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第15話 街へ

「……王家主催のダンスパーティーに、私たちが?」

「婚約の件を正式に周知させるつもりだろう。もっと後とばかり思っていたが、こんなに早く機会が訪れるとは」


 朝方、学園へ向かう準備を整えていた俺たちの元へ届けられた一通の手紙。

 送り主は国王……クソ親父で、その内容が俺とリリーシュカをメインとしたダンスパーティーの開催についてだった。


 タイミングがいいのか悪いのか判断に困る。

 レーティアの協力もあってリリーシュカのダンスの腕は確実に上達している。

 だが、貴族諸君の前で安心して披露できるほどではない。


「ダンスパーティーってことは私も踊るのよね」

「そりゃそうだろ。主賓が踊らないは無理だ」

「踊れる自信なんてないわよ。リードしてもらってギリギリ壊れかけの人形みたいな踊りなのに……」

「なんとかするしかない」

「無茶言わないで。というかドレスなんて持ってないわよ?」

「二人で用意してこいってことらしい。王家の支払いでいいみたいだぞ」


 パーティードレスなんて普通の学生には高い買い物だ。

 王家が負担するのは当然と呼べなくもないが、ヘクスブルフ側で用意するのが自然に思える。

 それがないのは……リリーシュカがヘクスブルフで邪魔者のように扱われていたことと繋がるだろうか。


「てことで明日は仕立て屋に行くぞ。面倒は早めに片付けたほうがいい」

「…………そうね」


 逃げ場がないとわかったリリーシュカは意気消沈しながら項垂れ、明日の予定が決まるのだった。



 ■



「折角の二度寝に丁度よさそうな日に外出する羽目になろうとは」


 翌日。

 寮から出て見上げた空は澄み切った快晴。

 引きこもり体質の俺としては強いと感じる陽射しを一身に浴び、あまりの眩さに目を細めながら手で目元に影を作る。


 今日の目的は街の仕立て屋……王家御用達のそこでリリーシュカの採寸などを済ませ、ドレスを仕立ててもらうこと。

 もしも気になる店があれば寄ってみてもいいとは思っているが、俺の方から言い出すことはないだろう。


 服装は二人とも学園の制服。

 どこでもこれ一つで行けるのは服装にバリエーションを望まない人間としては非常に楽でいい。

 俺が持っている服は堅苦しい礼服か緩い部屋着か制服くらいだし、リリーシュカも同居初日に見た荷物量からして似たようなものだろう。


「一人で行かせる選択肢はないから俺も行くが」

「私、子どもだと思われてる?」

「深読みするな。王家御用達の仕立て屋なんだから俺が顔を見せた方が話が進むだろう?」

「それはそうだけれど……緊張するわね。私、学園の外に出たことが片手で数えるほどしかないから」

「学園生活に必要なものは購買部で一通り揃えられるからな。外で気晴らしをするのも悪くはないが、リリーシュカはそんな柄じゃないか」


 どちらかと言えば自室で静かに紅茶を飲みながら穏やかに過ごす姿が似合う。

 実際に花嫁授業がなければ部屋で過ごしていることが多い。


「……そうね。私は誰かとお出かけをするような経験がなくて、気晴らしをするような場所のあてもないの。だから――今日はエスコートを期待してもいいかしら?」

「期待はするなよ。俺だって街を隅々まで知っている訳じゃないし、エスコートの経験も……いや、なくはない、のか?」

「…………念のために聞いておくけれど、誰としたことがあるの」

「そんな興味を持つところか? レーティア以外ありえないだろ。色々あって城を抜け出して街を巡ったことがあってな。裏では護衛がついていたわけだが、あれをエスコートと言っていいなら二度目になる」


 やっていたことは脱走からの逃避行だが一応はそれなりの理由があり、それをクソ親父やルチルローゼの当主がわかっていたからすぐに追手に捕まることはなかった。

 あれは……まあ、楽しかった思い出だな。


 思い出に浸っていると、リリーシュカがなぜか複雑そうな顔をしていた。

 婚約者の立場にあるリリーシュカに仲が良くとも元婚約者の話をするべきではなかったか。


「その顔、まさか嫉妬してるのか?」

「違うわよ。ただ、そういうのを聞くと、あなたにはやっぱりティアの方がお似合いなんじゃないかと考えてしまうだけ」

「政略結婚に似合うも似合わないもない。国同士の決定に俺たちが口を挟める隙はないだろう?」

「……そうね。今のは忘れてちょうだい。それより早く行きましょう? 悠長にしていたら日が暮れてしまうかもしれないわ」


 そう俺を誘うリリーシュカは普段よりもそわそわとしていて落ち着きがない。

 なんだかんだで外出を楽しみに感じているのか?


