61 道場破り
ラストサムライ、ボクデンとの偶然の再会のお話です。
どうぞお楽しみください。
【道場破り】
「腹が減ったぁ~、バケラッタ!」
それにしても、お腹が空いた……。
今晩の宿と夕飯のことを心配しつつ、爪楊枝をしいしいと口に咥えて、鳴り止まぬ腹を優しく摩りながら、ジノーヴァの街中をぶらぶらと彷徨いていると、何処からともなく威勢のいい掛け声が聞こえてきた……。
「えいっ! えいっ! えいっ!」
「やあっ! やあっ! やあっ!」
「……近くに道場でもあるのかな?」
声がする方へ歩を進めて行くと、その掛け声は段々と大きくなっていった……。
……角を曲がると昔ながらの佇まいの剣道場があり、その剣道場の入口には『無手勝流』と書かれた立派な看板が掲げてあった。
「……無手勝流……無手勝流……無手勝……何処かで聞きお覚えのあるフレーズだな?」
ちょっと気になった私は、そのまま剣道場の入口横から庭に入り、めだかの学校じゃないけれど、窓の格子の隙間からそっと中を覗いて見てみた……。
見てごらん、お遊戯ではなく汗水流して剣を振るう門下生たち、その更に奥の上座に見知った顔の侍がのうのうと座しているではないか!
『ポンポンポン♪ ポンポンポン♪ あ、それ、ポンポンポン♪』
その師範らしき一人の侍は、刀の上身を打粉で軽く叩きながら真剣の手入れをしている。
「あっ、あれ……あの侍……どこか……どこかで見覚えのある顔に仕草だな……」
私はつたない記憶をたどる…………。
――あのいかつい顔と、隙のなさそうで隙だらけの振る舞いは……紛う方なき……ボッ、ボクデンさんじゃ、あ~りませんか!?――
「皆、声を出せ! そうだ……重心を意識しろ……しっかり踏み込んで! もっと早く竹刀を引くんだ! 視野を広く保ち、呼吸を整えろ!」
ボクデンだけでなくソウシも、師範代として門下生たちの周りを歩きながら、素振りの型のチェックをしているではないか……。
二人の立ち振る舞いは何気に自信に満ちていて、つい先日のごろつきの時とは打って変わって、とても羽振りが良さそうに見えないこともない……。
格子にかぶりついて剣道場を覗いていると、私の視線とボクデンの視線が偶然に交差する――
『ギクッ!』
ボクデンから少し焦った気配が感じられた……。
『ニヤリ……』と笑い、
「神様ありがとう。僕に友達をくれて♪」と鼻歌が出た。
――しめた、これで晩飯にありつけるかもしれない――
私は急いで道場の表に回り、入口に掛けてあった、長さ1メートル、幅30センチ程の立派な木の看板を手に取ると――
「たぁのぉもぉぉぉ~」声を張り上げて剣道場の正面から威風堂々と押し入った……。
皆さんのお察しの通り、私は一宿一飯を目当てに、ボクデンの剣道場に一人の『道場破り』となりて、参上仕ったのであった……。
「きっ、貴様、だれだ?」門下生の一人が私に問いただした――
「わ~れこそは、異世界各地を遍歴し、あらゆる格闘家と仕合を果たし、未だかつて負けたことのない修行僧でございま~す……『無手勝流』ボクデン様のご高名を聞きおよび、是非とも一度お手合わせ願いたく参上いたしました……私、『流星林檎二天流』のアイアンダイサクと申す者。ボクデン様へお取次ぎの程、宜しくお願い申し上げまする~」
そう言って私は道場の看板を脇に抱えたまま、ずかずかとボクデンが師範を務める剣道場に押し入った……。
「ちっくしょう~! ボ、ボクデン先生、あっ、あのような無礼者、さっさと懲らしめちゃってください」
そんな感じの言葉を門下生のめいめいが叫んでいる……。
「むむむ……まいったなこりゃ~」
ボクデンの方は既に私が何者か気づいた様子で、唇を噛んで急にそわそわし始めた……。
「……ボクデン殿、このような戯け者、貴殿がお相手する必要もない。私が片づけてしまいましょう」
その時、横から助け船が入った。
「おお~、しかし、アキラ殿……その者はなかなかどうしての腕前を持っ……」
ボクデンが何かしらの情報をアキラへ伝えようとしていたのだが……。
「な~に、心配には及びません……これくらいの雑兵を何とか出来ないようでは魔族とは戦えません。私はアマテラス様より直接に特使としての使命を仰せつかっています……この程度のトラブルを片付けられないようでは、大いなる悲願の達成など果たせようはずもありません……万事お任せあれ」
そう言ってアキラはボクデンの言葉を遮った……。
「そっ、そうであるか……それでは、この場はアキラ殿にお任せいたそう……くれぐれも怪我無きよう」
「分かっています。ちゃんと手加減しますので……ご安心ください」
――やべ~、何か痛い奴が出てきた。泥船じゃないの~――
「……貴方は?」と尋ねてみた。
「僕はアキラ、ヤマト帝国から特使として派遣された騎士だ……故あってボクデン殿の下で剣技の稽古をつけてもらっている……ボクデン殿の出る幕ではない……僕が代わりに君の相手をしてあげるよ……」
