第5話『祖父との確執』
夜の荒瀬下駄店。
店じまいを終えた工房には、木の香りと灯りが、まだ静かに漂っていた。
「じいちゃん……ちょっと、話ある」
棚から一足の下駄を取り出していた祖父・誠一が、ゆっくりと振り向く。
「何じゃ。えらく改まって」
「俺、いま――」
鼓太は息をひとつ吸い込んだ。
「……下駄で、ダンスしとる」
「……は?」
一拍の沈黙。
次の瞬間、誠一の眉がピクリと動いた。
「踊り?下駄で?」
「タップとか、ブレイキンとか……いろいろ混ぜて。河川敷の倉庫で、響ってやつと練習しとる。」
祖父の手が止まった。
「お前……そんなふざけたことに、下駄を使うとるんか」
「ふざけとらん。音がええんよ、下駄の音。叩き方や角度で全然ちがう。生きた音が出る。響も言うた。これは革命や、って」
「革命……?」
誠一の声は、乾いていた。
「お前な……この町で、下駄がどう扱われてきたか知っとるか」
「……?」
「“古い”“だせえ”“誰が履くんや、こんなの”。わしはな、それを毎日聞いてきた。
百貨店に並んだって、海外に送ったって、誰も履かん。どれだけ工夫して作っても、結局は“時代遅れ”や。
笑われて、忘れられて、それでも作り続けたんじゃ。職人の意地でな」
鼓太は、祖父の拳がわずかに震えているのに気づいた。
「……わかっとる。でも、俺は……それでも履きたいんよ」
「なぜじゃ」
「じいちゃんが作った下駄、音がええんよ。俺、最初に響のタップ見たとき思った。
“これにあの下駄の音が加わったら、絶対すごいもんができる”って。
……実際、すごかった。誰にも真似できん音が鳴る。リズムになる。踊りになる」
誠一は目を細めた。
「そりゃ、遊びじゃ。伝統をバカにする気か」
「違う。伝統を、**“前に進めたい”**んよ。
守るだけじゃなく、進めることもできるって、俺、響に教わった。
これはもう、“履くため”だけの下駄やない。音を鳴らすための下駄や。
俺は、下駄で未来に行きたいんよ!」
叫んだあと、鼓太は自分の声に驚いていた。
胸が、熱かった。
誠一はしばらく黙っていた。
やがて、下駄をそっと棚に戻し、工房の奥に歩いていく。
「……勝手にせえ」
「……え?」
「その代わり、壊すな。お前が履いとるそれは、音を鳴らすために削った一本歯や。
わしが“まだ見ぬ客”のために削った、最後のやつじゃ。
履き潰すなら――ちゃんと、音を鳴らしてこい」
背中を向けたまま、誠一はそう言った。
•
その夜、鼓太は河川敷の倉庫――“ラボ”へ走った。
夏の夜風が心地よい。
「どうだった?」
響がスマホ片手に訊いてくる。
「ぶつかった。……でも、言えた」
「そう」
「じいちゃんの音を、前に進めたいって。下駄を未来に連れて行くって」
響はふっと笑った。
「なら、連れてくために日田の夏祭り出ない?ここにエントリーシートあるんだけど?」
「出るぞ!“下駄の音”鳴らすんやけん!」
鼓太は下駄を履き直し、響と向かい合った。
倉庫の床に、またひとつ音が刻まれる。
それは過去から受け継いだものではなく――確かに、今生まれた音だった。