表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/28

■第14章■ 明日に賭けて

■第14章■ 明日に賭けて


初老の客はサン・シルヴェストロ教会を参拝した後、バールに

立ち寄ったといいながら、ホット・チョコレートを美味しそうに

飲み干した後、真由とアンナにハグをして出て行った。

彼女の助言で寒さに身体をさらさないで済んだ真由だったから、

その女性に感謝しながらそっと言った。

「ありがとうございました。あなたの言葉で目が覚めたよう…。

これからは今を大切に。今を耐えながら先を急がないで明日に

賭けます…。もし、また機会があったらここでお会いしたいと

思います。どうぞお立ち寄り下さい…」


女性を見送った後、アンナは再び話の続きに入った。

今度はカウンターの中に入って、カフェを淹れながら話を始めた。


「ルチアーノとはもうかれこれ二年くらいのお付き合いになるわ。

私がこのホテルを父から譲り受けたその年の最初の宿泊客という

うれしい因縁の人だから、出会った日のことは忘れないの。

とても紳士だったし、大きな手を差し出して礼儀正しく握手を

求めてきた。そして、初対面の私にこう言ったの。少しだけ下を向いてね。

“僕は先週、愛する女性に別れを告げられた失恋ほやほやの男です。

想い出が多すぎて悲しいパリを逃げて来ました。ですから数日間は、

部屋から出てこないかもしれませんが、心配をなさらないで…。

自分で言うのも変ですが、傷心を癒すためには時間が必要です。

それとこの町にはラファエロがありますから…”

こう言って、五日間部屋に閉じこもっていた。

私はとても気になったけれど、でも、私を気遣って、

彼は元気にしていることを毎日私に知らせてくれたから…。

それは朝と夕方、窓を開けてマノンレスコーの歌を歌うことだった。

その歌声を聴いて私は安堵した。でも、悲しいメロディーだったから、

元気で大きな声だったけれど私は毎日、その歌声の中で涙だった…。

彼の心情が手に取るように判ったこととまるでオペラ歌手のように

素晴らしい声と声量だったから感激して…。

そのときも今と同じように一ヶ月間の滞在だった。そして、

一ヵ月後の花がようやく開き始めた春の日、顔色も良くして

パリに帰って行った…。でも、目の奥には来た時と変わらない

哀しみがあった…。隠そうとすればするほど湛えていた哀しみが

深くなってね。青い目は涙で赤くなっていたのよ…。

それから毎年、数回の頻度でこの町にやってくるようになったの」


アンナは窓の外に目をやった。そして、真由に外を見るように

促した。…雪が止んでいた。それだけではなく雲の切れ目から

陽光が差し始めている…。

白い雪が敷き詰められたラクイラの町に,

春の日の陽光が眩いほどに差し始めている…。

今まで愛する人の哀しみの過去を見ていた真由には、

突然の光はあまりにも幻想的であまりにも神聖すぎた…。

でも、アンナに促され、真由は真剣に前を向いた。

神聖すぎ眩しすぎる光に自分を映し出して見つめた…。


真由に見つめられた光は、時折舞い降りてくる降る真綿雪を押し退け、

両手を広げるようにして、徐々に大きく広く光の輪を広げていった。

その様は神々しく清々しくもあったから、陽光を求めて外に出てきた

道行く人々の足を止めていた…。

窓辺から離れたアンナは、真由の隣に座って再び口を開いた。


「一旦パリに戻ったルチアーノが三ヵ月後にここへやってきたときも

マノンレスコーの歌声が毎日彼の部屋から聞こえていた…。

一年後も同じだった…。でも、昨年暮れ、奥様のシルヴィアからの

たっての願いだった離婚が成立。別居してから一年半も経過したけれど、

ルチアーノがようやく承諾し離婚となったの…。

もちろん、それ以来マノンレスコーの歌声は聞こえなくなったけれど、

部屋に閉じこもる日々は変わらなかった…。

奥さまへの愛惜が募るばかりだって言って、いつも部屋の中で書物を読んだり、

オペラのDVDを観たりして過ごすだけだった。でも、昨日といい今日といい、

彼の動きが変わった…。真由が出現したから…。でも、数年間悩み続けた

人間が一人の気になる女性が目の前に現れたからといって、

簡単に過去の哀しみから解放されるものかしら…。

例え、真由に一目惚れであっても、数年間苦しみ続けた愛惜から

そんな簡単に解放はされない…。それは自分の哀しみから

逃れるための手段として選んだのではないのかしらって思えてならないの。

もちろん、計算ではなく、無意識の内にルチアーノは自衛手段を

選んだのでは…。だから本人も真由への気持ちは本物だと思い込んで

いるはずなの…。でも、それでは二人があまりにも哀れで…」


真由はアンナの言葉を必死に消化しようと頑張っていた。

苦しくても悲しくても辛くても消化してすべてを受け入れてから、

明日に賭けたいから…。今が苦しすぎても明日があるから

耐えられるって、そう思いたいから…。だから必死にアンナの言葉の

中でもがき喘いで明日を探していた…。


白い真綿雪が溶けてなくなる前に、明日を見つけようと…。


★第15章に続く★

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