68 魔王オヅヌ
【魔王オヅヌ】
「ああ、あああ……私は、守ることができなかったジノーヴァを……この世界を」
「うぬぬ……」
「…………! …………! …………!」
クラリス王女の悲痛な嘆きとボクデンの無念の溜息が各々口から零れた。
この場にいる全ての者が言葉を失い、時までもが止まってしまったかのようであった……。
「ハァァァァァ~、我が名は『オヅヌ』! お前たち人類が魔王と呼び、恐れ畏怖する存在だ!」
ドスの利いた声によって沈黙はいきなり木っ端みじんに破られた。
自ら『オヅヌ』と名を名乗る魔王は圧倒的なプレッシャーを放っていた。それはまるで恐怖が形となった怪物で、体内に恐ろしいほど濃密な魔力が圧縮されているのが分かる。吹き上がる漆黒の覇気はまさに地獄の悪魔そのもので、誰もがこの化物には絶対に勝てないという錯覚を覚えてしまうだろう……
「精霊たちが怯えています」
「ああ~小鳥たちは上手く逃れてくれたようだ」
「ほ、ほんにおそろしか~」
「あれは……よからぬもののようだ」
「『大悦眼~』こりゃまいった」
侍たちは心に浮かんだよしなしごとをそれぞれに呟いた。
「な、なんでぇ~ま、魔王だと! や、やるじゃねえか……」
そして魔王の覇気に圧倒されたのか、バイケンすらサッと酔いを醒まし緊張で足を震わせている……。
「か、神よ、こ、これで世界は終わりなのでしょうか?」
クラリス王女は一心に天に問いかけ、
「も、もはや、こ、これまでか……」
片やボクデンは冷静に状況を判断しつつも、私の方をちらちら見ている。
――仕方ない、ここまできたら――と私は腹をくくった。
「ボクデンさん、私が殿を務めます。皆さんはクラリス王女を連れて直ぐにこの場から離れてください。」
クラリス王女の諦めの境地に入ってしまった気持ちと、ボクデンの密かに助けを求める視線をに耐え切れず、私は思わずそんな声をかけてしまっていた――
「ええっ!」
「おおっ~! ダ、ダイサク殿……かたじけない。魔力もほとんど底を尽き、ここに至っては我らの悪足掻きもこれまでのようだ。クララ、ここはひとまず全軍引こうぞ!」
突然の私の申し出にクラリス王女が驚きの声を上げるのをよそに、ボクデンは直ぐに撤退の要請をする――
「ボ、ボクデン様、魔王が復活したのでは、この世界の何処にも逃げ場などありません!」
「まあまあ、そう肩肘張らずに……ここはダイサク殿に任せて、そそくさとこの場を離れましょうぞ」
「で、でも、あ、あれは魔王です。逃げるにしても、そのまま見逃してくれる筈がありません」
「嬢よ、案ずるより産むがやすしと言うではないか、心配無用!」
「そ、そんな、ちゃらんぽらんな……」
「おのおの方、即刻この場を引きませ~い! バイケン、けむり玉を投げよ!!」
「おっおうっ、これでどうでぃ~」
『ドカドカドッカ~ン モワモワモワ~』
バイケンが懐からけむり玉を取り出すや地面に叩きつけると、白い煙で辺りの視界は遮られて数メートル先も見えない状態になった……。
「どっ、道場破り様ぁぁぁ~」
その煙の中を、クラリス王女はボクデンの脇に抱えられたまま、私に対して死にゆくものを見遣るようなまなざしを残して霧の中に消えて行っちゃった~。
――煙が目に染みるぅぅぅ~――
「魔王オズヌ、三百年の時を経て完全復活っ! この世の生きとし生きるものは全て死を迎えるのだ、わぁ~はっはっはっはっ~、でぇ~煙に巻く程度で我から逃げおおせるとでも思っているのか、ましてや我を長い間封印していた忌々しい器を、そのまま取り逃がすほど我はたわけではない、この愚か者よ~」
『魔貫光殺弾! ドッキュ―ン』
一瞬で魔王オヅヌの人差し指に凄まじい魔力が収束すると、圧縮された魔素が濃紫の光を帯びた塊となって一直線にクラリス王女へ発射された!
