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西の空の向こうに、きっと君がいる

作者: 日御碕 出雲
掲載日:2026/10/28

【第33作目】今回は、唐突に異世界に放り込まれた主人公の話です。自分と同じ世界から来た人が居ると聞いたらどうしますか?


----------------

ユウが異世界に来たのは十六歳の夏だった。


学校帰りだったと思う。

友人と別れ、信号を渡ろうとして。


気づけば森の中にいた。

理解できなかった。

夢だと思った。


三日間泣いた。

五日間さまよった。

七日目に魔物に襲われた。

そして偶然通りかかった冒険者に助けられた。


それが始まりだった。


二年後。

ユウは十八歳になっていた。

異世界の言葉も覚えた。

簡単な生活魔法も使える。

村で畑を耕し、たまに薬草採取を請け負う程度には、この世界に馴染んでいた。


だが故郷を忘れたわけではない。


夜になると空を見上げる。

日本の夜空とは少し違う星々。

見知らぬ月。

知らない風。


そのたびに思う。


今ごろ家族はどうしているだろう。

自分は行方不明者になっているのだろうか。

そんな答えのないことを。


異世界での暮らしは、決して楽ではなかった。

最初は言葉が分からなかった。

何を聞かれているのか分からない。

何を言えばいいのかも分からない。

村の人々は優しかったが、それでも異邦人であることに変わりはない。


はじめてパンを買いに行った日、数を言い間違えて店主を困らせた。

水を汲みに行けば手順が違うと笑われた。

市場へ行けば見知らぬ食材ばかりだった。

夜になると毛布の中で泣いた。


母の料理が食べたい。

父の声が聞きたい。

友人たちとくだらない話がしたい。

そんな願いばかり浮かんだ。

泣いても帰れない。

それが一番つらかった。


だからユウは前を向いた。

働いた。

言葉を覚えた。

笑う練習もした。

そうして少しずつ、この世界の中で居場所を作っていった。



そんなある秋の日。

旅の商人が村へやって来た。

広場で荷を広げながら商人は笑って話していた。

「面白い若者がいてな」

「面白い?」

村人が尋ねる。

「ああ。別の世界から来たって言うんだ」

ユウの手が止まった。

「別の世界?」

「空を飛ぶ鉄の乗り物や、小さな箱で遠くの人と話す話をしてたな」

「若いのか?」

「ああ。十七、八くらいだったかな」

心臓が大きく跳ねた。


日本人?

