67 碧の護鬼と朱の戦鬼
【碧の護鬼と朱の戦鬼】
「いったい、なんでぃ、やつらは? うぃ~」
バイケンは相も変わらず、お構いなしに酔っ払っていて怖さも半減しているようだ。
「大気が震えています……す、凄まじい闘気です」
ソウシは二体の魔物を注意深く観察しながらそう口にした。
「ダイサク殿、お主はあれらの魔物を見たことはござらぬか?」とボクデンが私に尋ねてきた。
「い、いえ、私も初めて見ました。魔物と言うより、私の祖国の昔話に出てくる伝説の鬼のようにも見えますが……」
その一方は身長2メートル程度の筋骨隆々の青鬼のような戦士で、もう片方はカタコトの言葉を発してはいるが、身長5メートル程の赤鬼のような狂戦士――バーサーカー――だった。
「お、おに? でござるか……」
「はい。赤鬼と青鬼です」
「……ど、どうして彼らが!?」
私とボクデンが話をしている横で、クララが恐怖に声を震わせ身体を硬直させている――
「クララよ、お前にはあれが何ものなのか、心当たりがあるのか?」
「い、いえ、は、はい……」
「ええい、あるのか無いのか何方なのだ。はっきり申すが良い!」
「はっ、はい! あれは間違いなく碧の護鬼と朱の戦鬼です。魔王が地に降り立つ時、決まって出現し地上を浄化する使徒……あれら伝説の魔物が現れたと言うことは、世界の終わりがすぐ目前に迫っているということなのです!!」
「うむむっ、護鬼に戦鬼とな……いやはや何とも強そうな」
「……それでも……たとえそうだとしても……させません……させません! させません! これ以上、魔物たちの好き勝手にはさせません!」
クララは大粒の透き通った涙を流しながらも、気丈に振る舞いつつ即座にジノーヴァの兵士たちへ号令を掛けた――
「ジノーヴァの騎士たちよ! 私たちはこれまで幾度もの試練にさらされてきました。かつて恐怖の魔王によって国を破壊され、大切な人を失い、今もなお魔王の陰に怯え続けています。しかし、私たちは皆の力を結集し、ここで立ち上がることができました。もう二度と魔王を復活させてはなりません。今こそ魔を退けて安堵する時です。プリンセス・クラリス・ディノ・ジノーヴァの名において命じる! 全軍にて進軍せよ! 魔の侵略者を排し、我らがジノーヴァを死守するのです。我らの手に勝利を!!」
「ええっ! プ、プリンセス、プリンプリン!?」
『はっ』として辺りをさっと見渡したが、驚いていたのは私一人だけのようで、ジノーヴァの兵士たち、侍たち、そして勇者に賢者も、クララがクラリス王女と言うことは既知の事実のようだった。
まぁ~戦場のど真ん中にこんな美人がいるというのも、場違いだと言えばその通りなのだろうが……。
――ロッキーよ、お前ぐらい私と一緒に驚いても良いのだぞ――
「オオオー オオオー ウォォォォォー」
クラリス王女の哀訴に応えるかのように、ジノーヴァの兵士たちは息を吹き返すと一丸となって朱の戦鬼に立ち向かっていく!
『ドガッガッガッガーン』
しかしながら、突撃したジノーヴァの騎士たちは、センキの剛腕ラリアット一振りで散り散りばらばらにされてしまった……。
「やはり……気概だけでは何ともならぬか」
ボクデンは頭を抱えながら淡々と呟いた。
「小せえ青い方なら如何にかなるんじゃねえのか――おぅりゃぁぁぁ~ひっく、うぃぃぃ~」
「バ、バイケン、早まるでない!」
「バイケンさん!」
ボクデンとソウシの制止も聞かず、バイケンはゴキに向かってアルゴスの盾を投げ放った――
『ギユィィィーン!』
『ガッキュィィィーン!』
バイケンの白く輝くアルゴスの盾がゴキを直撃したかに見えたが、ゴキはその一撃を左腕の小盾で難なく防ぐ。
「ふふふっ、人にしては大したものだ。しかし、その程度ではこの『降魔の盾』は打ち砕けんよ」
ゴキは右手に『神降ろしの剣』を、左手には『降魔の盾』を携えていた。そして、その盾を使ってバイケンの必殺の一撃を易々と防いだのであった。
「いずれにせよ、あの者たちを何とかせねば魔王が復活してしまうようだな。仕方ない……魔力はもう残り少ないが、儂らもやれるだけやってみようではないか」
「そうですね、侍方皆で一気呵成に攻めましょう!」
ボクデンの申し出にソウシが相槌を打つ。
「トウベイ、インエイ、それとダイサク殿。貴公らには碧い鬼を遠ざけて足止めをお願いしたい。その間に残りの者たちで朱の鬼を責め落とす!」
「おいにまかせんかっ!」
「合点承知、大悦眼~」
「了解です……ゴキは私たちで対処します。その間に皆でセンキを退治してください。ロッキー、お前もボクデンさんと一緒に赤鬼を打てっ!」
「ウッホッホーイ! ギュルルルルゥゥゥー」
ロッキーがもろ手を挙げて気合を入れると、腰につけたベルトの赤い風車がぐるぐると勢いよく回る。
――ダブルハリケーンが回るのを見るのは、先生との模擬戦闘依頼の久しぶり。敵もさるもの引っ搔くもののようだ――
「魔法の剣よ、我らに力を授け給へ!」
そう叫ぶと、ボクデンはすぐさまエクスカリバーの力を解放しかかる――
