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■第22章■ ぬくもりの中で

■第22章■ ぬくもりの中で


半月ぶりのローマはすっかり変貌を遂げ、春らしい装いで真由を迎えた。

クリスチャンは真由の期待通り笑って頷き、空き室のチェックを始めた。

そして、パソコンの画面を見ながら真由に言った。

「何泊しますか?シングル・ルームだったね。バスルームがあった方が

いいんだね?おっとと。二週間も宿泊するんですか?う~ん…」

そう言ったまま、しばらく無言になり、キーボードを何度も何度も

叩いていた。真由は昨日の今日で二週間の予約は無理なのかも

しれないと思った。だから、クリスチャンが一区切りしたら、

一週間でも五日間でもいいからと宿泊期間を訂正しようと

構えていると、携帯にメールが入った。

ぶーという無様な音でメールの受信を知らせてきた。

真由はこの音を耳にする度に、着信音を替えようと思うのだけれど、

そう思いつつ随分と時間が経っていた。

今も不細工な音の中で携帯電話を開いていた。

待っていたイザベラからだった。


「…心配を掛けてしまってごめんなさい。

今日は思い切って話します…。フィリッポがいなくなったことを…。

いつかは報告しなければいけないと思っていましたが、

でも、すぐにでも戻ってくるかもしれないと思っていたので、

報告が遅れてしまいました…。許してください。

実はフィリッポはパリを出て行ったまま、もう

二週間以上私の元に帰ってきていません。

そして、真由さんがラクイラに発つあの日には

もう彼はパリにいなかったのです…。

でも、真由さんには知らせられなかったのです…。

フィリッポに固く口止めをされていましたから…。

もし、あなたに告げたら僕はパリには戻らないって言われていたから…。

次のメールでフィリッポのメールを転送します…」


イザベラのメールを読み終わった真由は、呆然としたまま

クリスチャンの目の前で立ち尽くしていた。

自分と喧嘩別れをした直後には、既にパリを出ていた…。

一体どこへ行ったのだろうか?何を思って

大切な仕事まで捨ててパリを出ていったのだろうか?

もしかして、私の言動がフィリッポを…。

そうとしか考えられなかった真由は、心配するクリスチャンの前で

手の中に顔を埋め、フィリッポが書き置いていった

と言うメールの転送を待った。

顔を手でふさいだまま、あの不細工で嫌な着信音をじっと待った。


クリスチャンは何も言わず真由をロビーのソファに誘導した。

礼を尽くす立派なホテルマンとして、私情を挟まず物静かに

真由をソファに座らせたクリスチャンは、安堵しながら言った。

「真由、何があったのか判らないないけれど、もし、僕で良ければ

その苦しみの相談に乗るから。今日は早番だったから、

後二時間ほどで仕事から解放される。そしたら一緒に外に出よう。

それまでホテルのバールで休んでいればいい。実は空き部屋は

このホテルにはないんだ。だからまだ真由の了解は得ていないけれど、

僕の友人の両親が経営しているホテルを予約した。

トラステベレにある。ここからは少し遠いけれど…」


真由はフィリッポがパリに居ないと知った直後から自制心を失い、

何をどう考えていいのか解らないまま困惑の中にいたが、

クリスチャンの言葉で、自分が今日宿泊するホテルも

まだ見つけていないことに気がついた。

顔から手を外さない真由を心配して、傍で付き添ってくれている

クリスチャンにも申し訳ないと思った真由は、顔から手を外し、

ソファから立ち上がった。

そのとき、運悪く再びメールの着信音が鳴った…。

運悪くと真由が思ったのは、嫌いな着信音の中で、

自己を取り戻したタイミングの悪さに対してそう思った

だけであったが、クリスチャンはそんなことには関わりなく、

メールを先に読んだら?と目で合図をしてきた。


真由は首を振った…。立て続けに苦しい思いをするのが嫌だった

ことと思いもかけないクリスチャンの優しい心遣いに、

うれしくもあったから…。だから、少しの間だけでも

心安らぐ空間に留まりたかったから…。

「ありがとう。メールは後で読むわ。ここのホテルにはあなたも

居るし…。本当はここが良かったけれど、急ですものね。

二週間もの長い予約は無理だったのね…。でも、クリスチャンが

探してくれたそこは、あなたに友人のホテルだもの。

寂しくはないわね…。今はとにかく、二週間ローマに滞在できれば、

それでいい…。クリスチャン、ありがとう」

クリスチャンは真由の返事を聞いてから、すぐにフロントへ

戻って行った。


「じゃ、二時間後に待ち合わせをしよう。ここは騒がしいから、

ホテルの前のバールでいいかな?真由の荷物は僕が預かるから。

それまで一人で大丈夫?勝手な行動はしないって約束をしてくれる?」


真由の手をしっかり握りながら元気付け、その後、

真由の手の中で自分の手を転がせ、お互いのぬくもりを

確認したクリスチャンは、爽やかな声で“じゃ、後で”

そう言い置いてフロントへ戻って行った…。

真由は彼の優しい言葉の余韻をしばらく胸にして、

そして、静かに携帯電話のメールを開いた…。


★第23章に続く★

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