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カノンは早速、剣を使っておどろくほどたくさんのことをしました。
村を出ると、剣はランプのように輝き、行く手を照らしてくれました。集まってきた妖精とおしゃべりをして、人間の作った建物が妖精道をふさいでしまったことを聞くと、剣でその建物を切ってやりました。何日も雨が続いて水浸しの町では、雲をいくつにも切り裂いて、空を晴らしました。逆に、日照りで井戸の水がかれてしまった村に来ると、剣で水のありかを探り、井戸をこしらえてやりました。
本当に、剣にできないことは何一つないようです。ただ物を切るだけでなく、不思議な魔法がそなわっているようでした。カノンの噂は、瞬く間に広まりました。誰もがカノンをあてにして、大歓迎するのです。
ある時、滞在していた国の王様の使者がやってきて、カノンに言いました。
「王様が、君に会いたいと言っている」
何かごほうびをもらえるのだと思ったカノンは、喜んでついていきました。
ところが、お城にのこのことやってきたカノンを見るなり、兵隊はカノンを捕まえ、剣を取り上げた挙げ句、牢屋に放り込んでしまいました。
王様は、どうしてもカノンの剣がほしくなったのです。
「この剣さえあれば、戦争にも勝てるし、何でもかなえられる。娘は魔女だと告発して、適当に殺してしまえばいい」
牢屋で、カノンはがっかりしていました。彼女は剣を人助けにしか使っていないつもりでした。そして、人々の願いは何でもかなえてきたのです。そのお返しが、これとは!
「あの王様、まるで分かっちゃいない!」
カノンはむくれましたが、そのうち何とかなるだろうと思い、牢屋で大人しく過ごしていました。どのみち剣がなければ、脱出することもできないでしょう。
退屈になったので、牢番にランプを貸してもらい、壁の落書きを眺めて時間をつぶしました。
「王様に捕まった人って、いっぱいいるのねえ」
壁に書かれているのは、名前や故郷、大事な人へのメッセージなどです。自分も何か書いた方がいいかしらん、とカノンは思いました。後で牢番にペンも貸してもらおうと思った時、ふとある名前が目に止まりました。
『ボレロ』
知らない名前です。書いてあるのは、それだけでした。どんな人かも、どうして捕まったのかも分かりません。
「ねえ、おじさん!」
カノンは牢番を呼びました。
「ボレロって人、知ってる? ここにいたことがあるらしいんだけど」
「ううむ、聞いたことがある気がするが……」
親切な牢番は、腕を組んで考えこみました。
「……たしか、ずいぶん昔に、嬢ちゃんと同じような理由で捕まった奴だったかなあ。なかなか年を取った男で、剣を持っていたんだ。ほら、ちょうどそんな剣……」
牢番はカノンの手元を指さし、それからおどろきました。カノンもです。いつの間にか、剣が自分のところに戻ってきていたのですから。
「ロンドおじさんが言ってたこと、ほんとだったんだ。剣は、手放しても戻ってくるって!」
カノンは剣を構えて言いました。
「おじさん、この檻を切って、逃げ出してもいい?」
「だ、だめだ。わしが王様に怒られてしまう」
「そっか、たしかに」
その時、どたどたとたくさんの足音がして、王様や家来が駆け込んできました。そして剣を持ったカノンを見ると、さけびました。
「剣が、わしの手から消えた! お前が魔法を使ったのだな!」
「あたしじゃないもん! この子だもん!」
「うるさい! お前の首を切ってくれる!」
王様がそう命ずるので、カノンはもちろん逃げました__王様の仕打ちへの仕返しに、城を四つに切り分けて。
カノンは自由の身になったけれど、同時におたずね者にもなってしまいました。恐ろしい魔法を使う魔女だと王様に広められて、誰も仲良くなってくれないのです。
それどころか武器を手に襲いかかってくる大人ばかりなので、カノンは剣で立ち向かいました。どんなに強い大人もカノンの剣にはかなわず逃げていくのですが、カノンはますます一人ぼっちになっていくのでした。
