噂の人間
帰宅後。
桜の木を花瓶に入れる。桜は何だかキラキラしているようだ。
桜を見ながらタンコブを氷で冷やす。
なんだか不思議な一日だったなあ。
気付いたら寝ていた。
「願いを聞いてくれる人間がいるって、こっちでミカの事が噂になってる。また近いうちにお願いしたい」
シロが出てきて、ミカにお願いしている。
この場所は……
また夢を見た。
私が噂になってるって言ってたけど、どう言う事だろう?
今日は土曜日だし、夢に出てきた場所へ行ってみようかな……
お願いされると断れないお人好しである。
ピンポーン
家のチャイムが鳴る。誰も出ない?
家族は外出しているらしい。
「はーい」
ミカがインターホンの画面を確認する。
ハルカ?
「どうしたの? こんな朝早く……」
ドアを開けるミカ。
「いや、もう十時だけど?」
私服のハルカがそこにいた。
「いや、ちょっと心配になってさ、昨日の事もあるし。ミカ連絡しても繋がらないから……」
ハルカは心配して連絡をくれていたようだ。
「ごめん、寝てた」
「見たらわかる。着替えてきなさい!」
パジャマ姿の幼なじみにドキドキするハルカ。
アイツは無防備すぎる。全く、こっちの気も知らないで。
「はぁ」
ため息が出るハルカである。
「今日も行く所あるんだけど、一緒に来る?」
着替えたミカがハルカに問いかける。
「うん、まぁ暇だし……どこ行くの?」
「厳島神社」
「え!」
厳島神社は広島県の宮島にある、言わずと知れた有名な神社だ。大鳥居が海の中に浮かんでいるような姿は、一度は見たことがあるだろう。
ここからだと電車で一時間位かかる。
今日は土曜日、おそらく観光客が沢山いるはずだ。
「なんで厳島神社に? 遠いけど……」
「話しても多分信じないと思うから、言わない」
「なんだそれ?」
不満を口にしつつ、一緒に行くハルカはミカに甘い。
電車と船に揺られ、宮島へ到着する。
案の定、観光客は多い。
大鳥居が干潮の時の夢だったから……
海の様子を見ると、もう少しで潮が引きそうである。
神社の大鳥居は、潮の満ち引きによって行き方が変わる。
潮が満ちる満潮時は船で、潮が引く干潮時は徒歩で、それぞれ大鳥居まで行くことができる。
「お参りしよっか!」
ミカが提案する。
「久しぶりに来たな……ミカはよく来るの?」
ハルカがミカに質問する。
「ううん、私も小学生ぶり。こんなにシカいたっけ?」
シカがのんびりと横になっている。人慣れしていて、逃げる気配は微塵もない。
本殿にお参りし、もみじ饅頭を買ってベンチに座る。
気持ちの良い風が吹いている。
「干潮までどの位かなぁ?」
「あと少しだよ。歩いて大鳥居まで行きたいの?」
もみじ饅頭を頬張りながら話すハルカ。
「そ、干潮になったら多分会えるの」
「会える?」
「ハルカ、口に付いてるよ」
ハルカは口を手で拭くが、饅頭のカケラは落ちていない。
「もう」
ミカがティッシュでハルカの口元を拭く。
「自分でやるよ!」
焦るハルカ。
「動かないで、恥ずかしがらなくてもいいじゃん」
いや、大分恥ずかしいから!
はたから見たら、いちゃついてるカップルである。
「取れたよ」
「ふぅ」
息を吐くハルカ。
「歩いて鳥居に行ってる人いるね! 私達も行こう」
ミカは立ち上がる。
「おぅ…」
ハルカも続く。
二人は歩いて大鳥居に向かう。
近くで見ると、大鳥居はすごい迫力である。高さ一六メートルのこの大鳥居は、重さだけでここに立っている。
「普通子どもの時に見たものって小さく感じるのに、これは大きいね! 変わらない」
ミカは大鳥居を見上げて感動する。
「この貝付いてるの、なんか覚えてるな…」
「沢山いるね!」
ハルカが大鳥居に触れたその時、白いモヤが辺りを包んだ。
奥から人影が歩いてくる。
「来てくれたんですね! 本日は宜しくお願い致します」
礼儀正しい妖である。
赤みがかった黒の短髪で、頭に角らしき物がある。目は朱色だが、カラコンだと思えばおかしくない。身長はミカより少し高いくらい。服装は和服だが、観光客の中にも和服の人はちらほらいるし……
「これ被って角隠してもらって……あとは大丈夫だと思う」
ミカは自分の帽子を渡す。
帽子を被った妖。嬉しそうである。
「行きましょう!」
妖がミカの手を引いて大鳥居をくぐると、周りに人が現れた。先程の景色だ。
「ミカ! またいなくなって……えっと、こちらの方は?」
ハルカが戸惑っている。
「えっと……」
名前聞くの忘れてた!
