第3話『反発と協力』
「下駄でダンスなんて、前代未聞だぞ!」
職員室で、顧問の体育教師・松尾が声を荒げた。
その前で神崎響は、動じずに頭を下げていた。
「でも、やりたいんです。音が、あるから」
「床が傷む。事故もある。そもそも伝統を遊びで使うなんて――」
「遊びじゃありません。挑戦です」
声の強さに、松尾はたじろいだ。
だが隣に立つ鼓太は、うつむいたままだった。
(俺……よう言わん)
「協力者が下駄屋の孫? もっとしっかりしろ、荒瀬」
鼓太は反論できなかった。
その日から、響は放課後の講堂を使えなくなった。
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河川敷の倉庫に、響と鼓太は練習場所を移した。ほこりと湿気のこもるプレハブ。
床の軋みがステップに響く。
「……やっぱ響くね、こういう場所のほうが」
「それ、皮肉か」
「本気のやつだよ」
ふたりの練習は続いていたが、どこか音が噛み合わない。
踏み出すタイミング、跳ね返り、ずれたリズム。
「……だめだね。鼓太くんの音、迷ってる」
「お前のが速すぎるだけやろ」
「速さじゃなくて、“乗ってない”の。音楽に」
鼓太は言い返そうとして、ふっと黙った。
確かに、いまの音はどこかぎこちない。奏でるというより、鳴らしているだけだった。
そんなある日。倉庫の外から、力強い音が聞こえてきた。
ドン、ドン、ドドン……!
「……太鼓?」
外には、和太鼓部の主将・桑原大地がいた。がっしりした体格で、頬に汗を光らせている。
「ちょっと見てた。面白ぇことやってんな、お前ら」
「桑原先輩……聞こえてました?」
「床、鳴らすって意味じゃ、太鼓もダンスも一緒だろ」
響が目を輝かせた。
「……ねえ、一緒にやりませんか? 足音と太鼓のコラボ!」
鼓太が思わず遮った。
「無茶やって! テンポ合うわけ――」
「やってみろって」
桑原は太鼓を構え、静かにバチを振る。
トン、……トン、タッ!
そのリズムに、響の下駄が応えた。
カン、コーン、パチ!
重ねるように、鼓太もステップを刻む。
トン、カカッ、ズン、パチ!
音が、揃った。
ドラムのような太鼓の打音に、下駄のビートが乗る。
打ち合うのではなく、支え合うように。鼓太の足が、自然と跳ねた。
「……今の、なんや?」
「やっと“乗った”じゃん。鼓太くんの足音」
桑原はにっと笑った。
「音、混ぜるの、楽しいぞ。下駄、もっと鳴らしてこい」
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その日の帰り道。
「どうだった、太鼓の音?」
「……あいつ、えぐい」
「でしょ? ね、やれると思う?」
「……思うようになってきた」
鼓太の言葉に、響が笑った。
「よかった。だってさ、この道、簡単じゃない。でも……」
空を見上げる。
夏の夕空に、響の言葉が静かに舞った。
「響いた音は、消えないんだよ」
鼓太はその言葉を、心に刻んだ。