少なくとも自分と同じ世界の人間だ。


ユウは会話に割って入った。

「その人はどこにいるんですか!?」

商人は目を丸くした。


その夜。

ユウは眠れなかった。


自分以外にもいた。

同じ世界から来た人間が。

歳も近い。

男の人らしい。

どんな人なのだろう。

学生だったのだろうか。

部活は何をしていたのだろう。

どんな学校に通っていたのだろう。


自分と同じように突然この世界へ来たのだろうか。

もし会えたら何を話そう。


コンビニの話。

文化祭の話。

スマートフォンの話。

テレビ番組の話。

そんな当たり前だったものを。

言葉にしただけで胸が熱くなった。


この二年間。

ずっと一人だった。

日本を知る人など誰もいなかった。


だから。

会いたかった。

どうしても。


翌朝。

ユウは村を出た。

荷物は少ない。


魔法杖一本。

短剣一本。

保存食。

そして希望。

それだけだった。


商人に教えられた町へ着くまで二週間かかった。

最初の町に着いたユウは宿屋へ飛び込んだ。


「すみません! 別の世界から来た若い人を知りませんか?」

女主人は首を傾げたが、すぐに頷いた。

「ああ、あの子かい」

ユウの胸が高鳴る。

「知ってるんですか!?」

「去年の秋までいたよ、たしか西に向かうとか何とか…」


去年の秋。

ユウは少し肩を落とした。

一年近く前だ。

遠い。

遠すぎる。


だが女主人は笑った。

「いい子だったよ。宿の掃除まで手伝ってくれてね」

まだ会ったこともないのに。

ユウの胸が少しだけ温かくなった。


さらに西へ向かった。

次の町ではパン屋の主人が言った。


「ああ、知ってるぞ」

「本当ですか!?」

「半年くらい前だったな。朝から晩まで店を手伝ってくれた」


半年前。

一年が半年になった。

少しだけ距離が縮まった気がした。


「どんな人でした?」

「よく笑う奴だったな」

ユウは町を出た後も、その言葉を何度も思い出した。

よく笑う人。


どんな笑顔なのだろう。

目を細めて笑う人だろうか。

くしゃっと顔を崩して笑う人だろうか。

困ったように笑う人だろうか。

きっと優しい笑顔なのだろう。

根拠はない。

ただ、そうだったらいいと思った。

想像すると不思議と心が軽くなった。



山間の村では橋の修理をしていた職人に話を聞いた。

「その若者なら春までいたぞ」

「春って……三か月前ですか?」

「ああ」

ユウは顔を上げた。

三か月。

確実に近付いている。


「あいつは器用だったなぁ」

「そうなんですか?」

「いや、最初は全然だったけどな」

職人は豪快に笑った。

「毎日失敗してたが、諦めなかった」

ユウもつられて笑った。


目の前に光景が浮かぶ。

慣れない作業に苦戦する少年。

何度も叱られながら食らいつく姿。


異世界に来たばかりの自分もそうだった。

失敗ばかりだった。

泣きたかった日も多かった。

だけど生きるしかなかった。

きっと彼もそうだったのだろう。

そう思うと胸が締め付けられた。



旅は決して楽ではなかった。


雨の日もある。

泥だらけになる日もある。

魔物から逃げた夜もある。

お金がなく、納屋で眠ったこともあった。

焚き火の横で夜を明かしたこともある。

冷たい毛布に包まりながら眠れない夜もあった。


そんな時は決まって日本を思い出した。

暖かいベッド。

風呂の湯気。

家族の笑い声。


帰りたい。

会いたい。

何度もそう思った。


そして、ふと考える。

彼も同じだったのだろうか。


日本の夢を見て目覚めたことがあるのだろうか。

家族を思い出して眠れない夜があったのだろうか。

その想像だけで、少しだけ一人ではない気がした。



ある雨の夜。

ユウは納屋を借りて休んでいた。


屋根を叩く雨音を聞きながら膝を抱える。

眠れなかった。


もし会えたら。

どんな声なのだろう。

日本語を聞いたら驚くだろうか。

最初に何と言おう。

「こんにちは」だろうか。

「やっと会えた」だろうか。


顔も知らない。

声も知らない。

それなのに。

気づけば彼のことばかり考えていた。

おかしかった。

でも嫌ではなかった。


この世界へ来てから初めて。

未来を想像すると少しだけ嬉しかった。


ある村で、ユウはついに名前を知った。

畑仕事をしていた老婆が教えてくれた。

「ああ、トーヤのことかい?」

ユウは固まった。

「トーヤ?」

「そうさ。それがあの子の名前だよ」


トーヤ。

初めて聞く名前だった。

それなのに。

胸の奥が温かくなる。


「どんな人でしたか?」

老婆は優しく笑った。

「優しい子だったよ」

その言葉が耳に残った。


優しい人。

よく笑う人。

諦めない人。

ユウの中で少しずつ輪郭が出来上がっていく。


顔のない誰かが。

特別な誰かになっていく。

旅を始めて一年近く経った頃。


ユウは宿場町へ辿り着いた。

疲れた足を引きずりながら尋ねる。

「トーヤという人を知りませんか?」

宿の主人は驚いた顔をした。

「知ってるぞ」

ユウの息が止まる。

「い、いつですか?」

「一か月前までここにいた」


一か月。

ユウは言葉を失った。

去年の秋だった距離が。

半年だった距離が。

三か月だった距離が。

今は一か月になっている。


会えるかもしれない。

本当に。


主人は続けた。

「あいつ、旅費を稼ぐために荷運びしてたぞ」

「そうなんですか」

「働き者だったな」

少し笑ってから付け加える。

「でも時々寂しそうだった」

ユウは俯いた。


同じだ。

きっと同じだ。

夜になると家族を思い出したのだろう。

帰れない現実に苦しんだのだろう。

それでも前へ進んだのだろう。


ユウはそんなトーヤの姿を想像した。

夕焼けの中を一人で歩く姿。

誰も知らない空を見上げる姿。

寂しくても笑おうとする姿。


胸が少し痛んだ。

会ったこともないのに。

なぜこんなに気になるのだろう。


その夜。

宿の窓から星空を見上げた。


会いたい。

本当に会いたい。

日本の話をしたい。

家族の話をしたい。

笑い合いたい。


この二年間の寂しさを聞いてほしい。

だけど少し怖かった。

もし想像と違う人だったら。

もし自分だけが一方的に会いたいと思っているのだから。


もし会っても何も変わらなかったら。


不安は尽きない。

それでも。


「トーヤ……」

名前を呟く。


優しい人らしい。

よく笑う人らしい。

頑張り屋らしい。


そしてきっと。

自分と同じように故郷を想っている人だ。



翌朝。


宿を出ようとした時だった。

掲示板の片隅に古びた依頼書が貼られていた。

荷運び依頼。


何気なく目を向けたユウは足を止める。

依頼完了者の署名があった。

この世界の文字ではない。


見慣れた文字。

日本語。


震える指でなぞる。

そこには確かに書かれていた。


『井上桃矢』

ユウの目に涙が滲んだ。


本当にいた。

想像なんかじゃない。

夢でもない。


同じ世界から来た誰かが。

確かにこの場所にいた。


ユウは荷物を背負った。

まだ会えてはいない。

けれど距離は確実に縮まっている。


西の空には虹が架かっていた。

その向こうにトーヤがいる。

そう信じて。


胸の中の希望を抱きしめながら。

ユウは再び西への道を歩き始めた。

----------------

距離は縮まる、想いは膨らむ、その先は…

会えるのか、会えないのか、どっちなんだい!


5分程度で読める短編ばかり書いています。 もしよければ以前の作品も読んでみてみてください。

(ジャンルも多種多様になってきました。)

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