「私は龍燈と申します。ミカ様にお願いをしに参りました!」
妖が自己紹介してくれた。
ハルカは目をぱちぱちさせている。
三人は歩き出した。
「それで、お願いって?」
ミカが訊ねる。
「はい! 私は一二〇〇年燃え続けているという、霊火、消えずの火を見たいのです」
「あぁ、観光客の方か……」
ハルカが勝手に納得している。
「了解! じゃあロープウェイに乗ろう」
ハルカが案内してくれた。
霊火は山の上のお寺にあるのだ。山登りをするか、ロープウェイに乗るか? どちらかしないと辿り着けない。
ロープウェイに乗る三人。
「高い……下に木がある! すごい!」
初めてのロープウェイに妖がはしゃいでいる。
桜の精といい、龍燈といい、妖はすごく素直なのかもしれない。
そんなこんなで獅子岩駅に着いた。山の上である。
「ここから歩くのか……行くか! 暗くなる前に帰りたい」
ハルカが看板で確認している。
ミカは当たり前に、一緒に付いてきてくれるハルカに今更ながら感謝した。
私だけだったら、道に迷うかもしれない。
「龍燈さん、そちらの世界で噂になってるって夢でシロが言ってたんですけど」
ミカがこそこそ聞く。
「桜の精がすごく感動してて、周りに自慢してました。今、妖達は自分なら何をしたいかって話題で持ちきりです!」
ミカは頭を抱えた。
それって妖達に振り回される前触れでは?
「あったぞ!」
ハルカが指をさす方向にお寺、大聖院が見えた。
「ほお! ここにあるんですね」
今にも走り出そうな龍燈を宥めながら、霊火のもとへ向かう。
「不思議だよね、ずっと燃え続けている火なんて」
「弘法大師が修行した火らしい」
もうすぐ夕暮れになる時間、人はまばらだ。霊火もよく見える。
鉄の釜が火の上にかけられている。
炎は一定の大きさで燃えている。
「わぁ〜! こんな風になりたいな〜……」
龍燈は感動して食い入るように見ている。
良かった。
ミカはそんな姿を見て嬉しくなった。
お寺にはお守りが売っていた。
「願い叶う守りだって! 龍燈さん! これどう?」
ミカが龍燈に薦める。
「私はお守りは大丈夫です。それに願いは今叶いましたから」
晴れやかな笑顔である。
確かに願い叶ってるもんね……
小ぶりでかわいいお守りは、女の子の大半は好きだろう。お守りをじっと見つめるミカ。
「やば! 時間! 早くしないとロープウェイ終わっちゃう!」
ハルカが慌てている。
ロープウェイの運行が終わってしまったら、徒歩で下山するしかない。
「急ごうか」
ミカが言う。
ちょっと欲しいけど急がなきゃ。後ろ髪を引かれながら走る! おかげで、ロープウェイ終了時間にギリギリ間に合った。無事下山できたのも束の間、フェリー乗り場へと向かう。
「私はここで。本当にお世話になりました。気をつけてお帰りください」
「龍燈さんも、気をつけて」
「暗くなったら、海の沖の方を見てみてください。私が見えるかもしれません」
見える?
手を振って別れる。
夕暮れだ。船が出発する。
「なあ、あれ…」
ハルカが気がつき、ミカに伝える。
沖の方を見ると、柔らかい明りが見えた。灯篭のようなオレンジの光…
怪しく揺れて、ほどなく消えた。
「すごい……」
ミカは妖の炎に見入った。
電車の中、並んで座るハルカとミカ。
「やるよ」
ハルカが白い紙に入った物を、ミカに差し出した。
「これって……?」
「欲しそうかなって思って、ミカと龍燈さんが霊火見てる間に買っといた」
そっけなく言う。
「もらっていいの?」
ミカが静かに聞く。
「いいよ」
受け取って笑顔になるミカ。
「開けていい?」
頷くハルカ。
小ぶりなお守りはピンクと白で、とても愛らしい色だ。
こんなかわいいお守りを、ハルカが私に選んでくれた……
そう思うと嬉しいの同時に、何だか恥ずかしくなった。
「ねぇ、信じられない話でもいいから、この前と今日の事、事情があるんでしょ? 教えてよ」
ハルカが真剣にミカを見る。
「……分かった」
ミカはハルカに、起こっている事を話す。
「夢か……別の世界……確かにミカ急にいなくなってたよな……」
ハルカが頑張って話を整理している。
「あ!」
ミカは唐突に思い出す。
「どうした?」
「龍燈に帽子渡したまま、返してもらうの忘れてた!」
家に帰宅すると、母が仁王立ちしていた。
「ミカ、何時だと思ってるの?」
時計は一九時を過ぎていた。
「はっ!」
連絡するの忘れてた……というか、スマホを家に置いたままだった。これはまずい。
「おばさん、こんばんは〜」
ハルカが顔を出す。
「あら、ハルカ君! 二人で出かけてたの?」
鬼のような顔が元に戻る。
「現地に他の友達も一緒で……」
ミカが答える。
「楽しくて夢中になっちゃって、連絡するの忘れちゃってすみません!」
ハルカが何故か母に謝っている。
「ハルカ君がいたなら安心だわ。ミカ、次からはちゃんと連絡してね!」
なぜハルカが言えば納得するのか?
「じゃあね、ミカ」
ハルカが手を振る。
「うん。また」
ドアが閉まる。
「ミカは小さい時から、ハルカ君に面倒見てもらってたもんね〜。今も変わらないのね!」
母がニッコリ笑ってそんな事を言っている。
「そんなこと……」
ないとも言えないミカである。
母の中で、幼なじみの評価が高いことは分かった。
自分の部屋で、カバンからお守りを大事に取り出す。
「ハルカにお礼言ってないや……」
明日はちゃんと言おうと気合を入れるミカだった。




