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パートナー ~竜使いと竜殺し~  作者: MK
第一章 幼竜殺し
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2-3 貴族様




 教室に戻り席につくと、みゆきに声をかけられた。心配していたようで、制服の件で感謝の意を伝えると、みゆきは優しく微笑みを返してきた。


 その後、唯の後に続けて藤花が入ってきて、ホームルームが始まった。藤花は大雑把に伝達事項を伝えると、オリエンテーションがあるため学期末模擬戦の参加者だけ残るように言い、クラスを解散させた。


ざわざわと荷物をまとめはじめたクラスメイト達の中、歩は藤花に言われて教室前方の教卓近くに行った。集まったのは歩、みゆき、唯の三人。事前に聞いていたので戸惑いはない。


「じゃあ行きましょうか」

「はい」


 それから歩達はパートナーを迎えに行き、集合場所に向かった。唯のパートナーであるキヨモリは別の場所にいるらしく、唯のみ別行動となった。アーサーのことを考えると、キヨモリと別行動できたのは幸いだった。


集合場所は武道場だ。武道場といってもこの学校のものは特殊で、体育館より広い空間に霊峰のいぐさでつくった畳を敷き詰めており、小規模な大会でも使用される。学校を作る際、余り使われていなかった会場を整備して武道場にしたらしい。


 場所は体育館のすぐ隣で、教室棟から体育館へと伸びるロータリーをそのまま進んだ先だ。

 中に入ると、既に他の参加者達が揃っていた。竜こそいないが、竜に次ぐ格式を備えている悪魔型のパートナーもいるなど、歩は自分達が場違いな気がして、気後れしながら集団の後ろについた。


 しばらくして唯とキヨモリが入ってくると、その場にいる人の目線が一斉に向かった。キヨモリは余り表に出てこないのもあるが、彼等の目には嫉妬の入り混じった畏敬の念が宿っていた。歩達とは大違いだ。


 アーサーの様子が気になって肩の上を見ると、空き教室の時ほどひどくはないが、やはり様子がおかしかった。隣のみゆきに顔を向けて話しかけているだけだが、決して他の方向を向こうせず、無理をしているのがわかる。


 唯達が自然と割れた生徒集団の中を通り一番前まで行ったところで、藤花が言った。


「みんな揃いましたね。ではオリエンテーションを始めましょう」


 そう言うと、藤花は前の方にいた生徒数人に指示して、端に置いてあった籠を持って来させた。籠が六つあり、一番上に性別と大きさが書かれたプレートが置かれてある。


「明日用の模擬戦服です。事前に答えた大きさのものを取っていってください。前の人からお願いします。あ、唯さん、ちょっと待ってください」


 唯を除いた生徒達が動きだした。生徒たちの動きが流れとなり、歩もその流れに身を任せる。最後尾にいる歩は、そのまま列の最後についた。


 列が流れていき、後は前にいるみゆきと歩のみとなった。みゆきが『女子S』に手を伸ばしたところで、歩も取ろうと手をあげたとき、みゆきが突然立ち止まった。


「あの、先生、一着足りません。水城君の分がないですが」


 『男子M』のところを見ると、そこにはプレートしか無かった。どういうことか。


「歩君と唯さんの分はこちらです」


 藤花を見ると、どこから持ってきたのか知らない紙袋を二つ両手に持って、胸の前に上げていた。近寄ってくると、唯に小さめのものを、歩に大きめのものを渡した。


「あの、どうして別に?」

「二人はトリを飾りますから、特別製です。元のところまで戻ってから開けてみてください」


 また特別扱いかとうんざりしつつ、元の場所に戻っていくが、周りの視線が自分に集まっているのがわかった。唯のときとは違い、好奇とは別の少し嫌な感情が混じっている。竜であるだけの自分達が特別扱いを受けているのだから、彼等のそうした感情は当然ではあるが、だからといって慣れることはできない。


