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■第19章■ 愛し合って

■第19章■ 愛し合って


真由とルチアーノはお互いの哀しみを支えあうようにして、

その日を過ごした。夕刻になってもホテルには戻らないで、

アペニン山脈を目指しながら走ったその道に建つ

小さなアグリツーリズモに身を寄せながら…。

ルチアーノは真由の哀しみが何なのか、彼女の口からは

聞かなかったけれど、車のフロントガラスに映っていた

真由の思いが自分と同じ青色だったことで、

愛しい人と別れた哀しみであることを知った。

だからといってお互いに慰めはしなかったし、傷口に触れることも

せず、時の経過の中で自分たちの愛を育もうと努力をした。


ことにルチアーノは今の哀しみと苦しみから逃れたい一心だったから、

真由への愛を信じ、真由との世界に入ってバラ色の歓びを手中にしようと

必死だった。だから、真由の困惑に気が付かず、二人だけの一夜を

過ごそうとしていた。

テレビに表示されている時計は午後六時を指していた。

言葉のないルチアーノとの世界に息苦しくなった真由は、

今朝方彼からプレゼントされた携帯電話を取り出し、さっき

撮影したルチアーノの写真を待ち受け画面にアップしようと、

操作をし始めると、傍らに立った彼が真由の操作の手を止めた。


「僕たちの想い出はしまっておこう…。ずっと後に残る愛の想い出は

僕たちには似合わないと思うから…。今を愛すればそれでいい。

今の僕と真由をお互いに愛すればいい…。

でも、正直言って短すぎるかもしれない。

でも、本当に愛し合えるのなら、愛し合う時間の長さが

僕は問題ではないと思うからね…。愛というその密度の濃さが今を

想い出に残すはずだから…。だから自分から敢えて想い出を作りたく

ないんだ。僕たちの愛が本物であれば黙っていても綺麗な想い出を

残せるはずだから…」


真由はルチアーノが何にこだわり、何を言いたいのか解っていた。

一週間前にアンナが心配していたから…。アンナの心配どおりの

悲しみに打ちひしがれたルチアーノだったから…。

だから真由は思い切って立ち上がった。

今夜この部屋でルチアーノと共に過ごすことを拒絶するために…。

束の間だったけれど、彼と共有した愛の世界から飛び出すために…。

未練をいっぱい残しながら真由は立ち上がった。


そして、ルチアーノからプレゼントされた携帯電話をテーブルの上に置いた。

「ごめんなさい…。これはお返しします。頂いても役に立ちませんから…。

あなたに電話を掛けることはないと思います…。

そして、これから私はホテルに帰ります。

アンナもきっと心配していると思いますから…。ただ、最後に一言いいですか?」

ルチアーノは真由の気持ちに初めて気が付いたのか、

申し訳なさそうな顔をして頷いた。血の気の引いた顔だった…。


その悲しげな顔に胸を詰まらせた真由は一瞬言葉を失ったが、

勇気を出して言葉を繋げた。

「私はあなたをきっと真剣に愛し始めたと思います。

今まで会ったことのない大きな優しさを秘めた人だったから…。

一目会っただけでとても気になりました…。

ラファエロの信奉者であったこともあなたに恋をさせたと思います。

だから、あなたの言う通り、私はこの二週間ほど本当に密度の濃い

素敵な恋を経験したのではないのかと思っています…。

でも、例えどんなに好きでも、どんなに深く愛していても…。

私はあなたと先には進めません…。あなたの世界には私の居場所の

ないことが解ったから…。それをたった今知りました…。

悲しいです…。とても寂しい…。だから、あなたともう前に進むことは

できません…。淋し過ぎますから…」


頭を抱えて黙って真由の言葉を聞いていたルチアーノは、

携帯電話を置いて部屋から出て行こうとする真由に声を掛けた。

「僕が悪かったね…。僕が弱いから…。真由の気持ちを考えもしないで

自分だけの殻に閉じこもっていたね…。悪かった…。だから一人で

帰らないでほしい。責めて僕と一緒に来た道を、再び僕と共に帰って

ほしい…。だって僕は間違いなく真由を愛しているから…。

二年前の哀しみを抱えたままだけれど、僕は君を愛している…。

信じられなくてもいい。ただ、今だけでも僕の傍から離れないで

ほしい…。一緒にアンナのところに帰ろう…。いいだろう?」


ルチアーノはそう言って真由を背中から抱きしめた…。

“だって僕は間違いなく真由を愛しているから…。ただ、

昨日までの哀しみをそのまま抱えたままだけれど…。でも、

僕は君を愛している…。その証拠に今朝も昨夜も一昨日の

ランチのときも真由の顔が僕の胸にちらついていて離れなかった…。

真由のあの踊る姿がずっと視線の先にあってね…。だから、

僕は真由を愛してしまった…。そう信じられるんだ…”


そう何度も繰り返しながら、ドアの前で真由をしっかり抱きしめた…。

真由はルチアーノの切なく甘い言葉の中にいた…。

そして、初めて彼の真実を言葉の中に見ていた…。

昨日までの哀しみを背負いながら自分を愛してくれる

ひたむきなルチアーノの愛を垣間見た真由は、その夜、

一夜の覚悟で今の気持ちに正直に、そして、大切に

生きようと決め、愛する人と朝まで時間を共有した…。


★第20章に続く★

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