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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
20/112

3-3 予兆



「ごちそうさまでした」


 唯とみゆきが食べ終えた。歩とアーサーは先に終えており、既に食後の余韻にひたっている。

 時計を見ると、昼休みは後三十分ほど残っていた。次の時間は、学期末模擬戦以来、久々の模擬戦で移動して着替えを済ませるのは十分ほどかかる。自由な時間は二十分かそこらだ。


「みゆき、本当においしかった。ありがと」

「そう言ってもらえてうれしい」


この短い時間の間に、歩達は下の名前で呼び合うようになっている。


「本当みゆきはすごいね。模擬戦でも活躍してたし」

「竜使いにそう言われると、なんだか皮肉っぽく聞こえちゃうな」


 笑み混じりでみゆきが言うと、唯が勢いを増して言い始めた。


「そんなことないよ。模擬戦のトーナメントで優勝したんでしょ? 学年最強ってことじゃん」

「唯と歩達は出てないでしょ。クジ運にも恵まれたし、実際のところはわからないよ」


 学期末模擬戦は歩と唯のものを除いてトーナメント形式で行われた。歩は見られなかったのだが、そのトーナメントでみゆきは最後まで勝ちぬき、優勝したらしい。歩達の一戦の直前に、後片付けに手間取っていたのは、みゆきの決勝戦が激戦になったからのようだ。


 後で録画を見たのだが、凄まじい戦いっぷりだった。相手は歩が知らない離れたクラスの男子だったようで、パートナーは悪魔型だった。身体は二メートルを少し超える位か、馬面にヤギのようなねじ曲がった角が五本。直立態勢で腕と足が二本ずつ、筋骨隆々の人の身体をしており、背中には翼膜がぼろぼろのコウモリのような翼が二対背中にあった。指のあるべき部分は代わりに蹄になっていた。


 馬面の悪魔は凄まじい力を持っていた。キヨモリには及ばないが、空中からの自重の全てを込めたふみつけは、地面に大きな穴を穿った。拳ならぬ蹄の一撃は、イレイネの身体を容易く貫き、黒蛇製の模擬戦服を破いていた。


 そんな相手にイレイネとみゆきは果敢に立ち回り、傷つきながらも何度も攻撃を加え、最後には悪魔を倒していた。決め手は歩に見せた雨。ひるんだ悪魔に、みゆきは手にした刃引きの剣を腹に一撃。それで呻いた悪魔にイレイネの本体がとりつき、締め上げて気絶させた。男子生徒はそれを見て、降参。


 素晴らしい試合だった。


「そ、そういえば、次の授業は模擬戦だよね。いつも見ないけど、唯はいつも何してるの?」


 みゆきが強引に話題を変えた。この話題は気恥ずかしいらしい。

 ねむりこけるキヨモリの背をなでながら、唯は答えた。


「キヨモリと一緒に自主練。っていっても、キヨモリはいつも一人で過ごして寂しがってるから、遊んだりすることのほうが多いかな。ここだとあんまり暴れられないし」


 キヨモリは自分の部屋を与えられていると聞いたが、裏を返せば、唯が授業を受けている間ずっと孤独に待たされるということだ。

 考えてみれば、随分辛い状況なのかもしれない。


「訓練ってなってるんだけど、相手もいないしね。たまに雨竜先生が相手してくれるんだけど、やっぱ人相手だと全力出せないから、いい練習にはならないのよね」

「随分豪気な話だ」


 アーサーがいれた茶々に唯は真面目に返す。


「いや、雨竜先生が弱いっていうより、手加減したキヨモリの攻撃が当たらないのよ。なんだかんだで小回り利かないのもあるとは思うけど、雨竜先生の身のこなしって尋常じゃなくて。全力出したらわからないとおもうんだけど、それだと雨竜先生のほうが洒落にならないだろうし。直撃したことなんて、ほんと数えるほどしかなくて」


