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第13話 その顔は隠し事があるときの顔だよ

「――テーブルマナーはまあ、及第点をやってもいい」


 寮の静かなラウンジにて食後の紅茶を嗜みつつ向かい合って座る緊張した面持ちのリリーシュカへ率直な評価を伝えると、表情を緩めて安堵の息をついた。


 寮で用意された夕食のコース料理は味も申し分なく、久々に食べた俺としても楽しめる内容だったと思う。

 リリーシュカが味をちゃんと感じて食事出来ていたかは怪しいところだが、マナーの方は一緒に食事をしていて不快になることはないレベルだった。

 マナーにうるさい貴族連中が相手だと若干物足りない感じはしたものの、俺のように普段はあまり気にしない人が相手なら最低限といったところ。


「マナーは自分ではなく誰かのためにあるもので、コミュニティーに属するために必要な常識だ。だからマナーのなっていない貴族は爪弾きにされてしまうし、逆にマナーに優れていれば平民であろうとも歓迎され、強い仲間意識を持つことになる」

「私と食事をしていて不快になった、とか?」

「俺はならなかった。これまで食事を同じ場所で取ろうとしなかったのはこれが原因か?」

「……そうね」


 通りで頑なに部屋で食事を取っていたわけだ。

 まあ、今後はマナーの練習のためにも二人一緒に食事することになるか。


 それはともかく、リリーシュカにある程度の基礎があったのは嬉しい誤算だ。


「その採点、どこまで信じていいの?」

「割と甘めに採点したつもりだから慢心はするな」

「……不合格寄りの合格ってことね」

「悪く言えばそうなる。減点した部分は食器の音を立てない、場合によって変わるナプキンの置き方、グラスの持ち方、ナイフやフォークの細かい使い方とかだ」


 ぱっと思いついて直すのが早そうなのはこの辺か。

 一口にマナーといっても国や地域によって細かな部分が変わったりする。

 食文化や環境の違いがそうさせるのかもしれないが詳しいことは知らない。


 俺もちゃんと身に着けているマナーは王国流のものだけ。

 他国のマナーは行く機会がなかったからという理由はあるが多少齧っている程度。


 知り合いで一番詳しいのはノイだろう。

 伊達に何百年も生きていない。

 おまけに超級魔術師ともなれば色んな国に招かれ、上流階級の人間と食事する機会も珍しくない。


 最終試験としてノイとの食事を設定してもいいかもしれない。

 ……対価として何を要求されるのかは考えないことにしよう。


「…………でも、意外と覚えていたわね。最後に意識したのなんて何年も前なのに」

「他は壊滅的だったけどな」

「今から頑張ればいいの」

「体調管理だけは気をつけろよ。学園の授業もあるんだ。詰め込み過ぎで倒れられても俺が困る」

「怠けるラインの見極めが得意なあなたが止めてくれるでしょう?」

「……なるべく迷惑をかけないんじゃなかったか?」

「止めた方があなたにとっての面倒は少ないはずよ」


 そうでしょう? とグラスに残った白ブドウのジュースを飲み切り、俺へ視線を投げてくる。

 ……段々と俺の思考が把握されかけているらしい。


 あまりいい気分はしなかったが顔には出さず、目的も果たした俺たちは片付けを寮の職員に任せて部屋へ戻るのだった。



 ■



 学園での授業を受ける傍ら、リリーシュカとの花嫁授業も並行して行われた。

 成果自体は……正直なところ、あまり芳しくはない。


 これは言い方が悪いか。

 リリーシュカは日々、少しずつ成長している。

 だが、たった数日では付け焼刃以上の効果はないだろうと俺は思う。


「……どうしたものか」


 中庭のベンチにだらしなく座りながら呟く。

 周りには俺と同じく授業が空コマの学園生徒の姿がちらほらとあったが、誰も彼も俺には興味を向けない。


 空は高く、どこまでも青い快晴。

 春先ならではの心地よい気温を運ぶ風に撫ぜられ、ふつふつと眠気が湧いてくる。


 このまま昼寝をするのもいいかもしれない。

 そう思いながら瞼を閉じていると、隣に人の気配を感じた。


「ウィルくん、こんなところでお昼寝?」

「……レーティアも授業がなかったんだな。ここで会ったのは偶然か?」

