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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
24/112

3-7 秘密




「お前さ、あれは卑怯だろー。ああ言われたら私なんもできねえじゃん」

「まあまあ。ほれ一献」

「あ、どうも……つっても騙されねえぞ!」

「まあまあ。教師は大変だねえ」


 雨竜は手に持ったグラスをテーブルの上に乱雑に置いた。


「他人事みたいに言いやがって。大変なのの理由に結構お前も入ってんだぞ?」


 アーサーを睨んだが、涼しく流された。


「だからこうして愚痴、聞いてんだよ。そういやまた藤花は出張か?」


 中村藤花のことを思い出す。彼女は本当に有能な教師をやっている。あの若さと見た目で、学校だけでなく学会でも一目置かれている。

 だがそれだけに雨竜も辛い。


「竜関係の講演あるとすぐ行っちゃうわ、挙句の果てには自分で講演しちゃうわ。それはいいとしても、なんで私が穴埋めしないといけないのかっての。知ってる? おれ副担任なのに、担任と全く同じ扱い受けてんだぜ? 仕事だけはな」

「ほんと大変だな」

「そうそう、って話変えるな。全くお前ってやつはいつも」


 まあまあ、となだめながらアーサーがグラスに注いできたので、雨竜は舐める程度に口に含んだ。最近飲んだ覚えのない、芳醇な香りが鼻に広がった。上品なのにパンチの強い、本当にいい酒だ。


「なんだノリわりいな、男ならガバっといけ。ガバっと。一人称が私のやつは、飲みっぷりも悪いな」


 いらっとする口ぶりながら、負けるの癪なので、グラスを一気に傾けた。喉が焼けるように熱い。


「やればできるじゃん」

「うっせえよ。これは前の仕事の癖なんだよ。めっちゃ上品なやつらに囲まれてたし」

「ほう、どんな仕事だ?」

「秘密事項だ。つーかお前だってなんで口調若くなってんだよ。気取ってんのか? ああ?」

「平時と酒の席は分ける主義なのでな」


 ほんと、こいつは口が上手い。頭の回転が速いというか、こまっしゃくれてるというか。身体が小さい分、頭に栄養が行っているのだろうか。マンガのような二頭身サイズの身体を見ていると、そう思ってきた。

 アーサーが更に注いできたので、口に含んだ。旨い。仕事中ということを忘れそうになる。


「いや、忘れてたわ。そういや私、護衛役だった」

「まあそう言わず食えよ。鶏肉もういいんじゃないか?」

「おっ、いいねえ」


 指摘されて、鍋の中で踊っていた肉をポン酢に入れてから口に入れた。やはり美味い。


 念のため、一度立ち上がり廊下に出て、中庭の様子を確かめた。全員はしゃぎながら花火をしていた。水城歩、能美みゆき、イレイネ、平唯、キヨモリ。雨竜の与えられた任務は、竜使い達の護衛だけだが、かといってみゆき達を放置することはできない。教師だから。


「教師、か」

「なんだ?」


 つい独り言になっていたらしく、なんでもない、と慌ててごまかした。


「それにしても、よく花火持って来たな。楽しんでるようでなによりだが、良かったのか?」

「まあ苛立つのはわかるからな。ギスギスした空気の中で過ごしたくねえし」


 照れくさい話になりそうで、逆に急いで話題を振った。


「そういや、お前の相方。もともと下地はあるの分かってたが、あの平達を倒すとはなあ。大金星だわ」

「我の相方としてはまだまだ物足りぬんがな」


 小生意気にうそぶく小竜に突っ込もうと思ったが、やめた。

 元から考えていたことがあるからだ。


「お前さ、力隠してない?」

「あん?」


 アーサーが雨竜の顔を見返してきた。何を言っているんだ、という呆れたような表情をしていた。


「何をいまさら言うんだ?」

「いやだってさ。水城って身体能力学年でもトップだろ? 努力しているのは知っているけどさ、やっぱおかしくないか? 多分、平よりも上だぞ。竜使いの平より。おかしすぎる」


 人はパートナーの影響を受ける。足の速いパートナーなら、人も速くなる。パートナーが剛腕なら、人も剛腕になる。それが自然の摂理だ。


 それは勿論竜使いにも反映される。そして竜の膂力は他の追随を許さない。故に、竜使いの身体能力もまた、人類の中で抜きんでている。


 水城歩は竜使いではあるが、肝心の竜のほうはコレだ。戦闘に参加しないあたり、身体能力は高くないはずだ。なのに水城歩が学年一の身体を持っているのは、パートナーの影響ではなく、才能と努力の結果だと思っていた。


 しかし最近大きなイベントがあった。学期末模擬戦だ。そこで水城歩は平に勝った。それも本物の竜と真正面から闘ってだ。色々な要素もあったし、アーサーの機転もあったが、ここまでくると流石に異常すぎる。