カノンは、顔や剣を隠して旅をするようになりました。けれど、ひったくりや強盗など、ならず者が悪事を働いているのを見ると、ついこらしめずにはいられないのでした。
ある時カノンは、小さな子どもをいじめている少年たちを見かけて、止めに入りました。少年たちがカノンを馬鹿にするので、剣を抜き、目も眩むような光を投げかけてやりました。
少年たちは「魔女のカノンだ!」とさけび、逃げていきます。カノンが子どもの方を向いてほほえむと、子どもはすっかりおびえて、泣きだしてしまいました。
戸惑いつつ子どもに近づこうとするカノンに、後ろから声がかかりました。
「駄目だ、そんな風に魔法を見せびらかしては」
叱るようなその声にはっと振り向くと、マントにすっぽり身を包んだ男が立っています。
「それはいつか命取りになる。人が見ているところでは魔法を使ってはいけない」
それだけ言って、男はカノンに背を向けました。カノンは彼に呼びかけます。
「ボレロ? あなた、ボレロって人なの?」
男は首を振り、去っていきました。追いかけても、もうどこに行ったのか、見つけることはできません。
カノンは、暗い気分で町を歩きました。
「魔法を使ってはいけないの? こんなに何でもできるのに。剣だって、魔法を使うのが楽しいのに……」
最初のころは、皆がカノンの魔法を喜んでくれました。王様に捕まってからです。カノンが魔女だ何だと憎まれ、恐れられるようになったのは。
「みんなを助けるためにしか、魔法を使ってないのに。良いことをして、何故いけないの。どうして隠さなきゃいけないの?」
むしゃくしゃした気分になると、隠し持った剣までもがさわいでいるようでした。カノンは剣が静かになるまで、ひたすら一人で歩き続けました。
けれども、剣は日に日に激しく暴れるようになりました。カノンが泊まった宿屋の壁にいくつもの切り裂き跡が残り、カノンがちょっと見ただけの人が魔法で動けなくなってしまい、しまいにはカノンが剣を抜くと、空高く飛び上がってしまう始末です。
カノンが眠っている間、誰かがしつこく彼女の名を呼びました。
『カノン、カノン』
「誰!」
目を覚ましても、側には誰もいません。剣が月そのもののように、まばゆく光っているだけです。カノンはすっかり腹を立てました。だって、まぶしい光の中ではなかなか寝れず、ようやく慣れてきたところだったのですから。
「もう、知らない!」
毛布を被っても、あの声は耳元で聞こえます。
『カノン!』
かわいそうなカノンは、しくしく泣きました。剣を捨てたり、誰かにあげてもだめだというのは、ロンドの話で分かっていました。それに、こんな剣を誰がもらってくれるでしょうか?
辛い日々を送っていたカノンは、ある時、旅芸人が広場で歌や踊りを見せているところに出会いました。歌の次は手品です。まるで魔法のような手品に、人々は大きな拍手を送っていました。カノンが魔法を使った時と大違いです。
「そうだわ。手品だってことにして、魔法を見せたらどうなるかしら」
カノンは急いでその場を離れ、また別の広場にやってきました。さてそこで何をすればいいのか分からず困ってしまいましたが、とりあえず故郷の村でよく歌った歌を歌いました。
つつましく、そして自由に生きられること
それが天からの贈り物
自分のいるべきところが分かること
それも天からの贈り物
きっと分かる、私のいるべきところは
愛と喜びの谷間なの
真実を見つけたら
どんなことも楽しくなる
変わることは喜び 学ぶことは希望
変わり続けよう あなたに会えるまで
不思議なことに、カノンの歌に誰かが加わり、合唱してくれました。広場にいた人々は黙ってカノンの歌を聴き、終わった時には大きく拍手をしてくれました。
「いやあ、よかった」
「素敵な歌ね。もう一回歌ってくれない?」
そう口々にほめられ、カノンは久しぶりににっこり笑いました。そして、いろんな歌を歌ったり、剣で手品(本当は魔法なのですが)を見せてあげました。
一休みして、もらったお金でおやつを食べていると、歌を聴いていた一人の女性が、近づいてきました。
「あなた、一人で旅をしているの?」
「ええ、そうです」
