これまでのあらすじ
舞台はとある大陸の一部。犬や猫、グリフォンや巨人がいて、神や天使はいない異世界。
そこに住む人間には一人につき一体、パートナーがいる。彼らは犬から巨人まで姿かたちの様々も様々な異種族だが、共通して人間と一緒に人の女性のお腹から生まれてくる。
さらに「二種の共有」、どちらかが死ぬともう片方も死ぬ「命の共有」、異種族が嗅覚や脚力に優れるならば、人も同様に嗅覚と脚力に優れるようになるという「力の共有」、という二つの関係があるため、この世界では、人間の隣には常にそのパートナーがいて、生まれてから死ぬまでずっと一緒にいるのが、常の光景である。
水城歩はそんな世界に住む高校生。パートナーはアーサー、インテリジェンスドラゴンと呼ばれる人語を操る竜だ。竜の力は他の種族と比べ卓越しており、その力から竜使いは貴族扱いを受ける。そこに人語をしゃべる能力も加われば、歩とアーサーの人生は約束されたもののはずだったが、そうではなかった。アーサーが手のひらサイズから大きくならなかったからだ。
竜の威光はその力故。竜使いの恩恵もその力故。歩とアーサーの扱いは出来損ないとその主人を超えるものではなかった。二人の日々は周囲の勝手な視線で鬱屈したものだった。
だが高校一年の春、二人の日々は変わった。それも悪い方向に。幼竜殺しと呼ばれる、成人前の竜と竜使いばかりを狙う連続殺人犯が、付近に現れたのだ。
「君たちを守るため」という名目で、護衛付きの生活が始まったのだが、しかしそれは非常におかしなものだった。護衛役は教師クラスメイトだけだったのだ。
出来損ないだからか? いや、でも同じ学校にいるもう一人の竜使い、平唯は完璧な竜使いだ。なのに彼女もまた自分と同じ扱いを受けている。なぜ?
何もわからないまま時間は過ぎていった。だがそのおかしな日々がどう作用したのか、平唯と衝突したり、その後和解したりしていくうちに、護衛役のクラスメイト岡田慎一、能美みゆきも含めた四人と四体にはいつしか不思議な絆が出来ていた。友人、それ以上の関係の仲間を得た歩とアーサーは、いつしか周囲の身勝手な視線も気にならなくなっていった。
こんな生活も悪くないのかもしれない。
だがそう考え始めていたときに、事件は起こった。
唯とそのパートナー、キヨモリが幼竜殺しに襲われたのだ。
幸い、二人の命に別状はなかったが、キヨモリは翼を二つとももがれてしまった。
完璧な竜使いでなくなった二人と、以前と全く変わらない自分たちの状況を目の当たりにした歩たちは、幼竜使いを自分たちで倒すことを決めた。
歩とアーサーを囮にした捨て身の計画は成功した。狙い通り幼竜殺し――担任の藤花をおびき出すことに成功したのだ。だが幼竜殺しより先に、副担任の右竜が現れ、彼によって事件の全貌が語られた。
右竜は軍の一員であり、世界を実質的に運用する聖竜会から学校から送り込まれた工作員である――軍は幼竜殺しの正体をわかっていたが、確証がなかった――そこに聖竜会内部の権力闘争が重なり、唯とキヨモリを餌に用いる作戦が発案、実行された――結果、唯とキヨモリが傷ついた――そんな非人道的な作戦に耐えられなくなり、右竜は反旗を翻し、この場に来た――
パートナーの能力により生まれながらの階級ができてしまうという社会の歪み、その最たるものとして生まれた聖竜会の存在と専横、それに振り回された自分たちと、失われたキヨモリの翼。
非情な事実を知らされた歩達だったが、嘆く暇はなかった。幼竜殺しである藤花のそのパートナーがその本性を現したのだ。彼らは他種族を食って力を取り込むことができる呪われた種族、キメラで、その力は竜をも超えていた。竜族に次ぐとされる機械族の右竜もあっというまに倒され、歩とアーサーはその歯の元に晒された。
そのとき、アーサーの力が目覚めた。アーサーは実は竜と戦うときのみ能力を発揮することができる、竜殺しの竜と呼ぶべき存在であったのだ。
巨躯へと変貌を遂げたアーサーと、力の共有により身体能力を引き上げられた歩の活躍により、幼竜殺しは撃退された。