 こいつは何か隠しているのではなかろうか。


「それは俺の影響だな」

「真面目に答えろ」

「俺は竜だぞ?」

「真面目に」


 アーサーがじっと見つめてきた。大きな瞳の、深い緑に引き込まれそうになる。


「ない。そんなものがあったらとうに披露しておろう。そもそも隠す理由があるか?」

「私には思いつかんが、言いづらい理由があってとか」

「たとえば何が」


 目の前の大きな口からは、間断なく言葉が発せられる。そうされると、嫌応にもペースは握られてしまう。こんな話術、どこで身に付けたんだ。


「たとえば。うん。お前が他の竜が苦手なことと関係しているとか? そういやお前キヨモリと同じ部屋いて大丈夫だったのか?」

「それは今関係ない。だから具体的にどんな理由だ? 周囲からの屈辱に耐え、栄光を遠ざける理由に勝る理由がだ」


 そう言われると、なかなか見つからない。


「ないであろう。ならばそういうことだ」


 アーサーはそこで切ると、がばっと酒を口に含んだ。雨竜は言い返せず、黙るしかなかった。

 しかし逆に疑念は強まった。ただないという割に、応答に熱意がこもっていたからだ。狡猾な論法を使っていたし、なによりアーサーの対応は余りにも本気だった。自分は無力だ、と言わされるのが嫌だから、という可能性もあったが、雨竜は前者の理由しかないと思っていた。理屈以外の、何かで。


こいつには、何かあると。


 ひとまずこの場での追及はやめにした。


「ふむ、まあ言いたくなったら言えばいいさ」

「しつこいやつめ。女にもてないな、お前」

「うるせえよ」


 この竜は今後どうしていくのだろう。

E級判定を受けた以上、差別の目は一生付き纏ってくるだろう。見た目が竜であることは。かえって災いにしかならない。竜使い達が有り余る力と権限を持っている現状、彼等は尊敬もされるのだが、嫉妬もされる。いくらその権力にふさわしい力を持っていても、いや持っているからこそ人は彼等を妬む。


普通なら、そうした妬みは影口で終わる。竜使いを表だって馬鹿にすることは、聖竜会を敵に回すことにつながる。そうなると、身の破滅しか待っていない。


 しかし宏とアーサーは違う。公に竜未満だと認定されてしまった。

竜の見た目をした竜未満は、竜使い達への嫉妬のはけ口となるだろう。今はまだ大丈夫みたいだが、学校でいついじめの対象となってもおかしくない。よほど上手く立ち回らない限り、苦境に立たされるのは時間の問題だ。


 そんな彼等に教師として自分になにができるのか。教師のできることは多いようで少ない。権限はあっても、雑事が多すぎるのだ。単純に忙しい上、何かあれば様々なところからクレームが来る。保護者、教育委員会その他、わずらわしいことはなんでもある。何かしようと思っても、できないのが現状だ。


 実際、雨竜に何ができるか。


 そう考えていたとき、ふと我に返り、つい笑ってしまった。


「どうした?」

「いや、なんでもない」


 自分のことを教師として認識していることに気付いた。

 雨竜にとって、教師は手段の一つに過ぎない。本業は別にある。なのにふと気付けば、教師として、なんて考えている自分がいた。


 不審そうにこちらを見てくるアーサーに、返答した。


「いや、面白い状況だな、と」

「ふむ」


 アーサーは何か納得したように頷いた。


「まあ確かにお前とこうして二人で話すことになるとは思わなかったな」

「教師と生徒のパートナーが一対一になるとか珍しいわな。しかも酒飲みながら。とんだ不良教師だ」

「そういえば、お前のパートナー見ないな。どこにおるのか?」


 痛いとこをつかれたが、何気ないように装って答える。


「秘密」

「何か理由があるのか?」

「黙秘権を主張します」

「いいから」

「さっきの仕返しか? しつこい男はもてないぞ」

「いいから答えろ」


 気付いたころには、アーサーの語尾が確かなものに変わっていた。それまでどこか語尾の抜けた、酔っ払いの口調だったのに、酔いが抜けている。瞳にも強い意思が宿っていた。

 こいつ酔っ払ってたんじゃねえのか?


「なんだ急に」

「こっちも元から気になってたんだよ。なんでお前のパートナーは姿を見せないのかって。普通一緒に過ごすし、なんらかの理由があっても、一年も姿を見ないことなんてないだろ。そもそも一緒に暮らせない仕事につくやつはいない」


 確かにその通りだ。人とパートナーは影響しあうだけでなく、命もリンクしている。いわばもう一つの心臓だ。パートナーと離れ離れになるということは、もしかしたら知らないところでもう一つの心臓が破裂して、突然死ぬかもしれない、という恐怖を常に背負うということだ。

