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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
21/112

3-4 パートナー




 午後の模擬戦はいつも通りだった。歩はアーサーに煽られつつパートナー達の攻撃を必死にかいくぐり、隙を見つけては棍棒による一撃を狙う。みゆきとイレイネは、主にイレイネが矢面に立ちつつ、要所を狙いみゆきも参戦する。唯とキヨモリは、別室で自習。歩の戦績は完膚なきまでの全敗で、それもいつもと変わらない日常。


 いつも通り傷の手当てを受けた後、教室に戻りホームルームを終えると、藤花が声をかけてきた。

 内容は昼休みの時と同じ。空き教室に集まっておいてくれ、とのこと。ただ少し遅れるので適当に時間をつぶしておいてくれ、と言われた。

 仕方なく適当に雑談していると、三十分ほどして、藤花と雨竜は現れた。

 藤花は申し訳なさそうにしている一方、雨竜はかなりいらついて見えた。


「ごめんね、遅れて」

「いえ」


 昼休みと同様に、藤花が教卓、雨竜はドアの前に立つと、まず藤花が口火を切った。


「まず始めに、大変勝手なお願いになることを謝っておきます」


 歩達が頷くのを見て藤花が一呼吸置いた後、言った。


「単刀直入に言います。今晩から、学校で寝泊まりをしてください。今から二手に分かれて家に戻り、当面の生活道具を準備してすぐに学校の宿直室に。そこで、男女それぞれで一部屋ずつに分かれて夜を過ごしてもらいます。食事は学校側が準備しますし、宿直室にはシャワーが備え付けてあります。服に関しては、後で私が回収し、クリーニングに出します。それ以外に何か不都合な点がありましたら、言ってください。できるだけのことはします」


 ある程度は予想ができていた。護衛するなら、対象を一カ所に集めた方がいいに決まっているからだ。各自の家に配置するというのも考えられるが、護衛役に教師と生徒を選ぶ位だ。そんな手間をかけるとは思えなかった。

 だが、もやもやとした不満は残る。


「護衛は生徒と教師。場所は学校の宿直室。本当に守る気あるんですかね」

「私も知りたい位です」


 藤花の口調は申し訳なさ半分、呆れ半分といった感じだ。藤花自身、じくじたる思いを抱えているのは同じなのだろう。

 雨竜が割り込むように言った。


「とりあえず、これからすぐに家に行こう。平と能美には中村先生が、水城には私が付いていく。身の回りのものを持ち出して、宿直室に集合で。陽が沈む前に済ませたい」


 誰も反論はしなかった。

 ただ、心の中にある種のもやを誰もが抱えていた。




 歩とアーサーは、適当に身の回りのものの回収を済ませ、母親である類に伝言を残してから再度学校に戻ってきた。幸か不幸か、類は今日から長期出張中であり連絡先もわからないため、伝言を残すことしかできなかった。


「ここだ」


 雨竜に先導されて連れて行かれた先は、教員棟一階の端。宿直室と書かれたプレートがかけられている部屋が三つある。


「一番端が私と水城、真ん中が平と能美の部屋だ。パートナーもそれぞれの部屋で頼む」


 ドアを開けて中に入ると、部屋の中央にちゃぶ台があった。床は畳を敷き詰めてあり、入口の土間で靴を脱ぐようになっているようだ。

パートナーが泊まることも考えてか、それなりの広さがある。キヨモリでも、十分過ごせそうだ。


「ここにあるものは好きに使ってくれ。冷蔵庫は中身がないけど、後で適当に補充するから。シャワーはいつでも使える。冷蔵庫の隣にある棚には皿やらコンロやらあるから、それも自由に使え。ゴミはそこ」


 雨竜が入口の土間の端にある、鉄色のバケツを指した。

 歩は靴を脱いで畳に上がり、荷物を下ろすと、部屋を見回した。右奥にシャワーと書かれた戸があり、手前にタオルが積まれて置いてあった。更に手前には水場がある。淡い青色のタイルが貼られた、廊下においてあるものと同じもののようだ。


