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2-1 私じゃだめだったから








「最後に一番大事な復習をしよう。ギルド設立における重要事項は三つ。具体的なギルドの運用方針、そのための人材、そしてなにより大事なのは――竜使いとのコネだ」


助教授の冗談に、学生がどっと沸いた。みゆきもその一員だった。

長机と固定された折り畳み椅子が、競技場の観客席のように段々に並べられた講義室――

みゆきは掌の中でくるりとペンを回した。


「まあ冗談だが、まるきり嘘ではない。なにせ竜使いがいるだけで、ギルド設立時の手続きが半分になり、等級が倍になる。スタートの違いは優劣の感覚に直結する――教養科目でしかないこの講義が、専攻がばらばらの学生諸君の役に立つかはわからないが、学んでおいて悪いことはない。では内容に移ろう」


そう言うと助教授は黒板に向かった。

途端に学生達も背筋を伸ばし、ペンを握る。のは半分ほど。

残りは眠るなり、パートナー相手に遊ぶなり、好き好きだ。

教養科目だから単位だけもらえればいい。

本気で授業に取り組むのは高校時代の癖に従者か、奨学金の返済免除を狙う利口者だけだ。


みゆきもチョークの跡を追って機械的にペンを動かしはじめる。

出席とレポートだけで評価される講義だから、頭に入れる必要はない。

ペンを持つ指だけが動き、それ以外の身体は眠っていないだけの状態で、気付けばペンを握っていないほうの手で髪をとかしていたりした。

だからこそ、いつしかみゆきの頭には全く別の文字列が浮かんでいた。


――これでいいのだろうか。


空虚な時間の中、指と頭だけが働いていた。










ギルド論が終わると、そのままそこにいた子たちと数人で学食に向かった。


「お弁当だから先行って席とっとくね」

「ありがとー!」


みゆきは学食の一席に陣取ると、弁当を広げた。自分の精霊型パートナー――水で構成されるイレーネ用に、持参の水筒のふたを外し、机の上に置いた。

弁当は自作だが中身は昨日の余りもので、朝に見栄えだけ整えた代物でしかない。


「みゆきは高校時代ギルド部だったんだよね。それも竜使いもいたって。どんな感じだった? 特別扱い受けた?」


家庭料理とレストランの中間といった感じの学食を食べながら、この授業で一緒になってから話をするようになった子が尋ねてきた。


「手続きはすごく簡単だったけど今思えばあれってそういうことだったのかも。家がギルド経営している友達が驚く位のギルドランクもらえた」


事件のことは言及せずにそう答えると、えーほんとなんだー竜使いってすごいー、ねえその竜使いって男子? 紹介してよーと返答されてくる。


かわいい女の子だよ、ご愁傷様という答えに、えーつまんないーという女子をなだめながら、みゆきは平唯のことを思った。


今頃は竜使いの真っただ中にいる唯。どんな針のむしろに座っていようと、彼女は毅然としているだろう。自分達に見せる弱さは誰にも見せないだろうな、と考えると、悲しみで包まれた嬉しさが浮きあがってきた。


だがそれもすぐにしぼんでしまう。


唯からは仕事の事務みたいなハガキが来る。

慎一とはたまに会って、先輩方からのしごきと飲みが辛いと愚痴られる。

だけど、歩とアーサーからは何もない。


「これから合コンあるんだけどー、行かないー?」


学食から出て初夏の日差しを浴びながら歩いていとき、そう言われた。

少し困って言葉に出さずに断ると、彼女はまた甘い口調で、えーと返答してきた。


「みゆきは行かないよー、これまでのそういう誘い全部断ってんだから。絶賛放置され中の彼氏がいるんだってさー」


少し困って言葉に出さずに断ると、他の子が補足説明してくれた。


「なにそれーひどくない? そんなの放っちゃおうよ。今日のは貴族もいるよー」


だからあんたはー、と他の子にたしなめられる彼女を横目に、みゆきはバッグを肩にかけ直した。


――嫌なやつだ、私。彼女がそう言ってくれてることが救いになっている。歩以外の男なんて絶対に嫌だ、という気持ちと、事情があるとはいえ手紙の一つもくれない歩なんて、という気持ちの板ばさみにある自分の。


