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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
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2-i もう一人のキメラ



「×××君、本日の食事だ」

「はい。食べるよ」


 隣にいた自分のパートナーの△△△に許可を出した。×××の脇のあたりまで背丈が伸びたキメラは、牙をむき出しにする。

 目の前には本日の生贄。翼の折れまがった鳥型のパートナー。

 生贄を前にして、やることは一つ。


骨を砕き、肉を咀嚼し、血を嚥下する。快楽に身を任せて何も考えず、ただ喉を潤し腹を満たす。


 もう手慣れたもので、この程度の大きさなら、×××とキメラの二人で十分もかからない。今回は七分で済ませられた。

 予め用意してあったタオルでキメラの口をぬぐった後、自分の口元と手を綺麗にする。


 汚れたタオルをどうしようか迷っていると、△△△に変化が訪れた。

 背中がばきばきと音を立てながら割れ目を作る。中からは血みどろの肉の塊が出てきて、二つに広がった。


 そのまま大きく伸びていき、扇のような形を描きだす。最後に凹凸ができ、見覚えのある代物になる。

出来上がったのは鳥の翼。食べた相手の能力を奪ったのだ。これがキメラが忌むべき存在とされるゆえんだ。物理法則すら無視して質量すら変化させる驚愕の能力だが、もう見慣れたものでなんら思うところはない。


「終了ですか?」

「ああ。美味しかったかい」

「はい」


 △△△の背中に再び割れ目ができ、中に翼が戻っていく。バキバキバキと音をたててはいるが、その顔に苦痛の様子はない。


 翼を収納した背中の割れ目はすっと閉じていった。手にしたタオルで軽く拭うと、そこにはもう傷口すらない。△△△は手に入れた能力をこうして収納し自由にコントロールできる。

 タオルを手にしたまま出口に向かったところ、『おじさん』の声が聞こえてきた。


「おつかれさま」


 『おじさん』の声は、意地の悪い何かを含んでいた。




 ×××がこの施設に連れてこられてから、三年が経っていた。

 △△△は勿論のこと、×××の背丈が伸びている実感があり、年月が経過しているのがわかる。三年間一度も施設外に出たことのないキメラでも年をとる事実が、何故かひっかかる。

 『食事』を終え、殺風景な施設の廊下を歩いていると、『おじさん』から声をかけられた。


「×××君、今日の講義は後日でいいかね? 少し用事があってな」


 作り笑いを浮かべて答える。


「いつも教えていただけるだけ有難いです。正直なところ、私も仕事が溜まっていた仕事があるので丁度良かったです」


 ×××はこの施設内で、他の『実験動物』の扱いを任せられるようになっていた。従順に従いつづけてきた結果、ある程度の信頼を得ることができたからだ。同じ『実験動物』の身ながら、×××はそれなりの自由と教育を受けられている。言うなれば、牢名主だ。


 知識を得るのは『食事』の次の楽しみなのだが、仕方がない。あらがっても何も好転しない。それなら尻尾を振った方がマシだ。


 『おじさん』は、形だけ取り繕った謝罪を告げた後、正面の大きな出口から走っていった。

 ×××もそちらに用があるので向かうと、出口のドアをあけたところで『おじさん』と同僚が話しているのが聞こえてきた。直角に曲がった角の先にいるのか、姿は見えない。


「×××に色々教えてるみたいだけど、大丈夫か?」


 『おじさん』は豪快に笑いながら言った。


「心配性だな。パートナー喰いにまともな生活ができると思うか? あいつらは外に出てもいずれ耐えきれなくなり、襲いだすさ。そんな自覚もあるのか、抵抗する素振りもない」

「けど、闇討ちの方法だったり、戦術とか教えたりするのは流石に危なくないか? お前が被害者になっても知らんぞ」

「大丈夫だ。それにな」


 見えなかったが、おじさんの醜悪な笑みが目に浮かんだ。なんとなくどんな表情をしているかわかる。


「無抵抗なのも面白みがないだろう? 希望を持たせた方が、絶望も深くなるってもんだ。色んな事を知れば知るほど、自分の境遇に自覚が出る。そうした姿は、どうしようもなくみじめだと思わないか? ただ淡々と動くモルモットより、苦悩する姿の方がそそるもんがあるだろう? 不死鳥を食って臓腑を燃えあがらせていた時の顔なんて、最高だったぞ」