部屋の反対側に目をやると、冷蔵庫が木の棚と寄り添うように置かれてあるのが見えた。その木棚に皿とコンロが置かれているのだろう。隣に布団が積まれてあったが、遠目に見てもほこり臭そうだ。


 ぱっと見た限りでしかないが、案外居住空間としては十分なように思える。


「ふむ、これが飯か」


 声の主はいつのまにかちゃぶ台の上に移動していたアーサー。

 ちゃぶ台の上には古めかしい布巾で包まれたものがあったのだが、アーサーはその包みを開け、中を覗き込んでいた。


「ああ。それで頼む」


 答えた雨竜に視線を向けると、土間から上がらず時計に目をやっていた。


「私はまだやることがあるから席外すが、できるだけここから外に出ないでくれ。後で色々持ってくるから。まあ頼む」


 そう言うと雨竜は出ていった。

 残された歩は、とりあえずもう一人の同居人の所に近付いていった。同居人の顔をのぞくと、なにやら不満げに鼻から炎をもらしていた。


「これを見よ」


 包みを解かれた中身は弁当だった。少し安っぽいだけで、何もおかしくないように見えた。


「これがどうした?」

「このような粗末なものを夕食にするのか?」

「粗末?」


 顔を近づけて注意深く見てみる。米は潰れているし、煮物の表面には白い脂が浮いていた。揚げ物も見るからに脂っこい。アーサーが開けたせいで漂ってくる匂いも、生臭いとまではいかないが、余り食欲を湧かせてくれるものではない。確かに粗末な食事だ。


「このような飯で過ごせるか。我の舌はこんなもの受け付けんぞ」

「一日位我慢しろよ」

「いーや、嫌だ。買いに行くぞ」

「幼竜殺しがいるかもしれんぞ? 雨竜先生も外出るなって言ってたじゃん」

「少し位ならよかろう。まだ人通りもある」

「そんなことより、アーサー、いいか?」


 まだ続くアーサーのぼやきを遮って尋ねる。歩には気になることがあった。


「飯はそんなことではないが、なんだ」

「お前、キヨモリと一緒に住むようになるけど大丈夫か?」


 このところキヨモリに対して拒絶反応は見せていないが、それでも腑に落ちない部分がある。無理をしているのではという疑念は、ずっと残っていた。もし昼食の時も我慢をしてきたというのであれば、それがこれから一日中になるのだ。部屋は別とはいえ、壁を挟んで隣でもきついのではなかろうか。

