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■第20章■ 愛の手紙

■第20章■ 愛の手紙


真由はアンナに連絡を入れなかったことを後悔しながら、

翌朝、ホテルに戻った。幸いにも八時を回った時間帯のバールは、

客足が多く、アンナは忙しく立ち回っていたから、

お店に顔を出した真由を客の肩越しにほんの少しだけ睨んだだけで、

真由へのわだかまりは収まったようだった。だから真由は安堵し、

ルチアーノと共に二階の部屋へ向かった。

切なく苦しみが伴った一夜だったけれど、真由はこれでルチアーノとの

世界を閉じようとしていたから、悔いはなく悲しみも深いものではなかった。


お互いの部屋の前まで行った二人は次の約束はしなかった。

真由の口から昨夜が最初で最後の夜になるという思いを

告げてはいなかったけれど、ルチアーノは明日のない

昨日だったことを暗黙の内に理解していたから、

次の逢瀬の約束はせず静かに部屋の中に消えて行った…。

真由も悲しみはなかったけれど、寂しさに耐え切れずに

嗚咽をもらしながら自分の部屋に入った。

一晩空けただけなのに、部屋は人のぬくもりはなく、

冷たく冷え切っていた。


ルチアーノとのことをアンナに告げるべきかと迷っていたが、

着替えを済ました真由は、明後日、ラクイラを発つことを

アンナに謝罪を含めて、伝えなければならなかったから、

その理由を正直に伝える決心をした。

ただ、一ヶ月間の宿泊予定を、大幅に変更する身勝手な自分を

快く許してくれるか否か、とても心配だったけれど…。

ルチアーノも後一週間もすればパリに戻ると聞いていたから、

真由はその一週間を耐えさえすれば、残り二週間弱をアンナの

元で過ごせると考えもした…。

でも、真由は一夜とはいえ身も心も許した愛する人が、

目の前の部屋にいるという事実を見て見ぬ振りをしなければ

ならない一週間は、地獄の沙汰というべきものであろうと、

そう予測したから…。

生き地獄に耐えられるほど強靭な精神を持ち合わせては

いなかったから…。そして、ルチアーノをあきらめたと

言っても、納得してあきらめるわけではなかったから…。


ルチアーノは今朝、そんな真由に言った。

「真由を傷つけるくらいだったら、僕はこのまま真由とどこかに

消えてしまいたい…。今だってそう思っている。でも、僕はそれで

いいけれど、真由は違うね?真由は僕との世界に生きたい…。

そう思っているんだろう?いや、愛し合えば誰だってお互いの世界に

生きることを望む…。でも今の僕にはそれができない…。

昨夜も言ったけれど、僕は間違いなく真由を愛している…。

でも、僕は昨日までの哀しみをそのまま抱えたままだからね…。

ただ、ひとつだけ言い訳になるけれど聞いてほしいことがある。

僕は決して今もシルヴィアを愛しているわけではない…。

ある日突然、平和で幸せだった彼女との世界が崩壊してしまったから…。

そのショックがあまりにも大き過ぎて、僕の傷口は未だに

ふさがらない…。シルヴィアを見た様々な情景がまだ

過去になりえないで僕の今に佇んだままだから…」


真由は哀しみに染まった赤い目のルチアーノを見つめていただけだった。

決して言い訳をしているとも思わないで、彼の真実を見ていた…。

だから、別れの今朝を迎えても悲しみに暮れることはなく、

苦しみに襲われることもなく、いつもの真由でいられたと

思っていた。でも、それは自分でそう思いたかったからで、

ホテルの予約をキャンセルするためにアンナに会った途端、

アンナの辛口のお小言で真由の張り詰めた気持ちが崩れ去った。


「昨夜は真由にとってマイナスになる一夜ではなかったのかな?

彼を愛してはいけないというシグナルを無視して…。でも、もし

そんな思いで彼と付き合い、自分に彼との別れを誘ったなら大間違いよ。

ルチアーノが未だ前妻の面影を引きずったままだから、

だから愛してはいけない?だから別れましょう?

そうではないはずよ。例え彼がシルヴィアを忘れられなくても、

真由は彼を愛せるはずなの。

本当に愛しているなら、例え相手に好きな人がいても

相手からもぎ取りもするでしょう?もちろん、

それは周囲に傷つく人を作ったりするから、褒められたことでは

ないけれど、でも、愛し合うってことは真由のように

理屈ではないの。なりふり構う余裕などないの。

だから、例えルチアーノが他の人を愛していても、真由は…。

元々真由には縁のない愛だったかもしれないわ」


真由は悲しかった…。そうではなかったから…。

真由は自分の性格を知っていたから…。

嫉妬深い嫌な性格を知っていたから…。

ルチアーノの心を独り占めしたかったから…。

だからそれが不可能だって知ってしまった今、

真由はラクイラを去らなければいけなかった…。


真由は二日後、愛している彼の元を去った…。

アンナには別れを言わずに、早朝、タクシーで

丘の上の町を去って行った…。ルチアーノには手紙を残して…。


★第21章に続く★

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