って分かったよ。竜使いだから偉いんじゃなくって、貴族の家に生まれた竜使いだから偉いんだよ。僕が入れたのは組織のおかげで、個人だと全くダメみたいなんだ。

 同じクラスにいるんだ。縁もなにもなくって、竜使いになったから入学したやつが。そいつ、みんなからいじめられてるよ。後ろだてがないから、みんな好きにいじめられるんだ。学校に来てるのが不思議なくらいだよ」


 ○○○の顔は、歪んでいた。相変わらずの笑みらしきものを顔に浮かべていたが、もう笑みには見えなかった。今にも泣きだしそうに見えるが、逆に野良猫を熱湯の中に突き落しそうな、嗜虐的にも見える。


 ×××は背中に冷たいものが垂れたのがわかった。これは、あの施設で出会った中でも、最も気味の悪いものと同種だと感じた。

 そこで、ばん、とドアが開いた。何か大きな影がいる。


「ただ、組織にいるにもちゃんと仕事を果たさないといけない。特に、功績を残さなくちゃいけないんだ。特に、僕しか知らない情報源で、僕一人で動いて、危ないやつを僕一人で捕まえたりするといいんだ」


 影が動いた。座った○○○の何倍も大きな背丈で、鱗の生えた身体をのしのしと動かし、近付いてくる。


 その全貌が照明に照らし出された。


竜だ。


 ○○○は言った。


「だからさ、僕のポイントになってよ。キメラ使いの逃亡者さん」

「どうして、私を捕まえるとポイントになる?」


 ×××は質問を飛ばした。幼なじみの自分に、とは言わない。


「君が逃げ出したからさ。キメラは普通、閉じ込められたまま一生を終える。なのにどうして外にいるんだ? 逃げ出したからでしょ」

「逃げだした、と聞いたわけじゃないの? その組織から」


「違うよ。僕がたまたま君がキメラ使いであることを知っていて、探し当てたからさ」

「組織に報告は?」

「しないよ。僕一人で済ませたほうがポイント高いでしょ。調べたけど、組織は君を察知していないみたいだし。組織も知らないお尋ね者を僕が一人で見つけるなんて、大手柄だと思わないか?」


 幸運が重なる。こいつは馬鹿だ。紛うことなき馬鹿者だ。

 こいつを消せば×××は助かると、分かった。

 だが、相手は竜使い。できるか?


 自分のバイブルとなっている小説を思い出す。いくつものキメラを殺した元少年は竜使いだった。殺すに際し、ほとんどてこずった話はなかった。それほど特別な力を持つのが竜だ。

 登場したキメラは成すすべなく押しつぶされたものばかりだ。


どうするか。

 迷っていると、突然○○○が声を上げて笑いだした。気持ち悪い声だ。


「そんなにびびらなくていいよ。漏らすなら上からじゃなくって下からでしょ。よだれ垂らすなんて汚いね」


 言われて、手を伸ばす。顎のあたりからぼたぼたとよだれが垂れてきていた。

 これは、どういうことだろうか?


 否。

 理解はすぐに終わった。

 例のファンタジー小説を思い浮かべた。


 まるで意味はなかった。落ち着くどころか、逆に目前の竜に対する関心が増していく。


「じゃあ、もう終わろうか。叩き潰しても、君たちがキメラだってわかるよね?」


 ○○○が一歩引いた。竜が机を挟んでそびえ立つ。

 ×××は思った。


 なんて美味しそうなんだ。


 つばを飲み込んだところで、足元の白い子犬が変体しだした。見ずともわかった。五感を使わずわかった。私達は二つで一つのキメラなのだから。

 巨大化する。真っ赤に燃え盛る。尾が伸びる。羽が生える。


 どれも×××は五感ではないもので感じ取った。まるで自分の身体がそうなったような、そんな感覚がした。


 目の前の竜を見た。

 キメラと同時に飛びかかった。




 ばりばりぐちゃぐちゃごくごく。

 ああ、美味しい。少し焦げた表面も、噛みちぎるたびに顎が外れそうになる肉も、蕩けそうなほどに熱い血液も、なにもかもが美味しい。久しぶりの『食事』は、最高だ。

 ああ、なんて美味しいんだ。竜はこんなにも美味しいモノだったのか。いままで知らなかったことは最早罪だ。


 もうやめられない。やめるつもりもない。

 こんなにおいしいものはそうはない。これほど良いものはない。

 キメラも全身を真っ赤に染め、皮膚でも味わうかのように竜の臓腑にもぐっている。キメラが身体を動かすたびにぐちゅりという音がしたが、先程聞いたクラシックより心に響く美しい音に聞こえた。


 絶対にやめられない。

 決めた。パートナーを、特に竜を狙って食す。法を犯し、警察に追われる身になってもかまわない。


 もっと美味しい肉が食べたい。


目の前の竜の肉は極上だったが、どうも堅すぎる。顎が痛い。

 もっと柔らかい肉がいい。次は柔らかそうなやつを狙おう。


 柔らかい肉、というと若い肉だろうか。羊肉は、年老いたマトンよりラムのほうが柔らかい。竜も似たようなものだろう。

 中高生の肉。それも小さいほうが美味しそうだ。


 それを喰らう、それもたくさん。

 どうすればいいか。


 竜使いは貴族ばかりから生まれ、皆似た、豪華な学校に通い、一人一人にプロの警護がつく。彼等を出しぬき、襲うことのできる状況が必要だ。それに竜使いの名簿も手に入れなければならないし、品定めもしたい。


学校の先生なんてどうだろう。

 生徒達の近くにいれば、よりどりみどり。それなりに転勤があるため、犯行現場も散らばるし、なによりより多くの幼竜を選別できる。教師同士の交流を通せば、情報を得ることも容易い。まさか教師が、とは思わないだろう。


 そのためには、大学に行かないとならない。まあなんとかなるだろう。高校を経ずとも大学に行く方法はある。


 この後の方針は決まった。後はこの場をどうにかすればいい。

 食べ終えた後、何もかも焼き尽くそう。炎は全ての証拠を隠滅すると、おじさんも言っていた。

 さあ、残りの竜をたいらげよう。

 ああ、なんて美味しいんだろう。


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