 アーサーは冗談めかして答えてきた。


「我は別に構わんぞ。あの図体ではいびきがすさまじそうだが、まあ、しばらくなら」

「真面目に答えろ」


 アーサーが歩の顔を見てきた。こちらが本気だとわかったのか、あきらめたように重い口を開いた。


「もう慣れた」

「慣れたってやっぱり無理してたんじゃねえか」


 やはりこの竜はいらん空気を読んでいやがった。


「お前が無理してまでは誰も望まん。唯にも事情話せばどうとでもなるだろ」

「お互いいらん気遣いする位なら我が耐えたほうがマシだ。それに丁度乗り越えねばならんと思ってた頃でもある。卒業した後のことを考えれば、避けてばかりはいられまい」

「なんでお前だけが割くうんだよ。一人で背負いこむな」

「別にかまわんだろ」


 突き放す言い方が頭に来た。

 その勢いも乗じて、これまで聞けなかった疑問を尋ねてしまった。


「そもそも、なんで竜のこと苦手なんだよ。俺の知らないところでなんかあったのか?」

「言わぬ」

「なんで言わない」

「言わぬ」

「……おれのせいか」

「それはない」

「ならなんで」

「言わぬ」


 ここにいたってまだ言わないのか。言えないのか。

 昔は何度も聞いたが、そのたびにはぐらかされて終わった。最近ではもうほとんど聞くことはない。少なくとも、これから言うことは一度も言っていない。

 だが口からこぼれおちてしまった。


「パートナーにも言えないのか」


「……言えぬ」


 アーサーの返答は弱々しいものだった。聞こえてきた声も、悲痛なものが混じっていた。なんとか絞り出したというのが、限界まで努力したことが、その声には詰まっていた。

 しかし歩の胸に、寂しい冷えた一滴がおちてあっという間に広がった。


 歩もアーサーも黙りこんでしまった。蛍光兎の毛でできたフィラメントの、じじじという音がはっきりと聞こえている。風さえもこの場には踏み込んで来ない。


 そんな沈黙破ったのは、入口から聞こえてきた声。


「あ、もう来てたんだ」


 みゆきだった。後ろにはイレイネと唯の姿も見える。


「って、どうしたの? なんかあった?」

「少しな」

「まあ些細なことだから気にしないでくれ」


 みゆきに二の句を言わせないよう、歩は続けて言った。


「二人の家行くみたいだから、もうちょい時間かかるかなと思ってたけど、早かったんだな」

「ん、と。まあ私の家こっから近いからね。歩く距離としては、みゆきの家との往復だけみたいなもんだったから」


 唯が少し躊躇しながらもはきはきと答えてくれた。

 その後をみゆき、イレイネと続いてきたが、キヨモリの姿はなかった。


「キヨモリはどうしたの?」

「隣の部屋で寝てるよ。あいつねぼすけだから」


 唯は上がってくると、興味深そうにあたりを見回した後、クシャっとした笑顔を浮かべた。


「うん、あんま変わんないね。それでどうする?」

「適当に飯食ってシャワー浴びて寝るだけじゃない?」


 そうか、と唯はまた笑った。笑いの意味がわからないが、少し困ったような顔だ。

 ここでアーサーが口を挟んできた。


「ところで飯は見たか?」

「いや、まだだけど、それ?」


 唯がちゃぶ台の方に寄ってきて、アーサーの頭越しに弁当を見ると、途端に顔をしかめた。


「美味しくなさそうだね」

「これが一日の締めくくりを担う食事などありえん」


 アーサーはけわしく眉をよせて言った。我がまままじりの苦情の場合、いつもなら歩に顔を向けて言ってくるのだが、今は唯のほうを向いている。


「まさかこのような飯で満足しろと」

「っていっても、どうする? これを食べなかったら夕食抜きになっちゃうよ。外に出られないんだし」

「いっそのこと、外に出ちゃわない?」


 みゆきの冷静な意見に対し、唯が過激なことを言った。


「買いだし行こうよ。みんなで動けば大丈夫だよ。まだ人通りもあるし」


 時間を見ると、夕方六時位だ。もうそろそろ人通りもまばらになってくる頃だろう。


「そうだ、行くぞ! こんなところに来させられた以上、旨い飯がないとやってられん」

「そうだ! 行こう! 美味しいご飯があればどんなとこでも都だよ」

「二人とも息あってるね」

「旨い飯の前では皆平等に仲間になるのだ」

「……狙われてる当人達がそんなんでいいのかよ」


 助けを求めようとみゆきを見る。この中では常識人のみゆきなら、止めてくれるはずだ。

しかしみゆきの顔には柔らかな微笑が浮かんでいた。止める気はないようだ。

歩は一人ためいきをついた。


「じゃあ行くぞ。今から行けばまだ店も空いてる店がある」

「本当?」

「本当。前に話したなんでも売ってる駄菓子屋は二十四時間空いてるし、他にも伝手があるよ」

「何故我に言わん」


 唯がみゆきに確認をとったことに、アーサーが不満をもらす。

 夕食の買い出しには遅い時間になっていたが、歩もなんとかなることがわかっていた。みゆきの言う伝手も、母親の類経由のものだと知っている。社交性的で面倒見のよい性格のせいで、商店街での類の幅の利かせようは凄まじいものがある。


 ただ歩自身、いまいち乗り切れない。

 何故皆ここまで乗り気なのか。特に幼竜殺しの狙いの範疇にあるアーサーや唯。

 アーサーは置いておくとしても、唯の態度は奇異に写る。少し頬を赤らめて興奮しており、竜殺しのことなど忘れきっているように見えた。

みゆきもおかしい。いつもなら抑える側に回っているはずなのに、今はむしろ助長している。


 結局、歩は燃えたぎるアーサーと興奮する唯を止めなかった。


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