「雨竜先生ってそんな強いの?」

「うん、すごい。動きが全然違う。歩もすごかったけど、雨竜先生はそれに輪をかけてるよ。本当、当たる気がしないもん」


 雨竜が戦っているところを見たことはないが、話を聞くと気になってきた。

今度手合わせ願ってみようかと思っていたところ、校内放送が鳴った。


「中村です。水城歩君、アーサー君、能美美雪さん、イレイネさん、平唯さん、キヨモリさん、南校舎一階にある一番端の空き教室に来てください。繰り返します。水城君……」


 担任の藤花の呼び出しだった。丁度ここに揃っている面子全員だ。

心当たりがなく、歩はみゆきや唯と疑惑の視線を交換したが、全員心当たりはないようだ。

とりあえず向かうことにして教室を後にした。


 食後の倦怠感が漂う廊下を通り過ぎ、一階へと降りていく。歩達が昼食を取っていたのは同じ南校舎の三階で、そこが二年の空間だ。下って二階は一年、上って四階は三年。一階は様々な用途に使えるよう、意図的に開けてあるらしい。

 一年生達の喧噪を背に、更に一階へと降りた。放送では端としか言っていなかったので右と左、どちらに行くか迷ったが、右側の端にこちらに手を振る雨竜の姿が見えた。おそらくそちらだ。


 雨竜も歩達に気付いたらしく目を合わせてきたので、近寄っていくと、中に入るよう促された。ドアを開けると、教卓の前に藤花がいた。

藤花は五つ置いてある椅子を指して言った。


「どうぞ座ってください。キヨモリさんに合う椅子はないので、申し訳ないですが床にそのままでお願いします」


 歩、アーサー、みゆき、イレイネ、唯、そしてその隣にキヨモリが座りこんだ。

 雨竜も中に入ってきて、ぴしゃり、とドアを閉めた。雨竜はそのままドアに身体を預けて経っている。

 視線を前に向けると、藤花が口を開いた。


「わざわざ昼休みに呼び出しをして申し訳ありません。お昼ごはんはもう済ませましたか?」


 歩が頷くと、藤花は続けた。


「今回呼び出しをしたのは、二人に護衛をつけることになったからです」

「……はい?」


 おもわず、間の抜けた返事をしてしまった。

 藤花は表情を固くひきしめたまま続けた。


「はい。護衛です。歩君、アーサー君、唯さん、キヨモリさんには護衛を着けさせてもらいます。基本的には二十四時間、同行することになるので、どうかよろしくお願いします」

「二十四時間って、ご飯食べる時も寝る時も?」

「基本的には」

「幼竜殺しか?」


 低くて深いアーサーの声が響いて気付いた。幼竜殺しのことはニュースでもあったし、藤花達からも聞いていた。

 だが、何故それで自分達に護衛がつくことになるのか。


「はい」

「それでなぜ、我らに護衛が? 近くで新しい被害者が出たのか?」

「その通りです」


 少し合点が言った。すぐ近くで被害者が出た、つまり幼竜殺しが近隣に出没しているといえば、歩達に護衛がついてもおかしくない。


「被害者は?」

「ハンス=バーレさんです」

「たしかこの前の模擬戦で閲覧席に来ていたとかいう、貴族様でしたっけ?」


 藤花の返答に、みゆきが返した。

 あの鼻もちならない貴族様の顔を思い出す。タイミングが悪かったせいもあるが、正直なところ、彼が死んでも悔やむ気持ちは持てない。


 しかし幼竜殺しの仕業ともなれば話は別だ。

雨竜が更なる説明を始める。


「やられたのは、先週の学期末模擬戦の直後だ。飛んで帰っているところを狙われたらしく、ここからそう離れていない。貴族様は空から降って潰れた蛙みたいな有様だったよ。ああなっては貴族も肩なしだったな」

「まるで見てきたみたいな言い草だな」


 アーサーの問いに、雨竜はすぐに答えた。


「まさか。聞いただけだ」

「竜はどうした? 連れ去られたか?」


 アーサーの質問は続く。やはり竜殺しに対する関心は高い。


「痕跡は散乱した血液だけだ。爪のかけらもなかったらしく、全て回収されたと考えるのが妥当だ。竜の身体は基本高価だから仕方がないが」


 竜の身体は色々なものに使える最高の素材になる。血を一滴飲めば半日動け、鱗に取っ手を付ければ精錬された鉄に勝る盾になると言われている。自然、その身体は高値で取引されるため、竜殺しの一番の犯行理由は金品狙いだ。