初夏の日差しは半端だった。

熱いとまではいかない。だけどじっとしていると汗が出てくる。


「みゆきーあんたに客だって」


呆けていると、突然そう声をかけられた。同じ高校だったけど、余り知らない子――確か歩と同じクラスだった。だけど、自分にお客なんてくる心当たりはない。


誰だろう、でも少し何かを期待して振り向き、固まった。


「一応、はじめましてかな、能美みゆきさん。リーゼロッテ・A・バウスネルンです」

「……はじめまして」


綺麗な金髪が眩しかった。











「なんだか初めて会った気がしないわね、あなたもそうじゃない?」

「そうですね、おかしな気分です」


それが場所を近くの喫茶店に移しての第一声だった。

きりっとした紅茶の香りが匂う。学校で一番敷居の高い店だったが、目の前にいる彼女はよく似合った。編みこんだ金髪で軽くまとめたロングヘアがよく似合う彼女は、本物の貴族だと思う。


運ばれてきた紅茶を一口含んでから、彼女は言った。


「いい店ね――こっちの学校に通っていたときを思い出すわ。学校の近くにここみたいなところあったよね? 行ったことある?」

「類さんが懇意にされているところですよね。何度か行きました。マスターが雰囲気のある人で心地よかったですね」

「アーサーによく似合うところだったね――酔っぱらっていない方の」


みゆきはくすっと笑った。ちくりとした苦味は無視した。


「ねえ、能美みゆきさん。私達って鏡の向こう側とこちら側みたいな関係じゃない?」


彼女は突然そんなことを言いだした。

鏡の向こう側とこちら側…… 言い得て妙か。みゆきは彼女の言わんとしていることを理解した。

全く同じようで実は完全に違う、相いれない関係。


「そうですね、誰よりも強い繋がりがあるのかもしれません」

「学生生活は順調?」


飛び石のような会話だ。だが着いていかないと負けた気がする。


「ええ、のんびりしていますが。あなたは?」

「家で勉強しながら、竜騎士の教官をしてるわ。歩に手伝ってもらいながら」


――歩、なんて呼ばれながら仕事しているんだ。


「歩は役に立っていますか? 昔と比べて、自信ができた歩なら誰にも負けないでしょうけど」

「ええ、竜を軽くいなしたりして、すっかり人気者ね。少し居心地は悪そうだけど」

「注目されているのに慣れていないから?」

「ええ」


お互いの目を見て、くすりと笑いあった。

そこにマスターがやってきて、お茶のお代わりはいかがですか、と言った。お連れの精霊型の彼女にも、どうです、と。

おねがいします、という声が被って、また笑いあった。


――ダメだ。よくない、よくない女だ、私は。男を取り合って静かな喧嘩なんて。


「要件を伺ってもいいですか?」


マスターが注ぎ終ってから、みゆきはこらえきれずに言った。


リズは分かってました、というように笑みを浮かべた。

それから一度紅茶に手を伸ばし、くいとカップを傾けた。


長い時間、そうしていた。まるで時間が止まったようにカップを口に傾けた姿勢で止まり続けた。時の流れがゆるやかになっているような気さえした。

みゆきが今まで見た中で、もっとも優雅な一気飲みだった。


彼女はカップを置いた。カチャン、と少し大きな音を立てて皿の上にカップが戻る。


「歩を助けて欲しいの」


リーゼロッテ・A・バウスネルンはそう言った。

彼女は泣きそうな顔で必死に笑みを浮かべようとしていた。


「私じゃダメだったから」














みゆきは高速の牛車に乗っていた。

窓の外には見渡す限りの草原が広がっている。山ばかりのみゆきの母国では見られない光景だった。


「後どのくらいで着く?」

「そう急かさないでくだせえお嬢。急かしたところで、牛は早く走りゃしません」


リズは苛立った様子で自分の席に戻った。金髪を結いあげて、士官用の紺の軍服を身に纏った彼女の姿は、女の目からも魅力的に写った。







私じゃダメだったから。


彼女の告白の後、みゆきは多くのことを知らされた。


推聖書、インテリジェンスドラゴン、綾辻明乃、水城類、機械族による歩の拉致。

そしてその後。


「歩達は外地の龍との戦で暴れ回っているらしいの」


みゆきはその話を聞いて、なんでと思った。

竜殺しの竜を嫌っていたのは、アーサー自身だったはずだ。なのになぜそんなことをしているのか。


とりあえず説明をするから質問は後で――

そういうリズに、みゆきはひとまず従った。


「歩達は機械族のところで龍殺しをやっているわ――『不思議な生物――龍殺しの竜を見つけました。正体はよくわかりませんが、聖竜会に対立する様子はなく、対龍には効果的な人材です。現状使える人材だと思います。よかったらうちで運用させていただきますが、それでよろしいでしょうか』それが機械族の連中の言い分よ。