――ヤマト帝国……アキラ……どこかで聞き覚えのある名前だな――
「ボクデン殿……宜しいですか?」
「う、うむ、問題ない……貴殿の腕ならばその無頼漢を撃退するのも訳ないであろうが……お手数をかける……」と言ってボクデンは気遣わしげに、ちらりとこちらを見遣る……。
ここに来て、私はボクデンと勝負する前に、アキラと名乗るヤマト帝国の騎士と手合わせすることになってしまった……。
「……という訳で……黄色い御方……私がお相手します」
そう言ってアキラがこちらを振り向いた。
「アキラ、怪我させちゃ駄目だよ」
「分かってるよミユキ、ちゃんと手加減するって!」
如何にもバカップルがとりとめのない話をしているように聞こえる……。
「さて、始めましょうか。それにしても君のその恰好……」アキラがこちらを見て何か言いかけた。
「貴方にはこの良さが分かりますか?」
「いいえ、見たことありません……古臭い時代遅れの感じかな……」
『ピッキィィィ~ン、ピュォォォォ~』
――アキラとやら、お前は本物の虎の尾を踏んでしまったようだな――
「はじめぇ~」
「はぁぁぁぁぁ~」
「いやぁ~」
―アキラを瞬殺してやろうかと思ったが、ボクデン戦の前に私が相当な強者だということを、門下生たちに認知させておいた方が良いだろう――
それにしてもこのアキラ、剣術に関しては素人のようだ。体を真正面に向けて足を大きく開いていては、素早く次の動作に移れやしないだろう……。
「『波動ガン』でもぶっ放すつもりかな?」
「はぁぁぁぁぁ~」
アキラが集中すると木刀が白く輝きだした
――大地割りそそり立つ姿は正義の証か?――
「ちょっ、ちょっとアキラ! 道場の中で魔法は使っちゃ駄目なんだよ」
「あっ、そう、そうだったな」
「そうだよ、道場が壊れちゃうからさぁ」
「そう、そう、そうだった……ミユキ、ありがとう」
「…………」
――天然のアキラは完全にミユキの尻に敷かれているようだ――
「まぁ~そんなことはどうでもいい……先ずは……奥義、林檎三段突き~いやぁぁぁ~」
―雄叫びと共に電光石火の一撃を呼ぶ――
私は出し抜けにアキラの懐に飛び込むと、彼の鼻先へぎりぎり当たらないようにしながら、ソウシの必殺技、三段突きを見よう見まねで放った――
『ダダッダァ~ン! シュンシュンシュン!!』
「うっ、うわっ~」
するとアキラは大声で叫んで尻餅をついた――
「アキラ!」
「アキラ殿!」
「み、見事なり……私のそっくり……ぱくり技……」
「…………! …………! …………!」余りの突きのキレに門下生たちは声を呑んだ。
「くっ、くそ~」
「アキラ、大丈夫~?」
「だっ、大丈夫、ちょっと油断しただけさ……さぁ~そろそろ本気を出すぞ!」
そう言うとアキラは凝りもせずに先程と同じように構えた。
「アキラ殿……そのような構えでは……」と頭を抱えてボクネンが嘆く。
「はぁぁぁぁぁ~」
「いやぁぁぁ~」
今度はアキラの木刀は光っていなかった。
先ほどミユキに注意されたので、殊勝にも忠犬ハチ公のようにその言いつけを守っているのだろう……。
「然らばごめん……秘剣『燕返し!』 いやぁぁぁ~」
『バキッ! カラン! シュババッ!!』
アキラの木刀目掛けて凄まじい速さで垂直に振り下ろし、その獲物を叩き落すと、くいっと床すれすれで手首を返して、木刀の刃筋を彼の喉元に向かって通した……。
「うっ、うわっ……まっ、まいった」
喉元に木刀の切先を突きつけられ、アキラはあっさりと負けを認めた……。
「はぁぁぁ~、アキラ、何もやってないじゃん?」
「んんん~」
「なっ、なんと……今度は…コジローさんの……そっくり……ぱくり技…………しかし、鍛錬は永遠、勝負は一瞬……何と言おうと結果はその者の努力に由るものだ……」と言ってソウシは目を見張った。
「…………!! …………!! …………!!」門下生たちは全員固唾を飲んで見守っている。
「ちっ、あんぽんた~んが余計な手間をかけさせやがって!」
私は空腹のあまり虫の居所が相当悪くなっていたため、何処ぞの子悪党のようなセリフを思わず呟いていた。
「ん~ん……やはりアキラ殿では手に負えなかったか……是非も無い……」
門下生の手前、引くに引けないボクデンは仕方なく木刀を手にすると、おもむろに立ち上がりこちらに近づいてきた……。
「さぁさぁ~ボクデン様、いざいざいざ!」
私はボクデンの前に座したまま、日の丸の鉢巻きを頭に巻いてさっと襷を掛けて木刀を手にする――
冷や汗を搔きつつもボクデンも中段の構えで私に対峙する。
「……ご指南お願い申し上げる」
私は2本の木刀を持ち宮本武蔵のように二刀流で構えた……。
――前回の仕合と違い、多くの門下生が見ている前では無手勝流秘奥義、あの『不敗のちょっとたんま剣』は使えないはずだ――
「はじめぇぇぇ~」
師範代のソウシの掛け声により試合の幕が切って落とされた!