 足早に後方に戻っていき、袋の中身を取り出す。いつもの模擬戦服かと思ったが違った。ところどころ金の糸で装飾されており、いつもの野暮なだけの服から高級感を醸し出す礼服に姿を変えている。生地もいつもよりなめらかだ。

シャツとカーゴパンツ、ブーツの三点セットだけでなく、上着も入っていた。肩に大きな衝撃吸収パッドが埋め込まれた厳めしいジャケットで、これにも金糸で刺繍が入っている。軍服みたいに見えた。


「先生、この金の糸ですが、強度は大丈夫ですか? 華美なのはいいんですけど、邪魔になったら嫌なんですが」


 唯の声が聞こえてきた。


「その金糸は悪食蜘蛛の糸でできているので大丈夫です。服よりもむしろ丈夫な位じゃないですかね」

「そうですか、ありがとうございました」


 悪食蜘蛛は文字通り悪食で、鉱物すら口にする大蜘蛛だ。成竜にも匹敵する巨体と強靭な足を持つが、一番の特筆すべき能力に尻から出す糸がある。口にしたものをただ栄養にするだけでなく、素材の特性を糸に反映させるのだ。鉱物を混ぜ込まれた糸などは、世界最長のつり橋の素材に使われている。


この金糸の場合、おそらく材料は金。とんだぜいたく品だ。藤花の返答を聞いた皆の視線が、いっそう厳しくなったような気がした。


「まあ帰ってから着てみてください。サイズが合わない場合は、明日変更も可能ですので。前日になって渡す羽目になり、申し訳ないです」


 それからプリントが配られ、ごまごまとした説明を続けた。明日の集合時間、場所、それぞれの出番、相手。事前に聞いたことばかりだったが、再度確認の意味があるのだろう。


 一通りプリントに書かれた説明が終わったところで、突然、部屋の中にどよめきが走った。顔を上げると、皆、武道場の入口当たりに顔を向けている。

 何があるのか振り向いて確かめようとした矢先、声が聞こえてきた。大人になりきっていないが、子どものものでもない声質だった。


「私に構わず続けてくれたまえ」


 声の感じは若いのに、ずいぶん偉ぶった口調だ。アーサーで聞き慣れているが、若い声質と組み合わさると変な感じがする。


 振りかえって見てみると、声に似つかわしい男が立っていた。歩達とそう変わらないのではと思うが、見覚えがない。おそらくこの学校の生徒ではない。身につけているフォーマルなスーツ、磨き上げられた皮靴のせいか、高貴な印象を受ける。このままパーティーにも出られそうな服装と雰囲気だ。顔に浮かべた傲慢そうな笑みが、少し嫌らしい雰囲気をしている。


 だが皆見ているのはその隣だろう。


「ふむ、まあ私達の姿を見れば仕方があるまい。そこの教師、私の出番はいつだ?」

「ちょうどよかったです。どうぞ」


 彼の隣には竜がいた。彼のパートナーだろう。キヨモリと比べれば幾分か貧相な身体をしているが、翼は身体そのものより随分大きく頑健そうだ。前足がなく、後ろ足だけで立っている姿から見て、この竜の翼に対する比率は相当なものだ。いわゆる翼竜に分類される竜だろう。飛ぶことに関しては、他の追随を許さないパートナーだ。


 新たな竜の出現に、アーサーを覗いてみた。不意をつかれたせいか取り繕うこともできず、目が見開いて肩を震わせている。


 流石に心配になり、外に出ようか迷ったが、この状態で外に出れば偉そうな男の目に入る。そうなれば半端な竜のアーサーに接触があるのは確実だ。


 歩の焦燥を煽るように、偉そうな男は勿体ぶるようにゆっくりと歩きはじめた。その横で翼竜がペンギンのように可愛らしい歩き方でついていくが、その巨体と『竜』であることの威圧感のせいで、妙におかしく写る。