「相変わらずの悪趣味で」


 ガハハという笑いが遠のいていく。その場を離れていったのだろう。

 そのままその場に立っていると、角の先から若い男が歩いてきた。おそらく、おじさんの話し相手であった彼は、×××の姿を見ると、ぎょっと身体を強張らせた。


 ×××は作り笑いを浮かべ会釈した。顔を上げると、若い男の表情は凍ったままだったが、何も言わずに隣を通り過ぎていく。

 先の角を曲がり、先程まで『おじさん』達がいたであろう廊下を歩く。


途中で△△△が身体を擦りつけてきたが、軽く首元を撫でるだけで済ませた。

こんなことは驚くまでもないし、悲しむことではない。こうした嫌がらせを受けるのは慣れた。用事があるといったのも嘘だろうし、今のも×××に聞こえるように言ったのだろう。嫌らしいなぶり方だ。


そんなことされずとも、自分のことは理解している。この場から逃げられるとも、キメラの宿命を避けられるとも、自分達がまともな扱いを受けられるとも、思っていない。

 自分達は実験動物であり、キメラなのだから。




 今日は『新入生』が来るらしい。

 時折、新たな『実験動物』が増えることがあるのだが、×××はそうした新入生の世話も任せられている。


 『おじさん』からの情報によると、新たな新入生のパートナーは同じキメラだとのこと。パートナーが生まれた瞬間、捕まえてきたのも同じ境遇だと言われた。名前は□□□というらしい。×××の三歳年下。この施設に入るにあたっての儀式も、×××同様に行われるとのことだ。


 時間の五分前になり、指定された部屋に向かう。真っ白な廊下をいくつか過ぎて着いた先は×××が二年前に連れてこられた部屋だった。

 一分前に到着、その場で待つ。廊下を挟んだ先にはシャワー室があり、着替えや大量のタオルが置いてある。×××の役目は、血まみれになることも少なくない『新入生』の身づくろいを補助することだ。


 時間になってすぐにドアが開いた。廊下側にはドアノブが付いているが、ドアの内側の壁は白一色の壁紙だけだ。


 出てきたのは、ぱっと見て少年か少女かわからないが、十二歳にしては大人びて見えた子どもだった。全身血まみれで、顔の表情もどこか虚ろ。自分もこんな顔をしていたのだろうか。

 足元にはパートナーと思しき小型動物。犬をベースに、背中にこうもりのような羽、尾が二股と細かい差はあるが、その雑多な姿は間違いなくキメラ。

 とりあえず話かけてみた。


「大丈夫? とりあえず、身体綺麗にしようか。そこシャワー室だから、中に入ろう」


 反応がない。足元にいる□□□のキメラはなにやらこちらをにらみながら唸り、敵対心を露わにしていた。脇に控えていた△△△も、威嚇するように唸り始める。


 いきなり□□□が飛びかかってきた。奇声を上げながら×××に向かって全身を投げ出して来る。足元では彼女のパートナーも駆けてくるのが見えた。


 ×××は彼女のキメラは無視して、□□□だけを身をくねらして避けた。□□□が反対側の壁に頭から突っ込み鈍い音を立てる。すかさず彼女の首筋に手刀。おじさんの講義の一貫として武道も習っており、その中でこれも教わったのだが、×××の成功率はそれほど高くない。

 それでもなんとかなったらしく、壁からずるりと落ちて行き、地面に突っ伏した。


 ふっと息をついたところ、悲鳴のようなものが聞こえてきた。音のした方をむくと、△△△がもう一体のキメラを締めあげていた。尻尾の蛇が身体にまきつき拘束している。尾の蛇が赤く長い舌のようなものが出し入れしていた。


 □□□とそのパートナーの無様な姿を見て、×××はため息をついた。




「はい、ココアでよかった?」

「――重ね重ねすみません」


 温かいココアを手渡すと、□□□は申し訳なさそうに身を縮めて受け取った。


 あの後、まだ気を失ったままの□□□の服を脱がし、シャワー室にぶちこんだ。同性なのが幸いした。気を失ったままの□□□の身体の湿り気を拭いとり、多少てこずりながらも服を着せ、談話室に連れていった。その間、□□□の小さなキメラは△△△が拘束したままだった。