「それで、我らに護衛を?」


 雨竜が頷いた。


「ならば我らがどうこう言うべきではあるまい。逆に有難く受け入れるべきか」

「そう考えてくれると助かる」


 アーサーは承諾したようだ。ちらっと見た唯の顔も、プライバシーが無くなることに不満そうではあったが、何も言わないところを見ると受け入れるつもりらしい。

 タイミングをはかっていたようで、ここでみゆきが口を開いた。


「質問いいですか?」

「どうぞ」

「それで、何故私も呼ばれたのでしょうか?」


 みゆきは竜使いではない。強いていえば歩と関係が深く、最近では唯とも交流があるといったところ位だ。それでも歩とはもう一緒に住んでいないし、学校でもいつも行動を共にしているわけではない。昼食も、唯とのことがあるまで最近は少なくなっていたくらいだ。唯に至っては、仲良くなったのは極最近のこと。なのに何故みゆきが呼ばれたのか。


 真っ向から見つめるみゆきに対し、言いづらそうに眉尻を下げながら、藤花が答えた。


「勿論、みゆきさんに護衛をつけるという話ではありません。かといって、この話と関係ないわけでもありません」

「なら、何故じゃ?」

「その護衛になってもらいたいんだ」


 代わって答えた雨竜の回答は、思いがけない内容だった。馬鹿げているといってもいい。

 言われた当人はというと、きょとんとしている。意味がわからないのだろう。それは、藤花と雨竜以外同じことだった。

 アーサーが尋ねる。


「何を馬鹿なことを。みゆきに竜殺しと相対するかもしれぬ護衛などさせるわけにはいかない。そもそも竜を何体も屠ってきた幼竜殺し相手の護衛に、学生を使うとは何事か」


 アーサーの語気は、後にいくに連れ怒気をはらむようになっていた。

 対する教師二人はというと、苦渋の表情、といった感じだ。


「実は、私達もよくわからないんです。ただ、校長から『上からの指示だ』と言われ伝えているだけで、言われたこっちからしても面くらっている状態です。ただの仲介役に過ぎないんです。大変申し訳ないのですが、受け入れてください、としか言えません。みゆきさん、なんとか引き受けていただけませんか? 私達も色々探ってみますから」


 藤花の懇願には、学校と生徒の間に挟まれた苦悩がにじみ出ていた。

 これ以上不満を言うのは気遅れしたのか、アーサーがため息をつきながら言った。


「みゆき、いいか?」

「仕方がないよ。このまま放置するのはできないし」

「助かる。仕事としての報酬もあるから、それについても後で説明しよう」


 雨竜の返答に、みゆきはなにやら複雑なものを浮かべた。

 気を取り直して、アーサーは質問を続ける。


「みゆきの件はいいとして、まさか護衛がみゆき一人ということはあるまいな」

「後一人つく」

「一人か。大した護衛だな」


 アーサーの口調はいつになく皮肉に満ちている。


「それで誰だ?」

「私だ」

「……お前か?」

「頼り無くてすまんな」

「どれだけ内々ですませようとしてるんだ? 本当に守る気はあるのか?」


 驚きを通り越して、白けてしまった。幼竜殺し対策のための護衛なのに、肝心の人員は学生と教師。形を取り繕うだけのアリバイ護衛もいいところだ。だからといって、藤花や雨竜達教師陣のせいというわけでもなく、歩はただ呆れかえるしかなかった。

 それは皆同じようで、冷めた沈黙が流れる。


 空気を変えたのは、アーサー。

 再度一際大きなため息をついた後、言った。


「藤花、雨竜、それでこれからどうするのだ?」

「とりあえず、放課後まではいつも通りに。あなた達はできるだけ一緒に行動するようにお願いしてもいいですか? それからのことは、また放課後に」

「わかった。みゆき、唯、それでいいか?」

「はい」「……うん」


それを合図に、ぞろぞろと外に出ていった。

 外に出る時に見た藤花と雨竜のなんともいいがたい顔が、中に妙に印象深かった。



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