 それを許容できる人間はまずいない。


「家では会ってるぞ。恥ずかしがり屋なんだよ」

「あり得ない。パートナーにあった職業につくのが普通なこの世界で、そんな理由で離れ離れになることを許容するものはいない」


 酔っぱらっていたはずなのに、舌鋒が鋭い。かわしきれない。


「嫌だ。それより、このまえの模擬戦のこととか聞かせろよ。特等席で見てたし、いいとこかっさらってったんだから」


 アーサーは押し黙った。

 そちらを見ると、真剣にこちらを見つめている。酔いはなく、戦場に挑むかのように緊迫した表情をしていた。

 雨竜は、目の前の小柄な竜に気圧されているのを感じた。


「何故そこまで嫌がる? 何か特別な理由があるのなら、何故教師という職業についた?」

「特別な理由ってなんだ? 具体的な例を上げて答えろ」


 背筋につぅ、と汗が流れ落ちる感触を自覚しつつ、先程くらった論法で返した。

 アーサーは雨竜を見たまましばらく黙っていたが、おもむろに口を開いた。


「たとえば、教師には手段としてなっているだけとか。学校でやることがある、とかな」

「具体的に言えよ」

「たとえば、監視。誰かお前の本業の対象がいるとかな」


 首のあたりから全身に寒気が走った。

 この竜、鋭すぎる。


「想像力豊かで先生嬉しい。ただの平凡な一教師として、教え子に作家の卵がいるのは嬉しい」

「ただの平凡な一教師?」


 アーサーの声はどんどん凄みを増していく。


「何を言っている。お前がただの平凡な一教師であるわけがなかろう。我に普通に接している時点で普通じゃない」

「それなら中村先生だってそうだろ」


 言い逃れるべく必死に口を動かすが、そこから洩れるのは子どもじみた弁明ばかりになってきた。


「そう、あれもおかしい。我を前にした教師は、へりくだるか、邪見にするか、どちらかだ。なにしろ竜だ。それも、やつらのいう竜未満のな。竜として扱いに困るか、竜もどきとして馬鹿にするかだ。それ以外にはまず出会わない。少なくとも積極的に関わってくるやつはな。

だというのにお前達は違う。特にお前とはこうして酒を飲み交わす位だ。媚びへつらわれたことも、蔑まれたこともない。お前は竜に慣れ過ぎてるんだよ」


 心臓がうるさい。加速しきってもなお速度を増そうとエンジンをふかし続けている。その余波を髪の下の汗腺が受けて、首の後ろに熱い液体が垂れ始めた。


「模擬戦のときもそうだ。怒り狂う竜に対し、俺に任せろといった。そんなことを平凡な教師が言えるわけがない。相手は竜だぞ? 教師としての自覚が強く、犠牲心に溢れる人であってもなお恐れるのが竜だ。なのにお前は任せろと言った。そこに気負いも何も感じなかった。お前、竜と対峙することにも慣れているな?」


 アーサーの視線が怖い。服も、皮膚も、肉も、骨も、全て透過して自分の核を見抜かれているような気がした。自分の頭の中から直接抜きとったのではないかと思う位、その言葉は当たっていた。

 視線をそらすことすらできず、ただ押し黙る雨竜に対し、アーサーは更に続けた。


「どうした? 答えぬか? 貴様は何者だ?」

「私は……」


 どうすればいいのか。答えは見つからない。教師と生徒の立場が逆転し、こちらが問い詰められている。


 本来ならやり過ごせる。どんなやりとりだろうと、お互いの立ち位置が対等であれば、決着をつけないことは簡単だ。ただ認めなければいい。何を言われようと、ただ流せばいい。顔に鉄仮面をつけることを、雨竜は得意としていた。


しかしタイミングが悪かった。教師としての自分が浮かびあがってきていた。それを自覚したとき、雨竜には迷いが生じていた。本当に目的を果たしていいのかと。教え子たちを亡き者にしていいのかと。ただの贄として扱っていいのかと。


――本当に、いいのだろうか。


 自問自答しているときほど、感情を隠すことが難しいときはない。

 思考が散逸してしまい、ここをどう切り抜けるか考えないとならないときでも、下手な状況分析ばかりしてしまっていた。


 どうすれば、どうすれば、どうすれば。

そうした問いが頭の中を占めていたとき、ふとももに冷たい感触がした。

視線をふとももに向けると、何かがテーブルからこぼれおちているのが見えた。テーブルの上に視線を向けると、倒れて中から中身を漏らしている酒のビンがあった。


ビンによりそうようにして、アーサーは眠っていた。倒れたグラスに頭を預け、静かに寝息をたてている。寝落ちだ。


 ふとももにこぼれ続ける酒を無視して、天井を見上げた。深く息を吐く。


 三回ほど呼吸をし、落ち着かせる。

 手を握り、開くを三度繰り返し、正常な動作を感じ取るようにした。酔いは血の気とともに引いていた。


大分落ち着いて、息をもらした。

そういえば歩達は何をしているのだろうと思い、外を覗った。アーサーとの問答に集中してしまっていたせいで、全く注意していなかった。


 そこにいたのは、三人だけ。水城歩、能美みゆき、イレイネだけ。平唯とキヨモリがいない。


 慌てて立ち上がり、中庭に走っていった

 これは目的を果たす機会が来たのかもしれない。だが、本当にその目的を果たしてもいいのだろうか?

どう転ぶのが自分にとってベストなのか迷いながらも、雨竜は駆けた。


これを書いたのは少し時間があいてからなので、趣が違っているかもしれません

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