『片手鍋硝子~ ガッキューン』
私が投げたパンチャックは、クラリス王女の目の前でうまい具合に『魔貫光殺弾』の軌道を45度斜め上方へずらした――
『ドッガガガガーン』
的を外した高密度の魔素の弾丸はグリマルディ広場にそばたつ鐘塔を破壊して空に消えた。
「ぬぅぁにぃぃぃ~貴様ぁ~」
「…………」
魔王オヅヌが鋭い流し目で私を睨んできたので、びびって私の息が一瞬止まる。
「……まあよい……我が復活した今となっては、この世界に逃げ場などあろうはずもないのだ」
「う~ん……であれば、あなたを倒す以外、他に方法がないということになりますが! なっ、ロッキー」
「ウホ~?」
私はさっとロッキーの盾に隠れながら魔王オヅヌへ愚直に物申した。
「馬鹿め、ジノーヴァ一帯の魔素は全て我が体に取り込んだ。つまり、誰一人として魔法を使えぬのだ。お前たちに我に抗う術は何もない、家畜のごとくそうそうに逝くがよい」
「……安心してください。そもそも私たちは攻撃魔法は使えませんので、なっ、ロッキー」
「ウホッ、ウホッ」
「結構、お前たちは瞬殺だ! それから王女を殺しジノーヴァを破壊した後、この世界を滅ぼすことにする」
「私たちは、殺されるつもりもないし、この世界も壊させやしませんよ。なっ、ロッキー」
「ウホッ、ウホッ、ウホッ」
「そうと決まれば、いざいざ魔王退治の始まりだ、いっけ~ロッキー」
「ウ、ウホッ……ウッホッホ~イ」
ロッキーは一瞬ためらうも、直ぐに両拳を顔の前で揃えたピーカブースタイルで魔王オヅヌに真っすぐ突っ込んでいった!
『林檎加速』
ロッキー特攻と同時に、私は魔王オヅヌを中心に左回りに円を描くように横に回り込み一瞬で奴の死角に入った――
『シュッ、シュッ、シュッ!』
ロッキーは守りを固めながら左腕で細かいジャブを放って、魔王オヅヌに近づきつつフェイントをかけると、
『ボシュッ、ボシュッ、ボシュッ!』
続けて体を八の字に振りながら上体を左右に大きく振って、ウィービングの動きを利用して体重の乗った左右のフックを連打する――
『スッ、スッ、スシュッ』
しかし、辺りにはロッキーのパンチが風を切る乾いた音だけが残っていた……。
「あたらんよ」と当たり前のことのようにオヅヌは声にした。
魔王オヅヌの力量を見誤っていたのか……ロッキーのパンチは全て見切られて紙一重のところで躱されているようにみえる。
しかし、これは正々堂々の試合などではない。悲しいけれど生死をかけた果し合いなのだ。すなわち、ロッキーの攻撃は単なる一つの陽動作戦でしかない!
『片手鍋硝子~』
私はオヅヌの完全な死角、左後ろ斜め45度から奴の脇腹目掛けてパンチャックを投げ込んだ。
パンチャックは白い軌跡を描いて魔王の土手っ腹に風穴を開けたように見えたのだが…………これもまた、やすやすとすり抜けてしまった。
「そんなバナナ!」
「ウホッ?」
――魔王オヅヌに実体があるのか? ロッキー共々怪しんだ矢先――
「このこわっぱどもめ、蹴散らしてくれるわ、ふんぬっ!」
魔王オヅヌが腕を払っただけで正真正銘の物凄い衝撃波がロッキーを襲った。
『ガゴゴゴゴッ、ドガァァァン』
ロッキーは野生の感を使ってぎりぎりその攻撃を宙返りで躱したが、ジノーヴァ広場に面して立ち並ぶ建物は一瞬で倒壊してしまった。
『まずい、このまま戦いを続けていたらこのジノーヴァがバラバラになってしまう……町一つを守れない者が世界を救うなんて、ちゃんちゃらおかしいよな』
私は空を見上げると、左腕を天に突き上げて呪文を唱えるようにそう声にした。
『レイルウェイ』と!
ありがとうございました。
次回をお楽しみに!