「まだこんなに小さいのに」
そう言われても、カノンはもう、十二歳です。村を出てから二年は経ったのですから。
「ずっと歌を歌って回っているのね」
カノンは首を振りました。
「実は……歌は、今日はじめて歌ったんです」
おどろく女性の顔を見て、カノンはちょっぴり誇らしい気分になりました。
「おどろいた。あんなに堂々と歌っていたのに」
そう言って女性は、屋台で売っていたレモネードをごちそうしてくれました。
「メディアの谷って知ってる?」
カノンはまた、首を振りました。
「そこはね、山々で囲まれた、谷間にある小さな村よ。そこに住んでいる人たちは音楽と……これは秘密だけど、魔法が大好きなの」
カノンはおどろきました。
「音楽を学びたい人たちの、憧れの場所だそうよ。もし旅を続けるのなら、その谷を目指して見たらいかが?」
カノンは剣を抱きしめ、うなずきました。そして顔を上げた時、女性の姿はどこにもありませんでした。
メディアの谷を守る山はどれも高く広く、人が通れる道もほとんどありません。けれどカノンの剣は、行く手を阻む枝葉を切り払い、獣たちを脅し、ひたすら歩くカノンを守ってくれました。
夜、カノンは地べたに寝転がり、剣で空に絵を描きました。剣はひとりでに動き、獣やら花やらお城やら、いろんなものを描いてくれました。山に来てから、剣も生き生きしているような気がします。カノンもずっと気分が楽でした。どんなに不思議なことが起こっても、誰も見ていないのですから。
お腹が空いた時は、剣と一緒に食べられそうな木の実を探したり、川で魚をとりました。そして、あの女性の言葉を思い出し、歌を歌いながら歩きます。剣で戦ったり無茶なことをして人を助けるより、自分は歌を歌う方が好きなのだと、カノンは気がつきました。
そしてとうとう、カノンはメディアの谷にたどり着きました。静かな谷間に家がいくつもあり、煙突から煙が出ています。その中の一軒の戸を叩くと、中から人が出てきました。
出てきたのは、同い年くらいの女の子でした。カノンを見るなりにっこりして、彼女は言いました。
「こんにちは。あなたはだあれ?」
「あたしはカノン。えっと……」
カノンは口ごもります。こんな時、何と言えばよいのでしょう。
その時、奥からもう一人、出てくる者がいました。背の高い男の人です。カノンを見るなり、感心したような声を上げました。
「よく、ここまでやってきた」
その声には聞き覚えがありました。一度、カノンをしかりつけた男の人です。彼らはカノンを家の中に招き入れました。
「ようこそ、メディアの谷へ。もしよければ、魔法の使い方を教えてあげよう」
「それよりも、わたしと遊ぼう!」
その家の女の子が、カノンの手を引きました。
「ね、ね、ずっとここにいるでしょ?」
カノンは、さっきから静かにしている剣を抱きしめ、おずおずとうなずきました。
「その剣、あなたが作ったのね」
女の子の言葉に、カノンは首を振ります。
「ううん。__あたしの知らない男の人が、うんと昔に作ったんです」
「どれ、見せてごらん」
男の人が剣を受け取り、じっくりと調べます。
「やはり。古めかしいが、この谷で鍛えられた剣とよく似ている」
カノンは、ふと尋ねました。
「あの、ボレロって名前の人を知っていますか?」
「ボレロ?」
女の子も、男の人も、その名前のことは知りません。けれど、家を出て、谷に住む人々にあいさつをした時、年老いた女の人が言いました。
「私の大叔父さんが、そんな名前だったよ。まだ若い時にここを出て、それっきり戻ってこなかったんだ。その剣も、ボレロが作ったものだ」
剣の握りに、ボレロの名が彫られているはずだと彼女は言いました。谷ではそうする習わしだと言うのです。けれども剣を調べると、ボレロでもロンドでもなく、カノンの名前がくっきりと刻まれていました。
それからカノンは、すっかり仲良くなった女の子や、他の子どもたちとともに魔法や歌を学んでいます。いつかはまた谷を出て、冒険に乗り出すかもしれません。けれどもそれは、まだ先のお話です。剣も、それで満足しているようでした。