 彼等が歩達の後ろから回り込むように藤花のもとへ歩いていく。翼竜の変な動きに、参加者の集団の視線が、彼等と糸で繋がったように同期して動く様は、異様な光景だった。


 集団前方の角を周ったところで、それまで生徒の集団をなんの気なしに眺めていた男の目が、一か所に止まった。その先にいたのは、唯とキヨモリ。


 顎に手をあてながら近付いていき、値踏みするようにぶしつけな視線を向けている。何か不穏なものをかぎとったのか、キヨモリが唯を庇うように一歩前に出ようとしたが、唯はそれを手で制した。

 男はそんなキヨモリを見て、口元を歪めた。


「ふむ、なかなかに素晴らしい。主にも忠実。翼も大きい。『竜は飛んでこそ竜』というが、十分にその役目を果たしそうだ。市井にありしとは思えぬ格式高さだ」

「どなたです?」


 唯がまっすぐ見つめて尋ねた。唯の知り合いというわけではないらしい。


「私を知らぬというか?」

「ごめんなさい、知りません」

「おい」


 男が顔をしかめながら歩達の後方を見やった。同時に学生たちも一気に後ろを向く。

そこには隣のクラスの担任と、歩達の副担任の雨竜がいた。二人ともなかなか綺麗なスーツを身に纏っているが、隣のクラスの担任はハゲた頭をてからせながら顔を青くしているのとは対照的に、雨竜は悠然としている。


「おい」

「すみません、説明しておりませんでした」


 雨竜はしれっと答えた。慇懃ながら、それ以上しゃべる気がないのがわかる。隣の男性教諭は、はっと雨竜の顔を見て顔を更に青くした。

 幸いなことに、男は不満そうにしながらも、自ら自己紹介を始めた。


「我は中央第二竜学校に籍を置く、ハンス=バーレである。先の高校生全国大会にて飛翔部門第七位になりしパートナーを所有している、無論、聖竜会にも属しておる」


 聖竜会。


 その単語を聞いて、同級生達がはっと息を呑んだのがわかった。


 聖竜会とは、竜使いの中でも優れたものだけが選ばれて入る組織だ。その権力は国家を越えるとも言われ、世界を牛耳っているといっても過言ではない。所属できるのは竜使いの中でも更に選ばれた存在である貴族のみで、一般の世界とは文字通り別世界の生活を送っている。


 男の態度からうすうす感づいてはいたが、隣のクラスの担任が顔を青くしている理由が確定した。ハンスの、ひいては聖竜会の権力の前では、一教師の首など、どうとでもなる代物だからだ。


「これが私のパートナーである。名はミッヒ。全国七位の竜であるので、相応の礼を持つように」


 ハンスの偉ぶった態度は聖竜会所属だからとわかったが、それでもはあ、としか言いようがない。歩が曲がりなりにも竜使いだからかもしれないが、ハゲ教師のように黙って首を垂れる気持ちにはなれそうにもない。


「それで、何故ここにいらしたのですか?」


 唯の声にいくらか苛立たしさが混じっていた。

ハンスはおお、と思い出したように答えた。


「我も今回の模擬戦を見るに、予め知らせておった方がいいのではと思ってな。そう思うだろう? 感謝したまえ」


 意味がわからない。割と本気で。

 後ろから雨竜が補足した。


「ハンスさんは今回、聖竜会への推薦状を持ってきている。だから今回の模擬戦を見て、所属するに値すると思えば、平と水城を聖竜会へ推薦してもいいそうだ。二人以外にも聖竜会直属の組織への斡旋もするそうだ」


 下部組織であっても、聖竜会に関係のあるところは待遇がいい。国家公務員よりも安定し、収入は倍とも言われる。同級生達が活気づいたのがわかった。


「この学校には竜使いが二名いると聞いてある。故にこうして足を運んでやったというわけだ。ついでに他のものらにも職の斡旋をしよう。私は竜使いでなくとも、優秀な人材は相応の評価と栄華をもらう権利があると思っているのでな。無論、引き換えとして我への感謝と敬意は誓ってもらうのだが」


