第7話『招待状』
「やば……マジで来た」
ラボに響の声が響く。スマホの画面を見せつけながら、鼓太に歩み寄る。
「“高校ダンス甲子園 九州ブロック大会”の招待状。公式アカウントからDM来てた」
「本物……だよな、これ」
鼓太は驚きと緊張の混じった声を漏らした。
「『伝統と革新の融合。足音で魅せるステージ、期待しています』……だってさ」
響の手が少し震えていた。
それが、ワクワクなのか、不安なのかは、まだ誰にも分からなかった。
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会場は、福岡市内のホールだった。
ステージには黒幕とプロ仕様の照明、音響。
控室には各地から集まった猛者たちの声が飛び交っていた。
「すげえ…なんか場違い感ハンパねえな」
桑原が苦笑しながら言った。
プログラムを見ると、強豪チームの名前がずらり。
その中には、去年の優勝校「翔英アクティブアーツ」の名もあった。
「しかもウチ、その翔英の一個後だよ……」
鼓太が冷や汗をかく。
それでも、3人は気を引き締め、リハーサルに臨んだ。
観客席は空っぽだが、ホールの広さと照明の熱だけで、空気は重く感じられた。
「じゃあ、響鼓チーム、リハーサルお願いします」
スタッフの声でステージに上がる。
スポットが一灯、照らされる。
響が一歩、ステージ中央に踏み出す。
しかし次の瞬間――
足が止まった。
まるで舞台の床に根が張ったように、まったく動けなくなった。
額から汗が伝い、呼吸が浅くなる。
(……まただ。やめて……来ないで)
記憶の底で、観客の失笑、先生の溜息、仲間の視線――
過去のステージで失敗した日の記憶が、響の体を硬直させる。
「響!」
鼓太が叫ぶ。
タップの音も、太鼓も止まり、響だけが凍りついていた。
スタッフが慌ててマイクを切り、リハーサルが中断された。
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楽屋裏。
響は膝を抱えてうずくまっていた。
自分の心臓の音が、地鳴りのように聞こえる。
「……ごめん。無理かも。あたし、やっぱり……ステージが怖い」
鼓太はゆっくり隣に座り、少しの沈黙のあと口を開いた。
「……あの時、下駄を見て言ったろ?“音がいい”って。俺、あの瞬間、響が本気で好きになった」
「え……」
「見てたよ。動きも、音も、全部が真剣でさ。こいつ、命懸けで踊ってるって思った。だから――俺も命懸けで作った」
鼓太は鞄から一本の下駄を取り出した。
それは、父と祖父がかつて試作していた“軽量・響き重視”の特製モデル。
鼓太が、自分の足音に最も近い形で削り直したものだ。
「これ、響のために作った。響の音が、また鳴るようにって」
響は、その下駄を見つめる。
木目の模様が、どこか手のひらに似ていた。温かくて、支えてくれる手のような。
「響。怖くてもいい。震えててもいい。でも、俺が支えるから。踊ろう、明日」
その言葉が、彼女の心をほどいていった。
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翌朝、会場に入った響は、静かに新しい下駄を履き直した。
「……この音、鳴らすよ」
「鳴らそうぜ。あの夜の続き、ここでやるんだ」
本番は、すぐそこまで迫っていた。