「実はウィルくんが中庭に向かうのを見かけたから追いかけてきちゃった。なんだか最近疲れている感じがしたから、ちょっとだけ心配で」

「心配されるほど疲れてはいない。気を抜く時間が減ったからその補填をしてるだけだ」

「それを疲れてるって言うんじゃない?」


 レーティアの指摘はもっともかもしれないと思った俺はそのまま黙り、昼間の穏やかな日光を浴び続ける。


「……リーシュとは、どうなの?」

「これはた抽象的な問いだな」

「どこまで聞いていいのかわからないし……」

「疚しいことなんて一つもないぞ。普通に寝て、起きて、飯を食って、学園で授業を受けての繰り返しだ」

「…………怪しい。その顔は隠し事があるときの顔だよ、ウィルくん」


 隠し事があるときの顔ってなんだよ。


 俺が疑問を浮かべていると、レーティアはしばし思考する素振りを見せて、


「状況から察するにリーシュとのこと?」


 正解を一発で導き出した。


 リリーシュカのことを考えていたのがバレても問題はないが、俺の性格を熟知しているレーティア相手だとむず痒い。

 面倒を嫌う俺が面倒の塊と言って差し支えない婚約者に首を突っ込んでいるなんて知られたら、レーティアはどう思うだろう。


 ……いや、これはいい機会か。


 リリーシュカの花嫁授業をする際にレーティアの手を借りることが出来れば非常に助かる。

 ちょっと笑われたり揶揄われるくらいは甘んじて受け入れよう。


「正解だ。そのことで相談があるんだが……いいか?」

「……ウィルくんがわたしに相談なんて珍しいね。わたしに協力できることならなんでもするよ!」


 胸の前で手を組み、なぜか目をキラキラとさせながら身を乗り出してくるレーティア。

 そんなに嬉しそうにしないで欲しい。


「なんでもなんて約束するな。無理なら断ってくれ。で、肝心の内容だが……リリーシュカにダンスを教える手伝いをして欲しい」

「……リーシュに、ダンス?」

「王子の婚約者なら踊る機会があるかもしれないだろ? だが、残念なことにリリーシュカは踊れない。俺も教えてはいるが、男女で身体の動かし方や魅せ方、合わせ方が違うからな」

「それなら力になれそうかな。これでもわたしはクリステラ王国三大公爵家の娘。社交場はわたしの戦場だよ? 大船に乗ったつもりで任せてよ」


 レーティアはふふんっ、と得意げに鼻を鳴らして胸を張る。


 事実、レーティアは社交界において有名な令嬢だ。

 三大公爵家の一角ルチルローゼ家の娘で、これだけの容姿と学園有数の知性を備えるレーティアは、魔晶症という瑕疵すら掻き消してしまうほどの魅力を有している。

 俺の元婚約者だったために裏で持ち込まれる婚約の話を全て断っているらしいが、それでも恨みを買わないのはひとえにレーティアの人徳によるものだろう。


 そのレーティアが協力してくれるのなら百人力だ。


「……本当に助かる」

「いいのいいの。わたしがしたくてするんだから。リーシュとはもっと交流したいと思ってたし。時間と場所は?」

「授業が終わってから学園の訓練場を借りて練習していた。今日もやるつもりだが……」

「じゃあわたしも予定はないはずだから参加させてもらおうかな。楽しみだなあ……こういうのは初めてだから」

「いつも他の貴族たちと一緒にいるのは違うのか?」

「あの子たちは友達というより社交相手の貴族って感じかなあ。向こうもそれはわかっていて、だから妙な緊張感がある。表向き、学園には身分差がないとしても、それを鵜呑みにしていたら痛い目を見るから。貴族の腹は黒くて、言葉の裏に何色もの思惑を潜ませながら会話と称した交渉をするの」

「貴族ってのは面倒だな」

「……ウィルくんはそれより上の王族なんだけどね?」


 それはそうだが、俺はそんなことを考えて生きていたくはない。

 疲れるし、息苦しさを覚えるし、なにより面倒だ。


 王族であること自体は良いこともあるが、如何せん負の側面ばかりが目についてしまう。

 贅沢な悩みとはわかっている。


「リーシュのことはわたしに任せて。どこでも踊れる立派な淑女に育て上げて見せるからね!」


 見るからに張り切るレーティアの顔は本当に楽しそうで。

 俺は改めてレーティアに助けを求めて正解だったと思い、これでリリーシュカがなんとかなればいいなと切に願うのだった。


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