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■第25章■ クリスの思い

■第25章■ クリスの思い


クリスチャンの紹介してくれたホテルは、彼が勤める大きなホテルの

半分もない小さな規模だったけれど、

一目で家庭的で温かモードいっぱいの優しいホテルに見えた真由は、

ホテルの入り口でクリスチャンの手を放す際、そのまま彼の胸に

抱きついた。そして、耳元でそっとお礼を言った。

「ありがとうクリスチャン…。こんな素敵なホテルを紹介してくれて。

私はローマを出るときから知っていたのよ。十日間もあそこのホテルに

宿泊するには大金が必要だからと私の財政事情を考えてくれて、

空き室はないって嘘をついてくれたことを…。ありがとう。

とても助かったわ。それとこのホテルがラファエロが愛した人が

住んでいたトラステベレだってことがうれしくて…」


そう言った後、真由はクリスチャンから身体を離し、

彼の深い青色の目を見つめて言った。

「…私の苦しみを聞いてくださってありがとう。おかげで少し気持ちが

楽になりました。でも、もし、まだあなたに時間があるのなら、

夕食を一緒に…。そして、話の続きを聞いてほしいの…」

クリスチャンは笑いながら頷いた。そして、チェックインを先にと

真由を促した後、フロントに立つ初老の男性に真由を紹介した。

「ルイジ、彼女はさっき電話で話した友人の三枝真由さん。

彼女の身元は僕が保証するから、十日間ここに滞在させてほしい」

ルイジと呼ばれた男性は老眼鏡の向こうから真由の顔を見つめた。

「ベッピンさんだね。真由さんって言うんだ。いいよ。私は男性は

とびっきり男っぽい人で女性は美人しか泊めない主義でね、あなたは

その条件にピッタリ。文句のつけようがないから、当然OKだ。

クリスにしては珍しく上客を連れて来たから、ちょっと驚いているけれど、

十日間楽しくやりましょう。トラステベレに関しては何でも

聞いてくれていいからね」


気の好い素敵な初老の男性ルイジは、そう言って真由とクリスチャンの

顔を交互に見つめながら、チェクインの手続きをいつの間にか終えていた。

ルイジは二人を三階の一室に案内し、そのまま階下に降りて行った。

クリスチャンはこじんまりとした部屋を眺めながら真由に話の続きを急いた。

「さあ、ここで少し話さないか?邪魔が入らないし、雑音もない。

話を終えたらルイジと一緒に食事に行こう。彼の息子の店がこの先にあるんだ。

もちろん、イタリア料理だけれど安くて美味。ご機嫌のいい時しか

言わない冗談が出てきていたから、きっと今夜はルイジのおごりだから。

それと僕のことをクリスって呼んでいいよ。友人や仲間。もちろん、

ルイジもそう呼ぶから。もう真由は僕のホテル客の一人じゃないしね。

友人以上の関係だから」


真由はうれしかった。クリスチャンに友人以上の関係だと認められた

ことだけではなく、初対面のルイジにも気に入られたことに

気を良くした。だから、胸につかえている哀しみのすべてを

クリスに話してしまおうと決していた。

ここまで来る車の中では、フィリッポの話を中心にしてイザベラの

ことなどを話し終えていたから…。

この先は、ラファエロにまつわるラクイラの町の話とルチアーノと

過ごした二週間の経過を話さなければならなかった…。


でも、真由は今朝方ラクイラを出てきたばかりなのに、

ルチアーノとのことを振り返った今、昨日の続きが

今日であることを疑っていた…。

随分と長い時の経過を経たように、昨日までの二人の世界が

既に想い出になっていることに気がついた…。

決して刹那的な愛の軌跡ではなく、振り返った道のずっと奥に、

背が高く細身のルチアーノの色褪せたような薄い色

をしたシルエットがあったから…。


でも、それは彼のシルエットだけであって、真由の気持ちには

色褪せた感情はなく、今、たった今、

別れてきたような切ない思いが噴き出し始めた…。

悲しい別れではなかったはずだけれど、

真由の目の前には今朝、ホテルの窓から自分を見送っていた

ルチアーノの悲しげな視線が彷徨っていた…。

真由は目を閉じた…。今、湧き出ている切ない思いに

振り回されたくなかったから…。そして、哀しみの世界に

誘うような彼の視線の中に入りたくなかったから…。


そんな真由を見続けていたクリスは真由を抱きしめた。

抱きしめながら、もういいよ、と言った。

「…もう話は止めようね。君の気持ち整理するにはまだ

時間が必要と思えるから。でも、悲しかったら泣いていいんだよ。

そのための友人なんだからさ。でも、苦しかったら話すべきだと思う。

友人はそのためにいるんだから。

そして、喜びは友人ではなく愛する人と分かち合うべきだと僕は思う。

だから、今の真由にはこのローマの唯一の友人である僕が必要なんだと

自負しているから。気にしないでいつでも泣いたり愚痴ったりして

構わないから。遠慮は禁物だ。いいね?」

冗談とも真剣ともどちらにも取れるクリスの優しい心遣いがうれしく、

真由は素直に頷いた。でも、彼の気遣いを無視して、

ルチアーノとのことを話し始めた。


まだ話さなくていいよと言ったクリスも、二週間の真由のラクイラで

過ごした話を受け止め、話の渦中に入ってきた。

入って真由の心の在り処を確認した…。というより、

元よりクリスはルチアーノの真由への思いを疑っていたから…。

だから真由の気持ちを知る前に、三十四歳の

男の甘えたロマンの世界の垣間見、純真な真由への答えを

探していたと言った方が合っているのかもしれなかった…。


しかし、それはクリス自身の真由への思いがそうさせていることを

まだクリス本人も真由も知りはしなかった…。


★第26章に続く★

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