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ある僧の旅と瞼

作者: 八崎節子

 ショウシャンは商家出身の若い僧である。


 家の主たる祖父の三男の四番目の子にあたる。父は一家の商売の一翼を担っていたが、ショウシャンはあいにくと商売の才がなかった。


 とにかく人を疑わない。


 持っている物を残らず人にあげてしまう。


 計算も早く人に接するのも話すのも好きなだけに、特に父は彼の人の良さを嘆いていたが、嘆くだけ嘆くと後は見切りをつけ、町と懇意にしている、山麓の寺に入れさせた。


 寺は修業は厳しかったが、ショウシャンの人の良さを受け入れてくれるだけでなく、帳簿をつける能力も重宝してくれるなど、ショウシャンに合っていた。




 ある日、実家の祖父が死んだと知った。呼ばれたので葬儀を手伝うのかと思いきや、祖父の遺言で、蔵の一つを開ける鍵を取りに、国の外れの洞窟へ行く者にショウシャンが指名されていたという。




 ショウシャンは町を出、国の外れを目指した。それは初めての旅だった。


 やがて国外れの洞窟で、ショウシャンは影に出会った。それは人であった偉大なるものであり、祖父の古い友だと知った。彼は祖父の死を悲しみ、ショウシャンの話をねだった。祖父は定期的に彼に様々な話をしに来ていたのだ。


 もう二度と来るべきではないと影は言った。去り際、蔵の鍵を渡しながらショウシャンの瞼を影が撫でた。これからはショウシャンの瞼を通して影は、そして死んだ祖父は世界を見るのだと言った。




 故郷に戻ったショウシャンは鍵を渡した。実家はねぎらいの言葉だけをかけてショウシャンを寺に帰るよう告げた。しかし出ようとした町の中で監視の目があるのを感じた。実家でもショウシャンに情を持ってくれていた乳母だった女が、彼が鍵の他にも持ち帰った物があるのではと疑われている、と告げてくれた。


 旅費の残りである持っていた金を礼として女に渡すと、ショウシャンは寺への帰路で、一日ずつ、夜に休んだ所へ持っていた物を置いた。水を入れる革袋だけは最後の、寺への山道の途中に置いて行くと決めていたが、後は適当に、着ている衣すら置いていった。去っていくらもせずに、誰かがショウシャンの置いた物に飛びつく気配を感じた。




 遂に寺への山道の手前にある麓の村に入ると、僧であるショウシャンの、革袋だけを持っている今の姿に、村人はただならぬものを感じて隠れた。


 山道に入ると、ショウシャンは革袋を閉じた瞼の上に置いた。ショウシャンの体の脂と革袋の中の僅かな水を狙って、虫が飛び回った。


 仕えるかたへの言を唱えるとショウシャンは水袋を地面に置いた。もはや数歩離れた所で、水袋に近づく音がしても、彼は決して振り向かなかった。





 山頂には寺の門番がいた。ショウシャンの何も持たない姿に一切動じずに、門を開けた。


 ショウシャンは寺を見上げ、深く礼をすると、彼のあるべき世界へと戻って行く。


 頭上に影が差し、瞼に冷たいものが落ちてきた。雨が降る兆しであった。




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