事件後、藤花と右竜は転勤で処理され、社会の闇は隠され、歩達の日々はまた日常へと戻った。竜殺しの竜として目覚めたアーサーが、他の竜に無条件で殺意を覚えてしまうという厄介な癖が判明したが、その理由も所以もわからなかった。
その後、二人の日々に、平穏は細切れにしかなかった。
高校二年のとき、学校に刺客が送りこまれた。教師として一人の女性が送り込まれたのだ。彼女の役割は直接的な暗殺ではなく、間接的に平唯を死へと追い込むこと。危機は歩達の知らぬところで進行していった。歩、唯、みゆき、慎一の四人は学生ギルドを作って、その活動に熱中していったのだが、その顧問は刺客だった。
ゆっくりと刺客に誘導された結果、歩達は外来の悪食蜘蛛という、幼竜殺しにも負けず劣らない怪物と対峙させられた。結果はなんとか撃退、全員五体無事に終わったのだが、この事件は唯にある決意をさせた。
実はこの事件は唯だけでなく、歩とアーサーも狙った作戦であり、その裏では聖竜会会長と歩とアーサーの母親、水城唯も暗躍していて、結果終幕を迎えるという経緯があったのだが、それは歩達が知ることにはならなかった。
三年時に起こった事件は、歩とみゆきそれぞれに求婚者が現れる、といったものだった。
歩には「インテリジェンスドラゴン」「竜殺しの竜」二つの秘密を知りつつ、歩に対してまっすぐな行為を向けてくる海向こうからの転校生リズ、みゆきには自分を見捨てた父親の紹介による見合い相手、非竜使いながらそれに準ずるエリートの財前が、それぞれ現れた。
片や自分たちの謎の出自に対する答えを持っているもの、片や恨みつつもそれ以上に慕いあげる実父の命令を受けたもの。恋愛感情以外の部分で拘束された二人は、すれ違いもあり、一時は別方向へと向かいかけた二人の道だったが、参加したタッグマッチの闘技場大会で直接戦ったことなどもあり、二人は互いの想いを打ち明けあい、晴れてお互いの気持ちを確かめ合った。
だが自身とアーサーの切羽詰まった状況――ますます強まる竜への殺意、その感情を抑えるだけで疲弊していっている――自覚した歩は、卒業後にリズの家を訪ねることを決めたため、二人が恋人としてふるまうことはなかった。
卒業後の進路で四人はバラバラになった。
唯達は家名を継ぐことを決め、竜使いとしてのキャリアの道へ。
慎一達は社会人となり、家業のギルドで日々下働き。
みゆき達は大学へ。
そして歩達はリズの生家である海向こうのバウスネルン家へ。
バウスネルン家は海向こうと呼ばれる、歩達の生まれた国から見て、海を挟んだ大陸にある国にあった。代々聖竜会の歴史編纂を担っており、十分な系譜と資産を持つが、権力闘争とは無縁で、生まれてから死ぬまで資料の整理と研究が仕事という、竜使いにしては穏健な位置にいる一族だった。
そんな一族に歩とアーサーが呼ばれたのは、リズの進める騎竜戦法のためだった。パートナーとも互角に戦える歩の膂力とアーサーの知恵双方は、騎竜戦法を研究する竜使いからは敬意と尊敬をもって受け入れられた。初めての経験に、二人は気をよくしながらも、その恩を返すべく、出来る限りの行動でもって返した。
そんな日々がしばらく続いた後、歩とアーサーはバウスネルン家の代表であるリズの祖父に呼び出された。それは穏やかな日々の終わりを告げるものだった。
メイドに案内されて向かった先は、バウスネルンの城の地下だった。そこには巨大図書館があった。岩壁をくりぬいた空間に、無数の本棚とあふれた本の山が連なっている。バウスネルンの職責の重みが、竜使いの歴史がそこにあった。
そこでもまた更なる真実が明かされた。現在、『遺跡』と呼ばれる場所にて発掘がなされていること。そこは歴史から失われた古代文明の施設であること。推聖書と呼ばれる書籍が発掘されたこと。その本の中に、アーサーに関する記述があること――アーサーは当時戦争状態であった龍への対抗策として生み出された、兵器であったということ。
あっけにとられる歩とアーサーに、バウスネルン家当主は続いて提案を持ち出してきた。遺跡から送られてくる情報を伝える、その代わり、これまで通りバウスネルン家に留まって今の生活を続けること。
その条件は、バウスネルン家の意向ではなく、その上、聖竜会会長からの指令だった。竜殺しの竜に動き回られては困ると。
