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■第24章■ フィリッポの面影

■第24章■ フィリッポの面影


千四百八十三年、アペニン山脈に抱かれた城塞の町ウルビーノで

ラファエロは生まれた…。町はラファエロの父ジョヴァンニ・サンティが

文人として活躍した場であり、愛した家族が住んだ懐かしい町だった…。

そして、千五百二十年四月六日、ラファエロは奇しくも

三十七歳の誕生日に若くして逝去した…。


真由はつい昨日、ルチアーノとラファエロの故郷に近い

アペニンの山並みを見にドライブに出かけたことを思っていた…。

そして、このローマにしてもフィリッポの生まれ故郷のラクイラにしても、

また、ルチアーノが愛するラファエロにしても、

また、このローマに生きるクリスチャンにしても、

ラファエロの愛したマドンナの住んでいたトラステベレに

これから私を…。連れて行こうとしている…。


真由は偶然にしても自分の周囲にいるすべての人が、

ラファエロの世界に触れて生きているのではないのかと錯覚した。

不思議だった…。偶然にしてもクリスチャンまでもが自分を

ラファエロゆかりの場所にホテルを予約してくれている、

そのことに驚きを隠せないでいた…。

“私をローマに導いたのは、もしかしてルチアーノなの?

ラファエロの面影が色濃く残り、私が似ていると言った

マドンナの住んだトラステベレに誘ったのは、

もしかしてルチアーノだったの?”

真由はそんな思いの中で、ルチアーノが自分に言った言葉を

思い出していた。


“いや…。失礼をしました…。急に自分をコントロールできなくなって…。

実はあなたには何かオーラみたいなものを見た気がして…。

いや、そうではない…。どう言っていいのか…。そうです。

どことなく似ているので思わず見つめてしまった…。

いや、そうじゃない。もしかして、そっくりかもしれない…。

ラファエロのトラステベレのマドンナに…”


ラファエロが愛する人を描いた作品の一枚目は、彼の代表作の一つである

有名な「ラ・ヴェラータ」。別名「ヴェールの女」。

作品は十五世紀半ばにフィレンツェにピッティ豪商が建てたルネサンス様式の

ピッティ宮殿のためでした。後にルネッサンス改革を援助した

フィレンツェのメディチ家の所有となっても、宮殿に大切に

保存され、今も宮殿内の一角に飾られている。

           

ふくよかで優しい身体と美しい面立ちを静かな色彩で彩り、

ラファエロが描いた女性の肖像画の中でも後世まで高い評価を

得た傑作のひとつに数えられた作品…。

あまりの秀麗さに悲しみを湛えているとまで言われた作品の

主人公にお世辞とはいえ、自分に似ているとルチアーノは言った…。

当時ラファエロは三十三歳だったはず…。生涯を終える三十七歳まで

残り時間は四年しかなかった…。

でも、彼は残された僅かな時間の中で、再び彼女を描いた…。

それは「パン屋の娘」と称した「ラ・フォルナリーナ」でした。


クリスチャンはホテルの駐車場に止めてあった自分の車に

真由を乗せ、トラステベレに向かった。

夕刻六時のローマの市街地はラッシュ時にはまり、

リパブリカ広場のロータリーを抜けるだけで二十分以上も

時間を費やし、コロッセオのロータリーまでは通常の三倍もの

時間を要した。

クリスチャンはその間、右手で真由の手をしっかりと握り、

一時でも不安にさせまいとしていた。

真由は静かな彼の優しさにフィリッポと過ごした日々を思っていた。


“クリスチャンと同じようにいつもこうして私の手を取って

歩いてくれた。悲しい顔のままの私をいつもこうして気遣って…。

話したいことがあっても口を閉ざしていてくれた…。

フィリッポの優しさがあったらイザベラもきっと幸せになると

思っていたけれど…。でも、その優しさはもしかして、

私にだけしか表せなかったものだったのかもしれない…”


そこまで思った真由は、ラファエロのパン屋の娘に対する一途な気持ちと

フィリッポの自分に対する気持ちがオーバーラップしていることに

気がついた…。ラファエロもフィリッポと同じように、貴族の娘との

婚姻を反故にしても、人妻であるパン屋の娘への思いを貫き通した…。

叶わぬ恋であることを承知していても、ラファエロは一人の人を思い続け、

その一途な気持ちをキャンバスの上に残して三十七歳の誕生日に逝った…。


真由はラファエロに重なるフィリッポの面影をなぞりながら、

ラクイラでお互いの愛を確認したルチアーノの言葉の中で、

今の自分の揺れる気持ちに耐えられなくなり、傍らで心配する

クリスチャンにとうとう話し始めた…。

真由にしてもそれは思いもかけないことだったけれど、

クリスチャンの優しい笑顔に連れられて口を開いた。


車は既にテヴェレ川を渡り、ローマの発祥の地とも伝えられる

トレステベレ地区に入ろうとしていた…。

河畔には春の息吹がいっぱいに広がった静かなローマの夕景があった…。


★第25章に続く★

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