 先程から、はあ、としか返答のしようがない。なんというか、全く別の生き物を見ている気がした。


「それで、もう一体はどこへ行った? 先程から姿を見せぬが」


 藤花に促されハンスが歩の方を向いた。さっと人垣が割れ、歩とアーサーの姿が露わになる。ハンスはこちらを見て、一瞬眉をひそめた後、さっと歩達のところまでやってきた。


近付いてきて、さっとアーサーを向いた。すぐに浮かべていた傲慢な笑みが消えた。


「雨竜、これがもう一匹の竜か?」

「はい」


 雨竜の返答にハンスは眉根を寄せた。両手で頭をつかみ、世界の嘆き全てを背負ったかのように大袈裟に身体を捻ってみせる。演劇でも見せられているかのような気分だ。


「雨竜、貴様は無知か? このようなものを竜とは呼ばぬ。区分もE級であろう?」

「しかし、これから成長する可能性もありますので」

「はっ。初めから血は出るものだ。竜使いと一般人に差があるように、竜とそれ以外には比べるまでもないものがある。そんなことも知らぬのか? こやつはもはや竜などではない。ただのまがいものの外れだ。E級などという、この世で最も低俗な存在の一つだ」


 歩はぎゅっと強く拳を握った。いますぐ殴りつけたい衝動にかられるが、そんなことをしても意味がないし、誰も望まない。

 ハンスはため息をついた後、足早に唯の近くまで行ってから言った。


「このようなもの相手に何が見せられるか、かすかに期待させてもらおう。まあ、何も見せずとも、竜であることが確認できればそれでよい。では雨竜、いくぞ。このようなまがいものは見ているだけで穢れる」


 ハンスは出ていった。ミッヒという名の翼竜も足を交互に出しながら後に続いた。

 残されたのは、重苦しい雰囲気。ここにいる同級生の中にも、日頃よく侮蔑の視線を向けてくるやつらがいたが、彼等も居心地が悪そうに歩達をちらちらと見てきた。二日前の駄菓子屋と、夜に母親から聞いたアーサーの内面を思い出す。


 何をいっていいかわからず、とりあえずアーサーの顔をおそるおそる覗いてみた。

 アーサーの様子は予想外だった。


「ふん、つまらんやつめ」


アーサーは日頃と変わらない姿だった。どこか辛そうにしているのだが、ハンスに手荒な扱いを受けたこと自体にはまるで堪えてないように見えた。竜そのものへの拒絶反応しか残っていないように見えた。口を開く余裕も残っている。駄菓子屋の時のように、無理をしているのかと注意深く観察してみても、歩の眼にはそうした傾向は見られなかった。


躊躇しつつ探りを入れてみる。


「アーサー? 大丈夫か?」


 アーサーはこちらを振り返り見た。不思議そうな表情を浮かべている。


「何が大丈夫か? まさかあの馬鹿の言葉を真に受けたとでも思うのか?」

「いや、前の駄菓子屋のときはショック受けてたんじゃないか、と思って」


 いつものようにふんと鼻を鳴らして答えてきた。


「純真な子どもらの言葉は多少重かったが、あのような馬鹿の戯言、初めから聞くに値しない」

「そうか」


 正直なところ、歩には駄菓子屋の時と今のアーサーの差が分からなかったのだが、それでもなんとなく大丈夫そうだ、とは思えた。

 藤花が流れを断ち切るように言った。


「以上で終わります。皆さん、おつかれさまでした」


 ひとまずこの場を離れようと、足早に外に向かった。最後尾だったのが幸いして、みゆきとイレイネが着いてきている以外は誰もいない。


 ひとまず他の竜から離れられたことに安心して、ア―サーを見る。

 少し疲れた様子ではあるが、特にショックを受けている感じではない。


 この竜のことは、ほんとによくわからない。


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