当事者なのに蚊帳の外、何も知らされず他人の思惑の中での生活。幼竜殺しの一件から今までと何も変わってないその提案に歩とアーサーは憤るが、二人にはその提案を受ける以外の選択肢はなかった。
悪食蜘蛛のときに自分たちを陥れた女教師の登場や、彼女の口から語られた二つの事実――彼女は現在遺跡の発掘チームに所属していること、そして遺跡の発掘チームのトップが水城類、自分たちの母親であること、など、自分たちが当事者でありながら部外者として扱われていることを思い知らされることが続いたが、フラストレーションをためるだけで二人は何もできなかった。
このまま生ぬるく、何もできないままで終わるのか。
そう思っていたその日の深夜、二人は襲撃された。
驚きつつも臨戦態勢へと移行する二人だったが、現れた相手の第一声は「危害を加えるつもりはない」現れたのは幼竜殺しのときの副担任、右竜だった。自分たちを庇い、処罰を受けた、味方といっていい人物。「何も言わずついてきてくれ」と。再度始まる振りまわされるだけの生活や、右竜に付き添ってきたもう一人の強硬な姿勢に、二人は抵抗せずに彼らに拉致された。
そのまま丸一日移動して向かった先にいたのは、右竜の上司であり、軍の機械族部隊の隊長を務める桐谷。
彼はほとんどなにも説明しなかった。
ただ一つ、二人に残酷な事実を思い知らせただけで。
二人は竜殺しの竜ではなく、龍殺しの竜なのだと。
アーサーの無条件の殺意は人類の外敵である龍に向けられたもので、姿かたちは同じでも、人類のパートナーである竜へのそれは、まがい物でしかなかったことを、桐谷は龍の匂いをかがせるだけでもって教えてきた。
これまで感じたことのない強い衝動に、二人は自ら進んで従った。
それこそが自分たちの本来であるのだと。
二人の影は、龍の血で舞った。
そのころ、一人大学へと進んだみゆきは、変わらぬ学生生活を送っていた。
海を渡った歩、嫌っていた竜使いの世界へ飛び込んだ唯、社会人として忙しく日々を送る慎一。
彼らと比べて穏やかすぎる自分の日々に、どこか引け目に、蚊帳の外に感じつつも、自分にできることは何もないと、ただ漫然と日々を過ごしていた彼女に、リズが唐突に現れた。
彼女によって語られる竜殺しの竜の真実に面喰いながらも、彼女の切り出した本題に、みゆきは即座に学生生活に終わりを告げた。
「歩とアーサーを助けてほしい」
「私じゃだめだったから」
竜使いの一般に知られていない仕事――外部から来る龍との戦争――
その現場にリズの指導と手引きによって、騎竜部隊の一員として潜入したみゆきは、そこで龍殺しの竜を見た。
歓びを体現するかのような仕草で、血と泥にまみれる歩とアーサー。
いざ対面しても、みゆきは何も言えなかった。
ここにいるべきじゃない、と思いのままに言うも、歩には逆に諭される始末。
二人の強硬な姿勢に、みゆきは思い上がりを恥じながら、無力感に打ちひしがれるしかなかった。
説得なんてできるはずもない。だけど放置することもできない。
行くも引くもできない現状はしばらく続いた。
そうした状況を変えたのは、戦場の変化だった。戦争相手の龍が変わったのだ。ただ押し寄せるだけの有象無象から、組織だった軍隊へ――戦車のような甲羅を背負った巨大龍、それを守る武装した小型の龍、船隊を形成しつつ空中からの投擲を浴びせてくる翼龍。
それは明らかな知恵が込められていた。なぜ、と動揺している間に人類側はあっという間に壊滅させられていった。残ったのはわずかな小勢、それも敵に囲まれた孤立した形で。そしてその中には、おそらく歩とアーサーの姿も。
バウスネルンの騎竜部隊と共に、みゆきとリズは戦線に向かった。個人として、人類側の一員として、孤立した人々と、歩とアーサーを救うべく。
そこでみゆきは気づいた。自分が間違っていたのだと。
歩とアーサーを慕う騎竜部隊のみんなの賛同もあり、みゆきとリズの二人は、龍の軍勢の真っただ中へと突っ込んだ――
以上でこれまでのあらすじは終わりです。
次から話の終わりまでを、あらすじ形式で投稿します。よかったらどうぞ。