それで聖竜会も納得しているみたい――うちは反対しているんだけど、大半は歩達の……殺戮を見ると怖じ気づくようで、無理だった。会長達は今も動かない――多分遺跡が山場だから優先しているんだと思う。類さんともコンタクトが取れないし」


類への連絡手段はみゆきにはない。海を越える前に水城家へ行ったが、歩が出ていって以来、時折みゆきが風を通しに行く以外は誰も入っていない様子だった。一応置手紙を残したが、帰ってくる可能性はほとんどないだろう。

類さんが何を考えているのかわからないが、今は歩が先決だ。


「うちを襲撃した事件も、竜殺しの竜の前にはほとんど無視されてるわ。証拠もないし。バウスネルンも竜殺しの竜を匿っていたとは言えなくて、強くは出られない状況。

だから私が直接歩達のところに行って説得しに言ったけど――結果はダメだった」

「歩達はなぜ彼等に従ってるんですか?」


ため息をするように言ったリズに、みゆきはあえてすぐに質問をした。

そのほうが彼女にとってもいいと思ったから。

リズは気を取り直すように一度目を閉じてから、答えた。


「そこがわからないの。拉致されたときも抵抗した痕跡がなかった」

「幼竜殺しのときの関係者だった、右竜先生のことは知っていますか」


機械族と最初に言われたとき、ある人物を思いだした。

彼なら歩達、特にアーサーが信用していたから、可能性はある。

だがリズは首を振った。


「知ってる。でも拉致されたときはそれで解決できるとしても、その後留まったままでいるのは不自然じゃない?」


みゆきは頷いた。自身が竜殺しの竜であることをあれほど嫌がっていたアーサーが、いくら右竜の頼みとはいえ黙って従うとは考えにくい。


「何かがあるのかもしれません」

「かもしれない。それも含めて聞きだそうとしたんだけどね」


彼女は悲しそうに笑った。見ていられなかったが、みゆきは更に話を進めた。


「歩はどんな様子だったんですか」

「何も変わらなかった。戦場での歩は見れなかったんだけど、噂だと獣みたいって言われてる。だけど私の見たときは本当に私の知る水城歩だったんだ。

 それで私は帰ろう、せめてここにいる理由を教えて、って言ったんだけど、歩は何も答えず、みんなのことをよろしくとだけ言われたわ。それからは会っても、会釈するだけ――アーサーは会ってくれさえしない」


リズは一気に吐きだすように言った。嫌なことは一気にすませてしまう子どものように。

全てを告げた後の彼女の顔は、赤かった。窯から出したばかりの陶器のように。


少し時間を置いた後、彼女はすっと息を整えた。


「それであなたならもしかして、と思って話をしに来たんだ――お願い、歩を説得してくれませんか?」

「わかりました」


みゆきは即答した。

そんな状態の歩達を放っておくことなんてできない。

大学は丁度テストが終わったところ、多分再試もない。

長引いて次の学期にさしかかったとしてもかまわない――いや、大学を止めることになってもかまわない。


これこそがみゆきの求めていたものだから。


「ありがとうございます」


そう言ったリズの顔から、みゆきは見なかったことにした。


「それでどうやって歩に会うんです?」

「私がやった方法と同じように。外地の戦場に部隊の一員として行き、そこで部隊同士のたまたまの接触として。他の竜使いは竜殺しの竜の近くには寄りたがらないから、近くの部隊に配属されるのは簡単だわ」

「でも私は竜使いではないですよ」


龍の存在はそもそも竜使い達だけの秘事だったと聞いた。

例外に私や機械族がいるが、だからといって気軽に表に出せるわけがない。


「みゆきさん、イレーネさんは形態変化の連続時間はどれほどですか?」


彼女の言わんことを理解して、答える。


「三時間ほどです。ただ戦闘するとなると、その半分ほど、一時間半ですね」

「身体が水でできた竜――前例がないわけじゃない。貴女にはバウスネルン家の親戚の戸籍を用意するわ」

「わかりました」


能美の名前は、一応竜使いの名前だから使えないしね。


「では色々用意をおねがい――ところでみゆきって呼んでいい?」


リズにそう言われ、みゆきは一瞬だけ考えて答えた。


「鏡のこちら側と向こう側が出会っちゃったね、リズ」

「くだらない例えに付き合ってくれてありがとう」


みゆきは笑みを浮かべた。


二日後、みゆきはリズと共に海を渡った。


続きはまた来週で

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