人形師
ピクシブにもアップしてます(ついつい書き忘れてしまう
「なんでこう、複雑な真似をなさるんでしょうか」
若い人形師は同じ年の顧客に向かってぞんざいな口を聞いた。
相手は王様であるから、この程度の敬語では不敬罪で斬首だ、普通なら。
彼の作った美しい乙女や少年の人形が並べられた部屋で、彼はデッサンを描いていた。
愛している者の形を取らせて、愛でる。
一般ではよくあることだが、最高権力者がやることではない。その者に似せた生き人形を愛でるのは代償行為でしかないのだから。
手元に召せば、どんな娘も、臣下の子息も喜び勇んでやってくるだろうに。
「お前は自分の人形とかは作らないのか? 魔除けとかで、子供によく似せた人形を作ることがあると聞くが」
王は疑問に答えられず、人形師にとってまったくわけのわからないことを言う。
「思ったよりずっと難しいのでございますよ、自分を創るというものは。鏡は正反対に自分を映し出しますし、心の目が曇ります。画家でもよく言うでしょう、自分の顔が一番難しい、と。私にとっても同じことなんです。綺麗に作ろうと欲が出てしまいます」
「そうか」
いささか落胆した顔をする。
「こちらの目と、こちらの口と、こちらの髪質で、この鼻なのですね」
「ああ。それから右から三番目の首筋とお前の背丈で」
「今回は男人形なのですね。かなり大きく重たくなってしまいますが。中味はくりぬきますか?」
「重い方が抱くときは楽しい」
「承りました。腕の長さは?」
「背丈はお前にしたのだから、手足の長さもそれに合わせれば自然だろうに」
人形師はぽんっと手を打って王を振り返った。
「そうでした」
楽しそうに頷いた。
「お前は絵も上手だな」
王は覗き込んだ。
「お褒めいただき光栄です」
人形師の振り返ったその顔と、デッサンはとてもよく似ていた。というより、そのものなのだが。
当人はまったく気がついていないようだった。
「・・・・・・絵を見てなんぞ、思うことはないか?」
「はあ?」
人形師はじいっとデッサンを見ていたが、呟いた。
「なんだか、無欲そうな顔ですね。愛らしいわけでもことさら綺麗なわけでもないですが、側に居ると落ち着くような雰囲気です」
「・・・・・・う・む。じゃあ、その出来上がるのを楽しみにしているからな」
「お任せください」
「俺もこれから暇だから、茶でも飲んでゆけ」
背後にどちゃあっと目を通さねばならない書簡が置かれているのだが。
王は暇だと言い切った。
「お言葉に甘えて」
人形師は素直に上質のお茶と菓子を口に出来ることを喜んだ。
「でもお珍しいですね」
「何が?」
「私が居るのに王の近衛の姿が見えないのですが? 危なくありませんか?」
「そうだな」
「何かあったとき、私はなにも出来ませんし」
「賊がここまで来ることはまずないから、そういう心配はしなくていい」
城の強固な外観を思い出したのだろう、人形師は納得して頷いた。
「そうでございました」
「俺の心配より、むしろお前が」
意を決して近づこうとしたのだが、人形師は首を傾げた。
「城下はとても治安が良いので、私に何かあることはまずございません」
「いや、帰り道の話ではなく」
「ではなんの心配が?」
世俗に汚れていない澄んだ目で見上げられて王は怯んだ。
「むろん、帰り道の話だった」
王様はとても根性なしだった。
茶卓に招いて、王は自分で茶を入れた。
このズレまくったこんな逢瀬でも他人を混ぜる気は毛頭ないらしい。
「恐れ入ります」
人形師は恐縮して茶を受けとった。
「その、俺の側に人を召したとして」
「はい?」
「喜ぶだろうか、その、お前だったならばどうだろう?」
「私だったら? 難しい御質問ですね」
人形師は真面目に考え込んだ。
「人形を作れない私は、私ではなくなりますから。気が塞ぐことでしょう。人に愛される物、人の心を慰める物を生み出すことは私にとっての大いなる喜びです。なるだけたくさんの者に、私はそれを提供したいと考えていますから。王宮仕えをお断りしてしまったのも、敷居が高くなっては本当に欲しいと望む者の前に私はいけなくなるのではないかと思いましたから。そういう愚かな、身の程をしらない者以外ならば、喜ばれるのではないでしょうか?」
「それ以外が喜んでくれてもしょうがない」
つい、呟いてしまった。
「ああ、職人ギルド絡みの方にご好意を寄せているのですね?」
どこまでも思いがズレまくっている。
「難しゅうございますよ。物を作る者はそれが糧を得る手段ではなく、自分の存在を維持するための唯一の証のように思うことがございます。師匠が自殺を計ったのは利き腕の中指を折ってしまい、繊細な動きができなくなったという、人にとっては、たったそれだけの理由でした。私たちには痛いほどよくわかりましたが。その方が、偉い方に認められたい、名声を得たいという方ならば、王のお召しは喜ぶでしょう」
「・・・・・無理そうだな」
人形師が作った人形を持って城に上がったのは二ヵ月後だった。
よく出来ていた。
隣に当人がいなければ、生きていると錯覚しただろう。
人形師が帰ったあと、王はその細い肩に手をかけた。
「俺はそなたを・・・・・・」
真剣な声音だ。
国母がそれを覗き見て、衛兵に問うた。
「私の大事な息子はいったい何をしているのでしょうか?」
「おそらくは、そのぉ。そう! 予行練習でございます」
入り口を固めている衛兵はそう答えた。
「いったいなんの?」
国母の疑問は当然だった。
このまんま、もだもだと片思いをしていくのです♪