『天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ。 魔を倒せと儂を呼ぶ! 神楽エクスカリバ~』
ボクデンが両手でエクスカリバーを掲げると、その剣は内なる魔力を光に変換しながら眩しく輝き出した。すると侍たちは光の衣で覆われ、個々の能力は劇的に上がった。
「まんず、わいが青鬼をの赤鬼から引き離すが……一の太刀を疑わず、二の太刀は負けがよ!」
トウベイはそう言うや否や、得意の上段からの特攻をぶちかました――
『夕太刀ちぃぃぃ~』
「チェスト! チェスト! チェスト! チェスト! チェストォォォ~!!」
示現流の侍は、敢えてゴキの盾だけを狙って魔法剣――鬼蜻蜓――の重い連撃を打ち込んでいく。
流石のゴキもその重く正確な連撃を受け流すことはできず、一撃毎に二から三メートルづつ後方に下げられていく……。
そして、トウベイの連撃が途切れた矢先――
『回転錐心臓破壊突ぁぁぁ~』
満を持して、インエイはゴキの心臓目掛けて螺旋の効いた鋭い突きをぶちかます。
『ギャイィィィ~ン』
ゴキがぐっと脇を締めて貫けぬ盾で心臓を守るや――
『踵八艘蹴りぃぃぃ~』
侍たちの攻撃の後にぴったり続いて、私はゴキの盾目掛けて思いっきり前蹴りの連撃を見舞い、更にセンキとの距離を一気に稼いでやった。
「ふふふ、我らは一騎当千、僅かばかり引き離されようが何の憂いもない」
しかしながら、そのような状況下でも護鬼は不敵な笑みを浮かべてそう呟いた。
一方、ロッキーと他の侍たちは朱の鬼――戦鬼――を責め立てる。
「ウホッホーイ!」
ロッキが高く飛び上がりセンキの斜め頭上から右拳の『マウンテンパンチ』で殴り掛かると、センキは右拳の『オーガッパー』をその拳に合わせた。
『ドッガガーン!!』
すると二つの拳の接点より巨大な衝撃波が生じる――
『はやぶさ斬りぃぃぃ~』
すぐさま、コジローの『隼の剣』の斬撃が二枚の風の刃となり、センキの頭上より螺旋となって時速三百キロ以上の凄い速さで襲い掛かる。
「グゥォォォワァァァ~」
それに呼応するかのようにセンキは両手にはめた鬼籠手を十字に交差して呻る風の刃を凌ぐ。
『氷結晶拘束突ォォォ~』
それでもなお、続けざまにソウシの『妖刀村雨』による氷の礫がセンキを覆うと、朱鬼の無尽蔵とさえ思えた勢いが少しだけ弱まった――
『ギュルルルルー』
「こいつでどうでぃ! ばいけんあたたたっ~く、ひっく、ういっ~」
バイケンが適当に放ったアルゴス盾は、鎖鎌の分銅のようにセンキの腕に絡み付いて朱鬼の動きを止めた――
『斬鉄、一閃!』
居合の達人のジンスケがその瞬く隙を逃すはずもなかった。侍は斬鉄剣に残っている全ての魔力をその一撃に乗せ、戦鬼に向かって必殺の奥義を放った!
――魔法陣だろうが、流星だろうが、何でもかんでも真っ二つにぶった切る、あの必殺の一撃だ――
『ズバッッッ!』
誰の目にもジンスケの一撃は見事に朱の鬼の右腕を斬り落としたように映った。
――当然のことながら私にもそのように見えた――
しかし、斬り落されたはずの右腕は地面には落ちずに、まるで意思があるかの如くそのままクラリス王女に向かい、彼女の胴部を鷲づかみにすると鬼門の方角へ飛んだ。
「きゃぁぁぁ~!」
「クララ!」
「クラリス様!」
「姫様!!」
クラリス王女が叫び声を上げるとほぼ同時に、侍、勇者、賢者、兵士たちが一斉に声を張り上げる――
「ソウシ、コジロー、あ、あれを行かせるでない!」
『天牢雪獄!』
『木葉落し!』
ボクデンがそう指示を出した刹那、二人の剣士が鬼の腕を地に落とさんと剣技を繰り出すが――
「やらせはせんよ、『絶対領域』展開!」
『シュオォォォ~ン』
侍たちの斬撃は、ゴキが張った何かバリヤーのようなもので搔き消されてしまった……。
「センキ、魔王復活の時は来た、今こそ封印を破る時ぞ!」
「グゥワァオォォォ~!!」
二体の鬼は唸り声を上げてクラリス王女へ手を突き出し、彼女を中心に高速の回転を始めた。それから怪物たちの強力な魔素が覇気となって放たれ続けると、クラリス王女の胸元から金色に輝く聖杯が浮かび上がる。
「だ、駄目、行かないで~」
クラリスが右手を天に伸ばし悲痛な叫びをあげるが、その神にすがるような言葉はジノーヴァの宙に虚しく消えた。
『シュイィィィーン シャララララァ~』
金色の聖杯が魔素で満たされ徐々にどす黒く染まっていくに連れて、ゴキとセンキの姿は徐々に薄れて宙に消えていった……。
金色の聖杯は、鬼たちの魔素で満たされ漆黒の聖杯となった瞬間に爆発して広がり、そして直ぐに収縮して小さな点となった――刹那、それは再び膨らんで恐ろしい魔王の姿を形作る!
護鬼と戦鬼の身体を形成していた魔素を含む、ジノーヴァに存在していた全ての魔素を吸収し、クラリス・ディノ・ジノーヴァの体に封印されていた破滅の魔王は、侍従たちの力によって顕現し、遂にその復活を果たしてしまったのであった……。