「ウオッォォォ~」とボクデンが咆哮を上げると、
「アチャァァァ~」と私が共鳴する――
『カンッ! カンッ! カンッ! ガチャッ、ギリギリギリリ……』
私は即座にボクデンとの間合いを切って鍔迫り合いを仕掛けると、門下生に分からぬようボクデンに話しかけた……。
「あいやぁ~、ぼくでんさぁ~まぁ~、わたくしぃやぁぁぁ~ろぎんをなくしてぇぇぇ~、ひじょうにぃぃぃ~やぁ~、こまっておりまするぅぅぅ~、かねとおぉぉ~やどおぉぉ~、すこしぃ~ようだてしてぇはぁ~もらえぬだろうかぁぁぁ~?」
ボクネンとファーストコンタクトを交わした後、直ぐにいったん離れる――
「いか、いか、いかほどかぁぁぁ~」
それに呼応するようにボクネンは私に問いかけた……。
――流石、無手勝流ボクデン、思った通り、この手の意思疎通はツーカーでお得意だな――
『カンッ! カンッ! カンッ! カチャッ、キリキリキリリ……』
私は直ぐにセカンドコンタクトをとるべくボクデンに打ち込み、鍔迫り合いを挑みながら所望を続けた……。
「きんっかぁじゅうまいとぉぉぉ~、こんばんのやどをぉぉぉ~おお~おねがいしたいぃぃぃ~」
「むむっ……あっ、あい、わかったぁぁぁ~」
それから暫く激しい剣の打ち合いを続け、お互いの斬撃に調子を合わせて、鬼気迫る鍔迫り合いの殺陣を熱演した……。
そして、最後のサードコンタクトの直後だった――
『ドスッ、ド~ン、ガラガラガラガラ』
私はボクデンの斬撃に合わせて真横に飛ぶと、そのまま木刀が掛けてある壁に思いっきり突き当たり、全ての木刀と一緒に大きな音を立ててひっくり返った……。
「……まっ、参った……みっ、見事なり」
私は身体の上に小山のように被さった木刀の隙間から、右手を出して白旗を上げた……。
「……うむ……貴殿もなかなかの強者であった。そうは言っても、儂ほどの達人の域に達するには、まだまだ修行が足りておらぬようだな! わぁ~はっはっはっはぁ~」
「……無手勝流一文字切り……私、これま三年間諸国を巡り、あらゆる流派の達人、名人、剣豪と試合をいたしましたが……ボクデン先生ほどの剣豪にお目にかかったのは初めてです……誠に感服いたしました。……後ほどご教授を受けに参りたいと思いますので……是非とも、よろしくお願いいたします」
そう言って、ボクデンにぱちりとウインクすると、
「う~む、あい分かった……」
ボクデンは、ほっと息をついて、構えた木刀を腰に戻した……。
「ウワァァァ~、ワァァァ~、ワァァァ~、ワァァァ~」
ボクデンの勝利に剣道場を揺らす程の歓声が沸き起こった――
「流石、ボクデン先生!」
「何処までもご一緒いたします!」
「これからもご指導をお願いします!」
『ボ~ク~デン! ボ~ク~デン! ボ~ク~デン! 最強! 最強! さぃ、きょ~う♪』
知らぬが仏とはよく言ったもので、やらせ仕合の勝者にも関わらず門下生たちはボクデンを称えて大合唱したのであった……。
その門下生たちの中に、明らかにこの剣道場に不釣り合いな、毛並みが違う金髪で青い目をしたお人形のような美しい娘がいた……。
彼女はボクデンとのやらせ仕合の一挙手一投足を、一番前の席で食い入るように見つめていたので、その娘が私たちの八百長に気づいたのではないかと思い、実を言えば内心冷や冷やしていたのであった……。
――お主、ただ者ではないな!――
ありがとうございました。
次回をお楽しみに!




