■第21章■ 安息の場
■第21章■ 安息の場
「あなたと過ごしたラクイラでの私の二週間は、大きな苦痛と
悲しい時間を残して幕を閉じました…。すべては思いもかけない
出会いから始まったものでしたが、でも、今、私は苦痛と悲しみ
だけの想い出でもあなたとの想い出ができたことはとてもうれしく、
とても幸せに思っています。そして、叶わぬ恋であることを知った今、
私は町を去ってゆきます…。あなたと過ごした時間を大切にしたいから…。
そして、最後にあなたにはありがとうって言いたかったから…。
とっても素敵な過去をプレゼントしてくれたのですもの。
そして、とっても素晴らしい二週間を下さったあなたが大好きです…。
いずれ私もパリに戻ります。もし、あなたとパリの街角であったら、
私の大好きなカルチェラタンを一緒に散策して下さいますか?
もし、そんな夢のような再会に出会ったら、私はきっと踊ってしまいます。
セーヌ河畔のカフェテラスでもソルボンヌ大学の傍らに広がる小さな公園でも…。
そして、島崎藤村の宿泊したあのセレクトのロビーでも、
私は一目も憚らずあなたに会えた喜びで踊ってします、きっと…。
でも、夢のパリでの再会がなくても私は幸せでしたから、
心配なさらないで下さい…。
そして、あなたにもう一度、ありがとう…」
真由はラクイラを発ってローマに向かった。
二週間前に宿泊したテルミニ駅近くのホテルを目指して…。
予約なしで訪れてもきっと宿泊できることを知っていたから。
顔見知りのクリスチャンの顔を見てお願いすれば、
彼はきっと笑いながら頷いてくれると信じていたから…。
ローマには定宿のホテルマンやいつも利用するレストランの
気のいい店主、そして、道端で商いをする露天の店主のカミッラ…。
ローマには自分の多くの知り合いのいることに真由は感謝していた。
今の自分には彼らがどんなにか救いになっているのか…。
荒んだ気持ちの真由には良く解っていた…。
しばらく真由は車窓に映る冬の景色を眺めていたが、
気持ちが落ち着いたのか、久しぶりにイザベラと
フィリッポのことを思い出していた。
そして、彼らからこの十日間あまり何ら連絡のなかったことに
気がついた。そして、携帯を取り出して、
二週間前のイザベラの数通のメールを探した。
“フィリッポは今日も黙々と働いています。以前よりもパン工房に
入っている時間が長くなっているのが気になりますが、でも、
以前と変わらず優しいまなざしで私を見つめてくれます。
私たちの気持ちが寄り添うようになるまでには、もう少しだけ
時間が必要かもしれませんが、その日まで私はフィリッポの傍で
静かに待ちます”
ラクイラに行ってから四通のメールが送られてきていたが、
一通目も二通目も、そして、その翌日もイザベラからのメールの内容は
前日と大して変わっていないことに真由は初めて気がついた。
彼女のメールは毎日欠かさず目を通していたにもかかわらず、
ルチアーノと自分のことで頭がいっぱいだったから、
何ら不審を抱ことはなく、順調に二人の世界は前に進んで
いるものと勘違いしていたことに気がつき、真由は悔やんだ。
何事も起きていないことを願いながら、真由は列車の中で
イザベラにメールを書き始めた。
「お元気ですか?この一週間ほどあなたからのメールが届きません。
心配をしていましたが、でも、毎日同じことを書いて送っても
仕方ないから、という理由で送らなかったのかもしれませんね。
それなら私はうれしいのですが…。でも、もしかして、何か
あったのなら、ご連絡下さい。私は元気ですが、ラクイラを
今日離れて、今ローマに向かう列車の中です。
お返事をお待ちしていますので、よろしくお願い致します」
何をどう書いていいのかわからないまま、とにかく彼との
状況を知りたくて支離滅裂な文章であったけれど、
とりあえず送信した。四日間も同じ内容のメールが
送られてきたことに、真由は何か不吉な予感がしていたから、
焦るようにしてメールを送信した。
パリで怒りを露にしたフィリッポの顔が目にちらついて
離れないまま、ローマに到着した。
騒音が響くテルミニ駅のホームに降り立った真由は、
それまでの沈んだ気持ちがいくらなしか晴れてゆくのを感じ、
今来た道を振り返ってみたが、その原因は見つけられず、
再び前を向いてホームを歩き始めると、突然、
僅か二週間しか離れていなかったローマが愛しく懐かしく
思え、一刻でも早く街に出たいという思いが、
自分を急かしていることに気づいた…。
真由は走るようにして歩きながら、自問を繰り返していた。
“もしかして、私の居場所はラクイラではなくローマだったの?
ローマには私の安息の場がある…。そうなの真由?
ラクイラではないの?アンナのいるあの町ではなかったの?
ラファエロの面影が残るラクイラではなかったの?”
★第22章に続く★