 なんでもいいかと思考を打ち切り、学園の門にある受付で手続きを済ませてから久方ぶりに敷地を出た。





 学園を出た俺たちは路面魔車に揺られること数十分ほどで首都クリステラの中央付近に建つクリステラ駅へ到着した。

 ロータリーは路面電車を待つ人で溢れていて、目を離したらリリーシュカとはぐれてしまいそうだ。


「駅には来たことあるよな」

「当たり前でしょう? どうやっても街に出ないとならないこともあるから。……本当に人が多くて歩くのも大変で人酔いしそう」

「慣れない間はそうなるか。はぐれたら合流するのも一苦労だから離れるなよ」

「先に合流場所だけ決めましょう?」

「駅前の先王像にするか。場所がわからなければ駅員に聞けば辿りつけるはずだ。……大丈夫だよな?」

「そこまで方向音痴じゃないはずよ」


 ……本当か?


 リリーシュカの基礎能力に疑いを持ち始めている俺は訝しみつつ視線を送るも、お上りさんよろしく視線を周囲へ巡らせていたため目は合わない。


 それにしても……かなり人目が集まっている。

 原因は世間に広まった俺の悪評ではなく、隣のリリーシュカだ。


 優秀と名高い魔術学園の制服に加え、大人びた美人寄りの容姿は人目を惹きつけるにはじゅうぶんすぎる。

 口を開かなければ常識がないことも、刺々しい性格も露見することはない。


 だが……これは少々面倒だな。

 変な輩が勘違いをして絡んでこないとも限らない。


 あまり取りたい手段じゃないがリスクを考えるとやむを得ないか。


「リリーシュカ、手を繋いでおこう」

「……一応理由を聞いてもいいかしら」

「深い意味はない。はぐれないようにするのと面倒事を避けるためだ。こうしておけば俺たちの関係性は伝わるだろ」

「理解はしたけれど、それならせめて嫌そうな顔をするのはやめて。私だって嫌われたら普通に傷つくし、悲しいのよ。その相手が婚約者のあなたならなおさらね」


 瞼を伏せながら静かに伝えられ、俺は「悪い」と謝るしか出来なかった。


 これは俺の失態だ。

 人と関わることを避け続けて生まれた歪み。


 他者の気持ちを考えられない。

 考えようとしない、が正しいだろうか。


 少なくともこんな男が一国の王になってはいけないと強く思う。


 軽く咳払いをし、思考を王子としてのそれへ切り替える。

 俺なりの誠意を示すにはこれくらいしか思いつかなかった。


 真っすぐに視線を合わせ、軽くリリーシュカの手を支えながら、


「――なら、改めて婚約者としてエスコートさせてくれ」


 むず痒さを感じながらも意識的に追い出して告げると、リリーシュカは驚いたように目を丸くしながら俺をまじまじと見返してくる。


「…………ウィルってそんな顔も出来るのね」

「これでも王子の端くれだからな。お誘いの返答を聞かせてもらっても?」

「そんなの決まってるじゃない」


 リリーシュカが俺の手を握り返し、普段よりも柔らかい表情を浮かべて、


「私の王子様としてのエスコートを期待しているわ」

「ご期待に沿えるように最善の努力はさせてもらおう」


 自分には似合わない気障すぎるセリフだな。

 疲れるし柄じゃないのはわかっているが――たまには悪くない。


 改めて真正面にいたリリーシュカの顔を覗く形となり、顔色がほんのりと赤くなっていることに気づく。


「ねえ、ウィル。これって俗にいうデート、なのかしら?」

「状況だけ見ればそうだな。あと、顔赤いぞ」

「……うるさい。あなたも少しは緊張する素振りを見せなさいよ。私だけこんなになってバカみたいじゃない」

「照れてる顔も可愛いぞ――なんて言えば緊張が解れたりするか?」


 俺としては本当に緊張を解すためだったのだが、リリーシュカは呆けたように表情を固めてしまう。

 なにかまずいことを言ってしまっただろうか。


 困惑を抱きつつも時間にして数秒ほどで現実に意識を復帰させたリリーシュカは心底不満げに口先を尖らせながら、


「…………そういうことを言っても様になるの、本当にずるいわ」

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