 談話室に寝かせて数分たったころ、□□□は目を覚ました。少し距離を置いて話しかけてみたのだが、こちらを見る目には戸惑いと敵意が宿っていた。当然だ。


 それが無くなったのは、□□□が×××のキメラである□□□に気付いたときだ。そこからは人が変わったように素直に応対し始めた。おそらく、ある種の仲間意識が芽生えたからだろう。同じキメラ使いという、決して有難くないものだが。


 そこで一通り状況を説明した。大雑把にはおじさんが伝えていると思うので、質問に答える形にしたのだが、質問は次から次へと続いた。やはり自分の新たな境遇が気になったのだろう。

矢継ぎ早に繰り出された説明の途中、ふと飲み物を出していないことに気付き、自販機で買って渡した。


 □□□は黙ってココアを飲んでいる。心なしかほっとしているように見えた。


「さて、まだある?」

「……思ったより、待遇いいんですね。もっと悲惨な目に合わせられるかと思いました」


 たしかに衣食住は保証されており、身体的には保証されている。説明された内容だけでは、それほど悲惨には思えないだろう。

 問題なのは、精神面。そればかりは経験しないことにはわからない。ここは牢獄以下の場所だということに。


「ひどい拷問を受けたりはなかなかないからね。私自身、そうした経験はないし。他には?」

「あの、全く関係ないことでもいいですか?」

「答えられることなら」

「あの、その、貴方の生い立ちを聞きたいんですけど」


 意表を突かれた質問だったが、なんでも答えてあげた。といっても、薄っぺらな両親の記憶と、孤児院でのそれなりの暮らしはそう面白いとは思えなかったが。記憶があいまいな部分もあったが、□□□は満足したようだった。


 ×××が語り終えると、代わって□□□が話し始めた。

 □□□もまた孤児だった。五歳の時に両親を亡くし、施設へ。施設の暮らしは随分辛いものだったらしいが、明るく語った。もう会うことはないであろう友達のことも、全く悲壮感を感じさせずに離してくれた。


 一通り話終えると、□□□は躊躇しつつも勢いに任せるように言った。


「僕達、仲間ですよね? 境遇も似てますし、パートナーも同じで」


 そうだね、と×××は答えた。少しだけ親近感らしきものが感じられた。あっさりと自分の境遇を話したのも、仲間意識があったからかもしれない。


「僕、この後どうなるんですか?」

「色んな魔物やらパートナー喰わされて、能力手に入れて、データ取られて。後はただ生きるだけ」


 □□□は少し考え込んだ後、尋ねてきた。


「外に出る可能性はないんですか?」

「できない。私の場合、戸籍も死亡扱いにされてるしね。□□□はまだなってないだろうけど、それも手続きだけの問題だから」

「そうですか……」


 この施設内でその手続きの一端が行われることを×××は知っていた。流石にその仕事が回ってくることはなかったが、『おじさん』に聞いたことがある。なんでも、その書類を提出したら、属している組織が手続きしてくれるらしい。その書類の提出は、週末にまとめてやるとも言っていた。


