第6話『初ステージ』
日田の夜空に、提灯の光とざわめきが漂っていた。
川開き観光祭。
この町最大の夏の祭りは、人であふれかえっていた。
「いけるか?」
倉庫の裏――“ラボ”の控えスペースで、太鼓の桑原がバチを肩にかけて訊く。
「下駄の音、いつもどおり出すよ」
鼓太が、祖父が手がけた一本歯の下駄を履き直す。
「……踊るのはあたし。けど鳴らすのは鼓太と桑原。3人でやろう」
響が深く呼吸して、足を踏みならす。コッ、と軽い音。
「“あたしら”の音、鳴らすよ」
「おぉ、鳴らしてこい」
•
「お次は、地元高校生チームによる“特別パフォーマンス”! タップ?太鼓?下駄?なにそれ!」
司会の声が響くと、観客がざわついた。
ざわめきの中、3人がステージへと登場する。
一礼。
そして、桑原が太鼓の構えを取る。
響がスマホを出して音源を再生。
ベースに乗るように、桑原の太鼓が鳴った。ドン、ドドン。
そこに鼓太の足音が差し込む。
カッ、ココッ。
観客が「……下駄の音?」と声を漏らす。
その音はただの木の響きではなかった。弾むように軽やかで、打楽器のように芯がある。
響が回転して一歩、踏み込む。タカッ。
下駄の音が響く
そこからは一気だった。
桑原の太鼓がリズムを刻み、鼓太が下駄で応える。
響がステップを踏みながら跳ね、回転し、ストンプ。
タップと下駄の音が混じり、太鼓の重低音が支える。
木と金属と皮――音の三重奏が、日田の夏に響き渡った。
響はクルリと回転しながら、しゃがみ込み、フロアに突入。
ブレイクのスウィープ、ウィンドミルへと滑らかに移行し、そのすべてに下駄が鳴る音を絡めてくる。
それはもう“踊り”というより“演奏”だった。
観客は誰も声を出せなかった。
ただただ、足音に聞き入っていた。
最後、鼓太の下駄と響のタップが一歩ずつ重なる。
桑原の太鼓が「ドンッ」と一発、締めの一撃を放つ。
――静寂。
そして、
「すげぇ……!」「なに今の!」
大歓声が一気に爆発した。
•
ステージ裏に戻ると、3人は黙って顔を見合わせた。
「鳴ったな」
「鳴った」
「……うん。鳴った」
響がスマホを見ていた。
「動画、投稿したやつ……もう数千再生いってる。“#下駄ダンス”でバズってる」
鼓太は、ふと工房の棚にあった一本の下駄を思い出す。
祖父が昔作って、誰にも渡さずに残していたもの。
その歯の音が、さっきの響きに少し似ていた気がした。
家に帰ると、工房の明かりがまだついていた。
「じいちゃん……」
誠一は、作業台で木片を削っていた。
「……やってきたな」
それだけ言って、手を止めない。
「動画、見た。見事な音やった。……“音を立てる下駄”が、まさか踊るためのもんになるとはな」
「……俺、履いて踊ったよ。みんなの前で、響と、桑原と」
「見りゃわかる。履かせたの、わしの下駄やしな」
鼓太は、胸の奥が熱くなった。
「じいちゃん、俺、未来に履いてく。下駄で、行けるとこまで行きたい」
誠一はふっと笑った。
「じゃあ、もっと作らなな。……鳴るやつを」
その夜、響からメッセージが届いた。
《実行委員からDMきた。“高校ダンス甲子園”、出てほしいって。招待枠》
スマホ画面の向こうで、また何かが始まりそうだった。