 □□□は再び考え込みはじめた。×××が手にしたココアを飲み終えたころになって、ようやく口を開いた。


「あの、僕の服どうしました?」

「ここにあるよ。はい」


 血まみれになった服を渡す。

 自分の起こした惨劇を思い出したのか、身体をビクつかせながら受け取ると、中を探り始めた。上着の内ポケットに手を突っ込み、そこからなにやら取り出す。

 それは□□□のIDカードだった。本人の名前と性別、生年月日、そしてパートナーの名前が書かれており、自分の戸籍を証明するものだ。


「これ、持っててもらえませんか? もう何の役割も果たせませんが、それでも持っていてほしいんです」


 象徴みたいなものだろう。相手に自分が存在した証明を持ってもらうことで、相手との絆を深めて、仲間意識を強固なものにする。孤独は避けたいのが痛いほどわかった。

 これからの生活が不安で、仲間を作りたいのだろう。同じ異端のキメラ使いであることも、それを助長している。

 受けとってポケットの中に突っ込んだ。□□□は嬉しそうに顔をほころばせた。己のパートナーをまず見て、△△△、×××と視線を送る。奇妙な連帯感が生まれた。


「その子、なんていうんですか」

「△△△」

「へえ、いい名前ですね」

「君のはどんな名前付ける?」


 □□□は照れたように頬を染めながら答えた。


「実は生まれる前から決めてました」

「ずいぶん楽しみにしてたんだね」


 □□□は更に頬を赤らめて言った。


「はい! やっぱり一生を左右するパートナーですから。実はIDカードにもう書いちゃってるんです。待ちきれなくて」


 一生を左右するパートナー。□□□は気付いていないが、ずいぶん皮肉な言葉だと思った。文字通り、二人のパートナーは人生を大きく左右した。泥沼に突っ込んだのだ。


 初々しい反応に少しためらいを覚えていると、突然怒号が鳴り響いた。

 同時に警報。電灯が赤い緊急用のものに変わる。


「あれ!? なんですかこれ!?」


 □□□の困惑する声が聞こえてきたが、それは×××も同じだ。避難経路がぱっと思いつかず、壁にかかった案内板に目をやった瞬間。

 何かが崩れる音がした。首筋に衝撃が走り、続いて全身が叩かれる。

 意識はあっさりと無くなった。




 頬に冷たい感触がして、目が覚めた。目の前には△△△の顔。目を覚まさせようと頬を舐めていたようだ。


 起き上って周囲を見渡す。

悲惨な光景が広がっていた。

 ところどころ怪しい炎が立ち上り、形のあるものは全て壊れている。炎に焼かれてパチパチと弾ける音がしていた。炎以外に動く影は見当たらない。


 随分と呆けた後、ふと自分の身体を見回してみた。至る所に裂傷があり、痛みもあるがそれほどではない。ぱっと見てわかる重い傷もない。

 なぜ無事なのか。


 答えは△△△だった。パートナーの身体は全身血でまみれていた。特に背中の傷が酷い。中途半端に展開された翼が無様に折れまがっている。尾は根元から引きちぎれており、舌を出し入れしていた蛇はなくなっていた。能力を出し入れするときに見せる、異常な復元力でも回復しきれていない。


 これらは、おそらく×××を庇ってできた傷。

 申し訳なく思いながら、声をかける。


「ごめんね、ありがとう。動ける?」


 キメラはクゥーンと鳴いた。その声は悲痛なものが籠っていたが、声そのものに濁りはない。×××に纏わりつく動きも、傷だらけの痛々しい身体のものとは思えないほどだ。知らない内に、随分と強くなっていたようだ。


 安心して息をもらした後、ふと立ち上がり、空を見上げてみた。

 三年ぶりの夜空は、ひどく美しい。

 周囲で炎がゆらめいているせいか、空気が妙に透き通って感じられた。焦げくさいが、空気の不純物すら燃やしているかのように、空がすっきりとしている。久しぶりの夜空だから、余計美しく感じたのかもしれないが。


少しの間無言で空を見上げた後、現実に返る。これからどうするか決めなければいけない。

今なら簡単に逃げられる。追う者がいるかもしれないが、この惨状では死体の確認もホネのはずだ。もしかしたら死体不明の行方不明者としても片づけられるかもしれない。これ以上ないチャンスではある。


 外に出てどうするか。外に出たところで自分の戸籍はもうない。戸籍がない人がどうやって暮らしていくかわからない。アンダーグラウンドな世界で過ごすことになるが、はたして自分のそんな暮らしができるだろうか。全てを諦めて、ただ日々を過ごしていた自分に。


なにより、最大の問題はパートナーにある。キメラ使いがはたして一般世界で過ごせるのだろうか。


――どうするか。


 ひとまずこの場を離れようと瓦礫の上に足をかけると、すぐそばに小さなキメラの姿があった。腹が裂かれ、目は白く濁っている。死んでいるのは明らかだ。

 となると□□□も死んだはずだ。パートナーと人は命を共有している。

 ほんの数時間だけの関係でしかなかったが、仲間のことを思う。最後のほうは随分と人懐っこい顔をしていた。


 そこでふと思い出し、ポケットを探る。

 そこには、□□□のIDカードがあった。入ってきたばかりの□□□は、まだ戸籍抹消は終わっていないはずだ。抹消のために必要なものは、全て瓦礫と炎の中。IDカードに顔写真はない。性別も同じ。


 □□□の顔を思い出す。

 どうするか。


毎日投稿は今日で終わりです。

次からは水曜土曜の週二更新になるので、よかったらどうぞ。

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